患者さんの振る舞いを観察すること その2

目安時間:約 4分

患者さんの振る舞いを観察すること その2 

 前回は、患者さんの起立時の振る舞いから「人の運動システムは、必要な運動課題を達成するために、身体の内外に利用可能なもの(「運動のための資源」=「運動リソース」)を探索する」と運動システムの作動の一部を言語化しました。
 ここで運動リソースという言葉を使ったのは、患者さんは課題達成のために何かを探しては、それを試すような振る舞いをしているように見えたからです。何を探しているのか、ここでは文脈から「運動の資源=運動リソース」と仮定したわけです。
 そうすると運動リソースはあくまでも運動の資源です。筋力や柔軟性が運動リソースになりますが、筋力は結局単なる「力」に過ぎません。どのように利用するかという「課題達成のやり方」である「運動スキル」というアイデアも必要になります。
 そして患者さんが課題達成のために運動リソースを利用した運動スキルを試行錯誤しているのだろうと考えるわけです。
 これはCAMRのオリジナルの考え方ではなく、生態心理学でもリードがリソースとスキルというアイデアを使って人の運動や行動を説明しているのでこれをなぞっています。非常に分かりやすい。構造や各器官の機能の視点とは別の視点から運動システムを説明するための便利なアイデアです。
 この運動リソースと運動スキルのアイデアは、人の運動システムの作動の特徴を説明するのに特に便利です。  
 たとえば人の歩行は、状況に応じて形や歩き方を変化させます。平地では普通に歩いていても、狭い通路は横向きに歩きます。水溜まりではつま先立ちになり、水の浅いところを探しながらひょいひょいと歩きます。寒い冬の朝、凍った路上では背中を丸めてヨチヨチと歩きます。急な坂道を登るときは両手も登る助けに使いますし、漆黒の暗闇では両手を前に伸ばし、片脚を出しては路面を探りながら歩いたりします・・・・
 結局世の中の環境や状況は無限に変化しますし、それに適応して人の運動も無限に変化します。どうして人の運動は無限の状況変化に応じて、適応的に変化することができるのかと問われると、人の運動システムは無限の運動変化を生み出す仕組みを持っているからです。そしてその仕組みとは、人の運動システムは利用可能な運動リソースを豊富に持ち、それらを利用して無限に変化する運動スキルを生み出すことができるからです。
 ではこの視点から、障害を持つということを以下に説明してみましょう。
 運動リソースは身体リソース(身体や身体の持つ性質である筋力や柔軟性など)と環境リソース(環境内の大地や工作物、動物、他人や環境内の持つ性質重力、明るさなど)に分類されます。そして「障害を持つとは、まず身体リソースが失われるあるいは貧弱になることです。そうすると、利用可能な環境リソースが失われる、あるいは貧弱になります。そうするとそれらを利用する運動スキルが消失あるいは貧弱になり、必要な運動課題を達成できなくなること」と説明できます。
 そうすると障害にどうアプローチするかというと、「まずは改善可能な身体リソースをできるだけ改善し、利用可能な環境リソースをできるだけ工夫・改善すること。そしてそれらを利用して必要な運動課題を達成するための運動スキルを生み出し、修正する能力を改善する活動-運動スキル学習を行うこと」という方針が生まれます。
 伝統的にリハビリでは障害毎にアプローチを変えるのが当たり前でしたが、CAMRではどんな障害であれ、「改善できる身体リソースを改善し、利用可能な環境リソースを増やして、それらを利用して運動スキル学習を進めて運動課題達成力を改善すること」がリハビリの仕事ということになります。(その3に続く)

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患者さんの振る舞いを観察すること(その1)

