人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その4 最終回) 

目安時間:約 6分

人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その4 最終回)


 もう一つ、「正しい運動」と言ってしまう原因は、健常者から障がいを持つ人に対する同化主義といったものが考えられる。「あなたたちの動きは良くないから、健常者の様にきれいに動きなさい。健常者の動きが正しい運動である。健常者の様に動けるように人一倍努力しなさい」という思想である。


 「障がいを持つ」ということ自体が認められないわけだ。だからまるで麻痺が存在しないかのように、「(健常者の様に)歩きなさい!」と無茶を言う。「諦めるのは早い!頑張って続ければできるようになるのだ!」などというセリフを昔はよく聞いたものだ。


 さすがに現在のリハビリの世界では、この同化主義に染まったセラピストはいないと信じたい。


 それでも「麻痺があるからと言って諦めたらそこでおしまいだ。諦めなければきっと道が開かれる」といった意見は時々臨床でも見られる。


 しかしこの考え方が日本に入ってきてから60年以上経つが、未だに麻痺が治ったという科学的報告はない。もちろん世界でもない。


 この「諦めたらおしまい」という考え方は「ユートピアン・シンドローム」と呼ばれる。達成不可能な夢を追い続けるという行為で、理想の目標の実現よりはむしろ「理想を諦めないで努力し続ける」ということ自体に価値が見いだされているようだ。諦めないで続けることが目的となっている。それで患者さんの生活問題を早く解決しようとするのではなく、むしろ逆に生活問題をずっと維持し続けるという結果を引き起こしてしまう。


 すでに家庭内の生活は自立しているものの、「正しい運動ができていない、間違った運動をしている」と言われて「まだ自分はダメなんだ、人前で歩くためにはまだまだ努力が必要なんだ」と訓練に没頭する患者さんもいる。


 この場合、元々リハビリの仕事が何なのかを考える必要がある。


 医療的リハビリの仕事は、生きていくために必要な生活課題の達成が困難な人の生活課題達成力を改善することではないのか。それによって生活の質を高める手伝いではないか?


 もちろん麻痺が治って元通り健康になれば一番良いのだろうが、職業人として治るか治らないかは客観的に判断して患者さんに接するべきだ。


 患者さん自体が「麻痺を治して元通りになりたい」と希望される場合でも、プロとして「リハビリで麻痺を治すことはできないが、今よりは歩行パフォーマンスを改善することはできます」などと言うべきだろう。実際に治せるという事実はないのだから。


 決してリハビリの目的は、あるセラピスト達が考える「理想の運動、正しい運動」に近づけることではないはずだ。


 そもそもこのセラピスト達の言う「理想の運動、正しい運動」というものがなんとも判然としない。たとえば「健常者の歩き方の形」だという。


 そうすると僕のように一応仕事も社会生活も自立しているが、円背気味に歩く高齢者は正しくない歩行運動をしているのだろうか?どこかに無理がかかっている歩行だからとリハビリを受けるべきか?いや、もちろんそんな必要はない。健常な若者のように颯爽と歩いていなくても社会生活にも生活の質にもあまり影響はない。


 さらに健常者の歩き方の形は状況に応じて適応的に変化するものだ。氷の上では小刻み歩行、水溜まりでは濡れないようにつま先立ちの尖足歩行、水田で足を泥から抜くときは抵抗を小さくするために下垂足の形、つまり鶏歩に見える。あまり運動をしない健常の方の片脚に重すぎる重りを着けると、振り出すために分回し歩行の形も見られる。状況に応じて形を変える作動が健常者の運動システムの特徴である。


 麻痺があれば脚を振り出すために分回し歩行をする訳だから状況に応じて形を変えているので「分回し歩行は健常の運動システムが持つ作動である」と言うことになる。


 なんだか特定のセラピスト達の価値観、CAMRでは「正しさ幻想」と呼んでいるが、それだけでものが言われているような場面に再々遭遇する。大変なことである。(終わり)


