治療方略について考える(その5)

目安時間:約 4分

治療方略について考える(その5)

治療方略:治療の目標設定とその目標達成のための計画と方策

 さて、前回までで要素還元論の見方から「機械修理型」の治療方略が生まれたこと。その治療方略は一見して人と機械の似た構造を基に治療しようとしていること。しかし実際には機械と人の運動システムではまったく違った構造があり、それによって作動の性質もまったく異なっていることを説明してきました。

 要素還元論が見た目のシステムの構造と機能を基に、問題のある要素に焦点を当てることに対して、システム論という視点は構造ではなくシステムの作動の性質に焦点を当てます。そうすると人の運動システムの作動の性質を基に、学校で習ったものとはまるっきり異なった治療方略が生まれてきます。

 もっともシステム論と言っても、実は視点や対象、領域によって非常に沢山のものがあります。前シリーズ「システム論について話しましょう!」でも西尾の分類を基に、3種類のシステム論を紹介しました。

 今回はその中から、「素朴なシステム論」の視点から見た運動システムの作動の性質を基にした治療原理と治療方略を紹介してみたいと思います。

 「素朴なシステム論」とは臨床のセラピストが自然に行き着くシステム論の視点です。具体的には以下のエピソードを通して学んで行きましょう。

 ある若いセラピストがいます。名前はとりあえず龍馬君としましょう。彼は学校で習った「機械修理型」の治療方略を引っ提げて臨床へ出ます。そしてしばらく患者さんの運動問題の解決に取り組みます。整形疾患などではこの治療方略で上手く解決する場合もあります。でも全体としては上手くいったり、行かなかったりを繰り返します。

 そんなある日、二郎さんという腰痛の方と出会います。龍馬君は徒手療法の講習会で習ったように姿勢を見て、脊柱の可動域や周辺の軟部組織を触診し、筋力を評価し、結果痛み周辺の軟部組織が硬くなっていることを見つけます。そして適応のある徒手療法を実施します。二郎さんは「痛みが軽くなった。良くなるなんて初めてだ。先生、すごい!」と喜ばれます。そして龍馬君は「また痛くなったら来てください」と送り出します。表情には出しませんが、実は龍馬君も鼻高々です!「やはり学校で習った機械修理型の治療方略が上手く機能したな!」

 ところが一週間後に二郎さんが、「腰がまた痛くなった!」と来られます。見ると前回と同じ様子で、また同じ徒手療法で治し、送り出します。しかしまた一週間後には・・・ このような経験を繰り返すうちに、龍馬君は次第に「痛み周辺の軟部組織の硬さ→痛み」というこの単純すぎる因果関係に疑問を持つようになります。龍馬君は次のように思います。「考えてみると筋膜で全身はつながっている。この方は姿勢も良くないし、腰以外の他の身体部位にも悪いところがあるに違いない。いろいろな要素が影響してるんだ。だからもっと広範囲に悪いところを探した方が良いな!」(その6へ続く)

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治療方略について考える(その2)

目安時間:約 4分

治療方略について考える(その2)


治療方略:治療の目標設定とその目標達成のための計画と方策


 治療方略という言葉はあまり聞いたことがないと思います。でも僕たちは学校でちゃんと治療方略について習ってきているのです。まずそれがどんなものだったか振り返ってみます。


 僕たちは学生時代、まず人の運動システムが皮膚に囲まれた身体そのものであると習います。そして運動システムを構成する要素には、力を発生する筋肉系、支柱になったり力を伝えたり、力の方向を決める骨・靱帯・関節系、感覚や命令を伝え理解・命令する神経系、エネルギーと酸素を供給する消化・呼吸・循環系などがあると習います。


 そして姿勢や運動、あるいは日常生活における課題達成などに問題が起きると、これら運動システムの構成要素のどれかに原因がないかを探るのでしたね。そして悪い要素が見つかると、問題との間に因果の関係を想定します。そして悪い要素を改善しようとします。


 たとえば転倒が増えてくると、筋力検査、可動域検査、感覚検査、痛みなどを調べ、悪い構成要素を見つけます。そして下肢の筋力低下が発見されればそれが「転倒の原因」と因果の関係を想定し、下肢筋力の強化というアプローチを行うわけです。


