CAMRは状況変化の技法?(その7 最終回)
Aさんはその3週間後に、自分の脚と杖で歩いて退所されました。まだ膝が痛むことはあるものの、痛みなく歩けるコツが少しずつ分かってきたそうです。
さらにAさんはご家族がいくら言っても聞いてもらえなかった紙パンツと尿パッドを付けての退所でした。
もちろん根本の原因である頻尿・失禁の問題は解決していませんが、元々それが私達の仕事ではありません。ご家族の要望通りに「失禁が大変負担」という問題を解決することが目標でした。
以前は尿失禁のために、毎日たくさんの洗濯物や毎回のトイレ掃除だけでたくさんの労力と時間を費やしていたそうですが、これ以降は全く問題がなくなったそうです。
ご本人さんは問題解決に向けて、皆にアドバイスを求めて、結局、骨盤底筋や腹横筋の筋力強化もやられるようになりました。「単に尿を止めるために締めるだけでなく、尿をたくさん出し切ることも大事だろう」とAさん自身が計画を立てられたので、それに応えてトレーニングを計画しました。
もともと機械の設計をしておられただけに論理的で現実的です。もちろんすぐに効果は見られていません。退院後に、ご家族が希望されていた泌尿器科の受診もされるとご本人が決められました。
どうも後から分かったことですが、Aさんは元々普段から妻が一方的に受診だの、歩けだの、施設でトレーニングだのとうるさく繰り返すので、それに対する反発がこじれてしまったようです。僕に対しても「妻は一旦言い始めると制御ができなくて、言い続けるから嫌になるんだ。だから妻の言う通りには絶対になるまいと意地を張っていた」と笑われていました(^^;))僕もそこは素直に共感しました・・・なんてウソです、僕は妻にはそんなこと思ってませんからね(^^;)
今回は、ユニットでの介護問題の解決がリハビリでの訓練拒否問題の解決にも繋がりました。Aさんとの経験で、僕たちのリハビリドック・チームは自信を付けたと思います。いつも「起こせる状況変化を起こし、良ければ繰り返し、ダメなら他の状況変化を!」と考えます。
特に状況変化のやり方は無限に存在すると言っても良いのですが、今回のようにコミュニケーションのやり方を変化させる、コミュニケーションの立場を変化させることはとても有効であると気づかされました。これ以降は状況変化の第一選択に、コミュニケーション関係の変化を持ってくるようになりました。
今回のエッセイは、2017年発行の拙書「PT・OTが現場ですぐに使えるリハビリのコミュ力」西尾幸敏(金原出版)で掲載しなかったエピソードの一つに加筆・修正したものです。本書には老健のリハビリドック・チームの取り組みがいくつか紹介されています。
たとえば徘徊の認知症老人と職員のコミュニケーションを変化させることで徘徊の問題が解決した例や支配的な夫の一方的な介護関係で苦しんでおられた妻にとっての「言葉のやりとり」から「身体のやりとり」というコミュニケーションに変化させることで問題解決が行われた例、その他などが載っています。
興味のある方は是非ご一読くださいv(^^)
CAMRは状況変化の技法?(その6)
先週末のユニット内の出来事は月曜日の朝にリハビリにも知らされました。 Aさんが来られ、いつも通り最初に挨拶と短い会話をした後に、「あなたも困るだろうから、今日はマッサージでもしてもらおう」と言われます。ユニットの状況変化の流れがそのまま訓練室でも起きています。調子にのって、「運動もどうですか?」と聞きましたが、「運動はやらない」と言われます。それでも良い状況変化です。
早速車椅子からプラットフォームへ移ってもらいます。移乗から端座位へ、端座位から側臥位、背臥位へとなられますが、どうも動きが硬く顔をしかめたりされます。
初めて動いていただくと、体幹部の動きも悪く,痛みを我慢しながら動かれている様子です。まずは体幹部の筋膜リリースをしながら上田法の体幹法という手技を実施します。その後、起き上がってもらいます。
「では起き上がって車椅子に座ってみましょう」と勧めます。「おう」と1人で何とか起き上がられます。車椅子に乗り移ると、ご自分から話されます。
「僕は動くと体の色々なところが痛いんだが、歳だから体の各部は劣化してもう良くならないと思っていた。でもたったこれだけのことでも動きやすくなるね。今は痛みもあまり感じなかったよ」と答えられます。
その「劣化」という言葉で、これまでのことが一気に頭の中で繋がります。 「Aさんは機械に関わってこられたから、自分の身体を機械のように考えておられるのかもしれませんよ。機械は劣化したら部品を交換するか作り直すしかありませんよね。でも人の体は違います。劣化するだけでなく、回復もするんです!」
