「歳のせい」と言う勿れ(その1)199週目

目安時間:約 7分

「歳のせい」と言う勿れ(その1)199週目


 久能ワハハン整(ととのう)です。今朝はお盆明けの涼しさが感じられて、「うん、○○○○日和だ」です。


 さて、僕がデイケアで働いていた頃には、近所のお年寄りがたくさん来ていました。「膝が痛い」という人が多くて、しかも「お医者さんから『歳のせいだからしょうがないよ』と言われてショックだった」と悲しげに、あるいは諦め気味に話す人が多かったです。


 また医師も膝の痛みを治す手段を持っていないと、「歳のせい」と言って患者さんに諦めてもらうのが楽なのかもしれませんね。


 実際、「歳のせい」と言ってしまうと諦めるしかないです。「はあー、そりゃ仕方ないわね-、がはは・・」などと豪快に笑い飛ばすおばあちゃんもおられましたが・・・まあ、普通「諦めの言葉」であることに間違いはないです。


 確かに歳をとると、構造的には多かれ少なかれ劣化するのでしょう。しかし、それだけで痛みが出るわけでもありません。それでセラピストまで「歳のせい」なんて言って諦めてしまったらおしまいです。


 さて、ではそういった場合の僕の対応は以下の通り。


①「ちょっと脚、見せてもらっていいですか?」と視診(変形、浮腫の程度など)→触診(周辺軟部組織の硬さと膝・足関節の可動域など)と進みます。(後々良くなってくると痛みが軽くなるだけでなく、浮腫が減り、可動域も良くなります。ちゃんと見ておきましょう)


②「フムフム、少しさすってみましょう」などと言って大腿・下腿の内外前後面のリリースや膝関節のモビライゼーションを行います。時間があれば、足部のストレッチとモビライゼーションも行います。更に時間があれば体幹の回旋や股関節などのストレッチも行います。あるいはやってもらいます。実際、これだけで痛みが軽くなる人も結構いますが、まあ、効果は一時的です。あるいは新しい痛みが出る人もいるので次に進みます。


③平行棒を持って立って頂き、「痛みが出ないように爪先立ちや足踏みを軽くします」と言って荷重や重心移動練習を行います。大体3-5課題を実施します。うまくいってもいかなくても「良く頑張ったですねー」と労います。そして「今日はここまでで、少し様子を見てみましょう。何か変化があったら教えてくださると嬉しいです」とセッションを終了します。絶対に「どうです?軽くなったでしょう」などと期待を込めた表情で誘導するようなことがあってはなりませんね、ハアー、これはちょっと恥ずかしい振る舞いです。


④その日のうちに比較的多くの方が、何らかの改善を自発的に言われることが多いです。「あれ、痛みがなくなった(軽くなった)」、「どうしたんか?よう(よく)動くわ」など。次回のセッションで言われることもあります。「あの後しばらく痛みが軽かった」など。この手の反応が出れば更に次に進みます。


⑤「お医者さんは歳のせいと言われたかもしれませんが、多くの場合、『歳のせい』と言うよりは、座って過ごす時間が長くなって関節の動きが悪くなったり、あまり歩かなくなって筋力が弱ったりして痛みが出ることが多いんです。要するに運動不足です。


 それにマッサージで良くなっても一時的な改善です。


 もしこのまま、本当に痛みなく残りの人生を健康に過ごしたいなら、そして本当に楽しく歩き続けたいならここで膝に良い運動を指導しますので続けましょう!そしてお家でも少しずつやってみてください!続けることで膝が良くなります」などと誘います。


 そして下肢体幹の支持や重心移動、振り出しの運動課題の強度を少しずつ上げながら、長期的に筋力と柔軟性を改善・維持することと、家庭でのホームワークを提案します。


⑥その結果、自発的に運動を続ける人もいるし、更なる運動を求める方もいるし、中には「マッサージだけは続けてくれ」という人もいます。まあ、性格などによってそれぞれの解決状態に落ち着かれるのです。


