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不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件
小説から学ぶCAMR その10
3ヶ月目に入ると、藤田さんは特に路面がデコボコで変化に富んでいる坂道を何往復もされる。何度も歩くうちに、「麻痺した脚が次第に信頼できるようになってきた。俺の脚になってきたぞ!」と喜ばれていた。
また床から立ちあがる練習や様々な段差を上がる練習、衣服の着脱や料理の練習もされた。昭君が同居する前から、藤田さんは毎日自分で料理をしていたので手慣れたものだった。副担当の涼君は作業療法士なので、料理体験の実習を行ってくれた。得意のカレー料理を作ってスタッフに振る舞ったりもした。藤田さんはとても嬉しそうだった。
入所3ヶ月目に入ると、自宅に帰って昭君と二人暮らしをすると判断された。その頃には10メートル13秒、30歩程度で歩かれるようになっていた。歩幅は、速度から言ってやや狭いが、歩行距離は坂道を含んで連続1キロメートル以上歩かれるようになっている。毎日訓練とは別に施設内を一人でよく歩かれている。杖を置いて、独歩でも施設内を何周もされていた。十分な実用性と安定性だ。
息子さんも渋々元の家で暮らすことに同意された。退所後の話し合いで東京から様子を見に来たのだ。「昔から頑固ですからね。やろうと思ったことは、こちらが反対してもとことんやり遂げる性格で。まあ、ここで良くしてくださったおかげで、何とか一人暮らしもできそうですね。ありがとうございます」と言われた。
昭君は、最初の方は週に3-4回は来ていて、よく一緒に話もした。しかしそのうちに2週間に1回来るかどうかになってしまった。勉強とバイトが忙しく疲れているとのことだった。表情が暗く、藤田さんも心配していた。
そして藤田さんが後一週間で施設を退所しようとするときに昭君の悲報が入ってきた。
藤田さんの息子さんが東京に帰る前に、昭君の顔を見ようとして立ち寄ったところ、首を吊って死んでいる昭君を発見してしまった。息子さんは病院や警察に電話して、その里山周辺には多くの人が詰めかけた。
息子さんは施設に悲報を伝え、それから藤田さんにも直接電話をかけた。藤田さんは見たことがないくらいうろたえたと言う。「タクシーを呼べ!」と何度も叫ばれたそうだ。他のスタッフの手に余ったらしく、僕と涼君がすぐに部屋に呼ばれたが、なんと表現したら良いのだろう、冷静にうろたえているとしか言いようがなかった。一人で何か喋りながら、荷物をまとめているのだろうが、ただ部屋を散らかしているようにしか見えなかった。二人で藤田さんをなだめた。
「息子さんが迎えに来られるそうです。それまで支度を手伝います」と荷物をまとめた。
すぐに息子さんが到着して、そのタクシーに藤田さんを乗せて施設をあとにした。
退所後は、うちのデイケアを利用して週3回は来られる予定だったが、それ以来利用されることはなかった。
息子さんの話では、遺書が見つかり、新興の特殊詐欺の犯罪グループに昭君が関わっていたことがわかった。自分の騙した老人が自殺したのが直接の原因だったらしい。強い後悔の念が綴られていたとのこと。
藤田さんはそのままそこで一人暮らしに戻ると頑として言い張ったらしい。結局色々なことも片付いて息子さん夫婦も東京に帰った。ケアマネが何度も家を訪ねたが、「一人で暮らしていけるので大丈夫」と断られた。しかし不安だったので何とか配食サービスだけは承知してもらったという。その後ケアマネは何度か尋ねて行った。何とか暮らしている様子だったが、あまり清潔な感じではなかったという。(その11に続く)
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
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西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」
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不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件
小説から学ぶCAMR