目安時間:約 4分

 脳卒中後初めて車椅子に乗られてリハビリを開始するときのことを考えてみましょう。
 たとえば「立ってみましょう」と声をかけると、健側の上肢で車椅子の肘掛けを持って上体を前方に傾けたり、両脚を置き直したり、お尻をもぞもぞと動かそうとしたり、またまた片手を前方にさまよわせて、「何かつかむものがないか」と探したりされるように見えます。そしてどうもできそうにないと分かるとそれらの試行錯誤を止めて動かなくなられたり、「できない」と言われたりします。
 いずれにしても患者さんは、セラピストの出した運動課題を達成しようとされているので、短い時間ですが様々な試行錯誤をされます。そして「できる」とか「できない」といった結論を出されます・・・
 CAMRでは、上記のような多くの患者さんに共通に見られる振る舞いを観察して、その振る舞いの意味を言語化することから始めました。たとえば上記の振る舞いは、次のように言語化されました。「人の運動システムは、必要な運動課題を達成するために、身体の内外に利用可能なもの(「運動のための資源」=「運動リソース」)を探索する」のです。
 弛緩麻痺の軽い方であれば、力も出やすく運動範囲も重心の移動範囲も大きいので、ほんの少しの試みで立たれたりされます。健側の下肢の力で体が浮き上がるし、健側の上肢で肘掛けを押しつけたり、前方への重心移動もできます。「なんとか立てそう」と予期的に理解されますので、すぐには諦めませんし、何度か試した後になんとか立たれたりします。
 少しばかり動くことで、身体の内部に立つための利用可能な筋力や柔軟性、それに重力と床の間でなんとか体をコントロールする能力があることがわかって、それらの使い方を試行錯誤しながら立つという課題を達成されるのです。
 逆に弛緩性麻痺が重いと、どうにも身体の中に利用可能な筋力が見つからないのです。それですぐに「これではどうにも動けない」という結論になってしまうようです・・・・
 そんな風な観察を続けて、人の運動システムの作動の意味やその様子を想像していきます。他にもたくさんの観察を基に、人の運動システムの作動の特徴をまとめて理解することでCAMRはできあがりました。そして次第にリハビリでやるべきことがはっきりしてきました。
 たとえば片麻痺は大きな身体変化を起こします。半身に弛緩性の麻痺が起こります。弛緩性麻痺の部分は筋肉が緩んで水の袋のようになります。良い方の半身に水の袋のような麻痺の半身がぶら下がるため、良い方の半身を悪い方に引っ張ります。麻痺の体が重りになったり、ブラブラ揺れて体を不安定にします。力が入らず、支えたり思うように体を動かしたりできなくなります。それまで良く知っていた自分の体が未知の身体になってしまうのです。
 だからリハビリで最初にやるべきことは、まず変化した体のことをよく知ることです。どうやるかというと、まずは様々に動いてみることです。様々な課題を通して「できる」こと、「できない」ことを少しずつ探索します。(その2に続く)

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運動理解のための新しい視点:CAMR(その6 最終回)

目安時間:約 5分

運動理解のための新しい視点:CAMR(その6 最終回)

今回は人の運動システムの作動の特徴として主に「自律性」を説明してきた。

 CAMRでは他に「状況性」と「課題特定性」という作動上の特徴が重要であると考えている。

 基本的に人と機械の運動システムは全く違う作動の特徴を持っている。機械は設計者に決められた通りの作動を行う。それ以外の作動は起きない。人では、問題が起きると自ら解決を図ろうとこれまでとは異なる作動を開始する。人の運動システムは余剰な運動リソースを持っており、様々な異なった作動で同じ運動結果を生み出したりできる。

 たとえば片麻痺の方がそれぞれの麻痺の程度や分布に応じて、様々な歩行の形を生み出される。それぞれの状況に応じて相応しい形が生まれてくるわけだ。もし柔軟性や筋力などの運動リソースが変化すればまたそれに相応しい新しい運動スキルが創造されて歩行の形も変わる。人の運動システムは、状況変化に応じて創造的なのである。

 人の運動システムを理解するときに、構造とその各部分の機能から理解する視点は、非常に有効であるのは間違いない。だがこれだけでは人の体を機械のように考えてしまうし、素朴な因果関係で障害を理解して機械を修理するように治療を考えてしまう。

 そんなものはないのに「正しい運動」という幻想に囚われたりする。機械には正しい運動があるからだが、人にはそんなものはない。

 だから同時に「自律性」や「状況性」、「課題特定性」といった人の運動システムの作動の特徴からの理解を加えることで、人の運動システムや障害の現象がより深く理解できるようになって、これまでとは異なったアプローチも生まれてくる。

 二つの視点があれば、二つの異なったアプローチを持てるので、それぞれやってみて比較することも可能である。僕たちセラピストの問題解決の選択肢を増やすことができる訳だ。

 また馴れてくると、二つの視点を組み合わせてより効果的なアプローチを生み出すことも可能であると思う。セラピストにとって、とても良いことではないかと思っている。

 また今年の夏以降に講習会を再開する予定である。是非参加して視野を広げる経験を楽しんでいただきたいと思っている。

※現在CAMRの情報、講習会のお知らせは以下のSNSから。

CAMRのYouTubeチャンネル: https://www.youtube.com/@Camrer007

CAMRのFacebook page: https://www.facebook.com/Contextualapproach

CAMRのブログ: https://camr.info/

CAMRのHomepage: https://rehacamr.sakura.ne.jp/index.html

CAMRのNo+e: https://note.com/camr_reha

また書籍には以下のものがあります。

①     「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」(西尾幸敏著 金原出版)書籍版・電子書籍版共に2420円

