異常歩行は誰の問題?その3
前回は人の運動システムの作動の特徴の一つ、「状況性」からぶん回し歩行を考察してみた。片麻痺患者さんは半身に弛緩性麻痺が生じるという状況変化に対応して、歩くためにぶん回し歩行という新しい歩行スキルを生み出して歩行の機能を獲得・維持しているので、状況性という作動の特徴は失っておられない、と説明した。
今回はもう一つの運動システムの作動の特徴である「自律性」について説明したい。
人の運動システムには、その人にとって必要な運動課題を自律的に達成しようとする作動がある。「自律的課題達成」という作動である。
たとえばお腹が空くと自然に食べ物を探したりする。町中を歩いている時、お腹が空いていない時は興味のあるものに自然に注意が向くが、一旦お腹が空いてくると自然に食事処の看板に注意が向く。また何か正体不明の危険が迫っていると感じたときには、体が自然に逃げる体勢をとるし、どんな危険かに興味があると逆に留まってその正体を探索しようとする。
一方、腓骨神経麻痺になると下垂足になり普通に歩こうとするとつま先が床に引っかかって危険なので自然に膝を高く挙げてつま先が床に触れないように鶏歩という歩行スキルを生み出して問題解決を図る。腰痛ヘルニアになると、動くと疼痛が生じるので脊柱は逃避性の側彎が生じ、体幹の筋肉を収縮して固めてできるだけ痛みが出ないように一体になって動く。失調症では、重力と床の間で上手く体をコントロールできないという問題(基礎定位障害)が生じてバランスを崩しやすくなるので、スタンスを広くとって基底面を広げて倒れにくくするという問題解決を図る。
いずれも本人の意識とは関係なく、運動システムが課題達成のために自律的に問題解決の作動を起こす。これを「自律的問題解決」と呼ぶ。そして「自律的課題達成の作動」と「自律的問題解決の作動」の二つの作動を合わせて「自律性」と呼ぶ。
だから片麻痺患者さんでも弛緩性麻痺で患側下肢が振り出せないので、健側の上下肢体幹を中心にぶん回し歩行という歩行スキルを自律的に生み出して問題を解決して歩行という課題を達成しようとするわけだ。
従って脳卒中片麻痺患者さんでは「状況性」と「自律性」という両方の作動の特徴が失われていないことが分かる。
こうしてCAMRの視点から見ると、患者さんは生まれながらの「運動問題解決者」であり「運動課題達成者」なのである。
私たちはセラピストの立場から患者さんの歩行を「異常歩行」だとか「正常歩行」などと評価しているが、患者さんにとってはどうでもよいこと、余計なお世話でもある。特に「異常」などという言葉は害ばかりあって一利もない。患者さんは異常歩行という悪い歩行を生み出しているのではなく、「状況変化に応じて課題達成のための新たな歩行スキル」を努力して生み出しておられるだけである。
またセラピストの教育においても害がある。異常歩行といわれると、セラピストは「悪い歩行の形だから矯正しないといけない」と単純に思い込んでしまう。実は僕も若い頃そう思っていた。そうして、生み出された歩行スキルの意味や価値などは考えずに、ひたすら「矯正しよう、治そう」と努力しては失敗してしまう。挙げ句の果てに自分がまだ未熟だからと自分を責めたり、患者さんにやる気がないなどと患者さんのせいにしたりしているのをたくさん見てきた。
麻痺のある体でなんとか適応的に歩くために、患者さんが生み出したのがぶん回しの歩行スキルである。できれば学校教育の中から「異常歩行(運動)」という間違った、悪いイメージを伴う用語は使わないようにした方が良いと思っている。
次回はこのシリーズのまとめです。(その4に続く)
異常歩行は誰の問題?その2
前回も述べたように、そもそも見た目の形ややり方が正常歩行から逸脱しているだけで、「異常」だと言ってしまうのは問題である。というのも「異常」という日本語としても非常に強い否定的、悪い意味の「ラベル」を貼ることになるから。
今回は患者さんの生み出した歩行、たとえば「ぶん回し歩行」は、実は正常な歩行の一種ではないか、と提案したいと思う。
そこでまずは健康な若者の歩行を観察してみよう。若者は明るく広い廊下を普通に歩いている。しかし真っ暗闇の中では両手を前に、そして片脚も前に出して彷徨(さまよ)わせて障害物を探しながら少しずつ進む。
人混みの中では、横向きに歩いて狭い隙間を進んだり、前から迫ってくる人を後に下がって横向きになり進路を譲ったりする。