その9次の日からも訓練はその調子で続いた。まず上田法をやって、その間に色々な話をした。特にキャッチ収縮に興味を持たれたようだ。さすがに製薬会社で色々な実験をやってこられただけあって、一連のタンパク群の連鎖でそれが起こることに興味を持たれたようだ。後日参考文献をコピーして渡した。上田法についても興味を持たれたが、まだどういう仕組みで緊張が落ちるのかはよくわからないと答えた。最初は藤田さんの障害についての話題が主だったが、そのうちに自身の話や家族の話になった。今思うと藤田さんの話の中では、次のようなことがとても印象的だった。
「俺の息子がよく俺のことを執着気質と言う。諦めが悪いという。ずっと仕事に執着してたわけだ。満足のいく結果が出るまでなかなか諦めきれないという性分だ。おかげでいくつかの特許も取ったしお金も手に入ったが、今思うと家族は二の次だった。良い父親じゃなかったな。息子が恨み言を言うのも良くわかるし、あまり折り合いも良くない。だが昭をよこしてくれたのは嬉しかった」
「昭は凝り性で俺に似ているので、将来どんな仕事をするようになるかが楽しみだ」
「良い夫ではなかったが、妻は常に良い妻だった。とても感謝している。あれがいなかったら、今頃家庭崩壊して俺もたいして仕事はできんかったろう」
「ここに来るまであんなちょこちょことした歩き方をしていたのも、歩くということだけにこだわりすぎたせいだろう。向こうの理学療法士の言うことも聞かず、ただ歩くと言うことだけにこだわって一生懸命に歩いてばかりいた。余裕がなかったな。ここで海に出会えて、『実験だ』と言ってくれたのが良かった」
目標を立てると、それに向かってしゃにむに努力される方なのだ。最初に体を硬くした極端な小刻み歩行になったのも、まだ支持性の弱い、力の出ない体でしゃにむに歩こうとされたせいだろう。結果、外骨格系の問題解決をひたすら強めるという間違った袋小路に入って一人では出られなくなってしまったのである。
それに藤田さんには体を硬くしすぎる以外に、患側下肢をできるだけ使わないようにする傾向も見られた。おそらく支持性が弱いときから歩いているので、安全のために患側下肢での体重支持を最小限にする癖がついたのだろう。これは不使用方略と呼ばれる運動システムの問題解決だ。これによって患側下肢の支持時間が短いため、健側下肢の振り出しも小さくなり、自然に小刻み歩行に入り込んでしまうのだ。
これも簡単に説明したが、すぐに藤田さんは腑に落ちたようだ。「それで悪い方の脚を板の上に置いて、良い方の脚でゆっくりと跨いで戻る練習をしとった訳か。それで頭に『悪い方の脚は十分に体重を支えるぞ』と説得しとったわけだ」と言われた。理解が早いし正確だ。
施設の訓練は月曜から土曜までの週6日行われる。通常は1日に20分の訓練1回だが、藤田さんは3ヶ月後に自宅に帰ることを条件に「リハドック」という施設独自のサービスを受けていたので、1日40分から60分の訓練を受けることができる。僕は週5日入るが、僕の休みの時は後輩の涼君という作業療法士が代わりに入ってくれた。涼君は聡明なところがあって、僕の話は良く理解するし、藤田さんとの話も上手でうまく関係を作っていた。実際藤田さんにも気に入られたようだ。
上田法は週が進むに従って頻度を減らした。最初の2週間は週6回、上田法を行ったが、3週目には週3回、4週目には週1回だけになった。毎日しなくても柔らかさが維持されるようになったからだ。
歩行状態は4週目には10メートル18秒、42歩程度で歩かれるようになっていた。上田法を行わなくなったので、運動課題はずっと多様に多量に行うようになられた。様々な厚さや幅の板の上に片脚を置いて、反対の脚で跨ぐような「板跨ぎ」や屋外歩行を行うようになった。
次にどんな運動課題をするかは涼君を含めて3人で話し合った。藤田さんはいろいろとアイデアを出して試された。それは僕達にも参考になった。施設は山の中腹にあり、施設前には角度も長さも様々な坂道がいくつもあり、藤田さんは坂道を何度も急ぎ足で往復する課題を特に好まれた。先輩はこの時の訓練を見て批判していたわけだ。そしてマスコミに伝えたのだろう。(その10に続く)
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不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件
小説から学ぶCAMR その8
「まだよくわからんところもあるが・・・運動システムの問題解決で硬くなったのなら・・・・そうなると俺の場合は硬くなりすぎたんではないか?」