②「リハビリのシステム論-生活課題達成力の改善について(前・後編)」(西尾幸敏著 Kindle本)電子書籍版(前編400円 後編600円)ペーバーバック版(前編1032円 後編1152円)

② 「脳卒中あるある!-CAMRの流儀」(西尾幸敏著 Kindle本)電子書籍版300円 ペーバーバック版852円

④「脳失注片麻痺の運動システムにダイブせよ!~CAMR誕生の秘密」(西尾幸敏・田上幸生共著 Kindle本)電子書籍版100円 ペーバーバック版737円

その他5冊あるが全部電子書籍のみで全て100円

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運動理解のための新しい視点:CAMR(その5)

目安時間:約 5分

 前回までで、脳卒中後に見られる伸張反射の亢進や筋の硬さは、弛緩状態という問題を解決するための「外骨格系問題解決」の作動であると説明してきた。ただ過剰に繰り返されて「偽解決状態」になって新たな問題を生み出している。

 弛緩状態では動けないので、問題解決として筋を硬くしたのだが、硬く成りすぎて動くこと自体が困難になっているわけだ。元々の弛緩麻痺という症状に新たな現象(筋が硬くなって柔軟性が低下するなど)が加わって、より複雑な全体像になって僕たちの理解も混乱するわけだ。

 ただその過緊張状態は、障害後の運動システムの問題解決の作動である。症状ではないので、その硬さは改善可能であると前回述べた。

 たとえばその方法の1つは、「上田法」という徒手的療法である。上田法は過緊張状態の筋肉を柔らかくする。低下していた柔軟性が再び表れる。すると本来存在した運動能力が表れるようになる。

 上田法の特徴の一つは誰でも身につけることができ、効果を実感できる徒手的療法だ。ご家族や教師、生活指導員、介護職など専門知識がなくても治療効果を生み出すことができる。

 もちろんセラピストは姿勢や硬さの観察・評価の技術を通して、個々の患者さんに応じた適切な手技選択を通して、より大きな効果を生み出すことができる。学べば学ぶほど奥の深い評価・治療技術である。

 上田法を通して過緊張が消えて、運動範囲や重心の移動範囲が広がり、運動速度が改善する。硬さが取れることで動くための努力が軽減する。それで発汗や息切れが軽減する。また痛みや不快感も改善する。

 さらにできなかった寝返りや起き上がりが、そして低い椅子から立ち上がりが可能になることもある。股関節周囲の過緊張が緩んで歩行時の歩隔や歩幅が広がって楽に、速く、安定して歩けるようになることもある。

 つまり外骨格系問題解決の「偽解決状態」の袋小路から、患者さんを救い出すことができる。

 外骨格系問題解決は、過剰に繰り返されて硬くなりすぎて動けなくなってしまう。そうすると患者さん一人ではこの「偽解決状態の袋小路」からは抜け出すことができない。運動システムが硬くなりすぎた筋を緩めるための問題解決の方法を持たないからだ。だから硬くなった患者さんは一人で抜け出すことができない。過緊張の偽解決状態は、患者さんに取って袋小路なのだ。

 だが上田法は柔軟性という運動リソースを改善し、その偽解決の袋小路から患者さんを救い出すことができる。

 ただ上田法を実施するだけでは、時間経過と共に再び過緊張状態に戻ってしまう。

 ただ上田法は硬さの改善が従来のストレッチと違って、長く続くという特徴を持つ。それで、筋が柔らかく柔軟性のあるうちに、運動リソースを増やし、新しい運動スキルを試行錯誤、発展させるための時間的余裕が生まれる。

 それでCAMRの臨床経験から分かったのは、上田法で過緊張を改善した後、

①改善可能な運動リソースをできるだけ改善すること。たとえば支持性や持久力を改善し、杖や環境内の利用可能なものを工夫して行く。環境内の利用可能なものを発見する能力を高めるなどである。

②さらに増加した運動リソースを利用して、必要な運動課題を達成するための運動スキル学習(有用な運動リソースの探索活動、課題達成のための運動スキルの発見・創造の試行錯誤など)を実施することだ。