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人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その3)

目安時間:約 7分

人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その3)


 「運動変化は脳の役割」あるいは「脳が運動を変化させる」という立場がある。


 その立場では、運動変化は基本、脳の変化でしか起きないので、アプローチは脳を変化させようとする。方法はいわゆる「適切な運動を行ってその運動感覚を脳に入力する」ということになるのだろう。


 この考え方はロボットと共通するところがある。ロボットの体は金属やプラスチックなどの硬質なもので作られ、動力はモーター、体や周りの状態はセンサーで調べる。


 運動を重ねても体やモーター、センサーは変化しない。だから運動を変化させるためにはコンピュータのブログラムを変化させるしかない。


 そして人でも「運動を変化させる」とは「脳を変化させるしかない」と考えてしまうところが共通している。


 人の脳はコンピュータによく喩えられる。コンピュータは人が作ったものに過ぎないのに、コンピュータをモデルに脳の機能が説明される。「入力」とか「出力」とか「プログラム」等で脳の働きを理解するのは、なんだか変な気持ちがするのは僕だけであろうか。


 一方、「運動変化は筋力や柔軟性などの各構成要素の変化や構成要素間の相互作用によって起きる」という立場(システム論)もある。


 人では運動を繰り返すと筋力や柔軟性が変化する。神経や筋、感覚器の活動性も変化する。時間が経てば体重や脂肪量も変化する。もちろん脳の活動性も変化するだろう。運動の様々な構成要素が変化するのである。運動変化はそれら「運動の構成要素の変化や構成要素間の相互作用が変化し、新しい運動状態が生まれる」と考えられる。


 アスリートが体幹筋のトレーニングをしてパフォーマンスが変わったという報告がされるが、この場合は筋力や神経、感覚器の活動性が変化したからとも説明できるし、筋力や神経、感覚器の活動性の変化などが他の構成要素(運動による体重・脂肪量、脳の活動性など)との相互作用から新しい運動の状態が生まれた」とも説明できる。


 たとえばThelenらの「新生児歩行の出現と消失」の現象の研究がある。それまでは脳が未熟だとか成熟したとかで説明していたわけだ。でもテーレンらは、下肢の脂肪量の急激な増加が新生児歩行消失という運動変化の原因としている。脂肪の増減でも運動は変化するわけだ。私たちでも脂肪の増加によって姿勢と運動パフォーマンスは変化する。(実際にはThelenらは動的システム論の立場から「原因」のかわりに「コントロール・パラメータ」という用語で説明している。因果関係の説明ではないのだが、ここでは意味が汲み取りやすいようにわざと「原因」と表現した)


 システム論を基にしたCAMRでは、脳はコンピュータとは異なった作動と機能を持っていると考える。脳をコンピュータに喩えると、「運動は脳に蓄えられた運動のやり方(プログラム)によってコントロールされる」となるが、システム論の立場からは「運動はその時、その場の状況から様々な運動の構成要素間の相互作用によって適応的に生み出される」となる。(ちょっと説明が大雑把過ぎ(^^;))


 脳性運動障害の方に運動を繰り返していただくと確かに運動パフォーマンスは変化する。だからといって「脳が機能的に回復した」とか「麻痺が改善した」とはこの立場からは言えない。脳だけが変化を起こしているとは言えないからだ。


 機械は設計者の思い通りに動くことを期待される。つまり設計者の意図した「正しい運動のやり方」が前提としてある。だから人をロボットに喩えて見ていると、人にも正しい運動があると思ってしまうのかもしれない。


 しかし人では個人の能力や身体状態、その時の状況変化に応じて課題達成のやり方は多様に変化する。もし麻痺があれば麻痺があるなりのやり方で動かれる。 だから健常者のやり方と違っているから「間違っている」と言ってしまうと麻痺のある患者さんは困ってしまう。麻痺を治せない僕のようなセラピストも困ってしまう。