 ここで使われるテクニックは、


①徒手的療法を中心とした痛みや柔軟性、張力改善の一般的に習うテクニック群。


 これはCAMRでは「多要素多部位同時治療方略」(MEPSメップス)の中で用いられるテクニックとなります。


②「痛みが出ないような歩き方を探ってみましょう」という課題を提案して、立位での歩行に近い荷重、重心移動、振り出しを含む様々な運動課題を試行錯誤します。また様々の状況変化を加えながら実施します。


 これはCAMRでは「課題達成治療方略」(TATSタッツ)の中で用いられるテクニックです。


③「『歳のせい』ではなく、生活習慣や運動習慣による痛みなので、ちゃんと運動すれば残りの人生、元気に過ごせますよ」という「因果の説明」や「リフレイミング」。


 これはCAMRでは「クライエント-セラピスト協同治療方略」(CTC)で用いられる足場作りのテクニックです。もちろん上手くいかない場合もあります。その場合はより異なった形の状況変化を起こすなどの個別の対応が必要です。


 そうです!くれぐれも「歳のせい」と言う勿れ!(その2に続く・・・か?)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


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運動リソースとリハビリ(最終回)198週目

目安時間:約 8分

運動リソースとリハビリ(最終回)198週目


 さて、運動リソースを身体リソースと環境リソースに分けることで、セラピストは自分の仕事、「患者さんの運動リソースを操作する」でやるべきことがシンプルに整理される。そして「運動リソースを豊富にし、それを利用する運動スキルを多彩にして患者さんの必要とする生活課題達成力を改善する」ことができる。


 しかしどうも人の運動システム自体は、身体リソースと環境リソースを区別していないことは、このシリーズの「その5」で説明した。行為者にとっては身体リソースとか環境リソースとかの分類は無意味である。


 では行為者にとっての運動リソースは何かというと、CAMRでは「情報リソース」と呼んでいる。必要な生活課題を達成するために、身体リソースと環境リソースが出会ってそこに生まれる情報という運動リソースである。


 たとえばあなたが低い台に座って立ち上がろうとしても、台が低すぎて立てない時のことを考えてみよう。手で座面を押そうと思うが、台がお尻よりかなり小さくて手が置けない。股の間に手を入れて押すことは可能だが、人目があり、格好悪いのでしたくない(^^;)床は汚れているので台から降りたくない。


 そこであたりを見回すと少し離れた前方の壁に手すりがついている。「あれをつかめば立てるな」と思うものの、とても手は届きそうにない。


「これは困ったぞ!」と気持ちは焦る。


 ふと思いついて両手で両足関節を持ってできるだけ自分の体に近づける。すると両足の上に体重移動ができそうという感じが生まれてくる。「これだ!もっと近くへ、もっと近くへ!」とジリジリと近づける。同時に手脚に力が入り、無意識に頭を前方に強く振りをつけて屈曲すると、これが最後の一押しとなって両足の上に座り込むように重心移動ができる。同時に飛び出すようにぐんと前方に立ち上がりながら片脚を一歩踏みだし、壁の手すりに両手を伸ばして、バランスを保って無事に立ち上がったのである!めでたし、めでたし・・・


 この場合、


①「前方の壁の手すりに手が伸びればそれを持って立ち上がることができる。しかし手が届かない」が情報リソースである。課題達成の方法である運動スキルを示し、その結果も含む情報である。


②「その座った状態ではとても立てそうにないが、両足がお尻に近づけると立てるかもしれない感じが生まれる」というのは、両手で両足を引っ張ることで新たに生まれる情報リソースである。


③「後もう少しで立てそうなときに、頭を前方へ強く振り下げるという動きが出現」したのも、動くことによって新たに生まれた状況変化から生じた情報リソースによって課題達成の方法が導き出されたわけだ。


 このように動くことによって生まれる身体と環境の関係の変化は新たに情報リソースを生み出し、それによって新しい運動スキルが導き出される。つまり情報リソースとは身体と環境の関係が生み出す運動システムにとっての意味や価値であり、課題達成方法の導きなのである。


 僕達セラピストにとって身体リソース・環境リソースの視点で見ておくと何をするべきかがわかって有用なのだが、この行為者自身の情報リソースの見方を理解しておくこともとても有用だ。


