意欲のない人(その9)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 6分

意欲のない人(その9)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 翌日、娘さんに電話を入れた。


「新畑さん、色々教えてくださって本当にありがとうございました!」声が弾んでいる。


 昨晩裕美さんから聞いていた内容だったが、一通り聞いた。


「何度もありがとうございました」といわれる。


 その後やっと内科受診の結果を聞くことができた。


「それがダメだったんですよ」と答える。彼女の声は沈んでしまった。


「母の失禁の話をしたら、『それは歳だから仕方ないです。認知症があるのでこれからもずっと続くでしょう』って言われてしまって」


「ああ、それはひどい。おかあさん、認知症なさそうですもんね。これまで見てもらっていた先生なんですか?もし良ければ、他の内科なりを受診してみたらどうでしょうか?」と提案してみる。


「それがずっと診ていただいている先生で。良い先生なんですよ、母も信頼していて・・・だから先生を変えるというのはちょっと・・・それにケアマネさんもその病院からきておられるんです・・・・ケアマネさんもとても良い人で頼りになるんです。だから病院を替えるのは良くない気がして」


 やれやれ、やはりこんなことになってしまう。原因を探してその原因にアプローチしようとしても現実にはなかなかうまく運ばない。特に俺のように飛び込みで馴染みのない地域や施設で仕事をすると、元々の人間関係ができていないのでこの手の「連携の壁」がいつも問題になる。


 俺は元々人付き合いが苦手だ。初対面ではあまり話ができないし、仕事上の関係を作るにしてもかなり時間をかけないと話ができない。見ず知らずのところへ飛び込んで話をする関係を作るなんて考えただけで億劫になる。


 こんな行動力のない人間が、問題解決の依頼を受けるなんて仕事をしていることが不思議である。まあ、望んだわけではなく成り行きでこうなってしまったのだ。


 娘さんが続ける。


「それでも、ここまでで少しずつ母に変化が出てるんです。今日も私が言わなくても自分から2回トイレに行きました。でもどうしても半分くらいは漏れちゃうみたいで。でも先生に言われたようにそれについてはうるさく言わないで、トイレに行ったこと自体を喜ぶようにしています」声に元気が出る。


「ええ、そうですね・・・」と答えたものの後の言葉が続かない。次はどうすれば良いのか?


「ええと・・・裕美さん、あ、ケアマネさんですけど、彼女には受診の結果、もう話されたんですか?」


「ええ、受診が終わってすぐにとなりの事務所で会いましたので」


 そうか、もう話したのか・・・確か、以前、裕美さんが「うちの先生、本当に良い人だし、熱心なんだけど、頭がちょっと硬くて困ったりするのよね」なんて愚痴っていたのを思い出す。


 その後、


「今は状況変化がうまくいっているのでこのまま続けてください、また1週間後に連絡します。困ったときはいつでも連絡してくださいね」と話して電話を切った。


 さて、困った!・・・困った!まずは裕美さんに相談すれば良いのだが、問題が裕美さんの雇い主となれば・・・・


 それともいっそのこと、第二プランの精神科受診を勧めてみるか?もしかしたらその先生が物わかりが良くて、薬の検討をしてくれるかも・・・・などと考えてみる。どうも俺は自分に都合良く考える癖がある。こんなことだからよく失敗してしまうのだ。


 行動力もないし、コミュニケーションの能力も低いし、判断力も良くないし決断力もないし、人付き合いも良くない。なんでこんなことをやってるんだろう、とつくづく思う・・・・まあ、引き受けたんだから仕方ない。


 おかあさんの振る舞いの変化は起きているが、失禁に伴う生活問題の改善は少々だ。これが現在の状況だ。内科の主治医が問題だが、裕美さんの雇い主である。やはり精神科の受診を勧めてみるのが一番楽な状況変化の方向性か?それとも・・・・・・ 俺はしばらく考え込んだが、結局ケアマネの由美さんに電話して、とりあえず相談してみることにした。できれば医師を説得してくれるようお願いもしたい。裕美さんに余計なお願いをするのは気がひけるが仕方ない。スマートフォンを手にした途端、着信音が大きく鳴ったのでびっくりした。画面を見ると裕美さんからだ・・・(その10に続く)

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意欲のない人(その7)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 8分

