意欲のない人(その7)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 8分

意欲のない人(その7)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 俺は話を続けた。


「あと、今は週2回こちらに来られて、計4日間はおられるんですよね」


「ええ、月曜日に来て泊まって、木曜日に来て泊まってます」


「ではその時に娘さんに必ずやって欲しいことがあるんです」


「何ですか?」


「一つは体操です。大変かもしれませんが、娘さんが来られたときにおかあさんと一緒に体操をして欲しいんです」


「ええ、それは良いですよ。どんなものですか?」


「手で椅子の背を持って立ち、つま先立ちを20から30回、足踏みを20から50回、片脚を横に出して元に戻す体操を20から50回」


 俺はやって見せながら説明した。


「最初は20回くらいから始めて、できそうなら少しずつ回数を増やします。そしてすこしでもやったら褒めてあげてくださいね。決して無理強いしないように。あ、そうそう、『おかあさん自身のためではなく、私のためにやって!』という感じでかまいません。


 つまりこう考えてください。部屋替えもそうなのですが、これまでとは状況を変えること、これが大事です。これまでは『自分のために頑張って』と言ってきたわけでしょう。だからこれからは『私のために頑張って』とこれまでとは違ったことをたくさん積み重ねていきます」


「ああ、これまでと違うことをやって試して様子をみると言うことですか?」「ええ、そうです。それで上手く行きそうだったらそれを繰り返し、上手く行かなかったら別の言い方ややり方を試します。そんな風に考えてみてください」 


 更に娘さんがおかあさんにしてあげられる簡単な体幹のストレッチといわゆる「失禁体操」を指導する。失禁体操は娘さんも非常に興味を持って色々聞いてこられる。


「まあ簡単そうな体操だし、一緒にやってみます」


「あと、もう一つ!」


「えっ、まだあるんですか?」やや、不服そうな表情をされる。


「ええ、申し訳ないのですが、実はいくつかのことを同時にやってみることで状況変化がより大きくなるんですよ。それでですね、おかあさんは話すのが不自由そうですね。普段あまりしゃべらないので口の動きが悪くなっているようです。それで口回りの体操もいくつか一緒にやって欲しいんです。他の全身の運動と一緒にやるとより効果が出やすいのです。そして一度にいろいろ、短期に集中してやると効果も大きくなります。もちろん無理のない範囲で始めて、無理のない範囲で続ければ良いです。それにこの体操をやるとほうれい線が浅くなって、頬も上がって若く見えると言われてるんですよ!」


 娘さんは思わず吹き出した。


「あら、じゃあ私もぜひやらなくちゃ!ええ、ええ、わかりました」


 どうやら覚悟を決められたらしい。


「無理なくできそうなことはできるだけ続けてやってみます。一度に、同時に、いろいろやってみるんですね」


 表情が更に明るくなった。


「そうです。そして申し訳ないですが、もう一つ。今は病院には通っておられますよね?失禁のことを相談したことはありますか?」


「ええ、今は近所の内科、整形外科に通っています。内科は糖尿とか脳卒中があるので。でも失禁については相談したことがありません・・・・整形は右股関節の頸部骨折があって、手術をした関係で3ヶ月に一度様子をみて貰ってます」「なるほど。内科ではたくさんお薬を貰ってますか?」


「ええ、とってもたくさん」


「ここしばらくで新しいお薬を貰ってますか?たとえば半年前くらいから・・・」


「半年前よりもっと前からのお薬で、あまり変わったものはありません。いや、確か・・・血圧を下げる薬を新しくして、脚が腫れたりとかしていくつか増えました・・・ともかく薬の数が多くて大変だと思ってたんです」


「今度内科に行かれるときに、先生に相談してみてください。ここしばらくいつも失禁するようになってしまったこと。もしかして薬の副作用が関係していないか、ということです」


 ここでも娘さんの顔が輝いた。失禁体操と同じく納得できる解決策と思われたようだ。


「ああ、もしかしたら薬のせいだったかもしれないんですね。是非、相談してみます」


「それと・・・ケアマネさんから話を聞きました?」


「ええ、デイ・サービスを変わるっていう話ですよね。ケアマネさんといろいろ相談して、是非にとお願いしました」


 実はデイサービスの変更をケアマネの裕美さんと計画したのだ。今は午前中に数時間のデイサービス利用で、リハビリをするだけである。ほとんど他の利用者さんと話をすることもないそうだ。おかあさんが人付き合いを億劫がるのでそうしたのだが、週2回の数時間のお出かけ以外はこの部屋で過ごしているため、この部屋との結びつきが強すぎるのだと思ったからである。娘さんの希望で入浴サービスがあって9時から4時までのデイサービスを今週中に母と娘で見学することになっている。デイサービスを変えればまた状況は大きく変化するだろう。


