人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その3)

目安時間:約 7分

人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その3)


 「運動変化は脳の役割」あるいは「脳が運動を変化させる」という立場がある。


 その立場では、運動変化は基本、脳の変化でしか起きないので、アプローチは脳を変化させようとする。方法はいわゆる「適切な運動を行ってその運動感覚を脳に入力する」ということになるのだろう。


 この考え方はロボットと共通するところがある。ロボットの体は金属やプラスチックなどの硬質なもので作られ、動力はモーター、体や周りの状態はセンサーで調べる。


 運動を重ねても体やモーター、センサーは変化しない。だから運動を変化させるためにはコンピュータのブログラムを変化させるしかない。


 そして人でも「運動を変化させる」とは「脳を変化させるしかない」と考えてしまうところが共通している。


 人の脳はコンピュータによく喩えられる。コンピュータは人が作ったものに過ぎないのに、コンピュータをモデルに脳の機能が説明される。「入力」とか「出力」とか「プログラム」等で脳の働きを理解するのは、なんだか変な気持ちがするのは僕だけであろうか。


 一方、「運動変化は筋力や柔軟性などの各構成要素の変化や構成要素間の相互作用によって起きる」という立場(システム論)もある。


 人では運動を繰り返すと筋力や柔軟性が変化する。神経や筋、感覚器の活動性も変化する。時間が経てば体重や脂肪量も変化する。もちろん脳の活動性も変化するだろう。運動の様々な構成要素が変化するのである。運動変化はそれら「運動の構成要素の変化や構成要素間の相互作用が変化し、新しい運動状態が生まれる」と考えられる。


 アスリートが体幹筋のトレーニングをしてパフォーマンスが変わったという報告がされるが、この場合は筋力や神経、感覚器の活動性が変化したからとも説明できるし、筋力や神経、感覚器の活動性の変化などが他の構成要素(運動による体重・脂肪量、脳の活動性など)との相互作用から新しい運動の状態が生まれた」とも説明できる。


 たとえばThelenらの「新生児歩行の出現と消失」の現象の研究がある。それまでは脳が未熟だとか成熟したとかで説明していたわけだ。でもテーレンらは、下肢の脂肪量の急激な増加が新生児歩行消失という運動変化の原因としている。脂肪の増減でも運動は変化するわけだ。私たちでも脂肪の増加によって姿勢と運動パフォーマンスは変化する。(実際にはThelenらは動的システム論の立場から「原因」のかわりに「コントロール・パラメータ」という用語で説明している。因果関係の説明ではないのだが、ここでは意味が汲み取りやすいようにわざと「原因」と表現した)


 システム論を基にしたCAMRでは、脳はコンピュータとは異なった作動と機能を持っていると考える。脳をコンピュータに喩えると、「運動は脳に蓄えられた運動のやり方(プログラム)によってコントロールされる」となるが、システム論の立場からは「運動はその時、その場の状況から様々な運動の構成要素間の相互作用によって適応的に生み出される」となる。(ちょっと説明が大雑把過ぎ(^^;))


 脳性運動障害の方に運動を繰り返していただくと確かに運動パフォーマンスは変化する。だからといって「脳が機能的に回復した」とか「麻痺が改善した」とはこの立場からは言えない。脳だけが変化を起こしているとは言えないからだ。


 機械は設計者の思い通りに動くことを期待される。つまり設計者の意図した「正しい運動のやり方」が前提としてある。だから人をロボットに喩えて見ていると、人にも正しい運動があると思ってしまうのかもしれない。


 しかし人では個人の能力や身体状態、その時の状況変化に応じて課題達成のやり方は多様に変化する。もし麻痺があれば麻痺があるなりのやり方で動かれる。 だから健常者のやり方と違っているから「間違っている」と言ってしまうと麻痺のある患者さんは困ってしまう。麻痺を治せない僕のようなセラピストも困ってしまう。


 麻痺のある体で何とか課題達成の運動スキルを生み出されているのである。だからまずは麻痺のある方のやり方を受け入れることが大事ではないか。その上でパフォーマンス改善の可能性を探っていけば良いのだと思う。


 CAMRの視点では、筋力、柔軟性、持久力、装具や環境整備などの利用可能な運動リソースを増やし、その利用方法である運動スキル学習を促進して多様で柔軟な運動スキルを生み出せるようになることで運動パフォーマンスや生活課題達成力は改善すると考える。(その4に続く)



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