意欲のない人(その7)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 俺は話を続けた。


「あと、今は週2回こちらに来られて、計4日間はおられるんですよね」


「ええ、月曜日に来て泊まって、木曜日に来て泊まってます」


「ではその時に娘さんに必ずやって欲しいことがあるんです」


「何ですか?」


「一つは体操です。大変かもしれませんが、娘さんが来られたときにおかあさんと一緒に体操をして欲しいんです」


「ええ、それは良いですよ。どんなものですか?」


「手で椅子の背を持って立ち、つま先立ちを20から30回、足踏みを20から50回、片脚を横に出して元に戻す体操を20から50回」


 俺はやって見せながら説明した。


「最初は20回くらいから始めて、できそうなら少しずつ回数を増やします。そしてすこしでもやったら褒めてあげてくださいね。決して無理強いしないように。あ、そうそう、『おかあさん自身のためではなく、私のためにやって!』という感じでかまいません。


 つまりこう考えてください。部屋替えもそうなのですが、これまでとは状況を変えること、これが大事です。これまでは『自分のために頑張って』と言ってきたわけでしょう。だからこれからは『私のために頑張って』とこれまでとは違ったことをたくさん積み重ねていきます」


「ああ、これまでと違うことをやって試して様子をみると言うことですか?」「ええ、そうです。それで上手く行きそうだったらそれを繰り返し、上手く行かなかったら別の言い方ややり方を試します。そんな風に考えてみてください」 


 更に娘さんがおかあさんにしてあげられる簡単な体幹のストレッチといわゆる「失禁体操」を指導する。失禁体操は娘さんも非常に興味を持って色々聞いてこられる。


「まあ簡単そうな体操だし、一緒にやってみます」


「あと、もう一つ!」


「えっ、まだあるんですか?」やや、不服そうな表情をされる。


「ええ、申し訳ないのですが、実はいくつかのことを同時にやってみることで状況変化がより大きくなるんですよ。それでですね、おかあさんは話すのが不自由そうですね。普段あまりしゃべらないので口の動きが悪くなっているようです。それで口回りの体操もいくつか一緒にやって欲しいんです。他の全身の運動と一緒にやるとより効果が出やすいのです。そして一度にいろいろ、短期に集中してやると効果も大きくなります。もちろん無理のない範囲で始めて、無理のない範囲で続ければ良いです。それにこの体操をやるとほうれい線が浅くなって、頬も上がって若く見えると言われてるんですよ!」


 娘さんは思わず吹き出した。


「あら、じゃあ私もぜひやらなくちゃ!ええ、ええ、わかりました」


 どうやら覚悟を決められたらしい。


「無理なくできそうなことはできるだけ続けてやってみます。一度に、同時に、いろいろやってみるんですね」


 表情が更に明るくなった。


「そうです。そして申し訳ないですが、もう一つ。今は病院には通っておられますよね?失禁のことを相談したことはありますか?」


「ええ、今は近所の内科、整形外科に通っています。内科は糖尿とか脳卒中があるので。でも失禁については相談したことがありません・・・・整形は右股関節の頸部骨折があって、手術をした関係で3ヶ月に一度様子をみて貰ってます」「なるほど。内科ではたくさんお薬を貰ってますか?」


「ええ、とってもたくさん」


「ここしばらくで新しいお薬を貰ってますか?たとえば半年前くらいから・・・」


「半年前よりもっと前からのお薬で、あまり変わったものはありません。いや、確か・・・血圧を下げる薬を新しくして、脚が腫れたりとかしていくつか増えました・・・ともかく薬の数が多くて大変だと思ってたんです」


「今度内科に行かれるときに、先生に相談してみてください。ここしばらくいつも失禁するようになってしまったこと。もしかして薬の副作用が関係していないか、ということです」


 ここでも娘さんの顔が輝いた。失禁体操と同じく納得できる解決策と思われたようだ。


「ああ、もしかしたら薬のせいだったかもしれないんですね。是非、相談してみます」


「それと・・・ケアマネさんから話を聞きました?」


「ええ、デイ・サービスを変わるっていう話ですよね。ケアマネさんといろいろ相談して、是非にとお願いしました」


 実はデイサービスの変更をケアマネの裕美さんと計画したのだ。今は午前中に数時間のデイサービス利用で、リハビリをするだけである。ほとんど他の利用者さんと話をすることもないそうだ。おかあさんが人付き合いを億劫がるのでそうしたのだが、週2回の数時間のお出かけ以外はこの部屋で過ごしているため、この部屋との結びつきが強すぎるのだと思ったからである。娘さんの希望で入浴サービスがあって9時から4時までのデイサービスを今週中に母と娘で見学することになっている。デイサービスを変えればまた状況は大きく変化するだろう。