 さて、サイは投げられた!後は結果を見ていくだけだ。


「しばらくは大変だと思います。何か気になることがあったらいつでもケアマネさんか僕に電話してください。また一週間後に連絡をします」と言ってその場を辞した。(その8に続く)

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意欲のない人(その6)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 8分

意欲のない人(その6)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 約束の日が来た。俺は挨拶をして娘さんと向かい合った。おかあさんはデイサービスに出かけている。


「まずおかあさんの失禁の回数を減らそうと思います」


娘さんはややびっくりして聞き返してくる。


「えっ、いきなりそんなことができるんですか?母は動く意欲をなくして、半分自暴自棄みたいな感じなんですよ。おしっこを漏らすのも平気になったみたいで・・・だからまず意欲が出ることが大事だと思ったんです。もともとおしっこ漏らして平気な人ではなかったんです。プライドも高くて・・・でも今は人生を捨ててるような感じで・・なんとか自分のために頑張って欲しいと思ってるんです」


 「ええ、そうですね。人前で失禁してよしとするような方ではなかったんですよね?」


「ええ、それはもう几帳面で私たち子供にもとても厳しくてうるさかったんです」


「現在失敗したとき、おかあさんはどんな風に言われますか?」


「私が『しっかりしてよ、自分でできることはやらないとダメよ』と言うと『ダメなの、できないの、私は頑張ろうと思っても頑張れないのよ、しんどいの、辛いの、できないの』なんて言うんです」


「それで?」


「だから『自分のためにも頑張ってちょうだい』と言うと『もう私のことはどうでも良いの。頑張れないし頑張りたくない。もう死んだ方が良いの』なんて言うんです。『そんなことない、この間、一度頑張って公園に花見に行ったじゃない。頑張れるのよ』と言ったら『あれはあんたのために頑張ったのよ』なんて言うから『ダメよ、自分のために頑張らなきゃ』って言ったんですよ・・」


「なるほど、自ら生きる意欲がないということですね・・・まあ、それが一番大きいかもしれませんね。ただその意欲を回復してもらうためにも、身の回りのことで上手く行くことが沢山あれば良いと思います。身の回りの色々なことが上手く行き出すと、自信も出てくるし、結果的により良く生きようという意欲も高まってくると思うんです。その一つとしてまずは失禁の回数を減らそうと思うんです。


 どうやってやるかというと、まず、おかあさんの失禁は、今、この部屋で娘さんも含めての状況の中で起きているんですね。だからこの状況を変えてみようと思うんです」


 娘さんはあっけにとられた顔になった。「そりゃ、失禁が治ったり回数が減れば嬉しいんですけど、そんなことできるんですか?」


 意欲は高められると信じているのに、失禁は意欲を高めないと難しいと思っておられるようだと感じた。やはり、人間は面白い。「まあ、一度だまされたと思ってやってみませんか?まずやることは部屋の模様替えです。それからおかあさんに対する態度も変えてみましょう。娘さんが来ているときだけで良いので日課も加えます。環境と生活を少し変えてしまうんですね」


「そんなことで上手くいくんですか?だって今回のこととはまるっきり関係ないことじゃないですか?」かなりご不満の様子だ。仕方ない。


「一見そう見えても、これで上手くいくことが多いのです。もし、これで変化がなかったら相談料はいりません!だから試してみませんか?」


 しばらくあっけにとられていたが・・・「えっ・・・ホントにそれで上手く行くと思ってるんですね・・・・そこまで言われるんなら試すだけ試してみましょうか」少しその気になってくれた。相談料はいりませんというのは、こういった場合によく使う手だ。俺の言うことはあまり信用されないらしく、いつもこうでも言わないと受け入れてもらえない。


 娘さんが言う。「何をどうしたら良いんですか?部屋の模様替えと言っても・・・・実はテーブルの回りが汚いので私もきれいにしようと思ったら母が怒るんです。動かすと困るって・・・だからできないんです」


「そうですか、ではできるところから始めましょう!まず最初は、おかあさんは食べることもお茶も神様の本を読むのもテレビも、そしておしっこもおむつ換えも全部この椅子で行われていますね?」


