不思議なこと!(後編)

目安時間:約 8分

不思議なこと!(後編)


 患側下肢の四頭筋の筋力検査をすると重力に逆らって全可動域を動かすことができないのに、その患側下肢を半伸展位で支えながら歩けるAさん。筋の収縮は弱いのにどうやって体重を支えるだけの収縮力を生み出すことができるのか?これが大きな疑問でした。


  Aさんの訓練の後、また何人かで同じような経験をします。文献でクロス・ブリッジ説などを発見し、「これだろうか?」と思ったりもしました。でもなんかピンとこない。


 そんな日々、溜まった文献を整理しようと取りだしたところ、偶然一番上に置いた論文を見るとKatz1)のものでした。この論文は、アメリカの理学療法士がシステム論に向かう一つのきっかけとなったということで、昔読んだものです。 でも見た瞬間に、何か引っかかるものがある。そこで久しぶりに読んでみると、「あ、これではないか!」と思いました。キャッチ収縮の説明があったのです。すっかり忘れていた、というより最初に読んだときにその価値に気がつかなかったのです。


 キャッチ収縮はここでも再々紹介していますね。通常カルシウム濃度が上がるとミオシンとペクチンが滑り込み、筋の収縮が起こります。しかし、ある一連のタンパク群の影響で、カルシウム濃度が下がっても収縮が解けずにそのまま収縮状態を維持します。これがキャッチ収縮で、エネルギーを消費しない収縮形態ということで知られています。またこれには電気活動が伴わないので筋電図活動が見られないのです。


 更にキャッチ収縮で検索してみると、日本にはこのキャッチ収縮の研究者が何人もいます。論文を探して何本か読んでみると、平滑筋でキャッチ収縮を起こす一連の蛋白群と同様のものが骨格動物の横紋筋でも見つかっている2)という内容です。


 Katzの論文には更にDietz3)らの論文も紹介されています。足関節の背側可動域が保持されていても尖足歩行をしている脳性麻痺児と成人片麻痺患者で、筋電図活動が調べられました。尖足位で歩いている患者の立脚期には腓腹筋の筋電図活動が見られませんでした。尖足位で体重を支持しているのにです。Bergerら4)は片麻痺患者の歩行中の両側アキレス腱の張力発生を調べました。立脚相の間、患側腓腹筋は張力を発生していましたが、やはり筋電図活動は見られませんでした。これらの研究では筋電図活動が見られないにも関わらず、張力が発生していることを示しています。


 でもこの説明は、まさしくキャッチ収縮の性質に当てはまります・・・・・と、ここで僕の知識は止まっています。もう20年も前のことになります。


 その後CAMRの体系化に向かって取り組んでいたので、この手の基礎研究を学ぶことは自然にしなくなってしまいました。


 実は色々なセラピストと話してみると、意外に多くの人が僕と同じ経験をしていました。臨床では当たり前の現象であり疑問なのです。それなのになぜ大きな話題にならないのでしょうか?様々な研究が出てこないのでしょうか?不思議なこと!


 これらの筋収縮に関する新しい知識をお持ちの方、僕を含めて皆さんにも教えていただけると助かります。


 さて、Aさんは反張膝歩行に納得されたままだろうか?


 今思うと、反張膝歩行は省エネでとても効率的です。初期には下り坂などで膝折れを起こしやすいので危険ですが、次第に全身が反張膝を維持するような運動スキルを獲得するので安定して歩けるようになります。


 以前は「反張膝」を続けると膝痛を起こす原因となるから修正するべき」みたいな意見もありましたが、僕の経験の中では10年以上反張膝歩行を続けても膝痛はないという人ばかりです。因果の関係はあまりないのではないか、と思います。本人が歩行の形を気にしなければ麻痺のある方にとっては一つの選択肢として良いのではないか、などと思います。


 ちなみに僕の経験では、急性期で立ち始めたときから患側下肢の半伸展位での支持と重心移動の運動課題を繰り返すと、反張膝になった例は一つもありません。しかしいったんできた反張膝歩行はほぼ修正不可能だなと思います。(終わり)


【引用文献】

1) . Katz RT, Rymer WZ. Spastic hypertonia: mechanisms and measurement. Arch Phys Med Rehabil. 1989;70:144-155. 46.