 たとえばあなたが目の前にある腰ぐらいの高さの段差をみて、「うん、これは跳び上がれる」と何の躊躇もなく跳び上がろうとすると、振り上げた足が段差に届かず、段差の前面の壁を蹴ってそのまま下に落ちてしまった・・・あなたは恥ずかしそうに周りの目を気にしながらリハビリのセラピストらしく密かに反省するだろう。


「最近事務仕事ばかりしていて、ほとんど運動をしていなかったな。思った以上に体が硬くなってるぞ」


 そこであなたはセラピストらしく、体幹と両股関節周辺のストレッチを入念に行う。試しに足を振り上げる。「うん、上手くいきそうだ。それっ!」ともう一度挑戦する。「やった!今度は足が届いーっ・・・」たものの蹴り出しの力が弱く、同時に段差上に着地した脚に重心が移らず、片脚を乗せたまま、ガバッと両手で段差の縁をつかんで動けなくなったのであった・・・トホホ この小さなエピソードから得られる教訓。


「常に身体システムはいろんな状況下で様々な身体活動をして身体と環境との関係でどのような運動結果に終わるかの情報をアップデートしておく必要がある」ということだ。でないと課題達成に失敗してしまう。情報リソースの予想通りにことが運ばないからだ。(あと、柔軟性の運動リソースしか思いつけなかったのはセラピストとしては迂闊である(^^;))


 実際、障害直後の寝たきりの患者さんも、障害によって変化した身体と環境の関係の情報がアップデートされていない。まずはセラピストに手伝ってもらってでも徐々に動いてみること、様々な課題に挑戦してみるだけでも情報リソースのアップデートには大変な価値がある。


 自ら動くこと、動いて自らの体と環境との関係を探ることが運動システムにとっての必要な基本の作動となる。入力を待つ機械とは丸っきり違っている。自ら動いてこそ情報リソースをアップデートできるのだ。


 この情報リソースについては、僕達セラピストにとってもまだいろいろと有用な視点があるのだが、これについてはまた別の機会に。(終わり)


追伸 この「情報リソース」は「ギブソンのアフォーダンスのことではないか」と言われるかれもしれない。もの凄く強い影響を受けていることは確かです(^^;) でも情報リソースはどう考えても環境内に存在する情報ではないし、試行錯誤も必要だ・・・・・僕にはどうもアフォーダンスのことがよくわかってないので、明言はできない。


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運動リソースとリハビリ(その9)197週目

目安時間:約 6分

運動リソースとリハビリ(その9)197週目


 今回は前回述べたように「協同探索」を実施するに当たってセラピストが知っておくべき技術の解説だ。特に今回は「課題設定の技術」を紹介する。


 患者さんにとっては傷害によって身体の一部を失ったり、麻痺などで筋力や柔軟性などの運動リソースが失われる。その結果、身体を動かせなくなり、よく見知っていた体が未知のものとなり、それまで使えていた生活課題達成のための運動スキルが失われた状態である。


 患者さん自身が変化した体のことを知るためには、様々な状況で様々に体を使ってみる経験が必要だ。そして何ができて、何ができないかを徹底的に知ることが必要だ。


 しかし安全に適切に、そして徹底的に体を動かすためには、適切な状況と運動課題設定と実施に当たっての適切な助けが必要だ。これがセラピストにとっての「課題設定の技術」となる。


 適切な課題を設定し、その課題達成の過程を通して患者さんは「利用可能な運動リソースを発見し、その利用方法である運動スキルを発見・創出する」わけだ。課題実施の過程で運動リソースは豊富になり、運動スキルは多彩になって生活課題達成力が改善する。


 アメリカでもこれは「課題主導型アプローチ」として知られているが、CAMRとはかなり基本的枠組みに異なった部分がある。詳細は近日中に発刊の「リハビリのシステム論」で説明する予定である。


 具体的に課題設定は患者さんの状態を見ながら以下のような点に留意する必要がある。


①課題は患者さんに取って必要で、馴染みのある動きから入っていく。通常最初は基本動作と言われる、寝返り、起座、座位保持、座位での移動、起立、立位保持、歩行などを基準に考えていく。できるようになれば応用歩行や具体的な生活課題動作を基準に考える。