「ええ、そうです!」


「では清潔な活動とそうではない活動、たとえば尿パッド換えなどは場所を分けるようにします。それとおかあさんは神様などに関わる神聖な活動にご熱心ですよね。これを合わせて三つの活動の場所をはっきり分けてしまいます。神様の本は神聖なものだから、あの神棚の下の飾り棚の空いた部分に置き、あの辺りを神聖な場所とします。そして蓋付きバケツと尿取りパッドや紙パンツ類はあそこへ」と指さす。そこは台所のカウンターのこちら側にある段ボールが積んである場所だ。


「あそこへ使われていない椅子とその尿取りパッドが入っているそのテーブル脇のユニット棚を持って行っておむつ換えの場所にしましょう」


「でも母が承知するかどうか・・・」


「そうですね・・・神様関係は神聖なものだから、今のようにごちゃごちゃとお下のものなんかも一緒にしていると不敬に当たる、なんて言ったらどうでしょう。あるいはこの席で神様の本を読むんだったら、この場所を清潔な状態にして神様に接しましょう、というのはどうでしょう?あるいは神様の本を読む時には身の回りを清潔にし不浄のものを回りに置かないで読んだ方が良い・・・と説得してみたらどうでしょう?」


「ああ、なるほど!ええ、それなら言ってみる価値はあると思います」


 そんなこんなで、大雑把に部屋内を三つの区画に分ける計画と説得するための言い訳を二人で話し合い、また部屋の模様替えの計画を二人で考えた。娘さんは熱心にメモをとっている。


「これで間違いなく、おかあさんの振るまいが変化すると思います!」


 少しだけ娘さんの態度が生気を帯びてくる。何でもないようだが、やることとその意味を明確にし、ご本人ができると確信できてくると、集中力もやる気も高まってくるものだ。 だが、実際にはまだやることは山積みである・・・(その7に続く)

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意欲のない人(その5)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 8分

意欲のない人(その5)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 状況変化型アプローチを進める場合のもう一つの重要なコツは、主たる問題解決者である娘さんは何を問題にしているのか?ということだ。彼女の依頼は「意欲がないから高めてくれ」だ。確かにおかあさんにより良く生きようとする意欲が高まると、万事上手くいくと考えるのだろうが、そんなに都合の良い問題解決はない。そんな目標が達成可能なら、世の中は誰も苦労しないのである。これは「理想家の目標」である。つまり実現不可能な目標だ。


 実際には娘さんの言葉の端々には、「おしっこを漏らしていてそれが苦労の種」というニュアンスがつきまとう。説明にはあまり触れられないが、来る度に溜まった洗濯物や尿臭のある掛け布団やクッションの処理に疲れるだろう。だから解決するべき問題は、「尿漏れ」であり、「尿漏れが減り洗濯物が減る」が目指すべき解決の1つの状態だろう。これは「意欲を高める」に比べて実現可能な目標である。


 俺のように問題解決をして相談料を頂く仕事では、大事なのは依頼人の満足である。だからどうなると満足されるかを考えるのは一番大事なことだ。娘さんは「おかあさんの意欲を高めたい」と依頼されたが、これを言葉通りにとって、仮に俺がおかあさんを上手く操って「明日から私、頑張るわよ!」と娘さんの前で言って運動をしてもらうとしよう。娘さんは一瞬喜ばれるかもしれないが、失禁が変化しなければいつまでも満足はされないはずである。


 これは普通のリハビリでも同じだ。患者や家族は言葉にならない具体的な願いを持っていることは珍しくない。また「こうなったら良いのに」という理想の目標を口にされることも少なくない。結果的には実現できない目標よりは、少しでも実現できる目標こそが大きな満足を生むものである。


 さて、この二つが決まると具体的に状況変化アプローチの具体的なロードマップを作成する必要がある。これには時間がかかるので家に帰ってゆっくりと考えよう。


 また「失禁とそれに伴う介護量の負担」が問題、「失禁の回数減」が目標として決まったので、こちらに対する原因追及型のアプローチのロードマップを考えてみる。


 本人に認知症はないようだが、これはもう少し慎重に構えていたほうがよい。もう少し様子をみよう。


 デイサービスの報告書では「娘さんへの依存性が高まって意欲がなくなったから」なんて言ってたが、それはどうも薄い。認知症もなく、単に依存性が高まって、動く意欲が低下して失禁が出るようになったとは考えにくい。むしろ逆だろう。失禁が始まって、それを自分でコントロールできず、無力感と自信のなさから意欲が低くなって、依存性が高まる・・・というのはこれまでもよく目にしてきた。