Aさんは何も答えられません。焦ります、急ぎすぎたか?でもしばらく間を置いて「そうかもしれんな」と言われます。「関節は劣化していて、動くとますますすり減って劣化が進むと思い込んでた」と言われます。状況変化の流れはまだ続いているようです。
「リハビリで膝の痛みは良くなるかね?」と聞かれるので、「ええ、やってみないと分かりませんが、見たところ大丈夫だと思います」と答えます。「では、頼むかな。僕の膝の修理を!」と笑われます。
この後は、順調にリハビリが進むことになりました。
どうもご本人は痛い方の膝をかばう意識で、「劣化を防ぐためにあまり使わないように」歩かれていたようです。だから逆に「膝周囲に力を込めて膝関節を安定させて歩きましょう」と提案しました。最初は両手で平行棒を支えて、痛い膝の荷重時に「力を入れて膝を安定させる」つもりで荷重練習を行います。また痛みの出ないように、「軽い膝の屈伸運動やつま先立ち、step練習」などの運動スキル練習も行います。
最初は変化があるのかどうか分からなかったけど、一旦変わり始めると雪崩(なだれ)の如く変化することもある、と思ったものです。(その7 最終回に続く)
CAMRは状況変化の技法?(その5)
翌日5日目、介護主任がAさんと話し合います。この問題の解決はご本人さんの努力が必要で、そしてAさんはとても努力していることは分かっているということ。
だからAさんが問題解決の難しさは一番良く分かっている。だから私達もできるだけ解決策を提案しますから皆で協力しましょう。早く解決すればご家族も安心されるし、Aさんの希望通り、1ヶ月で退所できること。最後に「もし何か思いついたり、考えがあれば教えてください。皆で協力して解決しましょう。いつでも話しかけてください」と伝えたとのこと。
それに対してAさんは「特にない」と答えられたそうです。それ以降、介護士全員がAさんには「注意しない」ようにしました。
これまでは皆がAさんを世話する意識だったのですが、逆にその意識や態度を止めたのです。Aさん自身が問題解決者だからです。「我慢強くAさんからの指示を待つ」と話し合いました。
問題解決をAさんにお願いした5日目は、変化はなかったそうです。しかし6日目の土曜日に最初の変化がありました。Aさんをさりげなく観察していると、できるだけ長くトイレにいて色々されているということでした。一人で問題解決に取り組んでおられるようです。
そして介護士がトイレに呼ばれて行くとAさんが困っておられました。Aさんは便器に座ったまま、おしっこがしたたり落ちるタオルを持って固まっておられたそうです。どうも衣服を脱いでいるうちに、我慢できなくなって思わず首にかけていたタオルでおしっこを受けたようです。床を濡らさないように頑張られたのでしょう。
それでも予め打ち合わせた通りに「自分で考えて頑張られてたんですね」とコンプリメントをしました。それに対して「ごめん、他にやりようがなかった」と謝られました。謝られるなんて、とても良い状況変化の徴候です。
担当した介護士さんは,思わず「だから、皆が言ってるように尿パッドを使ったらいいじゃないですか」と言いそうになったけれど、すごく我慢してそれには触れなかったそうです。もちろんこの介護士さんの対応が後の状況変化を大きく決定づけたと思います。
彼女は、この経験を機に話をよく聞くようになったし、話すときに落ち着いて話す癖がついたと後から言っていました(^^)彼女自身の介護の仕事の転機にもなったそうです。
またAさんにとっても一人で問題解決に取り組むことの限界を悟られたのでしょう。
そのすぐ後Aさんは介護主任を探して自分から提案されたそうです。「色々やってみたが、やはり小さなパッドというのか、小さな板のようなおしっこを吸うやつを使った方が良いと思うのだが・・・」とのこと。
介護主任は心の中で小躍りしながら、「ああ、それなら良いものがいくつかあります。すぐに持ってきますね」と冷静に答えて、いくつかパッドを持って行き、選んでもらったそうです。
この日を境に、ユニット内での尿漏れ問題は大きく解決に向かいます。
でもまだリハビリ拒否問題があります。(その6に続く)
CAMRは状況変化の技法?(その4)
2日目、3日目も、話しかけを無視されたり、時々返事だけを繰り返します。どうもなかなか会話が成り立ちません。また評価や運動、マッサージ、ストレッチ、散歩などに誘いますが全て穏やかに拒否されます。
「僕の時間は休んだら良いよ」とAさんは言われますが,「そういう訳には・・・仕事なんで」と答えます。何もできないまま訓練時間を過ごすのはとても苦痛です。