健康な若者とは言え、いつも同じように歩いているわけではない。大好きな恋人に振られた直後は、背中を丸めて両肩を落としトボトボと歩く。逆に良いことがあると弾むように歩いたりする。前から怖い犬が来ると緊張してぎこちなくなる。
丸太の一本橋では両手を広げてバランスをとりながら横向きに、あるいは正面から綱渡りのように進む。
凍っている路面では、背中を丸めて足下を見ながら滑らないようにヨチヨチと進む。自然に両手がほんの少し前に出てバランスをとる。パーキンソン病の歩行の形にも似ている。
浅いが広い水溜まりがあれば、靴が濡れないようにつま先立ちになり、浅いところを探しながらつま先立ちで歩く。これは尖足歩行の形である。
田んぼの中を進むときは、片脚を泥から引き抜くのにやはり尖足の形になる。背屈位では泥から引き抜くときの抵抗が大きいからだ。さらにつま先まで泥から引き抜くために膝を高く挙げることになる。これは腓骨神経麻痺で下垂足があるときの鶏歩の形である。
若者の片脚に重い重垂ベルトを巻くと、最初は脚の力でまっすぐに振り出すが、やがて疲れるので体全体で振り出すようになる。これは片麻痺患者さんのぶん回し歩行に似ている・・・・ どうだろう、こうして見ると健康な若者は、環境や状況の変化に応じて歩行の形ややり方を適応的に変化させている。環境や状況の変化は無限にあるので、若者の歩行の形も無限に変化する訳だ。健常な若者の歩行なので全ての形が正常歩行と言えそうだ。
学校の教科書では、見た目で若者の平地での標準的な形を正常歩行と決めている。
一方CAMRでは、人の運動システムの作動の特徴に焦点を合わせる。そうすると上述のように人の運動システムには、「環境や状況の変化に応じて、形ややり方を変えて、 適応的に歩行の機能を生み出し、維持する」作動の特徴があることが分かる。
この作動の特徴はCAMRでは「状況性」と名づけられている。つまり正常歩行とは、歩行の形ややり方ではなく、「状況性」という作動の特徴を示しているかどうかである。
そうすると片麻痺患者さんは「半身に麻痺が起こるという状況変化の中で、『ぶん回し歩行』という歩行スキルを生み出して適応的に課題を達成するという状況性」を示しているとも言えるので、ぶん回し歩行はCAMRの定義では正常歩行の一種と言える訳だ。
次回はもう一つの作動の特徴からぶん回し歩行を評価してみようと思う。(その3に続く)
運動理解のための新しい視点:CAMR(その6 最終回)
今回は人の運動システムの作動の特徴として主に「自律性」を説明してきた。
CAMRでは他に「状況性」と「課題特定性」という作動上の特徴が重要であると考えている。
基本的に人と機械の運動システムは全く違う作動の特徴を持っている。機械は設計者に決められた通りの作動を行う。それ以外の作動は起きない。人では、問題が起きると自ら解決を図ろうとこれまでとは異なる作動を開始する。人の運動システムは余剰な運動リソースを持っており、様々な異なった作動で同じ運動結果を生み出したりできる。
たとえば片麻痺の方がそれぞれの麻痺の程度や分布に応じて、様々な歩行の形を生み出される。それぞれの状況に応じて相応しい形が生まれてくるわけだ。もし柔軟性や筋力などの運動リソースが変化すればまたそれに相応しい新しい運動スキルが創造されて歩行の形も変わる。人の運動システムは、状況変化に応じて創造的なのである。
人の運動システムを理解するときに、構造とその各部分の機能から理解する視点は、非常に有効であるのは間違いない。だがこれだけでは人の体を機械のように考えてしまうし、素朴な因果関係で障害を理解して機械を修理するように治療を考えてしまう。
そんなものはないのに「正しい運動」という幻想に囚われたりする。機械には正しい運動があるからだが、人にはそんなものはない。
だから同時に「自律性」や「状況性」、「課題特定性」といった人の運動システムの作動の特徴からの理解を加えることで、人の運動システムや障害の現象がより深く理解できるようになって、これまでとは異なったアプローチも生まれてくる。
二つの視点があれば、二つの異なったアプローチを持てるので、それぞれやってみて比較することも可能である。僕たちセラピストの問題解決の選択肢を増やすことができる訳だ。