 さて、サイは投げられた!後は結果を見ていくだけだ。


「しばらくは大変だと思います。何か気になることがあったらいつでもケアマネさんか僕に電話してください。また一週間後に連絡をします」と言ってその場を辞した。(その8に続く)

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意欲のない人(その6)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 8分

意欲のない人(その6)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 約束の日が来た。俺は挨拶をして娘さんと向かい合った。おかあさんはデイサービスに出かけている。


「まずおかあさんの失禁の回数を減らそうと思います」


娘さんはややびっくりして聞き返してくる。


「えっ、いきなりそんなことができるんですか?母は動く意欲をなくして、半分自暴自棄みたいな感じなんですよ。おしっこを漏らすのも平気になったみたいで・・・だからまず意欲が出ることが大事だと思ったんです。もともとおしっこ漏らして平気な人ではなかったんです。プライドも高くて・・・でも今は人生を捨ててるような感じで・・なんとか自分のために頑張って欲しいと思ってるんです」


 「ええ、そうですね。人前で失禁してよしとするような方ではなかったんですよね?」


「ええ、それはもう几帳面で私たち子供にもとても厳しくてうるさかったんです」


「現在失敗したとき、おかあさんはどんな風に言われますか?」


「私が『しっかりしてよ、自分でできることはやらないとダメよ』と言うと『ダメなの、できないの、私は頑張ろうと思っても頑張れないのよ、しんどいの、辛いの、できないの』なんて言うんです」


「それで?」


「だから『自分のためにも頑張ってちょうだい』と言うと『もう私のことはどうでも良いの。頑張れないし頑張りたくない。もう死んだ方が良いの』なんて言うんです。『そんなことない、この間、一度頑張って公園に花見に行ったじゃない。頑張れるのよ』と言ったら『あれはあんたのために頑張ったのよ』なんて言うから『ダメよ、自分のために頑張らなきゃ』って言ったんですよ・・」


「なるほど、自ら生きる意欲がないということですね・・・まあ、それが一番大きいかもしれませんね。ただその意欲を回復してもらうためにも、身の回りのことで上手く行くことが沢山あれば良いと思います。身の回りの色々なことが上手く行き出すと、自信も出てくるし、結果的により良く生きようという意欲も高まってくると思うんです。その一つとしてまずは失禁の回数を減らそうと思うんです。


 どうやってやるかというと、まず、おかあさんの失禁は、今、この部屋で娘さんも含めての状況の中で起きているんですね。だからこの状況を変えてみようと思うんです」


 娘さんはあっけにとられた顔になった。「そりゃ、失禁が治ったり回数が減れば嬉しいんですけど、そんなことできるんですか?」


 意欲は高められると信じているのに、失禁は意欲を高めないと難しいと思っておられるようだと感じた。やはり、人間は面白い。「まあ、一度だまされたと思ってやってみませんか?まずやることは部屋の模様替えです。それからおかあさんに対する態度も変えてみましょう。娘さんが来ているときだけで良いので日課も加えます。環境と生活を少し変えてしまうんですね」


「そんなことで上手くいくんですか?だって今回のこととはまるっきり関係ないことじゃないですか?」かなりご不満の様子だ。仕方ない。


「一見そう見えても、これで上手くいくことが多いのです。もし、これで変化がなかったら相談料はいりません!だから試してみませんか?」


 しばらくあっけにとられていたが・・・「えっ・・・ホントにそれで上手く行くと思ってるんですね・・・・そこまで言われるんなら試すだけ試してみましょうか」少しその気になってくれた。相談料はいりませんというのは、こういった場合によく使う手だ。俺の言うことはあまり信用されないらしく、いつもこうでも言わないと受け入れてもらえない。


 娘さんが言う。「何をどうしたら良いんですか?部屋の模様替えと言っても・・・・実はテーブルの回りが汚いので私もきれいにしようと思ったら母が怒るんです。動かすと困るって・・・だからできないんです」


