スポーツから学ぶ運動システム(その10)
3.新しく生まれる競技や運動課題
今回のオリンピックではスケートボードやサーフィン、スポーツクライミングなどの新しい競技が目を惹いた。以前からの体操や新体操などでもそうなのだが、それまで想像もできない動きが現れたり、ボールがまるで身体の一部のように振る舞ったりする。これまで見たことのない体の使い方だったり、環境との関わり方である。つまり人類は常に無限に新しい体の使い方や運動課題の達成方法を生み出し続けていることになる。
CAMRでは、これが可能なのは「課題特定的」という人の運動システムの持っている性質によっていると考えている。
これは機械の運動システム、特にロボットと比べてみるとよくわかる。少し前にアシモというロボットが現れて世界を驚かせた。それまでのロボットは平らな床面でしか歩けなかった。少しのデコボコで簡単に転倒してしまうのである。しかしアシモは小さなデコボコに合わせて歩行を調整し、転倒しないで歩くし、障害物を避け、階段の上り下りもこなす。しかも階段昇降中に失敗して転落したりするところもやや人間っぽい(^^;) 僕も少なからず感動したものだ。「まるで人が入っているようだ」と思った。いよいよSFの世界が現実のものになるのかと期待したものだ。
しかしそのうちに飽きてしまった。新しいお披露目があるとできることは増えているのだが、いかにも「これならできそうだ」的なものが新たに加わっている。たとえば「ダンスをする」などである。確かに重力と床面との間でバランスを調整する機能をいくぶんか持っているので、そのリソースを利用してダンスでの重心移動などもできるのだろう。そしていかにも「そのためのプログラムだけが新たに加わったな」という感じである。つまりアシモに何かさせようとしたら、アシモにできそうなことを考えてその達成のための機能を新たに加えるのである。
つまり「決められた大きさのデコボコを歩いて、平面を走って、ボールを蹴る」ことを実現するなら、そのための最低限の機能で組み立てるのである。つまり最低限実現したいことの機能のかたまりがアシモである。そのバランス調整機能を使ってダンスもできるが、「野菜を切って」とか「スキーをして」などと言ってもできないのである。実現できる機能は、元々持っているリソースで可能なものに限られているので、プログラミングもしようがないのである。
そういった意味で、アシモを始めとするロボットは、「機能特定的」である。その存在が、作り手の計画する「できること」の最低限必要な機能だけで組み立てられているため、アシモ自ら新たな運動スキルを生み出したり、想定外の課題を達成するすることはできないのである。できる運動というのは、最初から持っている機能によって特定されているのである。
ところが人の運動システムは、機能特定的ではなく、「課題特定的」なのである。新しい課題が提示されると、その達成のために新しい運動機能を自ら生み出していくのである。(その11に続く)
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
【あるある!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」
【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①
【CAMR入門シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①
西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②
西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③
西尾 幸敏 著「正しい歩き方?:俺のウォーキング」CAMR入門シリーズ④
西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤
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スポーツから学ぶ運動システム(その1)
毎日オリンピック競技のテレビ放送を見ている。アスリート達はその時その場でできる最大限のパフォーマンスを生み出そうと必死だ。もちろん上手くいく場合もあるし、失敗する場合もある。上手く最高のプレーを生み出したときに、そして失敗したとしても必死に挑戦するその姿に感動するし、力をもらえるのだろう。
さて、オリンピック競技を一度にいろいろと見ていると人の運動システムの特徴に気がついてくる。今回のシリーズでは、それを足がかりに人の運動システムの特徴について考え、私達リハビリの臨床に役立つように検討してみたいと思う。
1.人は同じ運動を繰り返せない
以前から書いていることだが、不思議に思うのはゴルフとテニスである。自分の好きなところにボールを置いて、自分の好きなタイミングで慣れたクラブで打つゴルフが、一球一球速度もコースも高低も球種も異なる球を動きながら打つテニスと同様に難しいのはなぜか?