 また昔から脳卒中片麻痺の現場では、経験的に「動くことが体を硬くすることを防ぎ、運動性を維持することができる」ということが言われてきた。

 CAMRでも同様に「多様に動き続けることこそが、外骨格系問題解決の過剰な繰り返しを抑制する」ということが経験的にわかっている。

 つまり従来とは少し異なったアプローチを試すことができる訳だ。これまでのやり方で変化や改善が見られないときは、この方法を試してみる価値はあると思う。(その6に続く)

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運動理解のための新しい視点:CAMR(その4)

目安時間:約 5分

 人の運動システムには「なんとか問題を解決して課題を達成するために、自律的に身体の内外に利用可能な運動リソースを探し、問題解決と課題達成のための運動スキルを生み出して、必要な課題を達成しようとする」性質がある。

 これはCAMRでは「自律性」と呼ばれる作動の性質である。

 この作動の性質は、たとえ障害が起きても変わらずに作動する。問題を解決して必要な運動課題を達成するというのは、運動システムのもっとも基本的な作動だからだ。もし仮にこの作動の性質が見られないとしたら、人の運動システムとしては崩壊していると言える。

 脳卒中では発症直後に弛緩麻痺が見られる。弛緩状態の体というのは、可動性のある骨格が水の袋に入っているようなものだ。プラスチックの袋に水を入れてテーブルの上に置くと重力に押されて安定するまで広がろうとする。弛緩状態の体もそんなことになる。不安定に揺れながら安定するまで広がろうとする。

 そして健側の体を常に患側に引っ張り続ける。常に揺れて体全体を不安定にする。体重を支えたり重心を移動したりすることができない。これでは体を安定させたり、動いたりすることができなくなる。

 それで運動システムは自律的に問題解決を図る。弛緩状態の部位の筋肉を硬くするわけだ。身体の内部に筋肉を硬くするためのメカニズムを探して総動員する。

 傷ついていない脳幹から下のレベルでコントロールされる伸張反射や原始反射を亢進させることで、少しでも筋肉に収縮を起こそうとする。また筋肉自体にはキャッチ収縮というメカニズムがあってエネルギー消費無しに収縮状態を維持することができる。これを強めて筋肉を硬くする。

 硬くなると体重を支え、重心移動のための支点もできる。これで動くことが可能になる。あるいは硬くなって塊となった上肢は揺れることなく健側の体についてくるようになる。それで動けるようになるわけだ。

 CAMRでは、体を硬くするのは障害後の弛緩状態という問題を解決するための運動システムの自律的な問題解決であると理解する。これはCAMRでは「外骨格系問題解決」と呼ぶ。筋肉を硬く固めて、カニや昆虫などの外骨格動物のようにそれで支持を得るからだ。

 だが、これで「めでたし・・・」とはいかない。この問題解決は、あり合わせのメカニズムを使った急場しのぎの対処である。抑制が利かない。次第に過剰に繰り返されるようになる。体は徐々に硬くなって、運動範囲を小さくしてしまう。硬くなった筋肉は抵抗になり、動く速度が遅くなる。あるいは動くためにより努力が必要になる。ちょっとした運動でも発熱、発汗、息切れが見られるようになる。

 さらに過剰に繰り返されると硬く成りすぎて動けなくなってしまう。あるいは不快感や痛みなどが見られるようになる。

 初期には問題解決の作動だったのに、次第に新たな問題を生み出して患者さんを苦しめてしまう。このように問題解決が新たな問題を生み出してより悪い状況を作り出すような問題解決を、CAMRでは「偽解決(psuedo-solution)」と呼ぶ。

 実はこの偽解決が患者さんの障害による状況をかなり悪くしている。偽解決状態を改善するだけで患者さんの持っている隠れた運動能力が発揮されやすくなってくる。

 これら伸張反射や原始反射の亢進や筋肉が硬くなって過緊張状態になることは、Jacksonの階層型理論では脳性運動障害の症状として理解されていた。

 Jacksonは陽性徴候の原因は、中枢神経系の上位レベルの下位レベルの解放現象として説明した。それで治療方針としては、上位レベルの機能を回復するという方針を持つ。壊れた脳細胞の再生を目指したり、壊れていない脳細胞にその機能を再学習してもらったりしようとするわけだ。

 この考えは日本に入って60年近く経つが、未だにそれがなされた、成功したという科学的報告はない。きっと実現不可能な方針なのだろう。

 さて、CAMRでは外骨格系問題解決によって生まれた筋の硬さは、障害後の運動システムの問題解決の作動によって生まれた状態である。症状そのものではない。それでその過緊張状態という偽解決状態を改善することは可能である。

