「代償運動」って本当に悪い?(その6)

目安時間:約 6分

「代償運動」って本当に悪い?(その6)


 前回までで「代償運動」よりは「問題解決スキル」という言葉の方が相応しいこと。そして同じ外骨格系問題解決のスキルでも、ヘルニアでは適切な問題解決スキルであるが、逆に脳性運動障害では外骨格系問題解決のスキルが継続的に繰り返される中で、硬さを強めてやがて偽解決の状態になることを説明した。


 先に述べたように、セラピストの役割の一つは、偽解決に陥った状態を改善することである。本来運動システムが自律的に問題解決を図るのだが、それによってかえって新たな問題を生み出してより悪い状態となるのが偽解決である。この状態に陥るとなかなか患者さん一人でここから抜け出すのは難しい。


 脳性運動障害後の外骨格系問題解決は偽解決の状態になりやすい。身体が硬くなりすぎる、つまり柔軟性が低下して運動範囲や重心の移動範囲が小さくなる。動くために硬くしたのに、かえって動きにくくなるわけだ。更に硬くなりすぎて将来的に変形になって増悪したり、痛みになったりして患者さんを苦しめる。


 多くの脳性運動障害の患者さんでは、この偽解決の状態が全身的あるいは部分的に見られるのが普通だ。


 この外骨格系問題解決の偽解決状態に有効なのは、上田法というHands-on therapy(徒手的療法)である。


 上田法は脳性運動障害後の身体の硬さを緩和して柔軟性を改善し、運動や呼吸状態を改善する徒手的療法である。短期間の講習で誰でも実施できるため、家庭内での健康増進や生活状態改善を目的とするプライマリ・ケアの分野でも注目され始めている。


 もちろん上田法の効果は一時的なものである。しかし柔らかくなっている間に自発的で多様な運動を行うことで、この柔軟性は維持されることがわかっている。上田法を実施して動きやすい状態にして、広がった運動範囲の中でできる運動課題を多様に行うことで、硬さによる支持性と運動性のバランスを維持することができる。


 つまりセラピストの本来の役割は、患者さんの柔軟性を始め、様々な運動リソースを改善し、その改善した運動リソースを使った生活課題達成のための多様な運動リソースを患者さん自身で探索・試行錯誤して、日常生活課題の達成力を改善することを助けることである。


 この生活課題達成力改善のために具体的な目標や運動課題などのプログラムが必要だが、この過程は患者さんや家族だけでは障害の全貌が掴めず、具体的な目標や手段の計画を立てにくいので、セラピストが力を発揮するところである。


 具体的な目標と手段が明確になれば、患者さんは日々の訓練の中で自分の変化した身体の事を良く知るようになり、成功体験を繰り返していくことに集中できるようになる。結果、効率的に生活課題達成力を改善することができる訳だ。


 外骨格系問題解決の偽解決の状態がある場合は、まず上田法などで偽解決の状態を改善しては、様々で適切な運動課題を繰り返して頂いて、生活課題達成力を改善することが私たちセラピストの中心的な仕事と言って良いだろう。(最終回に続く)


【お詫びと修正】

『「代償運動」って本当に悪い?(その5)』(2023年3月21日投稿)に掲載した文章に誤りがありました。以下の部分です。


 「そして脊椎動物の横紋筋でも同様の蛋白群の存在やその現象が確認されている。(最後に資料紹介)」


 紹介された論文には「脊椎動物の横紋筋でも同様の蛋白群の存在」が言われています。しかし「その現象」、つまり脊椎動物での現象は全く説明されていません。現象についてはDietzやBergerらの論文に間接的な証拠と思われるものがあるだけです。


 この部分は修正いたしました。


 申し訳ないです。自分の思い込みから思わず筆が滑ったものです。以後このようなことのないように気をつけます。西尾幸敏2023年3月28日


※この文章のオリジナルは、CAMRのフェースブック・ページの2023年3月28日に投稿されたものです。



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