 実際のところ、話を聞きながら俺には心当たりがあった。半年くらい前から失禁が始まったことを考えると、何かその頃に始まった状況変化が影響したかもしれない。すぐに思いつくのは薬の副作用である。もしその頃に新しい薬が始まっていればそれが怪しい。


 もう一つはあの表情のなさが気になる。うつ病などでも失禁はみられるらしいので、精神科を受診して貰ったらどうだろう。


 これで原因追及型のアプローチのロードマップはできあがった。一番の原因候補は薬の副作用であり、二番目の候補は精神疾患である。一つ目は主治医に相談してもらって、怪しい薬をやめてもらう。これで上手く行かないときは、精神科を受診してもらう。実にシンプルである。原因追及型は問題解決の道筋が単純だ。 このように因果関係の考え方、つまり原因を探してその原因を解決する考え方は、複雑な出来事をシンプルに理解して、問題解決を簡単にすると考えられている。これが利点である、と。だが物事はそんな簡単にはいかない。


 たとえば脳卒中では体が不自由になるが、その原因はマヒであり、そのマヒの原因は脳の細胞が壊れたからである。これも実にシンプルな構造だ。原因は明確である。しかし原因が明確だからと言ってリハビリで壊れた脳細胞を再生、あるいは機能的に再生する手段はない。つまり原因がわかっても原因をなんとかする手がないのだ。どうしようもないのだ。人の体や振る舞いではこのようなことが多い。 医療的リハビリテーションでは障がいを問題にするが、根本原因である障がいは本来治らないものである。だからリハビリテーションの基本的な考え方は、現状をより良い状態にすることだと思う。


 学校で習う原因追及型の問題解決は、一般の医療の第一の目標となる「病気の原因を治す」という方向性を持つが、リハビリでは「状況をより良く変化させる」という方向性を持つ状況変化型の問題解決が相応しい場合も多い。だから俺は常に二通りの問題解決を進めるわけだ。


 しかし何はともあれ、今回ばかりは「原因追及型の問題解決」には俺も自信がある。「きっと薬の副作用かうつ病傾向かのどちらかだろう」と思っている。それで解決しそうな予感がする。だからいっそのこと、面倒な状況変化型のアプローチはしないで「原因追及型の問題解決」だけを進めてみようかと思ったりもする。その方が娘さんにも苦労をかけないし、俺も面倒な計画を立てなくて済む、と思う。


 でも一方では「俺にできるだけのことはやってみる」という俺なりの方針みたいなものをいつの頃からか漠然と抱いている。今回の件では裕美さんも関係している、そうだ、できるだけ良いところを見せないといけないのだ!「そうだ!やっぱりできるだけのことはしてみよう!」そう結論づけたところで家に着いた。(その6に続く)


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意欲のない人(その4)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 7分

意欲のない人(その4)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 ケアマネの裕美さんは「ごめんね、『意欲を高めてくれ』なんて依頼で・・・・失禁とかもあって専門じゃないでしょう?でもこれまでもいつもなんとかしてくれたから、今回も期待してるわ!」と俺の肩をポンと叩いてくる。 「じゃあ、次の約束があるから、私行くわね。委三郎さんも忙しいんでしょう?また連絡するね」とくるりと背を向けて駐車場に向かう。弾むように歩いて行く後ろ姿を、俺はしばらく見送った。


 確かに「意欲を高めて欲しい」という依頼には参る。俺はまずこれを目指すことはしない。基本、他人の意欲を意図的に高めるなんてできないからだ。自分の意欲をコントロールするのだって難しい。まあ状況変化が起きて、結果的に「意欲が高まる」ことはよくあるが、まあ、まずい依頼を受けてしまったかな・・・・しかし、率直に言って裕美さんから頼られるのは悪い気分ではない。俺にとってはまあまあ良い感じの人だ。一緒に仕事をするのはむしろ楽しみでもある。裕美さんだって俺と仕事をするのは楽しいと言ってくれる、ふふふっ・・・