 たとえば上田法という徒手療法がある。(その4に続く)

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運動理解のための新しい視点:CAMR(その3)

目安時間:約 5分

運動理解のための新しい視点:CAMR(その3)

 前回まとめたように、人の運動システムには「なんとか問題を解決して課題を達成するために、自律的に身体の内外に利用可能な運動リソースを探し、問題解決と課題達成のための運動スキルを生み出して、必要な課題を達成しようとする」性質がある。

 これはCAMRでは「自律性」と呼ばれる作動の性質である。

 腓骨神経麻痺になると下垂足になり、つま先が床に引っかかり転倒しやすくなる。それでは安心して歩けないので、「鶏歩」という歩行スキルを生み出して問題解決して、安全に歩くという課題を達成するわけだ。

 腰椎ヘルニアになると体幹が動く度に疼痛のために動けない。そこで体幹を硬く固めて痛みをできるだけ抑えようという問題解決を図る。

 失調症では歩隔を広げて立ち、基底面をできるだけ広くして重心が基底面から飛び出さないようにするという問題解決を図る。こんな例はいくらでもある。

 運動システムは常に問題解決を図り、必要な課題を達成するという自律的な作動を行っているものだ。

 一方で、学校で習う運動理解の視点は、構造と各部の働きから動きを理解する。よく臨床で、「この運動が上手くいかないのは、○○筋が働いていないからだ」などと言われる。これはまるで人の体を機械のように理解している。

 というのも「○○ができないのは△△筋が働かないから」のような公式は機械ではよく当てはまる。機械の部品はがんじがらめに組み立てられているので、一定の決められた動きしかしない。部品が一つ壊れると止まるか、ある異常動作をする。たとえば「その異常動作の原因は、Aユニットの駆動ボックスに問題があるようだ」などと言い当てることができる。構造的にはそれが納得できる場合が多いからだ。

 しかし人の運動システムは単純に構造と各部位からだけでは理解できない。何か問題が起こると、自律的に問題解決を図るという性質があるからだ。

 たとえば脳性運動障害の理解を一つの例として挙げよう。1932年に提案されたJacksonの階層型理論が現在の脳性運動障害の一般的な理解の枠組みとなっている。

 このアイデアでは、「脳性運動障害後に見られる現象は全て、脳の細胞が壊れたことが原因だ。つまり脳の細胞が持っている機能が失われたから、それらの症状が現れた」と説明する。だから基本的には壊れた脳の構造を治そうとする。あるいは他の細胞で壊れた脳細胞の機能をカバーさせようとする。あくまで「治す」ことが目標になる。

 脳性運動障害後には、健常者で見られる機能が失われる。随意性や協調性、姿勢反応が低下あるいは失われる。これらの現象群を陰性徴候と名付けた。また健常者では見られない現象が見られる。伸張反射の亢進や原始反射の優位な出現、また筋の過剰な硬さ(過緊張)などが見られる。これらを陽性徴候と名付けた。

 これらの現象は全て中枢神経系の機能で説明される。脳細胞が壊れたから、その後の現象は全て壊れた脳細胞の機能が失われたからだという素朴な因果関係で説明する。陰性徴候も陽性徴候も上位脳細胞が壊れることで、それらが持っている機能が失われることによる、と説明する。

 随意性をコントロールする回路が壊れるから、随意性が失われるわけだ。特に「上位脳細胞は下位中枢の脊髄などの働きを制御・統御する」働きを持っていると「仮定」している。それで上位脳細胞が壊れて、下位の細胞の働きを抑制・コントロールできなくなるため、下位レベルの働きである伸張反射や原始反射の機能を抑制できなくなり、それら下位レベルの解放現象として陽性徴候が見られるようになるのだ、と説明する。

 ただし気をつけないといけないのは、これは真実ではなくあくまでも「Jacksonの仮説である」ということだ。誰も真実は知らない。(もちろん僕も(^^;))

 しかしCAMRの仮説は脳性運動障害後に見られる現象をもっと上手く説明できる。この「自律性」という運動システムの持つ作動の特徴に焦点を当てることで。(その4に続く)

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運動理解のための新しい視点:CAMR(その2)

目安時間:約 5分

 人が必要な課題を達成する場面を具体的に考えてみよう。たとえば以下はスパイの逃走場面のストーリーである。

 武器を持った敵に追われて、俺は8階建てのビルの屋上に追い詰められる。今、敵は1階辺りで俺を探しているはずだ。後戻りはできない。問答無用で銃で撃たれてしまう。グズグズもできない・・・