「そうですか、ではできるところから始めましょう!まず最初は、おかあさんは食べることもお茶も神様の本を読むのもテレビも、そしておしっこもおむつ換えも全部この椅子で行われていますね?」


「ええ、そうです!」


「では清潔な活動とそうではない活動、たとえば尿パッド換えなどは場所を分けるようにします。それとおかあさんは神様などに関わる神聖な活動にご熱心ですよね。これを合わせて三つの活動の場所をはっきり分けてしまいます。神様の本は神聖なものだから、あの神棚の下の飾り棚の空いた部分に置き、あの辺りを神聖な場所とします。そして蓋付きバケツと尿取りパッドや紙パンツ類はあそこへ」と指さす。そこは台所のカウンターのこちら側にある段ボールが積んである場所だ。


「あそこへ使われていない椅子とその尿取りパッドが入っているそのテーブル脇のユニット棚を持って行っておむつ換えの場所にしましょう」


「でも母が承知するかどうか・・・」


「そうですね・・・神様関係は神聖なものだから、今のようにごちゃごちゃとお下のものなんかも一緒にしていると不敬に当たる、なんて言ったらどうでしょう。あるいはこの席で神様の本を読むんだったら、この場所を清潔な状態にして神様に接しましょう、というのはどうでしょう?あるいは神様の本を読む時には身の回りを清潔にし不浄のものを回りに置かないで読んだ方が良い・・・と説得してみたらどうでしょう?」


「ああ、なるほど!ええ、それなら言ってみる価値はあると思います」


 そんなこんなで、大雑把に部屋内を三つの区画に分ける計画と説得するための言い訳を二人で話し合い、また部屋の模様替えの計画を二人で考えた。娘さんは熱心にメモをとっている。


「これで間違いなく、おかあさんの振るまいが変化すると思います!」


 少しだけ娘さんの態度が生気を帯びてくる。何でもないようだが、やることとその意味を明確にし、ご本人ができると確信できてくると、集中力もやる気も高まってくるものだ。 だが、実際にはまだやることは山積みである・・・(その7に続く)

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意欲のない人(その5)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 8分

意欲のない人(その5)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 状況変化型アプローチを進める場合のもう一つの重要なコツは、主たる問題解決者である娘さんは何を問題にしているのか?ということだ。彼女の依頼は「意欲がないから高めてくれ」だ。確かにおかあさんにより良く生きようとする意欲が高まると、万事上手くいくと考えるのだろうが、そんなに都合の良い問題解決はない。そんな目標が達成可能なら、世の中は誰も苦労しないのである。これは「理想家の目標」である。つまり実現不可能な目標だ。


 実際には娘さんの言葉の端々には、「おしっこを漏らしていてそれが苦労の種」というニュアンスがつきまとう。説明にはあまり触れられないが、来る度に溜まった洗濯物や尿臭のある掛け布団やクッションの処理に疲れるだろう。だから解決するべき問題は、「尿漏れ」であり、「尿漏れが減り洗濯物が減る」が目指すべき解決の1つの状態だろう。これは「意欲を高める」に比べて実現可能な目標である。


 俺のように問題解決をして相談料を頂く仕事では、大事なのは依頼人の満足である。だからどうなると満足されるかを考えるのは一番大事なことだ。娘さんは「おかあさんの意欲を高めたい」と依頼されたが、これを言葉通りにとって、仮に俺がおかあさんを上手く操って「明日から私、頑張るわよ!」と娘さんの前で言って運動をしてもらうとしよう。娘さんは一瞬喜ばれるかもしれないが、失禁が変化しなければいつまでも満足はされないはずである。


 これは普通のリハビリでも同じだ。患者や家族は言葉にならない具体的な願いを持っていることは珍しくない。また「こうなったら良いのに」という理想の目標を口にされることも少なくない。結果的には実現できない目標よりは、少しでも実現できる目標こそが大きな満足を生むものである。


 さて、この二つが決まると具体的に状況変化アプローチの具体的なロードマップを作成する必要がある。これには時間がかかるので家に帰ってゆっくりと考えよう。


 また「失禁とそれに伴う介護量の負担」が問題、「失禁の回数減」が目標として決まったので、こちらに対する原因追及型のアプローチのロードマップを考えてみる。


 本人に認知症はないようだが、これはもう少し慎重に構えていたほうがよい。もう少し様子をみよう。


 デイサービスの報告書では「娘さんへの依存性が高まって意欲がなくなったから」なんて言ってたが、それはどうも薄い。認知症もなく、単に依存性が高まって、動く意欲が低下して失禁が出るようになったとは考えにくい。むしろ逆だろう。失禁が始まって、それを自分でコントロールできず、無力感と自信のなさから意欲が低くなって、依存性が高まる・・・というのはこれまでもよく目にしてきた。