 麻痺のある体で何とか課題達成の運動スキルを生み出されているのである。だからまずは麻痺のある方のやり方を受け入れることが大事ではないか。その上でパフォーマンス改善の可能性を探っていけば良いのだと思う。


 CAMRの視点では、筋力、柔軟性、持久力、装具や環境整備などの利用可能な運動リソースを増やし、その利用方法である運動スキル学習を促進して多様で柔軟な運動スキルを生み出せるようになることで運動パフォーマンスや生活課題達成力は改善すると考える。(その4に続く)



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人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その2)

目安時間:約 7分

人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その2)


 「その運動は間違っている」というセリフにずっと悩まされてきたものだ。最初は実習地だった。臨床実習の指導者は、「その歩行は分回しという代償運動で良くないから、修正してあげなさい」みたいなことを言う。 その頃は僕もまだうぶだったので、素直に言うことを聞いたものだ。「代償運動は本来の正しい運動ではないから、間違った運動で悪いものだ。だからリハビリの専門家として、本来の正しい歩行のやり方を教えなくてはいけない」と素直に思った。


 どうするかというと、「まっすぐに脚を出してください」とおよそ達成不可能な課題を出すわけだ。患者さんも最初は素直に「おお、その方が良かろう」と思われるのだろう、一生懸命にまっすぐに振り出そうとされる。しかし、元々できないから分回しだ。そうするとうぶな僕は一生懸命に修正しないといけないと思い、頻回に「まっすぐに、まっすぐに、まっすぐに!」と指示を繰り返すことになる。


 そうするとそのうちに患者さんが爆発する。大きな声で、「やかましい!わかった!お前の言う通りまっすぐに出しちゃろう!だがその前にこのわしの不自由な脚を治せ!脚が悪くて思うように動かせんのじゃ!まっすぐに出そうと思うのにまっすぐに出せん!どうせえ言うんじゃ、わりゃあ!」と怒鳴られて立ちすくんだものだ。(「わりゃあ」は「お前」という意味の方言。この夢はそれ以来時々見るようになって、今でも見ることがある(^^;))


 なるほど、言われることはもっともなことである。元々脚が動かないからそうしているのであって、口で指示したくらいでできるなら問題にもなっていないはずである。


 そこでまた臨床実習指導者に質問することになる。すると実習指導者も「当たり前だ!口で注意するくらいでなんとかなるものか!お前は思った以上にバカだな!こうするのだ!」と以下のような理屈を説明してくれる。


 患者さんの下肢が思うように動かないのは、姿勢が悪かったり、筋緊張の不均衡があったり、立ち直りなどの姿勢反応が弱まったりしているせいである。だから正しい姿勢を指導したり、臥位で立ち直り反応の促通をしたりするのだ。良い姿勢で立ち直り反応が改善すると筋緊張の不均衡も改善して、きれいに患側下肢が振り出せるようになるのである!


 「どうだ!参ったか!!」実習指導者は口ではなく、態度でそう示してきた。僕は思わず「おお!おおっ!なるほど、なるほど!」と思い、「参りました!」と心のなかで呟いた。


 そして見よう見まねで実習指導者のやっていることを必死に真似したものである。それで何か変わったかと言えば、何も変わらなかった・・・(^^;)


 実習指導者曰く、「お前はまだまだ技術が未熟である。これからもっともっと修行をしなくてはならん!」と老師風に諭す。


 僕は思わず、「はっ!はっ!ははっ!」と心の中で答えた。「俺は・・・俺はとんでもない未熟者である!だから必死こいて修行しなければならんのだ!・・・ならんのだ!」


 今思えば僕もうぶであった。何とか頑張ろうとしたが、結局自分でも何をどうやれば良いのか全然わからなかった。


 それに後から考えると、姿勢が悪かったり、筋緊張の不均衡があったり、姿勢反応が弱まったりしているのも結局は、脳細胞が壊れて弛緩性マヒが出ているからである。つまり力が出ないからだ。だから姿勢が悪くなり、筋緊張が不均衡になり、姿勢反応が弱まるのだ。だからマヒ側の脚も振り出せない。


