CAMRの旅お休み処 シーズン3 その2

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今回は「CAMRの旅お休み処 シーズン3 その2」です。


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CAMRの旅お休み処 シーズン3 その2
「自由度ってやつは・・・ ベルンシュタイン問題続き」



秋山です。前回がちょっと適当(良い意味ではなくてね)だったので、追加です。



 「運動制御がなぜ難しいか」について、ベルンシュタインが挙げている一番目の問題点。以下、著書の「デクステリティ」から。


 「私達は体肢と頭にある装置だけでも100近くの動き(自由度)があり、首や体幹の柔軟性を加えれば、その数はさらに膨大なものになる。歩いたり投げたりする時、いくつもの関節で異なる動作が同時に行われる。複雑な動作の要素一つ一つに注意を向け個別に制御するとしたら、膨大な注意を配分しなければならない。」



 個々の筋肉と運動野が1対1で対応し、脳が一つ一つに指令を出しているという考え方では無理があるのではないか?ということでしょうね。
まだ続く・・・



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



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CAMRの旅お休み処 シーズン3 その1

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CAMRの旅お休み処 シーズン3 その1
「What is ベルンシュタイン問題?」



 秋山です。シーズン3はCAMRを支える理論などの中から、私がよくわからなかった(時として今もわからない)ものを、徒然なるままに復習していこうと思います。いい加減、別タイトルでも良いような気もしますが・・・。
何かの参考になれば幸いです(^_^)



 「ベルンシュタインを読む!」シリーズの中に、「ベルンシュタイン問題」というのが出てきます。最近の運動制御の話にはちょこちょこ出てきています。まず、自由度の問題について。



 上肢だけを見ても、複合関節である肩・肘・手、手指の関節、それぞれに筋肉がいろいろ付き、また神経が・・・となると、制御しなければならないものが膨大になります。手を使うとなると両手、そして姿勢制御と考えると、脳は瞬間的にものすごいコントロールを行わなければならない。それはあまり現実的ではない。



 もう一つ、文脈性の問題。同じようにやったからといって、いつも同じ結果になるとは限りません。環境の変化でも運動の結果は変わってきます。でも、異なる運動で同じ結果は出せる・・・。自由度の方は「ほほー、なるほど」と思ったのですが、文脈性の方は理解が今ひとつ(^^;)



 動作から見ると、机の上のコップをとる時、手がコップに行き着くまでの通り道は無数にあります。どのように持つかも無数にある。無限にある解の中から、1つを選んで行っている。これは、従来の運動プログラム説では説明しきれない、ということになります。
続く~



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



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CAMRの旅お休み処 シーズン2 その五

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CAMRの旅お休み処 シーズン2 その五
  「運動を、形ではなく機能でみる」2013/4/7
 CAMRはシステム論に基づいて運動をみています。システム論的にみると、今までの見方とどう違うのか?その説明がホームページやここで展開されているのですが、言葉ではわかっても、実際にどういうことかというのは、ちょっと掴みにくいところかもしれません。



 「システムとしてみる」を、「要素に分解しないで全体としてみる」と捉えると、外れではないけれどますますよくわからなくなる。うすぼんやりと全体を眺めても、一体どうしたものやら・・・。そこで、ヒントが「形ではなく、機能でみる」です。



 その参で、「立位での踵上げ」を取り上げましたが、 この課題は「抗重力位での足関節底屈」=形でみる、ではなく、「狭い基底面で支持しながらの垂直方向の重心移動」=機能でみる、です。この場合はやり方にあまりバリエーションがないので、形を問わないと言っても、だいたい同じ形になります。



 歩行をみてみるとどうでしょう。従来行われているのは、形による歩行分析です。一見「正常」があるように思われますが、状況に応じて変化することが大事、というのはこれまで述べてきたとおりです。となると、形は無限にあります。けれど、機能でみると、「支持して、対側を振り出し、重心移動」というのは共通しています。



 どんな形かはクライアントにまかせる。クライアントはどのように機能を維持しようとするのか。より有利な方法をクライアントが試して選ぶためにはどんな課題をやってみてもらうか。板跨ぎ課題で、「支持する足の膝を少し曲げてみて」と、形の指示に見えることをいうこともありますが、反張膝という形はいけないからではなく、段差や坂道では不利だからです。あ、この説明は少しずれたかな(^^;)