「そうですね。問題解決とは言っても、応急的にあり合わせのもので行う問題解決ですからね。基本的に動くために必要な筋力が麻痺によって低下したので、使えるものも限られています。単に硬くするだけで、硬さを調整するメカニズムではないのです。
運動システムはともかく体を硬くすることに必死なので、繰り返し、繰り返し体を硬くして、暴走気味になったと考えられます。ともかく結果的に必要以上に体が硬くなってしまったのです。体がこわばって動きが悪くなるし、体を動かすにも大変な努力が必要になりますよね。
だからこの上田法でまず硬くなりすぎた状態を少しでも柔らかい状態にするわけです。柔らかくなると、関節の可動域が広がって、運動の範囲が広がって動きやすくなるのです」
「昨日はその直後に体が頼りなくなったが・・」
「そうですね。元々弛緩した身体が基になっていて、それでは体重を支えたりできないので体を硬くしたのです。つまりその硬い状態を利用して歩かれてたのですが、硬くなりすぎて歩くのが却って難しくなってしまった。上田法でその硬い状態を低下させると、元々の弛緩した体の状態に近づいて支持性が頼りない状態になったのでしょう」
「前の施設でも理学療法士が、体を柔らかくすると言って、ストレッチだのリラクゼーションだのと言ってやっておったが、その上田法のようには柔らかくならなかった」
「そうですね。まだ十分に普及していない方法なのです。ともかく、それでこわばりはとれたのですが、元々弛緩状態があって支持ができないから硬くしているわけです。
だから硬さが取れたからと言って筋力が回復してくるわけではありません。元の弛緩状態が露わになるだけです。
痙性麻痺という言葉は『力が出なくなって、硬くなる』と説明されますが、その二つは元々別の現象だと考えた方が良いですね」
「ふうん、スジは通っているようだな・・・・となると、硬さは必要だから硬くなることは良いことだが、硬くなりすぎないようにする方法が見つかれば良いわけだ」
「そ、そうです。凄いですね、仰るとおりです。硬くなりすぎないように調整することと、できるだけ全身の力や柔軟性が改善した方が良いですね。この二つが運動の状態を良くするために必要です。麻痺そのものは治らないのですが、麻痺の程度によって、麻痺した筋肉でも筋トレすると多少は力が強くなるようです。
麻痺のない方の体はできるだけ鍛えます。
そのためにも、まず硬さを取るために上田法、そしてそのあとは昨日やったような色々な運動をするのです。色々な運動を繰り返して鍛えるのです。そうすると力がついてきます。そして色々な運動を十分にやると、今度は硬くなるのを抑えるようなのです。
元々力が出ないから硬くしているわけで、力が少しでも出てくれば今度は外骨格系の問題解決に頼らなくても良いわけです。そして僕の経験では、全身で多様な運動をするのが、体が硬くなるのを防ぐ方法なのです。
先ほど仰った『硬くなりすぎないように調整する方法』とは、どうもこの全身の多様な運動を継続し続けることです・・・おっと、もうおしゃべりはおしまいです。今度は昨日やった運動をしましょう。しばらく楽にできるまで繰り返しますので・・・・」
藤田さんは「ふむ」と言って素直に従われた。ある程度満足されたのだろう。また運動する時間は貴重であると感じておられるのだろう。昨日の運動課題を一通りしてから10メートル歩行の計測をした。
「今日は54歩、30秒です。昨日の最初が94歩、47秒ですから、歩数は半分強、秒数は三分の二くらいになってますね」
「よし、わかった!あんた、海君だっけ、海君の実験はわかりやすい!結果が明白だな。明日からはよろしくお願いします!」と急に真顔で言われてびっくりしたが、嬉しかった(その9に続く)
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不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件
小説から学ぶCAMR その7
翌日にも藤田さんは訓練開始早々、以下のような質問をぶつけてきた。
「昨日は面白い経験をした。あの上田法というのをやると、身体が頼りなくなるようだが、動きやすくもなっとるようだ。どういうことだ?」