また馴れてくると、二つの視点を組み合わせてより効果的なアプローチを生み出すことも可能であると思う。セラピストにとって、とても良いことではないかと思っている。
また今年の夏以降に講習会を再開する予定である。是非参加して視野を広げる経験を楽しんでいただきたいと思っている。
※現在CAMRの情報、講習会のお知らせは以下のSNSから。
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また書籍には以下のものがあります。
① 「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」(西尾幸敏著 金原出版)書籍版・電子書籍版共に2420円
②「リハビリのシステム論-生活課題達成力の改善について(前・後編)」(西尾幸敏著 Kindle本)電子書籍版(前編400円 後編600円)ペーバーバック版(前編1032円 後編1152円)
② 「脳卒中あるある!-CAMRの流儀」(西尾幸敏著 Kindle本)電子書籍版300円 ペーバーバック版852円
④「脳失注片麻痺の運動システムにダイブせよ!~CAMR誕生の秘密」(西尾幸敏・田上幸生共著 Kindle本)電子書籍版100円 ペーバーバック版737円
その他5冊あるが全部電子書籍のみで全て100円
前回までで、脳卒中後に見られる伸張反射の亢進や筋の硬さは、弛緩状態という問題を解決するための「外骨格系問題解決」の作動であると説明してきた。ただ過剰に繰り返されて「偽解決状態」になって新たな問題を生み出している。
弛緩状態では動けないので、問題解決として筋を硬くしたのだが、硬く成りすぎて動くこと自体が困難になっているわけだ。元々の弛緩麻痺という症状に新たな現象(筋が硬くなって柔軟性が低下するなど)が加わって、より複雑な全体像になって僕たちの理解も混乱するわけだ。
ただその過緊張状態は、障害後の運動システムの問題解決の作動である。症状ではないので、その硬さは改善可能であると前回述べた。
たとえばその方法の1つは、「上田法」という徒手的療法である。上田法は過緊張状態の筋肉を柔らかくする。低下していた柔軟性が再び表れる。すると本来存在した運動能力が表れるようになる。
上田法の特徴の一つは誰でも身につけることができ、効果を実感できる徒手的療法だ。ご家族や教師、生活指導員、介護職など専門知識がなくても治療効果を生み出すことができる。
もちろんセラピストは姿勢や硬さの観察・評価の技術を通して、個々の患者さんに応じた適切な手技選択を通して、より大きな効果を生み出すことができる。学べば学ぶほど奥の深い評価・治療技術である。
上田法を通して過緊張が消えて、運動範囲や重心の移動範囲が広がり、運動速度が改善する。硬さが取れることで動くための努力が軽減する。それで発汗や息切れが軽減する。また痛みや不快感も改善する。
さらにできなかった寝返りや起き上がりが、そして低い椅子から立ち上がりが可能になることもある。股関節周囲の過緊張が緩んで歩行時の歩隔や歩幅が広がって楽に、速く、安定して歩けるようになることもある。
つまり外骨格系問題解決の「偽解決状態」の袋小路から、患者さんを救い出すことができる。
外骨格系問題解決は、過剰に繰り返されて硬くなりすぎて動けなくなってしまう。そうすると患者さん一人ではこの「偽解決状態の袋小路」からは抜け出すことができない。運動システムが硬くなりすぎた筋を緩めるための問題解決の方法を持たないからだ。だから硬くなった患者さんは一人で抜け出すことができない。過緊張の偽解決状態は、患者さんに取って袋小路なのだ。
だが上田法は柔軟性という運動リソースを改善し、その偽解決の袋小路から患者さんを救い出すことができる。
ただ上田法を実施するだけでは、時間経過と共に再び過緊張状態に戻ってしまう。
ただ上田法は硬さの改善が従来のストレッチと違って、長く続くという特徴を持つ。それで、筋が柔らかく柔軟性のあるうちに、運動リソースを増やし、新しい運動スキルを試行錯誤、発展させるための時間的余裕が生まれる。
それでCAMRの臨床経験から分かったのは、上田法で過緊張を改善した後、
①改善可能な運動リソースをできるだけ改善すること。たとえば支持性や持久力を改善し、杖や環境内の利用可能なものを工夫して行く。環境内の利用可能なものを発見する能力を高めるなどである。