 実際のところ、話を聞きながら俺には心当たりがあった。半年くらい前から失禁が始まったことを考えると、何かその頃に始まった状況変化が影響したかもしれない。すぐに思いつくのは薬の副作用である。もしその頃に新しい薬が始まっていればそれが怪しい。


 もう一つはあの表情のなさが気になる。うつ病などでも失禁はみられるらしいので、精神科を受診して貰ったらどうだろう。


 これで原因追及型のアプローチのロードマップはできあがった。一番の原因候補は薬の副作用であり、二番目の候補は精神疾患である。一つ目は主治医に相談してもらって、怪しい薬をやめてもらう。これで上手く行かないときは、精神科を受診してもらう。実にシンプルである。原因追及型は問題解決の道筋が単純だ。 このように因果関係の考え方、つまり原因を探してその原因を解決する考え方は、複雑な出来事をシンプルに理解して、問題解決を簡単にすると考えられている。これが利点である、と。だが物事はそんな簡単にはいかない。


 たとえば脳卒中では体が不自由になるが、その原因はマヒであり、そのマヒの原因は脳の細胞が壊れたからである。これも実にシンプルな構造だ。原因は明確である。しかし原因が明確だからと言ってリハビリで壊れた脳細胞を再生、あるいは機能的に再生する手段はない。つまり原因がわかっても原因をなんとかする手がないのだ。どうしようもないのだ。人の体や振る舞いではこのようなことが多い。 医療的リハビリテーションでは障がいを問題にするが、根本原因である障がいは本来治らないものである。だからリハビリテーションの基本的な考え方は、現状をより良い状態にすることだと思う。


 学校で習う原因追及型の問題解決は、一般の医療の第一の目標となる「病気の原因を治す」という方向性を持つが、リハビリでは「状況をより良く変化させる」という方向性を持つ状況変化型の問題解決が相応しい場合も多い。だから俺は常に二通りの問題解決を進めるわけだ。


 しかし何はともあれ、今回ばかりは「原因追及型の問題解決」には俺も自信がある。「きっと薬の副作用かうつ病傾向かのどちらかだろう」と思っている。それで解決しそうな予感がする。だからいっそのこと、面倒な状況変化型のアプローチはしないで「原因追及型の問題解決」だけを進めてみようかと思ったりもする。その方が娘さんにも苦労をかけないし、俺も面倒な計画を立てなくて済む、と思う。


 でも一方では「俺にできるだけのことはやってみる」という俺なりの方針みたいなものをいつの頃からか漠然と抱いている。今回の件では裕美さんも関係している、そうだ、できるだけ良いところを見せないといけないのだ!「そうだ!やっぱりできるだけのことはしてみよう!」そう結論づけたところで家に着いた。(その6に続く)


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意欲のない人(その3)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 7分

意欲のない人(その3)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 さて、ご本人に家の中を歩いていただく。椅子に座った状態から体を前方に傾け、両手をテーブルや椅子の肘掛け辺り、さらには片手を座面に置いたりするがどうもしっくりとこないようだ。最終的に両手で両方の肘掛けを持って体を持ち上げる様にして立ち上がる。動きは重い。尿臭が漂う。


 「トイレまで行って座ってみましょう」と言う。すぐには歩き出さない。ほんの少しの間、起立状態で両脚の支持性を確かめているようだ。それから少しずつ動き始めるが、すぐに姿勢良く、すっと独歩でトイレに向かわれる。


 「まあ、どうしたの?」と娘が大きな声を上げる。「いつもはこうやって」と両手の平を下にして小さくひろげ小刻みによちよちと歩いて見せながら「よろよろと歩いているのよ。もう人が見てると良いところを見せようと頑張るんだから!やっぱりやればできるのよね」と声を上げる。1メートルも歩くと歩行はますます安定してくる。室内で杖を使う必要はないようだ。部屋の壁に手すりがあるがそれも使われない。トイレまで4メートルあまり。頑張って最高のパフォーマンスを見せようとされているのだろう。まあ、正直のところ俺は内心がっかりした。起立や歩行の改善は俺の得意分野だし、もう少し悪ければ運動面だけでもより劇的な変化を見せられる可能性があった・・・まあ、多少は運動改善は可能だろう。まあ、劇的な変化はないだろう。