 隣のビルの屋上までは約3メートルか。ここは下の道路から20メートル以上の高さがある。落ちたらイチコロだ。なんとか飛び移るしかない。もし平地であれば、3メートルの間隔なら軽く助走すれば俺は十分に跳び渡ることが可能である。

 しかし飛び移るためには、高さ1.5メートル、幅20センチの塀の上に立たなければならない。「やややっ、助走ができないではないか!」

 しかも俺は高所恐怖症である。全身がすくんで、実力を発揮できないに違いない。「いつもそうだ!俺は緊張すると、できてることができなくなってしまう。やれやれ・・・」

 俺は辺りを見回す。「何とかしなくては・・・」

物干し台があり、長さ3メートル以上はある物干し竿が5本かかかっている・・・

 急に閃いた!

 一本の物干しは俺の体重を支えることはできないが、五本まとめると支えることができるのではないか?毛利元就の言うとおりではないか!一本の物干しは折れても、五本が束になると折れないに違いない!

 俺は五本の物干し竿をかき集めた。そしてそれをあちらのビルの屋上の塀にかけようと急いだが、ここで躓いてしまった。俺は前方の床に倒れ込み、はずみで持っていた物干し竿が前方に飛び出し、壁を飛び越えて下に落ちてしまった。

 「ぎゃっー!」と叫ぶ声がはるか下から聞こえる。通行人の誰かに当たったのかもしれないが、今はそれどころではない。俺の命が危ういのである。「知ったこっちゃない!」と思わず声に出る。

 再び辺りを見回すと、ビルの反対側の壁に、さびた鉄ばしごと思われる物体が立てかけてあった。近づくと長さが3メートル以上はありそうだ。「やったー!」俺は小躍りしながら鉄ばしごに駆け寄る。「渡りに舟ではないか!なんという幸運だ!いや、もっと早く気づくべきだった。俺のばかばか!おまぬけちゃん!」意味の分からない言葉が自然に口をついて出てくる。

 俺は鉄ばしごをむんずとつかむと、両手で持ち上げて反対の壁に走る。重くてよろめくが必死で走る。壁につくと鉄ばしごを立てて持ち上げ、あちらのビルのコンクリートの塀に渡すと大きな音をたてて震えながら乗っかった。こちらもしっかり壁に乗っかっている。俺は壁によじ登り、四つ這いになって鉄ばしごの橋の上をおっかなびっくり渡り始める。

 しかし半分来たところで後から複数の駆ける足音が聞こえてきた・・・・・「あそこだっ!撃てっ!」と叫ぶ声が聞こえる。俺の体が不意に思いもかけず鉄ばしごの細い鉄の棒の上に立ち上がり、ビルの壁の向こうにダイブした!銃弾が耳元をかすめる・・・・後から思うと命の危機に、高所の恐怖が吹き飛んでしまったようだ。

 長い例になってしまった(^^;)この課題達成のポイントをまとめると以下のようになる。

 「人の運動システムは必要な課題を自律的に達成しようとする。もし課題達成に問題が生じると、自律的に問題を解決しようとする。そのために身体の内外に利用可能な運動リソースを探索する。そして課題達成や問題解決のための実現可能な運動スキルを生み出して実行する。失敗すれば、さらに別の運動リソースや運動スキルを探して、課題達成・問題解決しようとする」のである。

 そしてこのことは、お腹が空いていても、背中が痒くて手が届かないときも、カップ麺の箸がないときも、おしっこが漏れそうなときも同じである。
 人の運動システムには、その時その場でなんとか問題を解決して課題を達成するために、自律的に身体の内外に利用可能な運動リソースを探し、課題達成のための運動スキルを生み出して実施するのである。(その3に続く)

この記事はNo+eに掲載されたものです。以下のURLから。

https://note.com/camr_reha/n/n5305e6ff98c8

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運動理解のための新しい視点:CAMR (その1)

目安時間:約 4分

 まずは「立ったまま靴下を履く」という運動課題を考えてみよう。

 あなたなら、どうやってこの課題を達成しますか?