②さらに増加した運動リソースを利用して、必要な運動課題を達成するための運動スキル学習(有用な運動リソースの探索活動、課題達成のための運動スキルの発見・創造の試行錯誤など)を実施することだ。
また昔から脳卒中片麻痺の現場では、経験的に「動くことが体を硬くすることを防ぎ、運動性を維持することができる」ということが言われてきた。
CAMRでも同様に「多様に動き続けることこそが、外骨格系問題解決の過剰な繰り返しを抑制する」ということが経験的にわかっている。
つまり従来とは少し異なったアプローチを試すことができる訳だ。これまでのやり方で変化や改善が見られないときは、この方法を試してみる価値はあると思う。(その6に続く)
人の運動システムには「なんとか問題を解決して課題を達成するために、自律的に身体の内外に利用可能な運動リソースを探し、問題解決と課題達成のための運動スキルを生み出して、必要な課題を達成しようとする」性質がある。
これはCAMRでは「自律性」と呼ばれる作動の性質である。
この作動の性質は、たとえ障害が起きても変わらずに作動する。問題を解決して必要な運動課題を達成するというのは、運動システムのもっとも基本的な作動だからだ。もし仮にこの作動の性質が見られないとしたら、人の運動システムとしては崩壊していると言える。
脳卒中では発症直後に弛緩麻痺が見られる。弛緩状態の体というのは、可動性のある骨格が水の袋に入っているようなものだ。プラスチックの袋に水を入れてテーブルの上に置くと重力に押されて安定するまで広がろうとする。弛緩状態の体もそんなことになる。不安定に揺れながら安定するまで広がろうとする。
そして健側の体を常に患側に引っ張り続ける。常に揺れて体全体を不安定にする。体重を支えたり重心を移動したりすることができない。これでは体を安定させたり、動いたりすることができなくなる。
それで運動システムは自律的に問題解決を図る。弛緩状態の部位の筋肉を硬くするわけだ。身体の内部に筋肉を硬くするためのメカニズムを探して総動員する。
傷ついていない脳幹から下のレベルでコントロールされる伸張反射や原始反射を亢進させることで、少しでも筋肉に収縮を起こそうとする。また筋肉自体にはキャッチ収縮というメカニズムがあってエネルギー消費無しに収縮状態を維持することができる。これを強めて筋肉を硬くする。
硬くなると体重を支え、重心移動のための支点もできる。これで動くことが可能になる。あるいは硬くなって塊となった上肢は揺れることなく健側の体についてくるようになる。それで動けるようになるわけだ。
CAMRでは、体を硬くするのは障害後の弛緩状態という問題を解決するための運動システムの自律的な問題解決であると理解する。これはCAMRでは「外骨格系問題解決」と呼ぶ。筋肉を硬く固めて、カニや昆虫などの外骨格動物のようにそれで支持を得るからだ。
だが、これで「めでたし・・・」とはいかない。この問題解決は、あり合わせのメカニズムを使った急場しのぎの対処である。抑制が利かない。次第に過剰に繰り返されるようになる。体は徐々に硬くなって、運動範囲を小さくしてしまう。硬くなった筋肉は抵抗になり、動く速度が遅くなる。あるいは動くためにより努力が必要になる。ちょっとした運動でも発熱、発汗、息切れが見られるようになる。
さらに過剰に繰り返されると硬く成りすぎて動けなくなってしまう。あるいは不快感や痛みなどが見られるようになる。
初期には問題解決の作動だったのに、次第に新たな問題を生み出して患者さんを苦しめてしまう。このように問題解決が新たな問題を生み出してより悪い状況を作り出すような問題解決を、CAMRでは「偽解決(psuedo-solution)」と呼ぶ。
実はこの偽解決が患者さんの障害による状況をかなり悪くしている。偽解決状態を改善するだけで患者さんの持っている隠れた運動能力が発揮されやすくなってくる。
これら伸張反射や原始反射の亢進や筋肉が硬くなって過緊張状態になることは、Jacksonの階層型理論では脳性運動障害の症状として理解されていた。
Jacksonは陽性徴候の原因は、中枢神経系の上位レベルの下位レベルの解放現象として説明した。それで治療方針としては、上位レベルの機能を回復するという方針を持つ。壊れた脳細胞の再生を目指したり、壊れていない脳細胞にその機能を再学習してもらったりしようとするわけだ。