②設定は患者さんが少し努力したり工夫したりして達成できるものが良い。たとえば「独りで起立」という課題を設定してできないときは、セラピストが柔軟性・筋力などの身体リソースを改善したり、手すりや壁、椅子、座面の高さ、励ましなどの環境リソースの操作を行う。そのような運動リソースの操作で、独りでできる程度の課題であればまず適切な課題と考える。


 それで起立できないときにセラピストの介助が必要なら、課題を「セラピストと一緒に立つ」と変更して示す。もし繰り返して介助量が減って手すりや椅子などの利用でできそうなら、また「独りで何とか工夫して起立する」という風に課題設定を修正する。修正した内容は必ず患者さんにも伝える。


③大抵の基本動作は、支持の働き、重心移動の働き、振り出しの働きの組み合わせとして理解することができる。つまりこの視点から患者さんが環境リソースをどのように利用しているかで、患者さんがどの働きが弱いかを知ることができる。


 たとえば杖歩行で、患側下肢と同時に杖に体重をかけているようなら杖には重心保持と同時に支持の価値を見いだしている。すなわち患側下肢の支持に不安を持っている。軽く持って患側下肢と同時に突いているようなら重心保持の助けの働きを主に杖に求めている。バランスに不安があるのかもしれない。杖をたいして使っていないなら、安心のために持っている、などがわかる。


 つまり運動システムが自らの弱点を表現していることにもなる。


④患者さんに運動課題をわかりやすい言葉で説明することで、自分が課題達成に成功しているかどうかを患者さん自身にも判断していただくことができる。またこれはコンプリメントなどの「足場作りの技術」で達成感・成功感を強めることができる。(「足場作りの技術」については拙書「リハビリのコミュ力」を参考にしてください)


 課題の繰り返しの成功は達成感と意欲を高め、結果的に自信を持って行動できるようになる。


⑤基本動作がうまくできるようになると、必要な生活課題の達成スキルに向けてより具体的な生活課題を設定していく。同じ課題でも環境を変えることで運動リソースの交換を患者さんに促すことになる。また状況を変えることで、新しい運動スキルの創出、あるいは応用を促すことになる。


 さて今回はかなり駆け足になってしまったが、次回はまだ説明していない「情報リソース」について簡単に説明して、このシリーズを終えたいと思う。(その10に続く)


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運動リソースとリハビリ(その8)196週目

目安時間:約 7分

運動リソースとリハビリ(その8)196週目


 さて今回は患者さんとセラピストの「協同探索」について、片麻痺患者さんの「分回し歩行」スキルを獲得するまでの過程について具体的に述べてみたい。以下の通り。


①障害直後、身体は半身の麻痺によって患者さんにとって未知の身体になってしまう。「自分の体がどこかへ行ってしまった」「この体は自分のものではない。他人のもののようだ」などと表現される。


②ベッド上で少しずつ自分の体を動かすことによって、利用可能な身体リソースが再び発見されるようになる。しかし、麻痺側半身はまだ多くが失われたままだ。寝返りも起座も残された身体リソースではどう動いて良いかわからない。


③変化した体のことを知るためにはより多様に、より多量に動いて見るしかないのだが自分一人では動けない。患者さん一人ではできることも少ない。まだまだ他人の体である。


④そこへセラピストが現れる。少し頑張ればできそうな運動課題を設定する。たとえば「介助で寝返り」だ。最初は体が重く自分の思い通りには動かないし、動かされて動く感じだ。しかし何度も繰り返すと体がその介助に反応して適切な反応を生み出し始める。力が入る部分も増えて、コツも分かってくる。そこで反応を見たセラピストが徐々に介助量を減らし、他の部位からの介助など変化をつけて行う。うまくできるようになればセラピストが課題を「独りで寝返る」に課題を設定しなおす。


 しかし最初の重心移動と指示部位の移動も難しいので、セラピストが体幹の健側下にクッションを入れて患側への重心移動が起きやすくすると、何度かの繰り返しで独りで寝返りもできるようになる。セラピストは「わぁー、できちゃったですね」とコンプリメントを入れる。(コンプリメントは拙書「リハビリのコミュ力」を参照してください)


⑤独りで動くようになると活動量や活動の多様性も増え、課題の成功も増えて少しずつ失われた半身の状態もわかってくる。(意識的にわからなくても運動システムは理解していく)


