脳性運動障害の理解を見直す(その3)
前回のまとめです。
人や動物は怪我をしたり、身体の一部に麻痺があったりしてもそれで活動を止めることはありません。生きるために問題解決を図りながら活動し続けます。右脚が痛いと左脚だけで、あるいは左脚と両手の支えを利用したりして移動します。麻痺のために片脚が動かなくても、分回し歩行のように身体の動く他の部位の働きで歩いたりもします。
CAMRの視点では、元々の症状は広範囲に弛緩性の麻痺が出現することです。それでは動けないので、動くために弛緩した部分をできるだけ硬くしようという問題解決を図っているわけです。
これが「自律的問題解決」という作動でした。脳性運動障害では、元々の症状にこの問題解決の作動による現象が加わるので、見た目が複雑になってしまうのでしょう。
さて、このような弛緩状態の部分を硬くする問題解決は、CAMRでは「外骨格系問題解決」と呼ばれます。昆虫などの甲殻類は外側に骨格を持っているため外骨格系動物と呼ばれます。硬い外骨格で支持性が得られます。脳性運動障害では体幹を含め広範囲に筋が硬くなるので、ちょうど外骨格を持つように感じられることからこの名前がついています。
この「外骨格系問題解決」は脳性運動障害の多くの患者さんで普通に見られる現象です。
学校ではこの筋肉が硬くなる現象は「痙性麻痺」と習います。本来神経学的に定義されている痙性麻痺は伸張反射の亢進状態のことです。つまり硬さは伸張反射の亢進によって生まれていると説明されるわけです。
でも実際に以前から知られていることは、ジャクソンの陽性徴候のうち、この過緊張とか「硬さ」だけは上田法のような手技やお風呂・プールに入ることで一時的に改善することがわかっていました。しかも硬さが低下した後では、クローヌスの亢進状態が顕著に見られます。クローヌス(伸張反射)の亢進と筋の硬さは別の現象、つまり臨床で普通に目にする脳性運動障害後の「硬さ」は、筋など軟部組織の硬さが主のようです。
それで神経要素だけではなく筋などの軟部組織の変化が筋の硬さを作っていると考えられます。ジャクソンの神経学では、神経要素だけで硬さを説明しようとしたのですが、それだけではうまくいかないということです。
CAMRでは「脳性運動障害の本来の症状は弛緩性麻痺で、陽性徴候は弛緩状態から動き出すために筋を硬くする」と考えます。「外骨格系問題解決の作動の結果として硬さの状態になっている」と考えると、一時的に改善したり、状況によって変化したりするのも上手く説明できます。
また脳性運動障害後に筋肉を硬くするメカニズムは、まだ詳しく研究されていないのですが、一つは伸張反射の亢進や原始反射の出現と考えられます。脳細胞が壊れて弛緩状態になっているため、傷ついていない脊髄レベルのメカニズムによって筋肉を硬くしようとしているのでしょう。
もう一つはキャッチ収縮という筋肉の固有のメカニズムが仮説として上がっています。これは筋内のカルシウム濃度が上がるとアクチンとミオシンが滑り込んで収縮します。通常カルシウム濃度が下がるとアクチンとミオシンも離れるのですが、ある蛋白群の働きで、悪つんとミオシンは収縮したままになります。これがキャッチ収縮で、最初は二枚貝の平滑筋で見られる現象として有名でした。
この収縮の特徴は、エネルギー消費がなく疲労がないので、長時間収縮状態が続くことです。更に筋電図活動が見られないことでも知られています。
今では骨格動物の横紋筋でも二枚貝と同様の蛋白群の存在が知られています。また1970年代にDietzらの発表した論文では、足関節の背側可動域が保持されていても尖足歩行をしている脳性麻痺児と成人片麻痺患者で、筋電図活動が調べられました。尖足位で歩いている患者の立脚期には腓腹筋の筋電図活動が見られませんでした。しかも尖足位で体重を支持しているのに、です。Bergerらは片麻痺患者の歩行中の両側アキレス腱の張力発生を調べました。立脚相の間、患側腓腹筋は張力を発生していましたが、やはり筋電図活動は見られませんでした。これらの例では関節の可動域はあり、筋電図活動が見られないにも関わらず、張力が発生して関節が固定されていることを示しています。
そのほかにもキャッチ収縮はタンパク質による現象なので温度を上げると解けるのです。それで脳性運動障害の患者さんもお風呂などに入って暖めると硬さが緩みます。色々とキャッチ収縮の説明が上手く当てはまります。
さてこの「外骨格系問題解決」には更に現象をより複雑にする問題がついて回ります。それは次回のお話。(その4に続く)
※毎週木曜日にはNo+eに別のエッセイを投稿しています。最新作は「君たちはどういきるか-リハビリのセラピストへ(その3)」https://note.com/camr_reha/
《このエッセイに使われた文献紹介》
「脊椎動物の横紋筋にもキャッチ収縮を起こすタンパク群に似たものが存在する」→盛田フミ: 貝はいかにして殻を閉じ続けるか?-省エネ筋収縮”キャッチ”の制御と分子機構. タンパク質核酸酵素Vol33 No8, 1988.
「尖足位で荷重出来るほどの硬さがあるが、下腿三頭筋に筋電図活動は見られない」→Dietz V, Quintern J, et al.: Electrophysiological Studies of Gait in Spasticity and Rigidity. Brain, 104:431-449, 1981.
「片麻痺患者の歩行中のアキレス腱の張力発生では筋電図活動が見られない」→Berger W, Quintern J, et al.: Pathophysiology of Gait in Children with Cerebral Palsy. Electroencephalography and Clinical Neurophysiology, 53:538-548, 1982.
→Berger W, et al.: Tension development and muscle activation in the leg during gait an spastic hemiparesis: in dependence of muscle hypertonia and exaggerated stretch reflex. J Neurol Neurosurg Psychiatry. 47:1029-1033, 1984.
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