この考えは日本に入って60年近く経つが、未だにそれがなされた、成功したという科学的報告はない。きっと実現不可能な方針なのだろう。
さて、CAMRでは外骨格系問題解決によって生まれた筋の硬さは、障害後の運動システムの問題解決の作動によって生まれた状態である。症状そのものではない。それでその過緊張状態という偽解決状態を改善することは可能である。
たとえば上田法という徒手療法がある。(その4に続く)
運動理解のための新しい視点:CAMR(その3)
前回まとめたように、人の運動システムには「なんとか問題を解決して課題を達成するために、自律的に身体の内外に利用可能な運動リソースを探し、問題解決と課題達成のための運動スキルを生み出して、必要な課題を達成しようとする」性質がある。
これはCAMRでは「自律性」と呼ばれる作動の性質である。
腓骨神経麻痺になると下垂足になり、つま先が床に引っかかり転倒しやすくなる。それでは安心して歩けないので、「鶏歩」という歩行スキルを生み出して問題解決して、安全に歩くという課題を達成するわけだ。
腰椎ヘルニアになると体幹が動く度に疼痛のために動けない。そこで体幹を硬く固めて痛みをできるだけ抑えようという問題解決を図る。
失調症では歩隔を広げて立ち、基底面をできるだけ広くして重心が基底面から飛び出さないようにするという問題解決を図る。こんな例はいくらでもある。
運動システムは常に問題解決を図り、必要な課題を達成するという自律的な作動を行っているものだ。
一方で、学校で習う運動理解の視点は、構造と各部の働きから動きを理解する。よく臨床で、「この運動が上手くいかないのは、○○筋が働いていないからだ」などと言われる。これはまるで人の体を機械のように理解している。
というのも「○○ができないのは△△筋が働かないから」のような公式は機械ではよく当てはまる。機械の部品はがんじがらめに組み立てられているので、一定の決められた動きしかしない。部品が一つ壊れると止まるか、ある異常動作をする。たとえば「その異常動作の原因は、Aユニットの駆動ボックスに問題があるようだ」などと言い当てることができる。構造的にはそれが納得できる場合が多いからだ。
しかし人の運動システムは単純に構造と各部位からだけでは理解できない。何か問題が起こると、自律的に問題解決を図るという性質があるからだ。
たとえば脳性運動障害の理解を一つの例として挙げよう。1932年に提案されたJacksonの階層型理論が現在の脳性運動障害の一般的な理解の枠組みとなっている。
このアイデアでは、「脳性運動障害後に見られる現象は全て、脳の細胞が壊れたことが原因だ。つまり脳の細胞が持っている機能が失われたから、それらの症状が現れた」と説明する。だから基本的には壊れた脳の構造を治そうとする。あるいは他の細胞で壊れた脳細胞の機能をカバーさせようとする。あくまで「治す」ことが目標になる。
脳性運動障害後には、健常者で見られる機能が失われる。随意性や協調性、姿勢反応が低下あるいは失われる。これらの現象群を陰性徴候と名付けた。また健常者では見られない現象が見られる。伸張反射の亢進や原始反射の優位な出現、また筋の過剰な硬さ(過緊張)などが見られる。これらを陽性徴候と名付けた。
これらの現象は全て中枢神経系の機能で説明される。脳細胞が壊れたから、その後の現象は全て壊れた脳細胞の機能が失われたからだという素朴な因果関係で説明する。陰性徴候も陽性徴候も上位脳細胞が壊れることで、それらが持っている機能が失われることによる、と説明する。
随意性をコントロールする回路が壊れるから、随意性が失われるわけだ。特に「上位脳細胞は下位中枢の脊髄などの働きを制御・統御する」働きを持っていると「仮定」している。それで上位脳細胞が壊れて、下位の細胞の働きを抑制・コントロールできなくなるため、下位レベルの働きである伸張反射や原始反射の機能を抑制できなくなり、それら下位レベルの解放現象として陽性徴候が見られるようになるのだ、と説明する。
ただし気をつけないといけないのは、これは真実ではなくあくまでも「Jacksonの仮説である」ということだ。誰も真実は知らない。(もちろん僕も(^^;))
しかしCAMRの仮説は脳性運動障害後に見られる現象をもっと上手く説明できる。この「自律性」という運動システムの持つ作動の特徴に焦点を当てることで。(その4に続く)