不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 その9 小説から学ぶCAMR 

目安時間:約 6分

不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件


小説から学ぶCAMR


 その9次の日からも訓練はその調子で続いた。まず上田法をやって、その間に色々な話をした。特にキャッチ収縮に興味を持たれたようだ。さすがに製薬会社で色々な実験をやってこられただけあって、一連のタンパク群の連鎖でそれが起こることに興味を持たれたようだ。後日参考文献をコピーして渡した。上田法についても興味を持たれたが、まだどういう仕組みで緊張が落ちるのかはよくわからないと答えた。最初は藤田さんの障害についての話題が主だったが、そのうちに自身の話や家族の話になった。今思うと藤田さんの話の中では、次のようなことがとても印象的だった。


「俺の息子がよく俺のことを執着気質と言う。諦めが悪いという。ずっと仕事に執着してたわけだ。満足のいく結果が出るまでなかなか諦めきれないという性分だ。おかげでいくつかの特許も取ったしお金も手に入ったが、今思うと家族は二の次だった。良い父親じゃなかったな。息子が恨み言を言うのも良くわかるし、あまり折り合いも良くない。だが昭をよこしてくれたのは嬉しかった」


「昭は凝り性で俺に似ているので、将来どんな仕事をするようになるかが楽しみだ」


「良い夫ではなかったが、妻は常に良い妻だった。とても感謝している。あれがいなかったら、今頃家庭崩壊して俺もたいして仕事はできんかったろう」


「ここに来るまであんなちょこちょことした歩き方をしていたのも、歩くということだけにこだわりすぎたせいだろう。向こうの理学療法士の言うことも聞かず、ただ歩くと言うことだけにこだわって一生懸命に歩いてばかりいた。余裕がなかったな。ここで海に出会えて、『実験だ』と言ってくれたのが良かった」


 目標を立てると、それに向かってしゃにむに努力される方なのだ。最初に体を硬くした極端な小刻み歩行になったのも、まだ支持性の弱い、力の出ない体でしゃにむに歩こうとされたせいだろう。結果、外骨格系の問題解決をひたすら強めるという間違った袋小路に入って一人では出られなくなってしまったのである。 


 それに藤田さんには体を硬くしすぎる以外に、患側下肢をできるだけ使わないようにする傾向も見られた。おそらく支持性が弱いときから歩いているので、安全のために患側下肢での体重支持を最小限にする癖がついたのだろう。これは不使用方略と呼ばれる運動システムの問題解決だ。これによって患側下肢の支持時間が短いため、健側下肢の振り出しも小さくなり、自然に小刻み歩行に入り込んでしまうのだ。


 これも簡単に説明したが、すぐに藤田さんは腑に落ちたようだ。「それで悪い方の脚を板の上に置いて、良い方の脚でゆっくりと跨いで戻る練習をしとった訳か。それで頭に『悪い方の脚は十分に体重を支えるぞ』と説得しとったわけだ」と言われた。理解が早いし正確だ。


 施設の訓練は月曜から土曜までの週6日行われる。通常は1日に20分の訓練1回だが、藤田さんは3ヶ月後に自宅に帰ることを条件に「リハドック」という施設独自のサービスを受けていたので、1日40分から60分の訓練を受けることができる。僕は週5日入るが、僕の休みの時は後輩の涼君という作業療法士が代わりに入ってくれた。涼君は聡明なところがあって、僕の話は良く理解するし、藤田さんとの話も上手でうまく関係を作っていた。実際藤田さんにも気に入られたようだ。


 上田法は週が進むに従って頻度を減らした。最初の2週間は週6回、上田法を行ったが、3週目には週3回、4週目には週1回だけになった。毎日しなくても柔らかさが維持されるようになったからだ。


 歩行状態は4週目には10メートル18秒、42歩程度で歩かれるようになっていた。上田法を行わなくなったので、運動課題はずっと多様に多量に行うようになられた。様々な厚さや幅の板の上に片脚を置いて、反対の脚で跨ぐような「板跨ぎ」や屋外歩行を行うようになった。


 次にどんな運動課題をするかは涼君を含めて3人で話し合った。藤田さんはいろいろとアイデアを出して試された。それは僕達にも参考になった。施設は山の中腹にあり、施設前には角度も長さも様々な坂道がいくつもあり、藤田さんは坂道を何度も急ぎ足で往復する課題を特に好まれた。先輩はこの時の訓練を見て批判していたわけだ。そしてマスコミに伝えたのだろう。(その10に続く)


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