2) 盛田フミ: 貝はいかにして殻を閉じ続けるか?-省エネ筋収縮”キャッチ”の制御と分子機構. タンパク質 核酸 酵素 Vol33 No8, 1988.

3) Dietz V, Quintern J, et al.: Electrophysiological Studies of Gait in Spasticity and Rigidity. Brain, 104:431-449, 1981.4) Berger W, et al.: Tension development and muscle activation in the leg during gait an dyspastic hemiparesis: in dependence of muscle hypertonia and exaggerated stretch reflex. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 47:1029-1033, 1984.


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不思議なこと!(前編)

目安時間:約 6分

不思議なこと!(前編)


 片麻痺になって3年のAさん。


 普段は杖歩行中に患側下肢に反張膝が見られます。


 「患側下肢は麻痺のため十分に力が生み出せないから支持性が弱い。それで骨と靱帯で作られる制限を利用して膝関節を固定して体重支持をしているのだろう」と考えます。


 Aさんは「娘が言うには、歩く時に膝がカクッ、カクッと止まって歩き方が変だから歩き方を治してもらいなさいというので治してほしい」と言います。


 しかし「筋力がないので、反張膝で支えている。もし膝を半伸展位(半屈曲位)で支えようとすると膝折れが起きるのではないか?」と考えて、まずその姿勢が可能かどうか試して見ますと・・・できるのです。患側下肢の半伸展位で支えながら健側下肢を振り出すことが可能です!それなりに支持性があるようです。


 「何だ!できるじゃないですか!その調子で歩いてみましょう!」


 Aさんは最初の2ー3歩は慎重に患側下肢の半伸展位で支えるのですが、それを過ぎるとやはり反張膝で歩かれます・・・・それから色々試行錯誤してみます。両脚とも半伸展位で歩いてもらったり、杖ではなく手すりを持って歩いたりしてもらいます・・・


 でも慎重にゆっくり歩く最初のうち膝は半伸展位で歩かれるのですが、すぐに反張膝に戻ります。それに手すりを持っていると良いのですが、杖になると元通り。悩ましい! 休憩時に椅子に座っているときに、ふと思いついて四頭筋の筋力検査をすると重力に逆らって全可動域動かせません。下腿に軽く触れるだけで、下腿は簡単に落ちてしまいます。


 「これは、これは・・・」麻痺のため弛緩気味の脚は、間違いなく必要なだけの力を生み出せていないのです。でも立って膝関節を半伸展位で支えているのです!


 「はてさて、どういうことか・・・・・?」


 理学療法士になって小児施設や学校の教官で16年を過ごし、僕にとって初めて見た成人の片麻痺患者さんでした。「こんな不思議なことがあるのか!」と驚きました。歩行時の半伸展位での支持は確かにできています。でもその収縮力はどこから生まれているのか?たくさんのセラピストに聞いたり文献を探したりしましたが、明確な答えはありませんでした。


 自分なりに仮説も立てました。「ある程度引き延ばされた筋が体重をかけながら収縮すると強く活性化されて狭い範囲で強い収縮力が出るのではないか?」とか「錘体外路系の収縮の利用か?」などです。座位や立位でいろいろと仮説を試して見ましたが思ったように上手く行かないし、Aさんも少し迷惑そうです。


 ともかくAさんの依頼もあります。反張膝歩行の修正は続けます。「半伸展位での支持性は長く保たないのかもしれない」と考え、患側下肢を半伸展位のまま長い時間、健側下肢を様々な方向に踏み出す練習などもします。何週間もかけて患側下肢を半伸展位のまま歩く練習もかなり長くできるようになりました。


 Aさんも患側下肢を半伸展位で支えることに自信を持たれるようになりましたが、それでも普段の歩行では反張膝歩行は治らず、「はあー、だめだねえ・・」とAさん自身が「仕方ないねえ、やるだけはやったわ!」と諦めてしまいました。


 それはともかく不思議なのは麻痺の脚が歩いているときだけに強く収縮して体重を支えながら重心移動ができていることです。(後半へ続く)


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