木曜日のつぶやき 11
真のニードは実在するのか⁈
その3年末がどんどん近づいていますが、体感的には11月上旬の秋山です。※個人の感想です。
さて、真のニードについてです。
「真」とは何か?真があるのなら偽があるのか?誰が真と決めるのか?真のニードって1個なのか?いくつもあるのか?こんな疑問がありました。なんか屁理屈っぽく聞こえますね。そう、私も自分で難癖付けてるだけなような気がしていましたが、どうにも腑に落ちない。自分に置き換えた時になかなか思いつかない。
そこでこう言い換えてみました。「この時代、この地域、この年齢、この性別、置かれている社会的環境、持っている・または損なわれている能力(心身の状態)ならば、普通こうあるべきなんじゃないのと世間が受け入れやすい」ニード。これだとすっきりする。
こういうと皮肉すぎるかもしれませんが、本人が口にしたことや望んでいることが真のニードとは限らないというなら、それが真かどうか判断する基準や人がいるということになります。それにポジティブなものであることも要求されています。これは大変だ。高潔でも清廉でもない私が職業という場面でこれらに関わるのはとても難しい。
繰り返しますが、真のニードというものを否定しているのではなく、そういう概念を医療的リハビリテーションという場面で扱いきれるのか、正面からガッツリ取り組んでクライアントに変化をもたらすには時間などの条件が限られすぎているのではないか、時間がかかりすぎるのではないかということです。
CAMRでは、真のニードという固有のものがあるとは考えず、ニードは状況により変化するものとして扱います。ニードは変わってっていいんです。変わるもんなのです。
発症直後は悲観的か楽観的過ぎて、「適切なニードを持てていない」とみなされることがあります。その時にニードの方を修正するのではなく、それはそれで置いといて、「これなら〇〇ができるかもしれない」「〇〇は難しいな。まず△△からだな」と思ってもらえるような状況変化を起こす課題を提供するのがセラピストの役目です。
状況変化の結果、何がしたいかと思うのはクライアントの問題です。
身体状況が大きく変わって、これまでのやり方では世界と関係を取り結べなくなってしまった。そんな時にまずやるのは、何をしたいかの追求より、自分が世界の中でどう動けるかを経験することだと思います。そしてクライアントが自分の「やりたい」をかなえていくのに、クライアントとセラピストが置かれている環境(関係性)の中で、今ここでできることを協働していきます。
運動機能だけにこだわってはいけないと思いますが、運動機能に関われる数少ない職種が早々に運動を諦めてしまったら、状況変化の大きなチャンスをつぶすことになるのではないか。そのことは頭に入れておきたいものです。(終わり)
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