 これが学校で習う治療法略で、「要素還元論」というものの見方に基づいています。この要素還元論という見方は社会では非常に常識的で広く浸透しています。たとえば何か事故が起きるとテレビではすぐに「今回の事件の原因は・・」などと一要素、あるいは少数要素を事故の原因として因果の関係を想定しようとしますし、裁判などでも因果関係を立証できるかどうかが争点となったりします。


 ただこの治療方略は実は機械の修理と同じ考え方です。悪い部品を見つけ出して、それを修理・交換するという機械の修理と同じ考え方です。だからこの治療方略をここでは、「機械修理型」と呼ぶことにします。


 実はデカルト以来、西欧では「人の体は機械である」というアイデア(人間機械論)が今も根強いとのこと。だからこの「機械修理型」の治療方略はごく自然に受け入れられているようです。また西欧文明に子供の時から触れている私たちにもその考えは違和感がないかもしれませんね。実際僕もこの機械修理型の治療方略は最初違和感なく受け入れていました。そして今も違和感があるわけではありません。今は機械修理型しか知らない時は不便だったなと思うだけです。持っている治療方略は多い方が状況に応じて使い分けができるので便利だなと思っています。(この点については後々詳しく説明します)


 さて、「人の運動システムは機械と一緒なんだろうか?果たして人も機械も同じアプローチで良いのか?」という疑問を持っている人もいると思います。次回はこの点について考えてみたいと思います。(その3へ続く)

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治療方略について考える(その1)

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治療方略:治療の目標設定とその目標達成のための計画と方策


 「敵を知り己を知れば百戦危うからず」


 これは兵法で有名な孫子の言葉です。「危うからず」とは負けないこと。つまり勝つことも良いには良いが、まず負けないことが一番大事だと言っている訳です。そして負けないためには自分のことと敵のこと、どちらもよく知る必要があると言っているのです。


 振り返って僕たちリハビリの仕事も、戦争に喩えるなら勝つことの難しい戦いです。というのもリハビリでは多くの場合、運動障害という治すことができないものを相手にしているからです。


 たとえば脳性運動障害後のマヒはリハビリでは治りません。日本では50年以上前から壊れた脳の神経細胞の再生や他の脳細胞で機能を代償させてマヒを改善しようとするリハビリ・アプローチがあります。しかし未だにマヒが治ったという報告はありません。「マヒを治す」という目標は立派でも、それをリハビリで実現する方法は未だに見つけられない、あるいはリハビリではそんな方法はないかのどちらかです。50年というのはそれを納得するには十分長すぎる年月ではないでしょうか?つまりセラピストが、見通しの立たない「マヒを治す」という目標に拘り続けることは、目の前の患者さんにとっても不利益ではないでしょうか?


 だからこそ今、自分のこと、治療方略や治療技術のこと、そして患者さん自身とその障害のことについてよく知ることが大事です。マヒを治すことはできなくても、今より良い状態を目指すこと、そして良い状態をできるだけ長く維持することはできるのです。つまり勝つ(治す)ことはできなくても、負けない(良い状態にする・維持する)という状態を作り出すことがなによりも大切なのです。


 孫子のこの言葉には続きがあり、自分の実力を知っていて相手の実力を知らなければ勝ったり負けたりし、両方の実力を知っていなければ負けるに決まっているということです。


 そこで自分たちの持っている治療方略を一度見直して、その効果と限界を整理してみることは有用でしょう。そして運動システムの作動の性質と障害を持った運動システムの状態をよく知ることも有用です。こうして初めていつでも安定して、患者さんのより良い状態を目指すことができるのではないでしょうか?


 このシリーズでは、僕たちセラピストの持っている治療方略の長所と短所、限界を明らかにして、障害を持った人とどのように協力していけば良いのかを探ってみたいと思います。そして新しいより良い状態を目指し、良い状態を維持するアプローチを提案できればと思っています。(「その2」に続く)

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システム論の話をしましょう!(その15 最終回)

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システム論の話をしましょう!(その15 最終回)


 このシリーズでは駆け足でシステム論の3つの分類とリハビリで使えそうなアイデアを検討し、紹介しました。結局、システム論というのは運動システムがどのように作動するかという「作動の性質」に焦点を当てて説明しようとしていることがわかると思います。