4日目には話がポツポツと続くようになります。救いだったのは、全て無視し続けるのはAさんにとってもしんどそうに見えたことです。話の内容、たとえば機械関係の質問などには応えていただきます。時には興味ある内容を付け加えてもらいますので、少しだけ話が膨らみます。リハビリに対して敵意というか拒否の感情を持たれているようですが、どうも「僕自身に対してではない」と思えました(^^;)そう思えたのが心強い。
4日目の夕方、介護、看護、相談員、リハビリなどのリハビリドック・チームが集まって最初のカンファレンスを開きます。
リハビリドック・サービスが運用される前に、チームの全員にCAMRの基本的な考え方は伝えてあります。元々リハビリ・ドックは僕の企画で始まったので、ここはやりたいようにできます(^^;)
原因を探してそれにアプローチするよりは、まずは「どんな問題が繰り返し起きているか?どう繰り返されているか?」を観察します。「その過程の中で、変化が起こせそうなものをとりあえず変化させましょう。まずはやってみましょう」と伝えて、簡単な実習なども行っています。
「問題の原因を探して」とすると意外に、手も足も出なくなるものです。原因はたくさんでるときは出て迷うし、出ない時は全く出ません。出ても解決できないこともあります。問題の観察内容を話すだけなら、意外に簡単にみんなが話し合いに参加できることは、リハビリ・ドックの経験で少しずつみんなも実感しているようです。そして状況変化はいつでもどこででもアプローチできるものです。
会議ではまずリハビリの様子を報告します。最後に「人に指示されたり、世話をされたりすることが嫌なご様子です」と感想を述べます。みんな「あー」と同意します。
老健のユニットの方では、「トイレの時はスタッフに伝えてください」と伝えているものの、初日から黙って室内のトイレを使っているとのことです。洋式トイレで、おしっこは座ったままされているそうですが、「服を脱ぐのが間に合わない」と報告されます。しかし皆で観察した内容を話し合うと、「服を脱ぐのが間に合わないのではなく、服を脱ぎ始めるとおしっこの我慢ができなくなる」のような失敗です。そんな時ズボンやパンツを少なからず濡らしていても平気で車椅子にもどります。ただご家族が言われるほど、びしょびしょになるわけでもないようです。施設で過ごす分、家よりは緊張して過ごしておられるのかもしれません。
本人は更衣を嫌がって「すぐ乾く」などと頑固に構えているとのこと。やはり 「人に世話を焼かれたくないのだろう」と印象が話されます。
介護の1人が「早めにトイレに行って」などとアドバイスすると「急に行きたくなるから難しいのでできない」などと不機嫌に反発されたそうです。
一人の介護士が言います。「言うこと聞かないんだから!問題にしているのか、いないのか、何がやりたいのか、わかんないわよ」なるほど、そんな風にも見られますね。
介護主任が言います。「多分あの方は、みんながアドバイスするような解決策は一人でやっておられるような気がします。だからアドバイスに対して『そんなことはもう試しているが、できないんだよ』と反発しているのかもしれません」
「なるほど!」と思います。「じゃあ、どうしたら良いの?」と誰かが聞きます。しばらくしんとします。こんな時いつも明るく発言してくれる介護士さんがいるので助かります。場違いな甲高(かんだか)い声で、「本人が納得する方法が良いんじゃないの?」と言います。何人かが「あー、そうなんだけど・・・」と言います。
急に介護主任がピンと背を伸ばします。皆が気づいて介護主任を見つめます。「では、状況変化の一案として、Aさんに問題解決の方法を考えて、こちらに指導してもらったらどうかしら?つまり、問題解決策を考えてもらい、その指揮をご本人さんにとってもらって、私達がそれに協力するってのはどう?」
みんな唖然としたようです。でもなんとなく魅力的な状況変化の方向が一つ明確になります。
僕も面白い提案だと思いました。「あ、それは試して見る価値があるかも・・・Aさんならできそう。今はリハビリも何も進まない状態なので,やってみましょう!ダメならまた他の方法を考えれば良いから」と賛成します。
一旦やってみようとなるとみんなからいろいろな具体的意見が出ます。ご本人は早く家に帰りたがっておられるので、これを動機付けとして試しましょう、などとなります。(その5に続く)
CAMRは状況変化の技法?(その3)
Aさんに初めて会った印象は、意外に穏やかな感じの男性です。最初は身体の状態などを聞くのですが、「別に」と答えられます。少しうんざりだという素振りをされます。
仕方なく、「こちらの施設の見学でもしてみましょうか?」と誘うと、「いや、見ればわかりますよ」と答えられます。なるほど、少しリハビリとかに心を閉ざされているご様子です。
