意欲のない人(その10 最終回)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 7分

意欲のない人(その10 最終回)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 携帯電話の向こうから裕美さんはいつもの勢いで話し始めた。


 「娘さんから話を聞いた?ごめんなさいね、うちの先生の勘違いでね・・・娘さんと別れた後ですぐに先生のところに行って話をしたのよ。どうも先生、おかあさんを認知症の方だって思い込んでたみたいで。娘さんから薬の副作用の話を聞く前に、失禁は認知症のせいだって言っちゃったんだって。私からおかあさんの説明をしたら納得して凄く反省していたわ。早速色々調べてたわ……


 でね、どうも直接失禁の原因と明確に言い切れる薬はないようよ。もちろんいろんな組み合わせもあるからなんとも言えないらしいけど。でも最近の状態を私が詳しく伝えて、不要と思える薬もあるし、少し検討して薬の内容を整理してもらえることになったわ!まだいろいろ話もあるだろうけど、またね!」


 機関銃のように話しまくって電話は切れた。


 どうやら薬の副作用の件は期待外れだった。少しガッカリしたが、まあ、薬も少し変更されるそうだし、これで計画した大半の状況変化の手段をやり終えたな、と安堵のため息をついた。しばらくはひたすら待つだけだ。


 2週間後、おかあさんは新しいデイサービスに通い始めた。この頃、一人で過ごされるときに一度も失禁がない日が見られるようになったとのこと。以前のような状態に戻ってきたようだ。


 それからまた2週間後、裕美さんと一緒にまたお家を訪ねた。室内はまったく別の部屋かと思うくらいきれいになっている。テーブル回りは基本的に配置や置いてある家具は変わっていないのにまったく別の印象だ。以前は尿臭が漂っていたが、今は臭いもしない。カーペットが同じ色調だが新しくなっている。


 娘さんの旦那さんの手作りの着替え用の椅子や蓋付きゴミ箱なども使いやすそうだ。見かけも良い。


 以前の手すりは壁との隙間が狭く使いにくかったが、新しく壁から大きく張り出した手すりがついていて、今ではおかあさんはそれを使って歩いたり体操をしているそうだ。この手すりも着替え用のコーナーも以前、娘さんと計画したものだ。その時は業者さんに入ってもらうと話していたが、結局旦那さんがおかあさん達と相談しながら作ったとのこと。


 その娘さんの旦那さんも今日は来ていた。明るく挨拶してこられたのでこちらもできるだけ愛想良く挨拶を返す。「良い人で良かった。今回の件はお父さんの参加が大きかった」と心の中で感謝した。


 娘さんが嬉しそうに話す。


 「これまでは週2回2泊してたんですけど、おかあさんと相談して週2回、日帰りで来ることになったんですよ。また以前のように一人暮らしをする気力が出てきたみたいでよかったです。全部先生のおかげです」


 「いえいえ、頑張られたのはあなたと旦那さんのお二人です。本当にご苦労様でした」何とか機会を捉えてお二人を労うことができたので少しホッとした。  


 しかし正直驚いた。旦那さんの参加や薬の変更、デイサービスにも少しずつ慣れて楽しく過ごしているという。なんだかトントン拍子にいろんなことが進んでいて、こちらが面食らってしまう。


 裕美さんも俺を紹介したことで娘さんからすごく感謝されていた。どうやらこれで俺も面目を保てると思った。


 娘さんと旦那さんと裕美さんで、ワイワイ賑やかに話をしている。旦那さんの部屋の模様替えの奮闘話らしい。


 俺はそばで聞くともなしにこんなことを考えていた。「今回はラッキーだった。ちょっと押しただけで、幸運にもいろんな良いことが雪崩の如く起きたんだな・・・・いや、俺は今回ばかりか、いつも幸運に恵まれている。いつも何か幸運が起きて上手くやってきたな・・・・ところで今回は何が原因でこんなに上手くいったんだ?部屋替えか、新しいデイサービスか、ささやかな体操か、薬の変更か?・・・・・まあ、良い。どうせ考えてもわからない。


 だがこのおかげでいつも最後はモヤモヤもする。いつも何が効果的だったかはわからない。ただ一度にたくさんのことをやってみたというだけだ。問題は解決しても、すっきりしないのは『犯人はお前だ!』という推理小説でお馴染みの結末がないからだな。皆が胸ときめかせるあの瞬間がないのだ。システム論を基にした状況変化のアプローチは、いつも最後、こんな感じになってしまう。リハビリ探偵と呼ばれても、こんな話では誰も面白がらないし、小説にはならないだろうなと思う・・・・まあ、良い。リハビリ探偵の役割は、犯人、つまり問題の原因を見つけることではなく問題そのものを解決することだからな・・・」


 「ねえ、新畑さん!」と裕美さんが突然話しかけてきて、我に返った。「ああ、そうですね」と何が何だかわからないまま間抜けに答えた。「まあ、新畑さん!また人の話を聞いてなかったわね!」と裕美さんが怒ったように言う。可愛い人だ。そして俺も話の輪に加わった。(終わり)

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