 元気で活動的に動いている人なら、「靴下を履く方の脚を床から持ちあげて片脚立ちになる。そして両手で靴下の履き口を広げて挙げた足の前に持っていき、靴下を履く」という「方法」で靴下を履くはずである。

 この場合は、重力と床の間で力なり柔軟性によって体幹を安定させるための基礎定位の能力が必要だろう。また片脚で重心をコントロールしながら支持し続けるための筋力が必要である。両手で持った靴下に足先を持っていく柔軟性も必要である。また片脚立ちしながら両手で靴下をコントロールするにつれて重心が動揺するが、その揺らぎを吸収してバランスを保つことを容易にする体幹や下肢の柔軟性も必要である。

 もし、基礎定位の能力や筋力や柔軟性のどれかが劣っていると、この「方法」は利用できない。

 それでその場合は、「壁にお尻をつけてもたれかかり、片脚立ちになって靴下を履く」という「方法」によって課題達成が可能となるかもしれない。壁を利用して、支持や柔軟性や基礎定位の能力低下を補う訳だ。

 もし筋力が弱くても身体前方への柔軟性が極めて高ければ、両脚で立ったまま「片脚を前に出してつま先を挙げ、体を前方に屈曲して両手で靴下をかぶせ、その後つま先を下ろして踵を挙げ、靴下を引き上げる」という「方法」で課題達成が可能である。

 こうして見ると、運動の成り立ちを以下のように説明することができる。

 基礎定位の能力や体を支え動かす筋力、柔軟性などは、運動課題達成のための運動の資源(リソース)である。それでこれらの身体や身体の持つ能力、性質などはCAMRでは「身体リソース」と呼ぶ。

 壁にすがって履く場合、壁は環境内にあって課題達成に利用できるので、環境内の資源であり、「環境リソース」と呼ぶ。

 身体リソースと環境リソースは合わせて単に「運動リソース」とも呼ぶ。

 筋力は単に力という性質であり、柔軟性は単に運動範囲が広いという性質である。これら運動リソースが課題を達成することはできない。課題達成のためには力や柔軟性をどう使うかという「方法」である「運動スキル」が必要である。

 そうすると「運動スキル」は、「課題達成のための運動リソースの利用の仕方」と説明することもできる。

 さらに運動スキルはどのように生まれるかを考えると、「予期的に運動リソースの意味や価値を知り、それらを利用して課題達成のための運動スキルを生み出し、修正する能力」が必要である。それでこの能力のことを「予期的運動認知」と呼ぶ。

 CAMRでは、上述のように課題達成の運動は「運動リソース」、「運動スキル」、「予期的運動認知」の3つから成り立つと考える。

 そうすると従来学校で習ったように「脳が理解・学習・命令して、筋力が力を生み出し、骨・靱帯が力に支持と方向性を与え、感覚によって課題達成を修正する」という運動理解とは全く異なった運動理解の視点を持つことができる。

 CAMRの視点を持ったセラピストはこの2つの異なる運動理解の視点から、運動を解釈することができるため、運動問題に対して幅広い柔軟なアプローチで対処できるようになる。

 今回のシリーズは、この新しい運動理解の視点について簡単に説明してみたい。(その2に続く)

この記事はNo+eに掲載されたものです。以下のURLから。

https://note.com/camr_reha/n/n9fe5ffdb02af

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CAMRは状況変化の技法?(その7 最終回)

目安時間:約 4分

CAMRは状況変化の技法?(その7 最終回)

 Aさんはその3週間後に、自分の脚と杖で歩いて退所されました。まだ膝が痛むことはあるものの、痛みなく歩けるコツが少しずつ分かってきたそうです。

 さらにAさんはご家族がいくら言っても聞いてもらえなかった紙パンツと尿パッドを付けての退所でした。

 もちろん根本の原因である頻尿・失禁の問題は解決していませんが、元々それが私達の仕事ではありません。ご家族の要望通りに「失禁が大変負担」という問題を解決することが目標でした。

 以前は尿失禁のために、毎日たくさんの洗濯物や毎回のトイレ掃除だけでたくさんの労力と時間を費やしていたそうですが、これ以降は全く問題がなくなったそうです。

 ご本人さんは問題解決に向けて、皆にアドバイスを求めて、結局、骨盤底筋や腹横筋の筋力強化もやられるようになりました。「単に尿を止めるために締めるだけでなく、尿をたくさん出し切ることも大事だろう」とAさん自身が計画を立てられたので、それに応えてトレーニングを計画しました。

 もともと機械の設計をしておられただけに論理的で現実的です。もちろんすぐに効果は見られていません。退院後に、ご家族が希望されていた泌尿器科の受診もされるとご本人が決められました。