 寝返り、座位保持、起座、起立、立位保持、歩行へと次第に課題は複雑に困難になっていく。つまりより重力と床面の間で重力の影響を受けやすく、基底面も小さくなって重心保持や移動が難しくなっていくわけだ。


⑤その過程の中で利用可能な様々な身体リソースや環境リソースが爆発的に豊富になってくる。潜在的に持っているものが使われることによって、その価値がわかってくるからだ。変化した体と環境との関係も少しずつわかってくる。


 そして麻痺によって失われた半身が部分的ではあるが、新たに自分の体になってくる。また課題達成のための利用方法である運動スキルが発見され、試され、上手くいくものが熟練して、上手くいかないものは消えていく。そうして生活課題達成力が改善していくわけだ。


⑥立位になると患側下肢は最初体重を支えることができない。弛緩状態のため、可動性のある骨格が水の袋に入っているようなものだからだ。そのため患者さんは最初に患側下肢で体重支持することを不安に思い、「患肢の不使用」という問題解決をとることが多い。しかし患側下肢への体重移動と支持をセラピストが手伝い、繰り返し体重支持を行ううちに支持性が生まれてくる。(このメカニズムの仮説は、「通常の筋収縮と言うよりは単純に張力の発生メカニズム」です。拙書「リハビリのコミュ力」か「脳卒中あるある!」を参照ください)


⑦患側下肢は支持性が出てくるが、一方で歩行のために振り出そうとしても麻痺のため動かない。


 セラピストは体幹のストレッチで柔軟性を改善する。体幹での重心移動範囲を広げるためだ。また患側の靴先に靴下の先を切った袋をかぶせる。これによってわずかの力でも、脚が滑り出すようになる。


 そしてセラピストは「悪い脚を全身で振り出す」という課題を出す。患者さんはいろいろ試みるうちに健側下肢に重心を移動して、体幹を伸展や側屈、回旋して患側下肢を振り出せることを発見する。こうして自律的な運動問題解決者である患者さんは、新しい「分回し」という歩行スキルを創造した。


⑦患者さんは更に「分回し歩行」の運動スキルを繰り返し、熟練していく。


 さて、患者さん一人では莫大に時間とエネルギーを必要とするこの過程を、効率よく進めるようにセラピストは手助けすることができるわけだ。


 ここでも適切な課題設定と環境リソースの工夫で、新しい歩行スキルである「分回し」の創出を手際よく促した。次回はこのようなセラピストの技術について少し詳しく説明しておきたい。(その9に続く)


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運動リソースとリハビリ(その7)195週目

目安時間:約 6分

運動リソースとリハビリ(その7)195週目


 前回までで、患者さんが「必要な生活課題達成力を改善する」ということは、「利用可能な運動リソースが豊富になり、それを基に課題達成のための運動スキルが多彩に、柔軟に創出されるようになるということ」がわかっていただけたと思う。


 そもそも障害を持つということは、身体の部位や筋力、柔軟性などの身体リソースが失われて貧弱になることである。あるいは痛みのような「負の身体リソース」によって、持っている身体リソースが十分に発揮できなくなり、身体リソースが貧弱になることである。


 身体リソースが貧弱になると、環境リソースも上手く使えなくなる。当然障害の程度によって様々な程度で生活課題達成のための運動スキルも失われることになるわけだ。


 だから医療的リハビリテーションの仕事は、まずは豊富にできる身体リソースはできるだけ豊富にし、利用可能な環境リソースはできるだけ増やしていくことになる。


 その上で患者さんには、増えた身体リソースや環境リソースを使って実際の必要な生活課題を達成する経験の機会を作ることである。運動スキルは必要で実現可能な生活課題の達成を通してしか、発見あるいは創出することができないからだ。


 だからセラピストの仕事は上述のようにまず運動リソースをできるだけ豊富にすること。


 同時にセラピストは、「必要で実現可能な生活課題」を提示し、達成できるように工夫、援助していくことである。この過程の中で、患者さんは潜在的な運動リソースや運動スキルを発見したり、新たな運動スキルを生み出されることがある。