あるいはバスケットボールで、全速力で走りながら敵の厳しいディフェンスをかわして打つシュートと自分の好きなタイミングで自由に打てるフリースローが同様に難しいのはなぜか?
これは人の運動システムの基本的な特徴ゆえに起こる不思議である。
その基本的特徴が何かというと「人の運動システムは同じ運動を正確に繰り返すことができない」ということだ。つまり人の運動システムはテニスのように変化する状況の中で適応的に身体を変化させ適切な課題を達成できるにもかかわらず、ゴルフのような単一の課題(置いたボールを叩く)のような同じ課題を正確に繰り返すことが難しいのである。思ったところに少しでも近づけるようにプロのゴルファーは気の遠くなるほどのたくさんの練習を、アメリカのNBAのプロバスケットボールの選手はコートに立つまでに通常100万回以上のフリースローの練習を繰り返しているのである。
この特徴に一番最初に気づいたのはロシアの運動生理学者のベルンシュタインだろう。彼は労働者の技能について研究をしていた。職人さんがハンマーで釘の頭を正確に叩く様子を運動分析装置で見てみると、毎回異なった軌跡で開始位置や叩く速度も微妙に異なっていることに気がついたのである。この微妙な運動のズレはプロゴルファーのスイングやバスケットボール選手のフォームにも見られる。
通常私達は職人さんの動きを見ると、「正確に同じ運動を繰り返している」と考えてしまう。「技を何度も繰り返すことによって、頭の中にプログラムができて、それによって正確に運動を繰り返して、同じ結果を出している」と考えるわけだ。
しかしこれはロボットのように人の運動システムの作動を考えてしまう結果だ。機械は同じ運動を繰り返すことが得意である。機械では、硬い安定した躯体と可動部分を厳密に制限して必要以外の動き(ブレ)をなくすことで同じ運動を繰り返し、同じ結果を生み出している。
だからもし人の腕を模した機械の腕で、中枢の関節の動きが1ミリ以下でもずれれば、先端の動きの誤差は遙かに大きくなってしまう。しかし職人さんの腕全体の動きは常に様々な要素でズレているのだから、釘の頭をハンマーで捉えることは常に失敗してしまうかというとそうでもない。
つまり「人は同じ運動を繰り返すのができない」ので、職人さんやアスリートは「毎回異なった運動で正確に同じ結果を生み出している」ということになる。これは不思議なことである。これがどのように行われているかを知ることは私達にとっては非常に有益だろう。次回からこれを考えてみたい。(その2に続く)
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①
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みなさん、ハローです!
「CAMR Facebookページ回顧録」のコーナーです。
今回は「CAMR超入門 よく目にする光景(その6:最終回)」です。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
CAMR超入門 よく目にする光景(その6:最終回)2014/2/7
人の運動は状況に応じて変化します。たとえば家の中を歩くときあなたはリラックスして歩きます。しかし急に停電になって部屋が真っ暗になるとあなたは身体を硬くし、足や手で回りを探りながら歩きます。氷の上ではおそるおそる足を進め、向かい風に向かって身体を前のめりにして歩きます。狭い場所では横向きになって通り過ぎます・・・
つまり人は状況が変わってもなんとか「歩行」という機能を維持しようとします。
一方オモチャのロボットは平らなテーブルの上では歩いているように見えますが、ちょっとしたこと、たとえば十円玉を踏んで倒れたりします。そして先ほどまで歩いていたと思われる運動を正確に繰り返します。
結局人の運動システムは、状況に応じて形を変えてでも、必要な機能を自律的に維持するという性質を持っています。逆にオモチャのロボットは、機能を維持するのではなく特定の運動の形を維持するシステムです。同じように「歩いている」といってもシステムはまったくの別物です。
だから歩行訓練のために「形を憶えてその形を再現する」などという訓練目標はもともと人の運動システムには向いていないのです。歩行の特定の形の再現を求めることは、人の運動システムをオモチャのロボットのように考えているからです。
「状況変化に応じて形を変えてでも機能を維持できる」ことを訓練の目標にしなくてはいけません。そのために何をするべきか、何ができるかを考える必要があるのです。そしてCAMRはこの文脈から生まれたアプローチです。