 でもお互いに結婚しているので、仕事以上に付き合おうとは思っていない・・・・が、もちろん裕美さんからどうしてもって言われるんなら付き合わなくもないというところだ、フフン・・・まあ、残念ながら今のところ裕美さんの方にはそういう雰囲気はない・・・おっと、妄想に走ってしまった・・・


 俺は次の仕事があると言ったが、実は今日は急ぎの仕事はない。先ほどの家を辞するための言い訳だ。ゆっくりと考えをまとめるつもりだ。なにかひらめきそうなのだ。


 俺は問題解決に当たってはできれば二通りの方法を用意する。一つはそれらしい原因を推測して、因果の関係を想定し、その原因にアプローチする。これは原因追及型の問題解決で学校でも習うものだ。だが現実には、有力な原因が見つからないことは多いし、逆に沢山ありすぎることもある。また見つかってもどうしようもできない原因も多い。


 たとえば脳卒中後に歩行不安定になる。その原因はマヒであり、マヒの原因は脳の細胞が壊れたことだ。でもリハビリでは脳の細胞を再生させたり、あるいは機能的に再生することは今のところできていない。つまり原因がわかってもどうしようもないわけだ。


 だから俺はいつももう一つの状況変化型の問題解決を主に進めることにしている。


 たとえば「現在の問題は現在の状況から生まれている」というふうに考えていく。つまり失禁の問題は、あの家のあの環境とおかあさんとで作られるシステムの中で生まれているのである。あの部屋とおかあさんが出会えば、いろいろな状況が生まれうるだろう。しかし水が低い方へ流れて一番低いところで溜まって落ち着くように、その状況の中で自然に「動かないで失禁」という状況に安定しているのである。やるべきことは、状況を変化させて落ち着く状態を変えることである。


 こうして原因追及と状況変化の二刀流で問題解決を図るのだ。


 そう言うわけで、まずは状況変化型のアプローチを考えてみる。


 状況変化型のアプローチを組み立てるにはいくつかのコツがある。


 まず・・・最初のコツは誰が一番問題解決に熱心かと言うことだ。この場合もちろん娘さんだ。今回の依頼人だ。この人が主たる問題解決者になる。


 よく若い人から、「なぜセラピストが主たる問題解決者ではいけないのか?」と聞かれる。これに簡単に答えると、「セラピストが主たる問題解決者として振る舞うと、セラピストがいるときにしか状況変化が起きない」からである。だから主たる問題解決者は患者本人か、その家族が好ましい。


 そうすると「患者や家族は消極的で何もしようとしない」と反論されるが、患者や家族は問題解決のための具体的な選択肢を持っていない場合が多いのだ。普通の患者や家族が持つ選択肢は、「病院に行って、専門家に任せる」である。自分が何か問題解決に役立つとは思いもよらないし、具体的に実生活で自分ができる有効な手段があるとは考えていないことが多い。


 よく病院でセラピストが「家ではこのような運動をしてください」と言うが、これも「専門家の判断に従う」という文脈の中で動いているだけのことが多い。自分から「問題解決しよう」という積極的な態度ではないので、長続きがしないことも多い。


 また専門家の意見に従った結果、「何がどうなるのか?」という具体的な目標があやふやだとやはりあまり熱心に取り組まれないことが多い。「こう頑張ったら、こうなった」という結果が見えないので、続けようという意欲が長続きしないのだ。


 だから状況変化アプローチを進めるときは、主たる問題解決者を決めてその人に何を目的に、具体的に何をして、その結果どうなるのかを良く知っていただく必要がある。


 さて、あともう一つ大事なことを考えなくてはならない。それは・・・(その5に続く)


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意欲のない人(その2)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 7分

意欲のない人(その2)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 俺の名前は新畑委三郎(しんはた いさぶろう)、理学療法士で、パートでいくつかの施設で働きながら、講師業や本を書いたりしている。また時にはリハビリの難件を依頼によって扱っている。世間ではリハビリ探偵などと呼ばれている。


 さて、今回の依頼人の続きだ。ケアマネがデイサービスのスタッフと担当PTに簡単な報告のメモを頼んだところ、丁寧な報告書を書いてくれている。以下の様な内容だ。


 デイサービスは週2日、午前中のみ利用。開始時歩行は室内は自立、屋外は杖で見守りで今も変わっていない。デイサービス利用当初は安定しているので「歩いて良いですよ」と勧めていたが、リハビリ以外はほとんど椅子に座ったまま。来てお茶を飲んで一息ついたところで運動に誘っている。運動は座ったまま行う下肢運動のマシントレーニング3種を行っている。指示には素直に従われる。