 つまりセラピストはセラピストの立場から患者さんの運動リソース改善を手伝い、適切な運動・生活課題を設定し、患者さん自身が適切な運動スキルを身につけるように助ける。患者さんは患者さんの立場から何とかその生活課題達成の運動スキルの発見・創出ができるように探索を続ける。


 CAMRではこの両者の協力の過程を「協同探索」と呼んでいる。患者さんは患者さんの立場から、セラピストはセラピストの立場から、患者さんの生活課題達成力を協力して改善していくことだ。


 この場合、CAMRでは「患者さんは自律的な運動問題解決者である」と考えることが大事だ。患者さんを機械、脳をコンピュータの様に考えてしまうと、患者さんはセラピストの感覚入力を待つ受身の存在と思えてしまう。まさしく患者さんをプログラムの入力を待つロボットの様に考えてしまう。


 結果、セラピストが患者さんの課題達成力に全責任を持ってしまう。「適切な感覚入力はセラピストが行わないといけない。身につけた運動方法が正しいかどうか判断して修正しなければならない」などと考える。結果、正しいと思われる運動を押しつけたり、それによる間違いを訂正したりはセラピストの仕事だと思ってしまう。


 さらにその結果、患者さんに対してやや支配的に振る舞ったり、管理したりすることになる。「だからそれじゃ、ダメだって言ってるでしょう!こう動かすのよ、こう!」などと患者さんを厳しく指導?しているセラピストをよく見たりする。


 CAMRでは、「患者さんは自律的な運動問題解決者である」とまず考える。麻痺のある体で、誰に教えられるでもなく「分回し歩行」などという素晴らしい歩行スキルを生み出されるからだ。患者さんは無力ではない。ちゃんと自分なりに独創的な運動スキルを生み出し、歩かれる。必要で実現可能な生活課題を達成する力があるのだ、と認めるところから始まる。


 麻痺も治せないのに、口だけで「健常者の様に歩いて!」などと指示するのは、自分では何もできないのに、患者さんに対して無い物ねだりするようなことではないのか。


 次回は、患者さんとセラピストの協同探索の過程を通して、実際に「分回し歩行」のスキルがどのように創出されるか具体的に見てみよう。(その8に続く)


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運動リソースとリハビリ(その6)194週目

目安時間:約 7分

運動リソースとリハビリ(その6)194週目


 さて先週の続きである。


 脳卒中発症後3日目の患者さんの初めての立位訓練を例にセラピストがどのように運動リソースを操作するかを簡単に説明しよう。


 麻痺は中等度、端座位保持は可能で初めての立位の練習。健側手で平行棒をつかんで椅子から立とうとしたがお尻がわずかに浮き上がる程度。「体が自分のものではなくなった」という感想を言われる患者さんだ。


 セラピストは患者さんの様子を見ながら、患者さんの身体リソースと環境リソースを操作していくわけだ。以下のようにまとめられるだろう。


1. 患者さんの身体リソースと環境リソースをその場で変化させてみること


①椅子と平行棒の位置関係を変える。平行棒の高さを変えるなど。体が前方へ重心移動しやすいように位置関係などを試行錯誤する


②体幹の回旋や前屈などのストレッチを行って柔軟性のリソースを改善し、前方への重心移動を楽にし、移動範囲を大きくする(起立とは体幹を前屈し、重心を前方の足部に乗せるように重心移動するところから開始するので)


③健側下肢へ重心を移しながらお尻の持ちあげを最小限手伝いながら起立を介助する。


 最初は健側下肢を中心に起立・立位保持練習を行うと良い。患側下肢は麻痺で支持性がないから健側中心の立位保持練習をする。


 また健側下肢の筋活動を促通して筋の収縮力を活性化する狙い。


 脳卒中後、寝て過ごし下肢筋が使われていないので筋は眠った状態で力が出ない、なんてことはよくある。介助しながらでも一度課題を達成すると、次から自然に力が入って筋出力が改善することはよくある。


 一方、筋トレは筋繊維を太くして安定的・継続的に筋出力を改善することだが、これには数週間の時間がかかる。そうではなく一瞬にして筋出力が改善することは臨床ではよく経験することで、まずこの可能性は試してみる価値がある。