「体が硬くなっていた、つまり関節の可動範囲が小さくなり、脚の運動する範囲が小さくなっていたのです。それに歩くと言うことは片側の脚に重心移動して、体重を支えない方の脚を前に振り出すと言うことです。体が硬いと重心の移動範囲も小さくなるので、片脚に十分に体重が乗らないので、反対の良い方の脚も少ししか振り出せないのです。
それに体が硬くなっているために、動かそうとしても硬さが抵抗となって筋力が十分に活かせないのです」
「うむ・・・・・なるほど。俺もあれから色々と考えてみた。どうも全身のこわばった状態が確かに低下したようだ。昨晩は寝ているときにも身体が軽く、良く動いた。悪い方の脚が動いたりもした。今朝も寝返りや起き上がりが楽だった。ここ何ヶ月も体がこわばって動きにくかったのだが、こわばりがとれて動きやすくなったようだ」
「ええ、よく皆さん、そう仰います」
患者さんがこれほど明確に身体変化の状態を語られるのは初めてのことだった。僕の方も良い勉強になりそうだ。
「すると不思議なのは、症状には、力が出ず身体が硬くなる麻痺とか立ち直り反応とかが低下するとか言っていたが・・・同じ症状でも、良くなる症状と変化しない症状があるということなのか・・・力が出ないで硬くなる症状なのに、身体が硬くなるのだけが改善するのか?それとも昨日のあれをやるとやがて力も出てくるのか?」と期待を込めて質問される。
僕は驚いた。こんなことまで考えておられるのか!という驚きだ。
「まずは時間がもったいないので上田法からやりましょう。横になってください。その時に説明しましょう」
上田法の2種類の手技は横になって丁寧にやると20分ちかくかかる。やりながら話を続けた。「これから説明することは一般の考えとは違うものだと思ってください。
僕が思うに脳卒中後の主な症状は、麻痺、つまり力が出なくなって筋肉が弛緩してしまうことです。力が出ないから立ち直りも低下するし、歩行バランスも悪くなるんです。つまり脳の細胞が壊れると麻痺が起きる、つまり力が出なくなることが一番基の症状で、あとの症状はその結果です。ここまでは良いですか?」「うん、なるほど。力が出ないからいろんな動きもでんし、歩行バランスが悪くなる。それなら納得できる」
「麻痺した筋肉は収縮できず、弛緩します。筋肉の中には多くの水を含んでいます。つまり弛緩とは水の入った袋のような状態です。たとえばテーブルの上に水の入った袋を置いてみましょう。重力に抑えつけられて安定するまで広がってテーブルに貼り付いたようになりますよね」
「うん、そうだな」
「弛緩した体というのは、可動性のある骨格が水の袋に入っている状態です。弛緩した体が重力に抑えられてベッドに貼り付いたようになって動けません」
「うん、わかった!最初にそうだったよ、確かに!病気になってすぐあとは動こうとしても動けなかったし、床に抑えつけられたような感じだったし・・・それに体が悪い方に引っ張られていく感覚があって不安になったものだ」
「そうですね。でもこの弛緩状態のままでは動けないので、運動システムが問題解決を図ります。人の体は機械と違って、問題が起こると問題解決を自動的にするのです。身体の中に筋肉を硬くするメカニズムが幾つかあって、それを働きやすくするのです。たとえば伸張反射と言って、筋が伸ばされると収縮して筋が縮む反射のメカニズムがあるのでこれを働きやすくします。
また、キャッチ収縮というメカニズムがあって、一度収縮した筋繊維はエネルギーを使わずに引っかかったような状態で収縮を保つことができるんです。つまり硬くなったままになります。このメカニズムも働きやすくしてやります。つまりは身体を硬くするのは、障害後に動くために運動システムが問題解決をした結果であると考えます。弛緩状態の体では動くことができませんが、硬くするとその部分で体重を支えることができますし、硬くなって1つの塊になれば引きずってでも動くこともできます。
これは外骨格系の問題解決と呼んでいます。カブトムシやエビやカニのような外骨格動物といって体の外側に骨格を持つ動物のように体を硬くして支持を得るやり方です。カブトムシは死んでも立たせることができます。これは外骨格による支持を利用しているからです。患者さんも体を硬くすることでしっかりした硬さと支持性を得ることができるのです」
「なるほど。体が硬くなるのは症状ではないと言うことか。俺の運動システムが問題解決のためにあとから選んだ活動なので、この硬さは元々の病気とは関係なく変化させられるということだな?・・・・・・俺の歩行は昆虫並み、と言ったがまさしく昆虫のように体を硬くして動いとったわけだ」