 屋外歩行については、本人は連続50メートル程度は歩かれると言われるが、ここでは屋外歩行はしていないのでよくわからない。


 ケアワーカーは、最近尿臭があること、洋服が汚れていても着替えていないなど、以前とは様子が違っていることに気がついていたが、短時間の利用でトイレにも行かれないのであまり介入する機会は無かったとのこと。話しかけるとよく話されることもあるが、あまり社交的ではないようだ。利用者さん同士で会話が弾むこともない。


 スタッフの意見をまとめると、あまり動こうとされず、文句も言われないがなにかしようとする意欲が低いのではないかと言うこと。


 理学療法学科の学生として実習に出た当時から思うのだが、1人の患者さんにはとてもたくさんの情報がまとわりついている。調べれば調べるほど、たくさんの問題とその原因が現れてくるものだ。昔ははやく原因を明らかにしようと躍起になって疲れたものだが、今はそんなことは考えない。粛々と調べを続ける。


 家は十二畳ほどの長方形のリビングダイニングを中心に、部屋の長辺片側に六畳ほどの寝室と四畳半ほどの広さの風呂・トイレ・洗面がついている。リビングダイニングの入り口側の1/3に対面式のキッチンがあり、反対の壁際にテレビとその前に大きな六人掛けのテーブル、テーブルと揃いの椅子六脚などがある。その長いテーブルの短辺はテレビに接して、その対面にご本人の椅子が置いてある。テーブルと椅子の下には少し厚めのカーペットが敷いてある。椅子はやや低めの藤の回転式の椅子だ。肘掛けが両方についている。辺りには少し尿集が漂う。


 日中1人でいるときにその回転椅子に座ったまま、テレビをみて動かないらしい。回転椅子のすぐそばにはユニット棚が二つ置いてあり、それらの中やテーブルの上には様々な身の回りのものが置いてある。また一つのユニット棚には宗教関係らしい本が入っている。ふと壁際の高さ120センチくらいの飾り棚の上に小さな神棚とお供えのお皿などが置いてあるのが目につく。他のところはややほこりっぽいが、そこだけはきれいにしてある。テーブルの下には蓋付きの青いバケツが二つ置いてある。


 依頼人のおかあさんは回転椅子に座っている。やや肥満で顔は無表情。挨拶をするがやや口は不自由そうだ。足下のユニット棚のせいで、足下が狭くなっている。椅子は大きく、重いが、回転式で向きが変わるようだ。しかしそばに置いてあるユニット棚に肘掛けがこすって動きにくそうだ。


 どうやら椅子に座ったまま身の回りの事が済む様になっている様だ。見た目にもいろいろなものが雑然と集められている。ひがな一日、テレビを見たり、本を読んだり、お茶を入れたりしながらその場所に座っているとのこと。汚れた尿取りパッドを入れる蓋付きのバケツまでテーブルの下に置かれている。


 六畳の寝室はカーテンが引かれ、回りにはタンスが置かれていて暗い。中央にベッドが置かれている。部屋に入ると、やはり尿臭がする。


 娘さんが説明する。「最近何度か泊まってわかったんですけど、夜寝る前に紙パンツの中に新しい尿パッドを自分で入れて寝るんで起きたときには敷き布団は濡れることは少ないです。それで朝6時に起きて神棚に参って、その後またベッドに座ってウトウトしてるんですよ。パッドも一杯でどうもその時に浸みだして濡れるみたいなんです。だからそんなとこに座らないで着替えてと言うと、このテーブルの椅子に戻って着替えるんです。でも太ってるから前にかがむのも難しいし、寝ぼけているから時間もかかって・・・しかももうパッドがパンパンで漏れるみたいで・・・だから敷き布団も掛け布団も濡れちゃうし、着替えで濡れたパッドなんかもこの椅子の回りに落として汚れちゃうんですよね。いったん起きてからも、パッドがパンパンになって漏れるくらいになってから、ようやくこの椅子で時間をかけて着替えるんですよ。その棚にパッドが山積みになってるでしょう?介護の方にそこに入れて貰って、着替えたらこの蓋付きバケツに汚れたパッドを入れるんです。トイレに行って着替えてって言うんですが、トイレは狭くて着替えるのが難しいって言うんです」


 なるほど。さて粛々と調べを続けよう。次は実際にご本人の動きを見てみよう。(その3に続く)


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