④立ってすぐに健側下肢に重心を移して、健側上下肢を中心に立位保持する練習を繰り返す。最初は健側へ重心を良いタイミングで移動するやり方を探りながらの介助が必要だ。


 セラピストは一人一人の患者さんに合わせた運動スキルを探索する必要があるし、患者さんもまたセラピストの介助スキルに合わせて上手く体を動かす運動スキルを探索するわけだ。患者さんにとってはセラピストも環境リソースであることを忘れてはいけない。介助する方もされる方も上手く息が合って、お互いの介助する・されるの運動スキルがかみ合って初めて介助による課題達成が上手くできるのである。


⑤また座面に座布団を入れて座面を高くして、介助量を小さくすることができる。できるだけ独りで起立課題を成功的に行い、患者さんが起立の運動スキルを探索する機会を増やすわけだ。その座面を高くするためにたとえば座布団という新しい環境リソースを付加するわけだ。


⑥上手くいけば介助を減らしながら繰り返し、患者さんの「麻痺のある体で立ち上がるという運動スキル」が生まれて安定するのを手伝う


2. 長期的に改善していくこと


①麻痺がない健側上下肢、体幹の筋力強化。また麻痺の軽い麻痺側部分は筋力改善の可能性あり。多様な運動課題の中で多様な垂直面・水平面での重心移動を伴いながら体を持ち上げたりゆっくり下ろしたりする運動課題を繰り返して筋力改善を行っていく。


②また起立と立位保持の課題を通して、麻痺側下肢への重心移動と荷重経験の繰り返しを行う。麻痺は中等度でも意外に早く、その場で支持性が生まれる人もいる。


 麻痺側下肢の麻痺が重いとすぐに長下肢装具を使う人もいるが、セラピストがほんの少しコツを掴めば長下肢装具なしでの荷重を繰り返して麻痺側下肢の支持性を高めることが可能である。(教科書には書いてないが、脳卒中後の麻痺側下肢は荷重経験を繰り返すと支持性が生まれてくることは多くの臨床家が経験的に知っていることである。このメカニズムの仮説の一つは「キャッチ収縮」が考えられる。詳しくは拙書「脳卒中あるある」、「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!」、「リハビリのコミュ力」などを参考にしてください)


 繰り返しになるが、運動スキルの生成は患者さん本人が行うものだ。しかしセラピストはその時その場で操作可能な運動リソースをコントロールして、患者さんの運動スキルの創出、つまりこの場合は「麻痺のある体で立ち上がるための運動スキル」の創出を手伝うことができる訳だ。(その6に続く)


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運動リソースとリハビリ(その5)193週目

目安時間:約 6分

運動リソースとリハビリ(その5)193週目


 今回は環境リソースについて考えてみたい。


 このシリーズの第1回で、CAMRでは運動リソースを①身体リソース②環境リソース③情報リソースの三つに分類した。


 そもそも学校で習う人の運動システムというのは、皮膚に囲まれた身体そのものを指している。


 しかし人の運動システムは、課題達成においてはもともと皮膚の内外という区別をしていないように思える。たとえばあなたの背中が痒くなる。そうすると「背中を掻いて痒みをとる」というのがすぐ達成するべき運動課題になるわけだ。


 まあ、若い人はわからないと思うが、歳をとって身体の多様な活動量と種類が減ってくると(あるいは体型の変化や変形、つまり肥満や拘縮などで)、背中の痒みに手が届かないところが出てくることもある。つまり身体リソースだけでは体の痒みをとるという運動課題を達成できなくなるわけだ。


 すると人はどうするかというと自然にあたりを見回すものである。「背中を掻くために何か利用可能なリソースはないか?」と意識しなくても、自然に周辺を探すのが運動システムの基本的な性質である。


 すると新聞紙を見つける。あなたは特に考えるまでもなくそれを手に取り、クルクルと丸めて棒状にして、それで痒いところを掻くことができた・・・「はあー、極楽、極楽・・・」


 あるいは少し離れたところに柱を見つける。あなたは立ち上がりそこまで歩いて背中を柱の角に押しつけ、体をクネクネと擦りつける・・・「はあー、心地良いぜ!・・・」


 あるいは通りがかりの家族に「ねえ、背中を掻いてくれない?」とおねだりすることもできる。「あー、もっと下、下、もっとー・・あー、そこそこ!はあー、気持ちいい!そこが良いのよ・・・」(下ネタではない)


