人の運動システムのもっとも基本的な役割は、人にとって必要な運動課題を達成することである。危険が迫ると逃げようとするし、お腹が減ると食べ物を探す。町を歩いていてもお腹が減ってくると、たとえ意識していなくても急に食べ物屋の看板が目につくようになる。
実際に運動システムは日常的な動作の多くを意識からある程度自律して処理している。体の姿勢保持や歩行の調整、反射的な動作、内臓機能との連携といった複雑な活動は運動システムが意識から自律して行っている。
人の運動システムは意識から自律してその人に必要な運動課題を達成しようとするのが普通なのである。
運動システムは意識に支配されているというイメージが強いが、元々そのような自律的な課題達成や問題解決の作動をする性質を持っている。それが一番強く表れるのは、必要な課題達成が障害などによって達成できなくなるときに現れる「問題解決の作動」である。
たとえば腰椎ヘルニアになると、少しでも動くと強い痛みが出る。そうすると痛みが起きにくい方向に脊椎の側屈などが起こる。またそのまま体幹部を硬く固めて動かないようにしてできるだけ痛みを軽減しようとする問題解決の作動が起こる。腓骨神経麻痺では、下垂足が生じてつま先が床に引っかかって危ないので、鶏歩などの歩行スキルが生まれて転倒を避けようとする問題解決が起こる。片麻痺後には、患側下肢が麻痺で振り出せなくなる。そうすると健側下肢を中心に体幹を回旋して患側下肢を振り出すための「分回し歩行」スキルのような問題解決の作動が現れるのである。
それでCAMRでは、このような意識から自律して必要な課題達成を行ったり問題解決をしたりする作動を、「自律性」と呼んでいる。
約100年前に英国の神経生理学者のジャクソンは、脳性運動障害後に筋が硬くなる現象を健常者には見られない「陽性徴候」という分類の症状として説明した。上位中枢の抑制が失われて下位レベルの機能が解放された「症状」という仮説を提案した。
まるで風に吹かれる柳の枝のように、人の運動システムも傷害に翻弄されるままのようなイメージを持っているようだ。
しかしCAMRでは、「人の運動システムは自律的に問題解決をはかるものだ」と考えるのでそれとは違う仮説を提案している。
つまり脳性運動障害後の主症状は弛緩性の麻痺である。つまりジャクソンのいう陰性徴候である。弛緩状態の手脚は水の入った袋のようなものである。支えられないどころか重りになってぶら下がるし、揺れて重心を乱す。これでは動けないので運動システムは勝手に問題解決を図るのである。
つまり筋肉を硬くするようなメカニズムを利用して筋肉を硬くするのである。伸張反射や原始反射はある程度筋の緊張を高めることができる。
それに筋自体が持っている筋肉を硬くするメカニズムがある。二枚貝の平滑筋で見られるキャッチ収縮を起こす同じような蛋白群が脊椎動物の横紋筋に存在することが研究で報告されている。
筋肉が硬くなるのは、症状ではなく脳性運動障害後の弛緩状態の体を硬くして動くための運動システムの自律的問題解決ではないか、と考えるのである。
そうすると臨床で脳性運動障害後の症状群の中でよく見られる、筋肉の硬さだけが改善する理由も納得がいく。筋の硬さは運動システムが障害後に問題解決の作動として生み出したものなので、他の症状は改善しないのにこれだけは改善する訳だ。
また柔らかくなった筋肉が硬くなる過程で、伸張反射の亢進現象が見られているわけでもない。静かに、静かに硬くなることも多いのである。
学校では国家試験に受かるために、ジャクソンの仮説に過ぎないアイデアを真実のように、あるいは真実として教えてしまうので、臨床経験とは全く矛盾した説明になっているのに、その仮説の方を信じてしまっているのである。






