「そうです!」とても聡明な方だ。先輩とは大違いだと思った。(その8に続く)
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小説から学ぶCAMR その6
「なるほど・・・で、結果は?」
「10メートルを94歩、47秒で歩かれてます。距離を秒数で割ると速度、10メートルを歩数で割ると歩幅の平均距離が出ます」
そう言ってメモ用紙に筆算した。
「速度は1秒21センチ、歩幅は約10センチです」
「ぶっ、1秒に21㎝、10秒で2メートルか。そうか、昆虫並みだな。で、歩幅が10㎝か。俺のような病気になるとどのくらいだ?」
「麻痺の程度によってまちまちです。そうですね、同じくらいの麻痺の方で、一人で外歩きのできる人の平均は1秒当たり87センチ、一歩平均は50センチくらいです。単純な数字で言うと・・・10メートルを11秒くらい、そして20歩くらいで歩かれてます」
「そうか、俺が94歩と47秒だっけ?歩数も時間も五分の一くらいで歩けるわけか・・・俺ぐらいの麻痺で外歩きができるのか?」
「ええ、そう思います」
麻痺は重くても、体が硬くなって支持性がしっかりとしていて、体力もありそうだ。こんな方はちょっとしたコツで速く歩かれるようになることが多い。
「どうして俺はこんなか?」
「それも論より証拠です。実験してみましょう。そこのベッドに横になってみましょう。そして僕が藤田さんの身体をほぐしてみましょう。上田法という技術があるのです。全身の柔軟性を改善します。まずはそれを試してみましょう」
藤田さんは素直に従われる。僕は体幹と股関節を中心に上田法のテクニックを実施した。上田法は脳卒中などの障害後に硬くなった体を効果的に柔軟にする。結果が出やすいように丁寧に時間をかけて行う。
終わったあと、
「ではもう一度歩いてみましょう。でも身体の状態が大きく変化していると思うので、少し身体を使ってみましょう」と指示した。
藤田さんはベッドから杖を持って立ち上がる。ふらついて倒れそうになったので支える。藤田さんは「持つな!」と怒鳴った。少しびっくりした。人に助けられるのはあまり好きではないのだろう。
しかし、
「さっきの上田法で身体の状態が変化しています。変化した身体に慣れるまでは僕が支えなくてはなりません」と力を込めて強く言い返した。少し躊躇が見られたが、実際に体の変化に藤田さんも戸惑ったようだ。
「わかった」と小さく答える。
僕は麻痺した腕を持ちそのまま10メートル近く歩かれる。
藤田さんは「頼りない、頼りないぞっ!何をした?身体が頼りないぞっ!」と何度も叫ばれる。その後プラットフォームの前に立っていただき、起立・着座動作を数回、立ったまま膝の屈伸運動や爪先立ちなどの運動を20回ずつ行った。そうこうするうちに体の動きが安定してきたのが持った腕を通して伝わってきた。
ボトックスだと筋を硬くするメカニズム自体を停止させてしまうので直後に運動しても低緊張が持続する。が、上田法の場合、過緊張という状態だけを変化させる。筋を硬くするメカニズムは、そのままなので、その後に運動するとまたある程度の硬さが戻ってくるのだ。しかし今度は施術前ほどは硬くはならない。
つまり再び硬さが表れて、その結果、支持性は再び出現するが、ある程度の柔軟性が改善したままの状態なので運動性、つまり動きやすさも同時に出現するのだ。それで開始線に立っていただき、もう一度10メートルの歩行の計測をする。目に見えて歩行の様子が変わった。歩幅が広がって速くなった。
「今度は62歩、33秒です」と言った。
藤田さんは驚いたようだ。
「頼りないようだが、動きやすくもなっとるようだ。何が何だかわからん!どういうことだ?」
「ええ、それが、申し訳ないですが、今日はもう時間切れです。今日は藤田さんの初日なので余裕を持って60分の時間を用意しましたが、僕はもう次の利用者さんのところに行かないといけません。続きはまた明日以降にしましょう。これからは毎日40分の訓練時間です。他の人が休まれるときは、多少余裕の時間を作ります・・・・」などと説明した。
こうして明日の訓練時間の打ち合わせをして別れた。藤田さんは不満そうだったが、僕は予定を大幅にオーバーしていたのでそれどころではなかった。後片づけも早々に次の利用者さんのところに向かった。(その7に続く)
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