生活課題を達成するのは、筋力ではない!-運動スキルの重要性(その5)
さて、今回から患者さんが運動スキルを発達させる過程を、リハビリのセラピストがどのように手伝ったら良いのかを考えてみます。
まずこれまでの話で、運動スキルとは「課題達成のための運動リソースの利用の仕方」であると述べてきました。つまり運動スキルは利用可能な運動リソースが多様で多量であればより十分に、柔軟に、多彩に生まれてくる可能性があります。材料が多様で多量であれば、より多彩で豊富な製品が生まれてくるのと同じ理屈です。
従ってセラピストは常に元になる身体リソースや環境リソースなどの運動リソースを増やしていくことが基本の仕事の一つです。
たとえば筋力という身体リソースをより改善することは大事ですが、一つの筋活動だけを強くしても運動スキルの材料としては不足ですよね。できれば多様な筋活動があって、それぞれの筋活動ができるだけ強いと良い訳です。
かといって人に存在する無数の筋活動を一つ一つ強化するなんていうのは実用的ではありません。どれだけ時間があっても足りないわけです。
そこでCAMRでは、筋力や筋活動の多様さ、持久性などの身体リソースの改善は適切な運動課題を設定して運動スキル学習と同時に改善するようにします。適切な課題を通して様々な身体活動を行うことにより、運動認知を適切化し、必要な身体リソースを増やし、なおかつ基本となる運動スキルも生み出すわけです。
まずは筋力や筋活動の多様さ、持久性などの身体リソースはそれらを利用するためのもっとも基本的な運動スキルの創造過程の中で同時に改善していきます。
もっとも基本的な運動スキルとは、たとえば「基礎定位の運動スキル」です。基礎定位とは、大地と重力の間で身体を安定させる能力です。人にとってもっとも基本的な能力の一つです。これを行うための運動スキルを発達させることがまず必要になります。
たとえば脳卒中直後の患者さんが最初にリハビリを開始するときのことを考えてみましょう。ベッドの上で介助して健側へ寝返りして、両下肢をベッドから垂らし、座位になってその姿勢を保持してもらいます。
患者さんは座位姿勢を保持しようとしますが、身体の状態の変化が把握できていないので座位を保持することができません。元気な頃のように座ろうとすると患側へ倒れてしまいます。当然ながら元気だった頃の運動スキルが役に立たないのです。
そこで通常セラピストは、「健側上肢へすがって、健側中心に座る」という課題を出します。
患者さんは試行錯誤し、失敗を繰り返したりしながら徐々に健側中心に安定して座るための運動スキルを次第に生み出します。
運動システムは全体として、この安定した座位保持のために新たに再組織化されます。たとえば患側上肢は最初弛緩状態のため、重りとして体幹を患側に引っぱりますが、徐々に屈曲して硬くなり、体幹に近づいて体幹と一つになって動くようになります。麻痺した弛緩状態の部分でも体を硬くするための身体リソースである伸張反射やキャッチ収縮などによって硬くなっていくわけです。もちろん健側の筋力や筋活動も盛んになって新たな運動スキルに利用されます。
面白いのはこの段階で、身体を安定させる方法にどんな身体リソースを使うかは患者さん毎に違っています。元々農業などで体を使ってきた人は、体幹の強さや手脚の力で重心を健側に引っ張って安定させますし、筋力の弱い人は柔軟性を利用してより体幹を健側へしならせながら重心を引きつけます。下腹部から腰部にかけて太った方はそれだけで基底面が広く、重心も低いので特に苦労することなく座ったりされます。その体型自体が座位での基礎定位に役立つリソースなのです。
運動システムの個性によって、様々な運動リソースが利用されるわけです。運動スキルを生み出しながら、その過程で体の健側寄りの軸を中心にするために筋力や筋活動は必要な改善をしていくのです。
ともかくこれが基礎定位の第一段階です。ここで身に付けた運動スキルはやがて、起立や立位保持、歩行の中に組み込まれてより複雑な運動スキルに発達するわけです。(その6に続く)
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