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



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CAMRの旅お休み処 シーズン2  その四

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CAMRの旅お休み処 シーズン2  その四
  「Back to the"耳を傾ける".ただ聞くことの難しさ」2013/3/31



 読む!シリーズはますますマニアッ、いやいや専門的になってきています(^_^)
「リハビリの夜」シリーズ、完結です。田上さんも書いておられますが、心情という点からだけでなく、運動障害の見方そのものも示唆深い本です。是非、ご一読を。



 さて、私見ですが、いわゆる「闘病もの」への反応は大きく2種類あるように感じます。私見ですけどね。



1.目からウロコの、すばらしい本である。一押し!
2.わかるけど、そうは言ってもね・・・、とちょっと引き気味。または、突っこみ。



 2種類のうちどちらかと言うより、この2つを対極としたベクトル上のどの辺にいるか、と言った方が良いのでしょう。特に「リハビリの夜」は、独特の言い回しと申しますか、官能的とか同化思想とか、医学の専門書として読むとちょっと違和感を覚える部分があるかもしれません。そういう意味では、少し2.寄りという感想もあるでしょうね。



 しかし、よく考えてみると、先の1.と2.は決して二律背反ではないですよね。感じたことから理論を組み立てたとき、理論に関しては別の視点から違う考え方ができるというような議論ができます。感じたことについては、正しいとか間違っているとか言うより、まず「ああ、そう思ったのか」「そういう風に感じることもあるんだな」と受け止めてみる。自分の感じ方と違ったり、痛いところを突かれたりすると、これが難しくなります。つい、判断したり解釈したくなってしまいます(^^;)



 判断・解釈が悪いわけではありません。ただ、それらが前提として最初に前面に出てしまうと、クライアントは本音を言えるかな、と思います。これも、言うは易く行うは難し、でして、こちらの胸が波立つときも、「これがクライアントの素直な感想なのだ」と自分に言い聞かせたりする・・・。



 今回は、私の悩み処でした。



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システム論の話をしましょう!(その15 最終回)

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システム論の話をしましょう!(その15 最終回)


 このシリーズでは駆け足でシステム論の3つの分類とリハビリで使えそうなアイデアを検討し、紹介しました。結局、システム論というのは運動システムがどのように作動するかという「作動の性質」に焦点を当てて説明しようとしていることがわかると思います。


 これまで学校では運動システムを皮膚で囲まれた目に見える構造として習ったと思います。そしてこれを基にして部位毎、あるいは構成する要素毎に問題を探し、問題のある部分を治すという治療法略を習ってきたと思います。(治療法略とは治療の目標設定とその目標達成のための計画と方策です)


 でもこの治療法略の考え方は機械の修理と同じであることが分かると思います。機械を構成する部品毎に不具合を調べ、問題のある部品を直したり交換したりして修理しますよね。学校で習う治療法略はまさしくこの機械の修理と同じで、問題のある構成要素と部位を特定し、全体の問題との間に因果関係を想定するのです。そして問題のある構成要素と部位に働きかけて治そうとします。


 たとえば歩行不安定の方の検査をすると、下肢の筋力低下が見られ、可動域には問題がなかったとします。すると下肢筋力低下が歩行不安定の原因と因果の関係を想定し、下肢筋力強化を行うのです。このようなものの見方は「要素還元論」と言います。


 でも実際人の運動システムではそのような単純・直線的な因果の関係は成り立たないことが多いのです。人の運動システムは様々な要素が影響しあっている複雑なシステムです。たとえば慢性痛は身体構造の一部位の変形で起きているだけでなく、心理的な要素や生活習慣なども影響しています。逆に身体構造に問題があってもプラセボ手術で治ったりすることもあります。また慢性痛が1つの部位を原因として起きている訳ではなく、筋膜などを通じて全身の各部位と影響し合っていることも知られていますよね。


 もちろんこの治療法略で治ることもあるのですが、ともかく単純・素朴な因果関係を想定するような治療法略は、現実には壁に当たることも多いと思います。それはこの治療法略が、人の体を機械として捉えるデカルト以来の西欧文明の伝統を基にしているからです。