 これまで学校では運動システムを皮膚で囲まれた目に見える構造として習ったと思います。そしてこれを基にして部位毎、あるいは構成する要素毎に問題を探し、問題のある部分を治すという治療法略を習ってきたと思います。(治療法略とは治療の目標設定とその目標達成のための計画と方策です)


 でもこの治療法略の考え方は機械の修理と同じであることが分かると思います。機械を構成する部品毎に不具合を調べ、問題のある部品を直したり交換したりして修理しますよね。学校で習う治療法略はまさしくこの機械の修理と同じで、問題のある構成要素と部位を特定し、全体の問題との間に因果関係を想定するのです。そして問題のある構成要素と部位に働きかけて治そうとします。


 たとえば歩行不安定の方の検査をすると、下肢の筋力低下が見られ、可動域には問題がなかったとします。すると下肢筋力低下が歩行不安定の原因と因果の関係を想定し、下肢筋力強化を行うのです。このようなものの見方は「要素還元論」と言います。


 でも実際人の運動システムではそのような単純・直線的な因果の関係は成り立たないことが多いのです。人の運動システムは様々な要素が影響しあっている複雑なシステムです。たとえば慢性痛は身体構造の一部位の変形で起きているだけでなく、心理的な要素や生活習慣なども影響しています。逆に身体構造に問題があってもプラセボ手術で治ったりすることもあります。また慢性痛が1つの部位を原因として起きている訳ではなく、筋膜などを通じて全身の各部位と影響し合っていることも知られていますよね。


 もちろんこの治療法略で治ることもあるのですが、ともかく単純・素朴な因果関係を想定するような治療法略は、現実には壁に当たることも多いと思います。それはこの治療法略が、人の体を機械として捉えるデカルト以来の西欧文明の伝統を基にしているからです。


 一方システム論の視点は、運動システムの作動の性質を明らかにしていくので、それを基にした治療法略は学校で習ったものとはまったく異なっています。


 たとえば「素朴なシステム論」のところで検討したように、多要素・多部位同時方略のような治療法略はシステムの作動の性質を基にして考えられたものです。ある臨床家が膝の痛みが膝周辺のリリースで一時的に改善することを経験します。そして一時的には良くなりますがしばらくするとまた元の痛みに戻ってしまうことに気がつきます。これは元々膝周辺の筋膜が硬くなる・短縮するような状況の中で生活しているからです。その状況に影響するのは姿勢だったり、仕事内容だったり、運動不足などの生活習慣だったり、もちろん身体的な素因など色々とあるのでしょう。


 このことに気がつくようになると、治療法略は「筋膜リリースは膝周辺だけでなくもっと広範囲に行われる必要がある」し、姿勢や運動の偏りをただす必要も出てくるし、生活習慣や仕事をするときの環境を調整する必要もでてきます。このように「膝周囲の筋膜の癒着・萎縮が原因」とする単純・素朴な因果関係は意味がないと知り、「多要素・多部位同時方略」に移行するのでしたね。


 同様に動的システム論や生態心理学の視点からは、「自己組織化」というアイデアから「セラピストが支配的に患者の運動をコントロールして思い通りの運動学習をさせることはできない」ということを知ったり、「課題達成の運動は適切な課題を通して組織化される」とか「身体のコントロールはその限界を知って初めて獲得される」とか様々な運動システム作動の性質を知ることができます。(このシリーズでは紹介していないアイデアがまだ沢山あります)


 またオートポイエーシスの視点からは、「人の運動システムは必要な運動課題を達成しようとするし、課題達成に問題が起きると問題解決を図る」という性質を知ることができました。そうすると脳卒中後に見られる現象がすべて症状ではなく、運動システムの問題解決が混じり合った状態であること。また問題解決によって新たに問題が生じていることを知ることができ、更に新しい治療法略を組み立てることができます。


 このようにシステム論を学ぶことで人の運動システムの作動の性質がより分かるようになり、それを基にした新しい治療法略を考え出すことも可能になります。 CAMRではシステム論を基に人の運動システムの様々な作動上の性質をまとめ、それらを基にした治療法略を提案しています。皆様の治療法略を充実させる上で参考になると思いますので、講習会再開後には是非とも受講されることをお薦めします(^^)v(終わり)

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