感動の運動スキル!(その2)(第180週目)
僕の父は70代の終わり頃に脳梗塞で左片麻痺になった。病院でリハビリを受け、何とか見守りで杖歩行ができるということで退院となった。退院当日、家にある普通のベッドを用意したが、ベッドに横になると起き上がれなかった。
父は「ここにこうロープをつけてくれ。そしたらそれを引っ張って起きられる」と言ったのでつけてみたが、いざ実際にロープを握ると思ったように上手くはいかなかった。
次に「手すりをここにつけてくれ。病院ではそれで上手く起きられた」と言う。
手すりはなかったし、僕はその頃上田法という徒手的療法を習っていたので、まずはそれで体幹部の柔軟性を改善してみた。そうすると体幹の運動範囲や重心移動範囲が広がり特に手すりがなくても独りで起き上がれるようになった。
最初は1日もすると体が再び硬くなって独りでできなくなる。そこで上田法をまたする。できてはできなくなり、また上田法実施を2週間も繰り返している間に、改善した柔軟性という運動リソースを使い続けて柔軟性が維持されたせいもあるのだろう、またその寝返りから起座のための運動スキルも熟練してきたのだろう、上田法をしなくても常に独りで寝返りからベッドの端座位へと起座できるようになった。
「どうだ、これが運動の専門家たる僕の実力だ。見直したか、親父!」と心の中で自慢したものだ。
しかし起立はベッドが低かったこともあってなかなか出来ない。起立練習を繰り返せばそのうちにできるかもしれないが、「それまでは立ち上がり用の手すりをおいた方が良いだろう」と言った。専門家らしく偉そうに言った・・・
親父はしばらく考えていたが、杖をとると握り部分とは反対の杖先を握ると僕に言ったものだ。「そこをどけ!」
僕はムッとしてその場を離れたのだが、親父は僕のすぐ後ろにあったテレビ台のキャスターに杖の持ち手部分を引っかけて、杖を引っ張り、よいしょと立ち上がって見せた。
「ここよ、ここ!」と親父はニヤリと笑って自分の頭を人差し指で指して見せた。
「頭を使えよ!」とやって見せたわけだ。僕が子供の頃から、将棋などして僕を負かせるといつもそうやって威張っていたものだ!(^^;)
またどうしても怖がって独りで歩こうとしない。付添がいるという。しかし「手すりがあれば独りで歩ける」という。しかしうちの家は農家の古い造りで、親父の部屋から台所までは和室二間があって、障子になっている。
「どうしよう、手すりはつけられんなあ」と悩んでいると、親父は「立たせてくれ」という。
立たせると、いきなり右手で障子をブスリと破いた。そして障子の真ん中にあった太めの骨組みを握ると障子を押しながら歩き始めた。そして「他の障子をのけてくれ」という。一枚の障子を押して歩き、次の部屋の一枚の障子をまた持って歩き始めた。帰りはそれを持って横歩きに歩いて自分の部屋に戻った。
「うーむ」と僕はうなった。「なるほど、親父は患側下肢の支持性に問題があるのではなく、基底面内に重心を保持したりバランスをとったりすることに不安があるので、体重を支えるような頑丈な手すりは必要ないのだ。重心を上手く保持できる程度の支えで十分なのだ」と今なら納得できる。
親父はCAMRで言う基礎定位障害を持っていたわけだ・・・・
結局、運動問題に関する問題解決では親父の二勝一敗である。(イヤ、勝負ではないのだが(^^;))
しかも僕の一勝は、親父の体幹部の柔軟性という運動リソースを改善しただけで、寝返りから起座、杖とテレビを使った起立、障子を使った移動と主な運動スキルはほとんど親父が自身で発見し、生み出したものだ。
それも無理がない。必要で利用可能な運動リソースはなかなか外部から観察してもわからないものだ。言い訳ではないが、特にその頃僕は小児の臨床経験が主だったので経験不足もあったのだろう。
もちろん親父との経験はその後の僕のセラピスト人生に大いに役立っているのだが、この続きは次回の心なのだ。(その3に続く)
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