 一方システム論の視点は、運動システムの作動の性質を明らかにしていくので、それを基にした治療法略は学校で習ったものとはまったく異なっています。


 たとえば「素朴なシステム論」のところで検討したように、多要素・多部位同時方略のような治療法略はシステムの作動の性質を基にして考えられたものです。ある臨床家が膝の痛みが膝周辺のリリースで一時的に改善することを経験します。そして一時的には良くなりますがしばらくするとまた元の痛みに戻ってしまうことに気がつきます。これは元々膝周辺の筋膜が硬くなる・短縮するような状況の中で生活しているからです。その状況に影響するのは姿勢だったり、仕事内容だったり、運動不足などの生活習慣だったり、もちろん身体的な素因など色々とあるのでしょう。


 このことに気がつくようになると、治療法略は「筋膜リリースは膝周辺だけでなくもっと広範囲に行われる必要がある」し、姿勢や運動の偏りをただす必要も出てくるし、生活習慣や仕事をするときの環境を調整する必要もでてきます。このように「膝周囲の筋膜の癒着・萎縮が原因」とする単純・素朴な因果関係は意味がないと知り、「多要素・多部位同時方略」に移行するのでしたね。


 同様に動的システム論や生態心理学の視点からは、「自己組織化」というアイデアから「セラピストが支配的に患者の運動をコントロールして思い通りの運動学習をさせることはできない」ということを知ったり、「課題達成の運動は適切な課題を通して組織化される」とか「身体のコントロールはその限界を知って初めて獲得される」とか様々な運動システム作動の性質を知ることができます。(このシリーズでは紹介していないアイデアがまだ沢山あります)


 またオートポイエーシスの視点からは、「人の運動システムは必要な運動課題を達成しようとするし、課題達成に問題が起きると問題解決を図る」という性質を知ることができました。そうすると脳卒中後に見られる現象がすべて症状ではなく、運動システムの問題解決が混じり合った状態であること。また問題解決によって新たに問題が生じていることを知ることができ、更に新しい治療法略を組み立てることができます。


 このようにシステム論を学ぶことで人の運動システムの作動の性質がより分かるようになり、それを基にした新しい治療法略を考え出すことも可能になります。 CAMRではシステム論を基に人の運動システムの様々な作動上の性質をまとめ、それらを基にした治療法略を提案しています。皆様の治療法略を充実させる上で参考になると思いますので、講習会再開後には是非とも受講されることをお薦めします(^^)v(終わり)

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CAMRの旅お休み処 シーズン2 その参

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CAMRの旅お休み処 シーズン2 その参
  「リソースにはスキルがつきもので、スキルは課題を通して改善する」2013/3/16



 「読む!」シリーズの旅はどんどん先に進むのですが、お休み処は休んでばかり・・・。ま、休むところですから(^^;)



 さて、ここで問題です。「CAMRの基本課題その2」(タイムラインへの投稿の写真)は何をしているところでしょう。



 はい、踵上げですね。そう書いてありますね。訓練場面では、私は「つま先立ちしてみましょう」とも言います。どっちでもよいです。



 では、これは「何のために」やっているでしょう。



 従来の考え方では、足関節底屈筋群、下腿三頭筋の強化ですかね。書きながら、あってるのかいなとドキドキします。実際の訓練場面では踵が5cmくらい浮く感じですが、この写真ではモデルの方が実に美しくきっぱりとつま先立ちしてくださっているので、まさに下腿三頭筋の筋トレっぽいです。しかし、CAMRではそう見ません。下腿三頭筋の筋力というリソースをアップするための訓練、ではないのです。



 答えは一つではないのですが、「狭い基底面内での重心移動と、それを行う際の特に下肢の支持性」に対する課題の一つです。形ではなく、機能で見るという例ですね。



 と、もう一つ、「リソースを豊かにしてスキルを多彩にし、運動問題を解決する」と、つい説明してしまうのですが、「まずリソースアップ、次にそれを使うスキルを改善」というリソース先行ではありません。リソースを使う(改善を図る)にはスキルが必要で、リソースは、それだけを単独で取り出せるようなものとは見なしていないんですね。そしてスキルは課題を通して向上する。これは「歩けないのだから歩く練習」という課題を言っているのではなく、「下肢で身体を支持しながら狭い基底面で重心移動が起きる」課題を用意するということです。この課題設定がセラピストの重要な役割です。