 どうも後から分かったことですが、Aさんは元々普段から妻が一方的に受診だの、歩けだの、施設でトレーニングだのとうるさく繰り返すので、それに対する反発がこじれてしまったようです。僕に対しても「妻は一旦言い始めると制御ができなくて、言い続けるから嫌になるんだ。だから妻の言う通りには絶対になるまいと意地を張っていた」と笑われていました(^^;))僕もそこは素直に共感しました・・・なんてウソです、僕は妻にはそんなこと思ってませんからね(^^;)

 今回は、ユニットでの介護問題の解決がリハビリでの訓練拒否問題の解決にも繋がりました。Aさんとの経験で、僕たちのリハビリドック・チームは自信を付けたと思います。いつも「起こせる状況変化を起こし、良ければ繰り返し、ダメなら他の状況変化を!」と考えます。

 特に状況変化のやり方は無限に存在すると言っても良いのですが、今回のようにコミュニケーションのやり方を変化させる、コミュニケーションの立場を変化させることはとても有効であると気づかされました。これ以降は状況変化の第一選択に、コミュニケーション関係の変化を持ってくるようになりました。

 今回のエッセイは、2017年発行の拙書「PT・OTが現場ですぐに使えるリハビリのコミュ力」西尾幸敏(金原出版)で掲載しなかったエピソードの一つに加筆・修正したものです。本書には老健のリハビリドック・チームの取り組みがいくつか紹介されています。

 たとえば徘徊の認知症老人と職員のコミュニケーションを変化させることで徘徊の問題が解決した例や支配的な夫の一方的な介護関係で苦しんでおられた妻にとっての「言葉のやりとり」から「身体のやりとり」というコミュニケーションに変化させることで問題解決が行われた例、その他などが載っています。

 興味のある方は是非ご一読くださいv(^^)

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CAMRは状況変化の技法?(その6)

目安時間:約 4分

CAMRは状況変化の技法?(その6)

 先週末のユニット内の出来事は月曜日の朝にリハビリにも知らされました。 Aさんが来られ、いつも通り最初に挨拶と短い会話をした後に、「あなたも困るだろうから、今日はマッサージでもしてもらおう」と言われます。ユニットの状況変化の流れがそのまま訓練室でも起きています。調子にのって、「運動もどうですか?」と聞きましたが、「運動はやらない」と言われます。それでも良い状況変化です。

 早速車椅子からプラットフォームへ移ってもらいます。移乗から端座位へ、端座位から側臥位、背臥位へとなられますが、どうも動きが硬く顔をしかめたりされます。

 初めて動いていただくと、体幹部の動きも悪く,痛みを我慢しながら動かれている様子です。まずは体幹部の筋膜リリースをしながら上田法の体幹法という手技を実施します。その後、起き上がってもらいます。

 「では起き上がって車椅子に座ってみましょう」と勧めます。「おう」と1人で何とか起き上がられます。車椅子に乗り移ると、ご自分から話されます。

 「僕は動くと体の色々なところが痛いんだが、歳だから体の各部は劣化してもう良くならないと思っていた。でもたったこれだけのことでも動きやすくなるね。今は痛みもあまり感じなかったよ」と答えられます。

 その「劣化」という言葉で、これまでのことが一気に頭の中で繋がります。 「Aさんは機械に関わってこられたから、自分の身体を機械のように考えておられるのかもしれませんよ。機械は劣化したら部品を交換するか作り直すしかありませんよね。でも人の体は違います。劣化するだけでなく、回復もするんです!」

 Aさんは何も答えられません。焦ります、急ぎすぎたか?でもしばらく間を置いて「そうかもしれんな」と言われます。「関節は劣化していて、動くとますますすり減って劣化が進むと思い込んでた」と言われます。状況変化の流れはまだ続いているようです。

 「リハビリで膝の痛みは良くなるかね?」と聞かれるので、「ええ、やってみないと分かりませんが、見たところ大丈夫だと思います」と答えます。「では、頼むかな。僕の膝の修理を!」と笑われます。

 この後は、順調にリハビリが進むことになりました。

 どうもご本人は痛い方の膝をかばう意識で、「劣化を防ぐためにあまり使わないように」歩かれていたようです。だから逆に「膝周囲に力を込めて膝関節を安定させて歩きましょう」と提案しました。最初は両手で平行棒を支えて、痛い膝の荷重時に「力を入れて膝を安定させる」つもりで荷重練習を行います。また痛みの出ないように、「軽い膝の屈伸運動やつま先立ち、step練習」などの運動スキル練習も行います。

 最初は変化があるのかどうか分からなかったけど、一旦変わり始めると雪崩(なだれ)の如く変化することもある、と思ったものです。(その7 最終回に続く)

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