 ドアを引いて開け、入ると左手にトイレの引き戸がある。そこは開けっぱなしでそこからトイレに入るが、トイレはかなり狭く、大きな体で動くのは難しそうだ。足下が狭いせいだろう。よちよちと方向転換する。手すりはないが、壁を持って便座に座られる。トイレが狭いので手すりをつけられないのだろう。


 トイレ内での起立も壁を頼りに立たれる。そしてまた少しの間立った後精一杯すました感じで椅子に戻られる。「脚がしびれて重くて上手く歩けないし、しんどいんです。どうか治してください」と言われる。口がもごもごと動いてしゃべりにくく、聞き取りにくい。


 娘さんが期待した顔を俺に向ける。「専門家としてどうなの?どう思ったの?解決案を言ってよ!」という感じである。弱った(^^; 俺は娘さんに微笑むと、おかあさんの方を向いた。「上手に歩かれますね」おかあさんの表情はあまり変化しない。「その棚にたくさんの本が入っていますね。それらの本は読んでおられるんですか?」彼女は無表情を俺に向けた。「読んだ本なのよ。私は毎日一つのお話を読むようにしてる・・・とても良いお話でね・・私たちがどのように生きたら幸せになるかを・・・・」俺が聞き取ったのはそんな内容だ。彼女はどうも思うように口が動かないらしく、苦労して話されるが突然会話が途切れる。話すのがしんどくなったらしい。


 次に娘さんが口を挟んだ。「ええ、とてもわかりやすくて、良い教えで・・・・」どうも二人とも同じ宗教のようだ。俺は話を聞き流しながら、テーブルのそばの飾り棚の上の神棚を見た。


 俺は娘さんの話の途切れた途端に口を挟んだ。「そうなんですね。毎日神様の教えを勉強しておられるのですね。だから神棚はとてもきれいです。素晴らしい!娘さんが?」と神棚を指さす。「いいえ、母が毎日きれいに掃除して、水を替えてるんですよ。これだけは今でもきちんとやってるんです」「なるほど、それは素晴らしい・・ところで今日はもう時間になりました。次の場所に行かなくてはなりません」娘さんは面食らったような顔をした。かまわず続ける「いろいろ教えていただきありがとうございました。私としては少し考える時間が欲しいんです。今日はたくさんの話を伺って、様子を見させていただきました。あまりにたくさんのことがあるので少し考える必要があります・・・娘さんはこんどは3日後の金曜日に来られるんでしたよね。私もその時間に合わせてここに来ますので、もし良かったらその時また話をさせていただけませんか?」


 俺はケアマネの方を向いた。彼女が頷いた。「そうですよね。いくら新畑先生でも、この場で話を聞いただけでいきなり問題解決とはいきませんよね。金曜日は私は忙しくて来れませんけど、良いですかね?」と俺に尋ねる。「ええ、かまいませんよ」結局、娘さんも渋々承知する。


 こうして俺とケアマネをその家を出た。


 今回の話はそのケアマネさんから依頼された。「どうだった?なんとかなりそう?」急に砕けた口調になる。ケアマネの裕美さんは以前からの知り合いで、時々家族から受けた相談で困ると俺に解決を依頼するようになった。今回も相談料などの交渉はすべて彼女がしてくれた。


 「いや、難しそう」とだけ答えた。(その4に続く)

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意欲のない人(その2)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 7分

意欲のない人(その2)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 俺の名前は新畑委三郎(しんはた いさぶろう)、理学療法士で、パートでいくつかの施設で働きながら、講師業や本を書いたりしている。また時にはリハビリの難件を依頼によって扱っている。世間ではリハビリ探偵などと呼ばれている。


