スポーツから学ぶ運動システム(その5)
ベルンシュタインがもう一つ提案しているのは、「課題達成時の知覚情報の予期的利用」である。ここでは射撃あるいはアーチェリーを例に説明してみよう。 選手は環境の状態を全身で感じながら、的に向かって銃をズドンと撃つ、あるいは弓で矢をビシュッと放つ。弾や矢は空中を、重力や温度、湿度、風などの影響を受けながら的に向かい当たったり外れたりする。
選手はその結果を全身の知覚によって知り、修正を加えるわけだ。たとえばその時、その場の環境の状態を全身の知覚を用いて感じる。着弾点が思ったより低かったり、右にずれたりすると環境の中から拾い出した「湿気が高いな。今は空気抵抗が思ったより大きい」とか「今の右向きの風の影響でこの程度のズレが出た」などと考え、修正を予期的に行い、次を放つ。そしてまたその結果をフィードバックしては、次に予期的修正を加える。・・・これが「課題達成時の知覚情報の予期的利用」と言うことである。
たとえば前に出た職人の腕の動きは一回一回微妙にずれるけれど、釘とハンマーの接触を視覚や全身の筋感覚によって毎回予期的に修正しながら課題達成しているから、異なった運動で同じ結果を生み出すことができるとしているわけだ。初心者の間は、失敗が多いが、その結果はフィードバックされ、全身の知覚情報と照らし合わせて予期的な修正の仕方を学んでいくのである。結果が上手く行けば「その調子で」繰り返すことになる。
つまり協応構造で運動を毎回作りだし、ある程度安定して似た運動を繰り返せるようになる。繰り返し練習はこのために必要である。しかしその中でも微妙にずれてしまう毎回の運動の軌道をその課題達成時の知覚情報を予期的に用いることで毎回課題達成をやり遂げているのである。そしてこのためにも莫大な時間が必要となるわけだ。間違いをどのように修正するか、回りの環境や状況の影響を受けながら、予期的に修正するためには莫大で異なった状況を繰り返す経験が必要である。
生態心理学のギブソンは、骨格とそれをつなぐ軟部組織や筋群、視覚、聴覚、嗅覚、味覚などが一体になって構成される人の身体をボーンスペースと呼んでいる。彼の言う触覚系(筋の固有覚を含む)は、全身常に一体となって対象物を動きながら知覚し、同時に自分の体の状態も知覚しているとしている。
つまり学校で習ったように知覚とはそれぞれ視覚、聴覚、嗅覚などと独立したモデュールとして働いているのではなく、全ての知覚は同時に働いて課題達成に関わっているとしている。
ジャグラーは初期には視覚を中心にコントロールを学ぶが、熟練してくると閉眼しても失敗なくできるようになる。視覚情報だけでなく、全身の緊張状態や体の安定、腕の動き、皮膚の感覚などの知覚情報を総動員してジャグリングができるようになるからだ。バスケやサッカーのノールックパスなどもそれと似た例だろう。
知覚学習とは、単独の感覚モデュールではなく、ボーンスペースによって全身的・全ての感覚間で行われるのである。(その6に続く)
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