システム論を知るということで世界観が変わりました。システムを形や構造ではなく機能で見ることでCAMRは生まれてきました。(これらのアイデアについては上田法ジャーナルに掲載したエッセイをHPに載せています)
唐突ですが、CAMR超入門はこれで最後です。最初の方から何が「超」でなにが「入門」なのか良く考えずに書いていたので、最後まで「超」でも「入門」でもなかったですね。申し訳ない。ここまで付き合ってくださった皆様、ありがとうございました。
文責:西尾幸敏
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】
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治療方略について考える(その3)
治療方略:治療の目標設定とその目標達成のための計画と方策
前回は学校で習う治療方略は「機械修理型」であると述べました。人の運動システムを構造として理解し、問題のある部分や要素を探して治療する過程は、機械の修理と共通しているからです。
実際、人の運動システムとロボットのシステムの構造を簡単に比べてみましょう。たとえば力を生み出すのは人では筋肉、機械ではモーターでしょうか。神経系はコンピュータだし、呼吸・循環系は電池やその配線に喩えられるでしょう。構造で比べると、一見、人の運動システムとロボットには沢山似た点が見つかリます。
でも運動システムの作動の性質で見ると両者はまるっきり異なってきます。実はそこには大きな構造の違いもあるのです。
たとえばロボットがどんな仕事ができるかは、ロボットができあがったときに決まっています。人と話したり、移動できる能力はできあがったときに決まっていて、急にトランポリンやボルタリング、料理をしろと言われても無理です。それらをするための機能が手足にもコンピュータのプログラムにもないからです。でも人の運動システムは、一つの体で、移動し、探し、食べ、作り,戦い、逃げます。更に新しい運動課題を自ら学び、無限と言って良いほど活動を増やし続けることができます。
というのも機械の部品はいつも同じ役割・作動を繰り返します。ギアは回転し、力を伝達するだけです。それぞれの部品を組み合わせたユニットでできることも決まっています。でも人の運動システムでは、各要素・各部位に特定の固定的な機能は定まっていません。
身体の部分で見ても、上肢はものを操作したり、ぶら下がったり、投げたりできますが、体重を部分的に支えて歩く助けもします。手の機能は無限で何に使うかは状況次第です。脚だって歩くだけでなく、字を書いたりものを操作したりもします。 また、1つの筋肉は状況によって、求心性にも遠心性にも異なった運動を生み出します。筋の張力を生み出すメカニズムには、通常の随意的な神経筋ユニットの他に、反射やキャッチ収縮、あるいは単に粘弾性の性質自体があり、1つの運動をするにしても状況によってどのメカニズムが使われるかは異なってきます。(Keshnerの頭部保持の実験などにその具体的な例、頭部の保持に用いられるメカニズムは体幹を揺らす速度によって変化する、があります)
また神経系も1つの神経細胞が多くの入力と出力の構造を持っており、状況によって働きを変化させていると考えられます。神経への1つの入力が状況によって異なった反応を生み出し、神経細胞の1つの出力は状況によって異なった運動になるからです。
早い話、1つの運動を様々な異なった筋群で達成するし、逆に1つの筋群で異なった様々な運動をする可能性があるのです。
一見して共通している構造のように見えて、実は大変な構造の違いがあることがおわかりでしょう。ロボットではそれを構成する部品は決まった作動を繰り返すだけで、全体としてできることも決まっています。まあロボットは実現しようとする機能に特定され、それしかできない、いやそれを実現するための最小限のシステムなのです。人ではそれを構成する様々な構成要素は柔軟で多様な働きをし、全体としても信じられないくらい多様で無限の機能を生み出す可能性に満ちているのです。そしてこのことはそれぞれの作動に大きな違いを生み出していくのです。 ロボットの修理のように動きの悪いところに油を差すような考え方ではとても追いつかないところもあるのです。(その4に続く)
E.A.Keshner, Controlling stability of a complex movement system, Physical Therapy 1990:70:844-855