 さて、今回の依頼人の続きだ。ケアマネがデイサービスのスタッフと担当PTに簡単な報告のメモを頼んだところ、丁寧な報告書を書いてくれている。以下の様な内容だ。


 デイサービスは週2日、午前中のみ利用。開始時歩行は室内は自立、屋外は杖で見守りで今も変わっていない。デイサービス利用当初は安定しているので「歩いて良いですよ」と勧めていたが、リハビリ以外はほとんど椅子に座ったまま。来てお茶を飲んで一息ついたところで運動に誘っている。運動は座ったまま行う下肢運動のマシントレーニング3種を行っている。指示には素直に従われる。


 屋外歩行については、本人は連続50メートル程度は歩かれると言われるが、ここでは屋外歩行はしていないのでよくわからない。


 ケアワーカーは、最近尿臭があること、洋服が汚れていても着替えていないなど、以前とは様子が違っていることに気がついていたが、短時間の利用でトイレにも行かれないのであまり介入する機会は無かったとのこと。話しかけるとよく話されることもあるが、あまり社交的ではないようだ。利用者さん同士で会話が弾むこともない。


 スタッフの意見をまとめると、あまり動こうとされず、文句も言われないがなにかしようとする意欲が低いのではないかと言うこと。


 理学療法学科の学生として実習に出た当時から思うのだが、1人の患者さんにはとてもたくさんの情報がまとわりついている。調べれば調べるほど、たくさんの問題とその原因が現れてくるものだ。昔ははやく原因を明らかにしようと躍起になって疲れたものだが、今はそんなことは考えない。粛々と調べを続ける。


 家は十二畳ほどの長方形のリビングダイニングを中心に、部屋の長辺片側に六畳ほどの寝室と四畳半ほどの広さの風呂・トイレ・洗面がついている。リビングダイニングの入り口側の1/3に対面式のキッチンがあり、反対の壁際にテレビとその前に大きな六人掛けのテーブル、テーブルと揃いの椅子六脚などがある。その長いテーブルの短辺はテレビに接して、その対面にご本人の椅子が置いてある。テーブルと椅子の下には少し厚めのカーペットが敷いてある。椅子はやや低めの藤の回転式の椅子だ。肘掛けが両方についている。辺りには少し尿集が漂う。


 日中1人でいるときにその回転椅子に座ったまま、テレビをみて動かないらしい。回転椅子のすぐそばにはユニット棚が二つ置いてあり、それらの中やテーブルの上には様々な身の回りのものが置いてある。また一つのユニット棚には宗教関係らしい本が入っている。ふと壁際の高さ120センチくらいの飾り棚の上に小さな神棚とお供えのお皿などが置いてあるのが目につく。他のところはややほこりっぽいが、そこだけはきれいにしてある。テーブルの下には蓋付きの青いバケツが二つ置いてある。


 依頼人のおかあさんは回転椅子に座っている。やや肥満で顔は無表情。挨拶をするがやや口は不自由そうだ。足下のユニット棚のせいで、足下が狭くなっている。椅子は大きく、重いが、回転式で向きが変わるようだ。しかしそばに置いてあるユニット棚に肘掛けがこすって動きにくそうだ。


 どうやら椅子に座ったまま身の回りの事が済む様になっている様だ。見た目にもいろいろなものが雑然と集められている。ひがな一日、テレビを見たり、本を読んだり、お茶を入れたりしながらその場所に座っているとのこと。汚れた尿取りパッドを入れる蓋付きのバケツまでテーブルの下に置かれている。


 六畳の寝室はカーテンが引かれ、回りにはタンスが置かれていて暗い。中央にベッドが置かれている。部屋に入ると、やはり尿臭がする。


 娘さんが説明する。「最近何度か泊まってわかったんですけど、夜寝る前に紙パンツの中に新しい尿パッドを自分で入れて寝るんで起きたときには敷き布団は濡れることは少ないです。それで朝6時に起きて神棚に参って、その後またベッドに座ってウトウトしてるんですよ。パッドも一杯でどうもその時に浸みだして濡れるみたいなんです。だからそんなとこに座らないで着替えてと言うと、このテーブルの椅子に戻って着替えるんです。でも太ってるから前にかがむのも難しいし、寝ぼけているから時間もかかって・・・しかももうパッドがパンパンで漏れるみたいで・・・だから敷き布団も掛け布団も濡れちゃうし、着替えで濡れたパッドなんかもこの椅子の回りに落として汚れちゃうんですよね。いったん起きてからも、パッドがパンパンになって漏れるくらいになってから、ようやくこの椅子で時間をかけて着替えるんですよ。その棚にパッドが山積みになってるでしょう?介護の方にそこに入れて貰って、着替えたらこの蓋付きバケツに汚れたパッドを入れるんです。トイレに行って着替えてって言うんですが、トイレは狭くて着替えるのが難しいって言うんです」