 やややっ、あの実習指導者、結局、因果の関係を間違っているではないか!原因は脳細胞が壊れてマヒになったことである。その結果、姿勢が悪くなったりしているし、脚も振り出せなくなっている。仕方なく患者さんは、健側の上下肢や体幹を使って何とか患側肢を振り出しているのでそれが「分回し歩行」となっている。


 「姿勢や姿勢反応が悪いから脚がまっすぐでない」という理屈は、結果同士の間に間違った因果関係を想定しているわけだ。


 こんな簡単な理屈は学校で習いたかった。そうすれば実習地であの指導者に馬鹿にされることもなく、逆に「因果関係の想定が間違っていますよ」と言い返せたのに。


 しかし意外にもこんな簡単な間違いや誤解が臨床ではゴロゴロしているのである。 大変なことである!(その3に続く)



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人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その1)

目安時間:約 5分

人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その1)


 最近は減ってきたが、テレビなどでは「今日は正しい歩き方を教えていただくために理学療法士の先生に来ていただいています」などという企画がよくあった。


 僕は色々な意味で興味津々で見てしまうのだが、大抵「胸を張って前を見て、腕を大きく振り脚も大きく振り出すのだ」みたいに指導している。


 やはりそんなことかと思う。もし僕が司会者なら次のように言うところだろう。


 「あ、なるほど。若者のような颯爽とした歩き方ですね。では上り坂になるとどうなるのでしょう?もっと急な上り坂なら?今度は下り坂なら?凍った路面での正しい歩き方はどうなりますか?水田の中では?真夏の炎天下では?・・・・・なるほど、なるほど!正しい歩き方というのは、形ではなくて状況変化に応じて適切な歩き方を選ぶことなんですね」


 しかしどうして世の中はこんなにも正しい歩き方や正しい姿勢を求めるのだろうか?そして一体何が正しいのか正しくないのか、一体誰が決められるのだろう?


 そう言えば正しい運動や作動がはっきり明確なものがある。それは機械である。機械では設計者の意図通りに動くことが間違いなく「正しい運動」である。 たとえばオモチャの歩行ロボットは正確に左右の脚を一定のリズムで振り出していく。平らな床面におくと、正確に同じ運動を繰り返して歩いて行く。


 もし何らかの部品が壊れて左右対称に脚が出ないとバランスを崩して転倒し、歩けなくなってしまう。機械は予め決められた運動が正しい運動であり、それ以外の運動は故障などが原因の悪い運動、間違った運動である、と言えそうだ。


 それでふと気がついたのだが、西欧文明の根底には、人は神(又は自然)が作った機械であるという「人間機械論」という思想があるらしい。デカルト以来の伝統などと言う人もいる。そう言えば昔読んだデカルトの「方法序説」の中に、人の頭の中にある松果体は神との連絡装置であるみたいな記述があって(あやふやで申し訳ない(^^;))「やややっ、ロボットみたいで格好いい!」なんて思ったりしたことがあった(^^;)


 なるほど!人が機械であると無意識にでも考えているのなら、機械には設計者の意図した正しい運動、作動があるわけで、それを目指そうとするのは自然な考え方なのだろう。


 西洋医学は、「悪いところを探して治す、元に戻す」という方向性を基本的に持っている。最近では治せない臓器は移植によって元に戻そうとする。


 そして「悪いところを見つけて治す、交換する」というのは機械の修理方法そのものではないか。治して元に戻すとすると、当然元の(健常者の頃の)正しい歩き方に戻そうとするのだろう。だからマヒも治せないのに、目標だけは「正しい、健常者の様に」と思ってしまうのかもしれない。意識はされなくとも学校教育の影響もあるのではないか?


 まあ、色々考えると大変なことである!(その2に続く)



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