「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その6)

目安時間:約 7分

「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その6)


 新生児歩行は、生まれたばかりの赤ちゃんの両脇を支えて持ち上げ、つま先を床につけて体幹を前に傾けると現れる歩行のような動きである。これは生後2ヶ月くらいから消失することが知られている。


 この消失という現象について、従来学校などではどのような説明がなされてきただろうか?


 学校では運動システム、つまり人体の構造と機能を基に説明する。そうすると「運動を変化させるのは脳である」との前提がまずある。解剖学や生理学を通じて作られた人体の設計図では、運動変化を起こしているのは脳であると決められているわけだ。


 だから新生児歩行消失の原因は、以下のように脳の変化で説明される。


 「生まれたときは脳が未熟で、脊髄レベルで支配される原始反射としての新生児歩行が現れるのである。しかし生後徐々に脳は成熟して、原始反射としての新生児歩行は抑制されるのである」


 なるほど、新生児歩行消失の原因は、「脳の成熟」に還元されるわけだ。(還元は戻すという意味。この場合、全体の変化の原因は部分または要素というより小さなレベルに戻されているわけ)


 しかし奇妙なことに、新生児歩行が消失した赤ちゃんをお湯に浸けると再び新生児歩行が現れることがある。そうなると、妙なことになる。お湯に浸けると脳の成熟が後退したことになるからだ。


 一方動的システム論の視点から、この新生児歩行の消失を研究したのは、発達心理学者のテーレンらだ。一般にシステム論では、運動変化は「状況変化が起きたから運動が適応的に変化した」と考える。


 たとえばお湯に浸けると浮力が働くので脚が軽くなって再び現れたのではないか、と仮定したのである。逆に言うと、下肢の重量が増えたので相対的な筋力低下が起こって、新生児歩行が消失したのではないかと仮説を立てた。


 そして下肢重量が2ヶ月頃に急激に増えていることを突き止めた。それは下肢の脂肪組織が急激に増加したからだ。だから重くなって下肢が持ち上がらなくなり、新生児歩行が消失したように見えたわけだ。


 するとテーレンらは次の仮説を立てる。相対的な下肢筋力低下が消失の原因であるなら、もし筋トレをしたらどうなるか?そこで新生児にトレッドミル上での歩行練習を定期的に行って見ると、新生児歩行の消失はなく、ずっと観察されたのである。


 そうなると「新生児歩行は原始反射である」という前提も怪しい。そこで彼女たちは次の実験に移る。たとえば新生児を左右速度の違うトレッドミルのベルトの上にそれぞれの脚を置いてみると、ちゃんとそれぞれのベルトの速度に合わせて脚を運ぶことが観察される。どうも反射的な運動ではないようだ。


 その他にも新生児の背臥位のキッキングの位相図は成人の歩行のものと変わらなかった。つまり新生児歩行と成人の歩行は別のものではなく連続したものではないか?


 システム論の視点から新生児歩行を見ると以上のようなことがわかった。


 ここで言いたいのは、人体を見た目の構造と機能で、機械のように設計図にしてみると、自然に脳はまるで機械のコンピュータのようにたとえられている。そして「運動変化のほとんどの責任は脳が負っている」と仮定しているわけだ。


 このような見方をしていると、脳が大事であって、他の要素、つまり「脚の脂肪組織の増加」は完全に無視されてしまった。


 人を機械のように見る視点で作られた設計図では、人の身体の各組織は予め「このような役割がある」と仮定されているので、上記のようなヘンテコな説明も起きてしまう。


 もちろん人を機械のように見る視点にも、非常に優れた点があるのは間違いない。だからシステム論の見方が優れていて、機械のように見る視点はダメだと言っているのではない。それぞれに特徴があるということだ。


 ただ人の運動システムを構造ではなく、作動で見ていくシステム論の視点でしか理解できないこともあるわけだ。


 だから障がい者のできないところを見て、「原因は○○という要素だから、○○を改善すれば良い。その他のことは些細なことであるから無視してよろしい」ということにはならないのである。人は機械とは違うのだから!


 では、どうするか?ということを次回は考えていくのである!(いやはや、大丈夫か?このシリーズは無事に着地するのだろうか?(^^;))(その7に続く)



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