スポーツから学ぶ運動システム(その8)

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スポーツから学ぶ運動システム(その8)


2. 単純な身体の使い方と複雑な身体の使い方


 野球の打撃を見ていると他の競技に比べて身体の使い方はとても単純である。


 たとえば打者はバットを構え、ボールがきたらそれを打つべく振るという身体の使い方だ。幼い子どもにオモチャのバットを持たせてボールを投げて、「打ってごらん」と言えば、スムースさや速度、力強さ、正確さには歴然の差はあるもののすぐにできる身体の使い方でもある。


 一方で体操競技の床運動などを見ると両脚で跳ねたかと思うと、前方に2回転しながら2回身体をひねって着地するというとんでもなく複雑な身体の使い方をする。これは少々練習したからと言ってできる身体の使い方ではない。優秀なアスリートだって「やってごらん」と言われても到底できるものではない。


 そうすると単純な身体の使い方をする野球の方が遙かに簡単な競技であるかというとこれまたそうとも言えない。プロ野球の世界、つまり子供の時からもの凄く練習してきた熟練したバッターでも3割を打つことは難しい。一方体操選手の方はちょっとした複雑な技でも、繰り返しの練習で熟練した技術を持ってすれば試合での成功率はもっと高いはずである。正確にはわからないが、3-4割程度の成功率の技で勝負するとは思えないからである。つまり身体の使い方が単純だからより簡単な競技であるとは言えないのである。


 これをCAMRの「状況性」という視点から説明してみよう。状況性とは運動がどのような状況の中で生じるかというもので、いくつかの視点があるが、ここでは状況の多様性と変動性という視点で考えてみる。


 たとえば体操の床運動では、競技者は重力下、床の上で運動を行う。場所は体育館内である。重力は狭い範囲では一定で変化はなく、床もどこをとってもほぼ均一で、一定の弾力と硬さを持っており床が上下左右に動くこともない。明るさや温度も大きく変化することはない。体操はこのように物理的には安定した環境で行われる。


 体操では、跳馬にしても段違い平行棒にしても固定され安定した道具を試用する。そしてあまり変化しない物理的環境内で、それら器具と身体との関係を保ちながら身体を動かす競技なのである。つまり運動の起きる状況とは物理的には多様性も変動制もとても少ない状態で行われるわけだ。(吊り輪だけは他のものに比べて可動性が大きく不安定である。もっとも天井に伸び縮みのない紐で固定されて、全く不安定とも言えないだろう)


 もちろん観客の存在やライバルの演技は、状況性に変化を与えるのは明らかだが、運動の起こる物理的状況性については野球とは比べものにならないくらい小さいのである。


 そして体操競技を課題として説明してみると「安定した物理的環境内で、一定の順序と速度と身体の位置をコントロールして複雑ではあるが、正確で速くダイナミックな動きを生み出すという課題」である。体操選手はこれに従って、何度も決められた手順を繰り返し練習するわけだ。この安定した物理的環境内という状況が、身体の複雑な動きを生み出す基礎でもある(その9に続く)


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