「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その5)

目安時間:約 7分

「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その5)


 前回は、運動システムがどのような状況で運動リソースにどのような役割を振るか、どのような価値を見いだすかはセラピストにはすぐにわからないことも多いと述べた。今回はその続きである。


 脳卒中後、ベッドサイドでのリハビリ開始後に起座練習をすることがある。以下の通り。


 その日、新人のPTとベテランセラピストが片麻痺の高齢の男性のリハビリに入る。新人が患者さんに課題を提示する。「こちら側に寝返ってから、座ってみましょう」


 男性は健側に寝返ってから体を起こし、何とか片肘立ちになろうと頑張って頭を少し持ち上げるところまではできたが、なかなか肘立ちまでは行かない。苦労していると、ナースが入ってきて、バイタル測定や点眼薬の時間だというので部屋の外に出る。


 新人さんが患者さんについて説明する。


「まず重力に逆らって体を片肘立ちに持っていくだけの体幹部や上肢の力が弱いと思います。第二に体幹部の柔軟性も低下しています。体幹の回旋方向のストレッチと片肘立ちになる動作練習を最初介助で繰り返し何度も練習してみたらどうでしょうか?しばらく繰り返し練習したら柔軟性と筋力が改善すると思います」 


 ややや、とても良い考えである。これは悪いところを探して良くするという視点で見れば満点の解答かもしれない。とても優秀な新人さんである。


 もちろんこの「悪いところを探して良くする」という視点は、人を機械として見たときのアプローチであるとこれまで説明したとおり。


 さてベテランさんはどうしたか?


 「それはとても良い考えだよ!○○さん!優秀だね!ただこの患者さんはこの場でもすぐに座れるようになるよ。見ていてごらん!」


 新人PTはどうも納得しない表情である。


 ナースが退室した後に二人で入っていく。


 ベテランセラピストはまず寝返りする前に指示して良い方の足で両脚をベッドサイドの端から膝下をはみ出すように指示して難しい部分は介助する。患者さんは初めての課題で少し戸惑ったが、手伝ってもらって何とか両下腿をベッドの端から出す。


 それから「もう一度さっきの起き上がる動作を練習してみましょう!」と指示する。患者さんはもう一度さっきのように片肘立ちになろうとするが、やはり後もう少し片肘立ちへの重心移動ができない。ベテランセラピストは少し介助する。


 すると・・・・できた!


 「ではもう一回」とまた寝てもらってやり直すと今度はすんなり片肘立ちになられる。そこから肘を伸ばして少しずつ体幹に近づけて座られた!


 「おお、スゴイ。上手にやられましたね。ではもう一回!」と繰り返すと今度は先ほどよりスムースに座られた。


 「やあ、頑張られたですね!」こうしてその日の訓練セッションは終わった・・・ ベテランセラピストは退室後説明する。「まず両下肢が全部ベッド上にあると起き上がるときの体幹の持ちあげの抵抗になる。逆にベッドの端から膝から下を出しておくと、頭部の持ち上げ時に抵抗が少なくなるだけでなく、重りとして体幹を持ちあげる方向へのモーメントを生み出して起座を助けてくれるよね。だから片肘立ちになるときに今の力と柔軟性でも十分達成可能になるわけ」 


 これは臨床で普通によく見られるベテランセラピストの知恵あるいはコツである。通常上記のように言葉にされることはないが、経験から下肢が起き上がりの抵抗になることも、逆にベッドから出ていると重りとしてモーメントを生み出して課題達成を助けることも知っているわけだ。


 1つの要素が状況によって、課題達成の邪魔にもなるし助けにもなることを経験的に知っていると、色々な場面で患者さんの運動システムの課題達成を助けることになるし、患者さんがそのコツを発見する手助けにもなるわけだ。


 ベテランセラピストは、経験を通して悪いところを治すという以外のアプローチを身につけているものである。それは課題達成を通して身につけられるもの、「運動のコツ」と言われるものだ。


 新人さんは、筋力と柔軟性低下を原因とした因果関係を想定した。これは前回の話で出てきた運動リソースの改善の部分である。この「(課題達成の)運動のコツ」は、CAMRでは「課題達成のための運動リソースの利用の仕方」である運動スキルというアイデアとして語られているものだ。


 もちろんこれは小さな例であってあまり重要というか適切ではないのだが、人を機械として見ているとこの「運動スキル」学習の視点は弱く、あるいは無視されてしまいがちである(その6に続く)



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