 うーん、上手く説明できたのかなぁ。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆



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CAMRの旅お休み処 シーズン2 その弐

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CAMRの旅お休み処 シーズン2 その弐
  「"疾患を選ばない"は、画一的アプローチを意味するか?」2013/2/26
 CAMRは運動障害に対するアプローチですが、対象疾患を選びません。時々、「どの疾患の患者さんにも、同じことをするのですか?」という質問をいただきます。回答は、「はい」であり、「いいえ」です。はぐらかしてる訳ではありませぬよ。



 CAMRは運動システムという視点で運動がどう起こっているかを見ますので、原因疾患毎のアプローチ法はありません。整形外科疾患であれ、脳血管疾患であれ、同じ運動をやります。歩行や立位については、写真で見ていただいたような重錘をつけての立位でのつま先立ちや膝挙上など。板跨ぎもよくやります。では、全員が全く同じことをやっているかと言えば、もちろん、そうではありません。



 それぞれの課題設定には、その方の"状況"を考慮します。痛みがでやすいか、左右差があるか、身体が硬いのか、慎重派か、などなど。動きは同じでも、やり方は個別に設定します。「脳卒中だから、これ」ではありません。



 疾患が異なっても、運動で問題になるものは案外シンプル(リソースという点からみると実感しやすいかも)で、共通に使えるものがいくつかあれば結構何とかなる、のかもしれませんね。



 「じゃ、"多彩なスキル"って?」と言われそうですね。それはまた別の話で。



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CAMRの旅お休み処 シーズン2 その壱

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今回は「CAMRの旅お休み処 シーズン2 その壱」です。


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CAMRの旅お休み処 シーズン2 その壱
  「人によって、同じ"状況"を見ているとは限らない」2013/2/16



 CAMRの旅も一巡りし、シーズン2に突入です!基本的な概念や用語については、ホームページの「人の運動変化の特徴」や「論文紹介」が充実してきましたので、少し横道にそれながら道草してみようと思います。



 ホームページの論文その3に、「状況一体性」が説明されています。当アプローチは「状況」が重要な言葉ですが、これがなかなか一筋縄ではいきません。今、目の前に広がっている「状況」は、あなたの目にも私の目にも同じように映っているのでしょうか? こう書いて、「そうです」とくるわけはなく、「そうではない」ときそうですが、ここは「そうではないかもしれない」です。



 ここで言う状況は、単にものの物理的配置を指すのではありません。客観的に物理的配置を述べたつもりでも、何を取り上げるかで記述者の思い(考え)から逃れることはできません。それを見る人の思いや考えを通して認識したものが、その人の捉えている状況です。これは他の人と一致していることもあれば一致しないこともある。同じ映画を見ても友達と感想が違う、と考えると当たり前のことでしょう?



 一致することが良いことでも悪いことでもありませんね。一致させる必要性もない。そんなものなのだ、と思っておく、というところですね。



「だから、なんだ?」と思われるかもしれませんが、寄り道ですから・・・。



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システム論の話をしましょう!(その13)

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システム論の話をしましょう(その13)


 「運動システムは常に人にとって必要な課題を達成しようとするし、課題達成に問題が起きるとなんとか問題解決を図る」と前回述べました。


 

 しかし誤解してはいけないのは、問題解決を図るといっても、問題は必ず解決されるわけではないということです。問題解決とはいっても、障害後に多くのリソースが失われた後の応急的・場当たり的な対処なのです。健常の頃のように状況に応じて適切な対応を行うことは望むべくもありません。運動システムは問題解決を図っていても、むしろ状況を悪くしてしまうことも多いのです。


 たとえば外骨格系方略の問題解決を図っている人を沢山見ると、中にはどんどん硬くなって却って動きにくくなったり、あるいは過緊張のために不快や痛みに苦しんだりする人もいます。問題解決のはずがむしろ状況を悪くしているわけです。これは「偽解決」と呼ばれる状態です。(「偽解決」は短期療法などで使われるアイデアで、問題解決と思って実施したことが、逆に更に悪い状況を招いてしまうことです)


