「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その4)

目安時間:約 6分

「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その4)


 あまり明確でもなかったが、前回までで述べてきたのは機械はやり方が決まっていて、結果もそれに対応している。しかし人では「状況に応じて課題を達成するために相応しい方法をその時、その場で無限に生み出す」ことが機械と異なる人の運動システムの作動上の特徴である、と説明してきたつもりである。


 これを実現するために、人の運動システムはどんな構造をしているのかをもう少し考えてみたい。


 CAMRでは、この構造は「豊富な運動リソースを利用して、多彩で柔軟で創造的な運動スキルを生み出すことのできる構造」と考えている。抽象的な説明で申し訳ないが、説明できない構造は、やはり作動の特徴でしか説明することができない。


 運動リソースとは、運動を生み出すために使われる資源のことで、以下の3つに分類される。


①身体リソース:身体そのものや身体の持つ性質(筋力、柔軟性、体力、感覚、痛みなど)


②環境リソース:環境内にある性質(光、明るさ、温度、重力など)や構造、構築物、道具や他人や動物など


③情報リソース:身体リソースと環境リソースが関わるときにその相互作用から生まれる情報。情報リソースは行為者に取っての価値の情報 また運動スキルとは、行為者にとって必要な課題達成のための運動リソースの利用方法のことだ。


 健常者では身体リソースが豊富で、その結果非常にたくさんの環境リソースを利用できる。また情報リソースも豊富なため、それらを利用して生まれる運動スキルは、多彩で柔軟で適応的に変化しながら、創造的にその時・その場で生み出されてくる。


 逆に障害を持つということは、身体の一部を失う、麻痺で筋力が弱る・失う、柔軟性が低下する、感覚器の障害などで適切な情報を得られなくなるなどで、身体リソースが減少・喪失することである。そうすると利用できる環境リソースや適切な情報リソースが減少し、その結果、多彩で柔軟、創造的な運動スキルを生み出すことができなくなり、必要な生活課題を達成できなくなるということだ。


 一例を挙げると、室内では何とか杖歩行できるが、屋外では危なくて歩けなくなったり、固定の手すりがあれば起立できるが、車椅子からは起立できなくなったりするなどは、身体リソースの減少で、環境リソースを上手く利用できなくなり、適応的に生み出される運動スキルが少なくなるからである。


 そう理解すれば、リハビリでおこなうべきは、利用可能な運動リソースをできるだけ増やし、それらを活用するための運動スキルを生み出す経験を積む運動スキル学習を経験することが必要だとわかってくる。


 たとえば身体の一部を失えば、他の身体部位を利用して、生活課題を達成するための運動スキル学習を進めるわけだ。あるいは義足のような環境リソースを用いて、その運動スキル学習を進める。その際、他の身体部位の筋力や柔軟性、感覚の鋭さなどが改善していく、つまりそれらの運動リソースが豊富になれば、運動スキルはより多彩に柔軟に発展するだろう。そして訓練前よりは適応的に生活課題達成ができる場面が増えてくるわけだ。


 機械修理の考え方では、「悪いところを探して直す」と考える。それ以外に修理の方法はないからだ。


 しかし人では、「立って靴下を履く」の課題で見たように、筋力やバランスを鍛える以外にも柔軟性という身体リソースを利用してその同じ課題を達成できるし、壁などの環境リソースを利用してもその課題を達成できる。機械では各部品の役割は決まっているが、人の運動システムでは各リソースの働きやその価値は状況によって違ってくるので、「これは無駄、これは有用」と頭から決めてかかるのは危険である。


 つまり増やせる運動リソースはできるだけ増やした方が良いと考えられる。運動システムがどのような状況で運動リソースにどのような役割を振るか、どのような価値を見いだすかはセラピストにはすぐにわからないことも多いからである。


 次回はこの具体的な例を見ながら理解を深めてみよう。(その5に続く)


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