なんとかお話ができるきっかけが欲しいものです。そのうち車椅子に乗って手が色々なところを触っているのに気がつきます。「車椅子の操作はどうですか?」と聞くと、「うん、これは・・」といってブレーキや駆動輪などを触り、車輪を手で持って前後に動こうとされます。
ひたすら無言で色々に動かされます。見かねて声をかけようとすると、どうも嫌がられる雰囲気です。ひたすら1人で試行錯誤されます。そのうち左右へゆるりとと方向転換をされます。前へ進み、後方に進み、方向転換も徐々に大きくなります。ともかく試行錯誤を一生懸命されているので、口出しを止めます。
そのうち「どこか・・・あっちの方へ行っても良いだろうか?」と聞かれるので、「ええ、良いですよ」と答えます。意外にも早くも状況変化のきっかけが見つかったかもと思います。
景色の見える大きな窓際までなんとか漕がれます。「車輪は左右独立で、駆動もブレーキも・・・・」などと呟かれます。どうもほとんどが独り言です。「車椅子は初めてですか?」と聞くと「今までは人が押すばかりでね」と不満そうに言われます。とりあえず「人に指図されたり世話されたりが嫌な方なのだろう。それに機械に非常に興味がある方だろう」と仮定します。やはり手伝いにしゃしゃり出なくて良かった、と思います。
「今まで耕運機とか使われたことがありますか?」と聞くと「いや、ない」と言われます。でもこの「妙な質問」に興味をすこし持たれたようです。「こちらの車輪をとめて、こちらの車輪を進めると車輪と反対側に方向を変えます。これで農家の方が耕運機と同じだな、なんて言われるんです」と説明すると、「うん、そうか、耕運機か?」と呟かれます。
「耕運機は操作されたことがありますか?」と聞くとまた無視されました。この後、また会話が途切れました。でも機械に興味を持たれているのは確かなようです。
男性の場合、仕事の話は意外によくされるので、「お仕事は何をされていたんですか?」と聞くと「まあ色々な機械の設計と組立をしてたよ」と答えられます。 「よし!」と思います。ところが後は質問をしても無視されます。ともかく沈黙の時間が長い。僕は元々あまり社交的な性格ではないので、話を上手く繋いでいくことが苦手です。
そんなこんなでこの日の訓練は終わりました。結局少しの会話だけでした。どうもコミュニケーションを意図的に避けているような感じです。でも、車椅子の操作は未熟なので明日はやることがあるかも・・・などと考えます。(^^)(その4に続く)
CAMRは状況変化の技法?(その1)
CAMRが生まれた初期の頃、みんなに憶えてもらいやすいキャッチフレーズを付けることにしました。それで思いついたのが「状況変化の技法」でした。他の人には意味が分かりにくいかも、と思いましたが、なんとなく気に入ってしまったのでそのまま現在も使っています。
ただその後、「CAMRはやはり状況変化の技法であるなあ」と再々実感するようになります。そのことをお伝えすることで、「なるほど、CAMRは状況変化の技法であるなあ」と少しでも感じてほしいので、実例を紹介してみたいと思います。
最初そのことを強く感じたのは、僕が勤めていた老健施設でやっていた「リハドック」というサービスでした。その当時「強化型老健」を目指そうという施設の目標があがりました。まあ、簡単に言うと「強化型」という施設になると収入が増えるので「それやろう!」となったわけです。
そしてサービスの趣旨はズバリ、「在宅生活を支えるための入所サービス」です。しかし始めたばかりのリハビリ・ドックには利用者さんがなかなか集まってきません。
そこで目を付けたのが、ケアマネさんの抱える「色々な面で困っている利用者さん」を引き受けて、1ヶ月程度の期間でその問題を解決しようということです。そうすれば地域のケアマネさんの間でリハビリ・ドックの噂が広がって利用者さんが増えるのではないか、と考えたわけです。
実際に在宅生活では「次第にからだが弱って転げやすくなった」とか「膝が痛くて歩かなくなった」とか「失禁が多くなって介護が大変」とか「紙パンツやポータブルトイレを嫌がるので困っている」など、在宅生活を続ける上で家族が介護で困っている場合が多いのですよね。
しかも他のデイケアや老健で問題解決が上手く行かなかった方も比較的多いのです。
そんな他施設で解決しなかったような利用者さんを受け入れて何とかしてみようという無謀な挑戦が始まったのです。
この物語は、リハビリ・ドックを実現させる過程とその中で苦闘した人々の記録である・・・(中島みゆきの「地上の星」をバックに(^^;)!) あっ、話がテーマから逸れてしまいました。次回から「状況変化の具体例」について述べていきます(^^;)(その2に続く)