生活課題を達成するのは、筋力ではない!-運動スキルの重要性(その4)
ここまでの流れでわかったこと。
必要な生活課題を達成するのは筋力や柔軟性などの運動リソースではなく、運動スキルであるということ。運動スキルとは運動システムが自律的に利用可能な運動リソースを見つけて、課題達成するための方法としてその時その場で生み出されるものです。
これが機械と人の運動システムの大きな違いです。機械ができることは、最初に組み込まれた機能によって特定されます。汎用的なAI学習機能を持った平地移動用のロボットができたとします。そして人や動物が水中を移動する方法を学習します。でもそれで水中移動ができるわけではありません。地上移動用の機能しか持っていないので、水中では移動できませんよね。防水の機能がなくてすぐにショートしちゃうかも(^^;)橋や船を作ろうなどと言い出すかも知れません(^^;)
いずれにしても解決方法を学習して選択するだけですから、憶えて再現するという作動をしているに過ぎません。
でも人は地上移動のみならず、経験と学習を積んで水中も移動できるようになります。水中移動のための「泳ぐ」という新しい運動スキルを生み出すことができるからです。同様に樹上でも泥の中でも氷の上でも移動するための運動スキルをその時、その場で生み出すことができます。人の運動スキルは再現ではなく、創造なのです。人はとても素晴らしい運動システムを持っているのです。
それでCAMRでは機械は機能特定型の運動システム、人は課題特定型の運動システムと呼びます。機械は最初に盛り込まれた機能によってできることが決まってしまいますが、人では必要とされる課題によってできることが新たに創造されるからです。この新たに運動スキルを生み出す能力こそが、人を人たらしめている重要なものの一つでしょう。
そのように考えると、従来のリハビリでは筋力や柔軟性などの運動リソースにあまりにも注意が向いていて、運動スキルについては無関心で患者さん任せだったように思います。
もちろん筋力や柔軟性を増やすことはとても重要なことですが、リハビリはこれまで運動スキルの考えが浅かったためにまずいところもあったのです。たとえば片麻痺患者さんの分回し歩行を見ると、健常者のやり方と違う「代償運動」であり、形の異なる「異常歩行」であると考えたりしました。
障害のある方が、「利用可能な運動リソースを何とか工夫して必要な課題を達成している」と価値のあることとは見ないで、マジョリティである健常者の立場から「間違っている、劣っている」という評価を下してしまいます。
人は障害によって身体リソースを失ってもなお、新しい運動スキルを生み出すことによって動こうとするし、必要な課題を達成しようとしているという感動するべき存在であるという気付きが持てないのです。控えめに言っても運動スキルを創出する能力はとても素晴らしいものです。リハビリがこの点に注目しないのは残念なことです。
だからCAMRで考えるリハビリとは、患者さんにとって必要な運動課題達成のために患者さん自身がどのような運動スキルを生み出せるかに焦点を当てることです。リハビリの役割とは、患者さんが必要な課題達成のための運動スキルを創出する過程を助けることです。そしてより適応的で実用的な運動スキル創出の可能性を広げることでしょう。
私たちはそのために運動スキルを理解するということをここまで行ってきました。次回から実際にその方法について考えてみましょう。(その5に続く)
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