 なるほど。さて粛々と調べを続けよう。次は実際にご本人の動きを見てみよう。(その3に続く)


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意欲のない人(その1)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿

目安時間:約 6分

意欲のない人(その1)-リハビリ探偵 新畑委三郎の事件簿


 「ともかく母は、意欲がないんです!」とその女性は力強く締めくくった。


  彼女の長い話は以下の様にまとめられる。


  彼女の母親は4年前に脳卒中を発症。現在80代前半で肥満。若いときから主婦として二人の子供を育てた。また宗教団体の地域の世話役などをやっていたというが、「元々はそれ程社交的な性格ではなかった」そうだ。6年前に夫に先立たれ元気がなくなっていたが、病気になってから更に引っ込み思案になったらしい。見かけによらず頑固で、「母親の言うことを聞かないといつまでも大変・・・」とのこと。


 発症直後、マヒは軽く少し不自由そうくらい。認知症は全くなく、薬やお金の管理は一人でされる。リハビリをして杖で外も歩けるし、部屋の中は杖なしでトイレなどに行く様になった。料理も洗濯もなんとかできるし、風呂も一人で入れるので、それまでの一人暮らしを続けることになった。


 しかしどうも自分から動こうとしない。決して一人で外には出ない。要支援2で、ケアマネに相談して訪問介護で、買いものや掃除のサービスを利用し、他に週一回は外歩きに付き添いをして貰うことにした。また他に週2回は半日のデイサービスを利用して貰った。


 しばらくはそれで問題なかったのだが、相変わらず自分から積極的に動こうとされず、一人の時は椅子に座ってただテレビを見続けているとのこと。


 さらに娘さんが1年前に退職して、週に何度か訪れる様になってより依存的になってますます動かなくなったらしく、体重も増えた。最近は「脚がしびれる、脚が不自由、何もできない」と料理などもしなくなっているとのこと。娘さんが来ないときは宅配の弁当を頼むようになった。


 そして今は何よりもトイレの失敗が目立つ様になった。


 まず紙パンツを着けているが尿を漏らしてもそのまま座っている。椅子のクッションや床のカーペットも尿臭がある。「トイレに行け」と言っても「今はないから行かない」とか言って動こうとしない。「おしっこはわかる?」と聞くと「わかる」という。紙パンツでは吸いきれないのでパッドを入れることにしたが、パンパンになって漏れているのに動かない。娘さんが失敗を指摘しても「ええ、そうなの?」ととぼけるか誤魔化すかしている印象とのこと。


 本人も失敗は気にしていたらしい。最初の頃は濡れた服は自分で洗濯していた。しかし最近は慣れてしまったのか、娘さんに全部平気で出すようになった。 どうも動くのが面倒らしく、濡れた紙パンツの中にさらにティッシュを入れて少しでも吸い取らせようとするらしく、トイレに行ってそのぬれたティッシュの塊が便器に落ちて水洗トイレが詰まったここともある。


 トイレの失敗について本人に相談したり、説得したり、怒ったりしたが、本人は「わかっている、でも脚がしびれるの。体もしんどいの。脚もこんなに腫れて・・・入院して全部治して貰いたい」などと言う。時には「もう私なんか死んだ方が良いのよ!」と逆ギレする。


 「結局、意欲がないから動こうとしないし、それでだんだん筋力が衰えてきて動けなくなって、手足も腫れてくるし、弱って動けなくなっちゃったのよ。なんとか意欲が高まらないかと買いものや外食、小旅行に連れてったり、昔趣味だった手芸なども勧めると、その時は元気になるけど、その後は一人になると相変わらず家の中では動かない」


 「こんなに臭くなってデイサービスで嫌がられるでしょう」と言うと「デイサービスに行く前の日は風呂に入ってきれいにしている」と答える。「しびれる、痛い」とは言っても、どうもやろうと思えばできそうなのである。


 「私も今のところ週2回来るのが精一杯。ともかく問題はあまりに自分で何とかしようという意欲がないこと。なんとか母親の意欲を高めてほしいんです」というのが彼女の依頼内容だ。(その2に続く)

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