治療方略:治療の目標設定とその目標達成のための計画と方策
「敵を知り己を知れば百戦危うからず」
これは兵法で有名な孫子の言葉です。「危うからず」とは負けないこと。つまり勝つことも良いには良いが、まず負けないことが一番大事だと言っている訳です。そして負けないためには自分のことと敵のこと、どちらもよく知る必要があると言っているのです。
振り返って僕たちリハビリの仕事も、戦争に喩えるなら勝つことの難しい戦いです。というのもリハビリでは多くの場合、運動障害という治すことができないものを相手にしているからです。
たとえば脳性運動障害後のマヒはリハビリでは治りません。日本では50年以上前から壊れた脳の神経細胞の再生や他の脳細胞で機能を代償させてマヒを改善しようとするリハビリ・アプローチがあります。しかし未だにマヒが治ったという報告はありません。「マヒを治す」という目標は立派でも、それをリハビリで実現する方法は未だに見つけられない、あるいはリハビリではそんな方法はないかのどちらかです。50年というのはそれを納得するには十分長すぎる年月ではないでしょうか?つまりセラピストが、見通しの立たない「マヒを治す」という目標に拘り続けることは、目の前の患者さんにとっても不利益ではないでしょうか?
だからこそ今、自分のこと、治療方略や治療技術のこと、そして患者さん自身とその障害のことについてよく知ることが大事です。マヒを治すことはできなくても、今より良い状態を目指すこと、そして良い状態をできるだけ長く維持することはできるのです。つまり勝つ(治す)ことはできなくても、負けない(良い状態にする・維持する)という状態を作り出すことがなによりも大切なのです。
孫子のこの言葉には続きがあり、自分の実力を知っていて相手の実力を知らなければ勝ったり負けたりし、両方の実力を知っていなければ負けるに決まっているということです。
そこで自分たちの持っている治療方略を一度見直して、その効果と限界を整理してみることは有用でしょう。そして運動システムの作動の性質と障害を持った運動システムの状態をよく知ることも有用です。こうして初めていつでも安定して、患者さんのより良い状態を目指すことができるのではないでしょうか?
このシリーズでは、僕たちセラピストの持っている治療方略の長所と短所、限界を明らかにして、障害を持った人とどのように協力していけば良いのかを探ってみたいと思います。そして新しいより良い状態を目指し、良い状態を維持するアプローチを提案できればと思っています。(「その2」に続く)
コメントフォーム