不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 その11 小説から学ぶCAMR

目安時間:約 7分

不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件


 小説から学ぶCAMR その11


 それから2ヶ月後のことだ。僕は我慢できず、藤田さんの家を訪ねてみることにした。ケアマネから一人暮らしを続けているとは聞いていたが、どんな風に暮らしているのか気になった。


 ケアマネさんに場所を聞いて、いきなり尋ねた。藤田さんが自慢していたガラス張りの大きな温室がまず目に入った。小さな平屋の母屋には誰もいない様子だった。母屋の前には空になった赤いプラスチックの弁当箱があった。配食サービスのものだろう。温室を除くと荒れた様子でしばらく人が入っていないようだった。母屋と温室の後ろには大きな納屋兼車庫のような建物があった。そこから電動工具の音が聞こえてきた。


 外から呼びかけ、扉をドンドンと叩いた。電動工具の音が止まった。藤田さんが出てきた。確かにかなり汚れた感じだ。着ている服は泥だらけだ。着替えや入浴をしていないのだろう。


「おう!」と言ったので、


「やあ!」と手を上げて応えた。


「何してるの?」と聞くと、


「今、杖を作っている。前のは壊れたからな。もう3本目だ」と言う。


「杖が壊れた?何をしてるの?」


「・・・山を歩いたり、・・・鹿が近づかないように柵を作ったりしとるよ」


と言う。なんだかはっきりしないが、思ったより元気そうだ。


 藤田さんから異臭が漂ってくる。


「こっちへ来い」と先に歩いて行く。


 杖を作っていると言っていたが、何もつかず滑らかな、しかしはっきりとした分回しで先を歩く。施設退所時より更に歩幅が広がっているようだ。


 母屋に入るとまず土間があった。そこの椅子に腰掛けろという。土間には簡易ベッドと小さな流しがあり、電子レンジや小さな冷蔵庫、湯沸かしポットなどもある。どうもこの小さな土間だけで暮らしているようだ。


 紅茶を2杯淹れて、一杯を僕の手に持たせる。様々な動きは片麻痺患者独特のものだが、随分滑らかでしっかりしている。


「どうやって暮らしているの?ここで過ごすのはもう寒いでしょう」


と聞いた。そろそろ初雪のある頃だ。もうじき大晦日だ。


「できるように暮らしている。難しい課題に出会うと、自分のできることを中心に、どのように環境を整え、どのように状況を変えたらそれができるようになるかを考えてるよ。海、お前が教えてくれた通りにな。ほら、体の方はだいぶん良くなった。だが前と同じようにできるわけじゃない。できないことが多い。だから環境を整え、状況を変化させることで課題を達成している・・・色々とな。材料の固定方法を工夫して電動工具も使えるようになった。特に何かをするときは、常に体を安定させる方法を考えるようにしている。そのための道具も色々と工夫した。一つ一つ、できることからやっているところだ」と言った。


 僕も気になっていたことを言った。


「風呂には入っている?随分臭うよ。家の風呂は使えるんでしょう?」


「ああ、それだが、今さら家の風呂を片付けるのも時間がもったいない。来年からデイケアに行ってみようと思う。再々来るケアマネさんも勧めるからな。海の上田法も久しぶりに受けたいと思ったところだ。最近は部分的にかなりからだがこわばっている」と笑った。


 その話を聞いて少しホッとした。どうやら心配することもなかったのか?しかし同時になにかしら違和感がある。「時間がもったいない」と言うところに妙に力が入っている。


「必要なものはどうしてるの?食事は?」


「必要なものは元々十分以上に備蓄している。どうしても必要なものはタクシーを呼んで下の店まで買いに行っている。もう何度も買いに行ったよ。食事は配食サービスとそれ以外は米を炊いたりしている」


 あと少しばかり話をして、辞することにした。


 ずっと違和感があった。帰り道でなんとなくその正体がわかった。電動工具を使って工作をしたり、山歩きなどができるようになったのに、普通の生活の再建ができていないのだ。清潔な場所で食事や入浴をして、安楽な場所で睡眠をとるといったことだ。


 鹿が近づかないように柵を作っていると言っていたが、畑も温室も荒れ放題で、どこにも作物などは作っていなかった。


 むしろ普通の生活を送るのではなく、多くの時間を他の何かをするために使っているらしい、ということが気になったのだ(その12に続く)


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