 なぜ偽解決になってしまうかというと、体を硬くし始めたときには実際弛緩と比べて動きやすくなります。そうすると運動システムは上手くいった方法を繰り返してしまいます。元々障害後に沢山のリソースが失われて残ったリソースを利用し、選択肢もごく少ないので、それを繰り返さざるを得ないのです。体を硬くする元々のやり方ではなく、調整も上手くいかず、ひたすらできる事を繰り返すのです。だから体は次第に硬くなり、動きにくくなって更にそれが次の硬さの呼び水になります。たとえば硬くなった体を動かすための過剰な努力が必要になります。また硬さが痛みを生み、その痛みや不快刺激が防御的に更に硬さを生み出すわけです。つまり身体を硬くする問題解決が悪循環を生み出し、暴走してしまうのです。


 また運動システムの問題解決が生み出すもう一つの問題は、「貧弱な解決」と呼ばれる状態です。これは最初に選ばれた問題解決が繰り返されて、なんとか課題は達成しているものの、その間に潜在的に筋力が回復したりしていてもそれに気がつかなくなってしまった状態です。最初の問題解決の方法が繰り返されるので、新たに回復した筋力などを使ってみる機会が失われてしまうのです。この潜在的に回復したリソースは「隠れた運動余力」と呼ばれます。もしこの「隠れた運動余力」を上手く使っていけば、運動課題達成のパフォーマンスはもっと改善するのですが、結局使われることなく、運動のパフォーマンスも改善することなく、停滞の状態になるのです。存在を気づかれなければ、ないのと一緒だからです。これは偽解決ほど悪い状態には見えませんが、長期的には患者さんにとって大きな不利となります。

 脳性運動障害の患者さんは、元々の障害による弛緩麻痺(筋力リソースの消失・低下)の障害像に加えて、運動システム自体の問題解決の欠点ないしは副作用によって悪化した状態が加わってより複雑になっていることになります。


 リハビリでは厳密には麻痺は治せないかもしれませんが、運動システムの作動の性質によって生み出された問題(偽解決・貧弱な解決)は障害自体ではなく、障害後の運動システムの作動の問題なのでリハビリで改善できます。そうすると「リハビリを受けて(状態)が良くなった」と喜ばれたりします。現場でも気づかずにこのアプローチをしている人がいて、「脳性運動障害に対する訓練効果」として説明しているのをよく見ます。基の障害にアプローチしているのか、障害に対する運動システムの問題解決(偽解決・貧弱な解決)にアプローチしているのか区別ができていないのです。


 自分のアプローチが障害に対するものか、運動システムの作動に対するものかがはっきりするだけでも、自分のやっていることの価値や意味がより分かって仕事が面白くなります。(CAMRの講習会では様々な問題解決や偽解決・貧弱な解決の例がビデオでわかりやすく見られます。興味のある方は参加をお薦めします)(その14に続く)


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「リハビリの夜」を読む!(その6;最終回)

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今回は「「リハビリの夜」を読む!(その6;最終回)です。



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「リハビリの夜」を読む!(その6;最終回)2013/3/23
 第二章のコラム「脳性まひリハビリテーションの戦後史」の冒頭で、著者は「健常な動き」を目標としたようなリハビリについて、「少数派に過剰適応を強いる同化的な発想」と指摘しています。



 「障害」という体験は、「ある社会の中で多数派とは異なる身体的条件を持った少数派が、多数派向けに作られた社会のしくみになじめないことで生じる生活上の困難のことである」とし、その責任を一方的に少数派に押しつけることはできないと述べています。しかし過去の歴史を見ると、社会を変えていくのではなく少数派に過剰適応を強いてきた、といいます。



 リハビリ現場においても、著者が自分の体にとって負担の少ないやり方で動こうとするたびに、「その動き方は正しくありません!」と介入されたと言います。これも多数派にみられる「健常な動き」を、一方的に「規範的な体の動かし方」と決めつけて、少数派に無理強いするような同化的な発想だと述べています。



 そういえば、セラピストの間ではよく「正常運動」という言葉が聞かれます。そこに同化的な発想は潜んでいないでしょうか? クライエントに理不尽な過剰適応を強いていないでしょうか?



 今回で、「リハビリの夜」を読む!シリーズは最終回となります。これまで読んでくださった方々、どうもありがとうございました。



 初回にも書きましたが、この本はセラピスト必読の書だと思います。一人でも多くの方に、熊谷先生の声に耳を傾けていただきたいと思います。また、今回は取り上げませんでしたが、ベルンシュタインの身体内協応構造から一歩進めて、身体外協応構造という興味深いアイデアも提案されています。興味を持たれた方がおられましたら、是非本書を手に取ってみてください。



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