 つまり新聞紙や柱や家族がこの課題達成のための環境リソースとなるのだが、どうも運動システムは「課題達成のためにその時、その場で、利用可能なもの」を探して利用しているだけで、身体リソースか環境リソースかは気にしていない。課題が効率的に達成できれば何でも良いのである。


 だから優れた環境リソース、たとえば良く気のつく世話好きな奧さんがいると、自分では何もしないで口ばかり動かしている旦那さんがいたりする。まあ、これはこれでしかたない。僕達の仕事は、患者さんの生活課題達成能力を改善することで、ある特定の価値観、「自分のことは自分でやるべき」を押しつけて生き方を変えることではない。


 まあ、運動リソースの使い方に優先順位はあるようだ。人はまず身体リソースを中心に運動課題を達成しようとする。その方が手軽で効率的だからだ。しかしそれで上手くいかないと、身の回りに利用可能なものを探す。


 そのことを理解して、ここにセラピストの役割が生まれる。患者さんと一緒に利用可能な身体リソースと環境リソースを探索して、試せるかどうかの試行錯誤をする訳だ。


 以下、立位訓練を例に具体的に説明しよう。


 脳卒中発症後3日目の患者さん。麻痺は中等度、端座位保持は可能で初めての立位の練習。健側手で平行棒をつかんで椅子から立とうとしたがお尻がわずかに浮き上がる程度。「体が自分のものではなくなった」という感想を言われる。


 セラピストは患者さんの様子を見ながら、患者さんの身体リソースと環境リソースを探索、操作して利用可能かどうかを試行錯誤するわけだ。


 前シリーズの「感動の運動スキル」でも書いたが、運動スキルの生成は患者さん本人が行うものだ。しかしセラピストはその時その場でコントロールできる運動リソースを操作して患者さんの運動スキルの創出、つまりこの場合は「麻痺のある体で立ち上がるという運動スキル」の創出を手伝うことができる。詳細は長くなるので次回に。(その6に続く)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


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西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①


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運動リソースとリハビリ(その4)192週目

目安時間:約 6分

運動リソースとリハビリ(その4)192週目


 さて、医療的リハビリのセラピストはこの「身体リソースの改善」を治療の主な手段としているのだが、ともすれば「身体リソースの改善」だけが我々の手段だと考えているセラピストもいる。そしてこの「身体リソースを改善するのが、我々医療的リハビリテーションのセラピストの仕事である」という思い込みは我々セラピストの可能性をとても狭めてしまう。


 たとえば若手のセラピストからの以下のような話を聞いた。


「もう3週間も続けて筋トレしているのに、なかなか筋力が上がらない。歩行能力を改善することが目標なのにどうしたら良いんだろう?」などという悩みである。


 詳しく聞いてみると「以前はしっかり歩いていたおばあちゃんだが、転倒して圧迫骨折を起こした。痛みはなくなっているがそれ以来、歩行不安定で筋トレしても筋力が改善しない。病棟の看護師からも『家族が待ってるんだから早く筋力上げて、歩行をしっかり安定させてよ』と言われて悩んでる」と言う。


「でも筋力は改善しないし、どうしようもないです」という。「筋力が改善できないリハビリや自分は無力である」と悩んでしまうようだ。


 これはあまりにも身体リソースだけに焦点を当て過ぎている。リハビリの仕事は「身体リソースの改善である」と思い込み過ぎている。彼のいる若いスタッフばかりの職場では、皆が同じように悩んでいるという。「どうして筋力が改善しないと思うか?」と聞くと「転倒時に末梢神経麻痺が起きたのかも・・・」と答える。


 どうも詳しく聞いてみると、両手杖や伝い歩きなどでも何とか移動できそうなレベルである。


「そうだね、じゃあ環境リソース、たとえば屋外ではシルバーカーとか、屋内では両手杖と家具や壁の伝い歩きを検討したら?」


「でも病棟もスタッフも、家族は独歩を希望しているんだからその希望に応えるように努力しようよって感じで・・・・」と答える。


「ああ、なるほど」と思う。


 僕が思うに、医療的リハビリのセラピストは自らの仕事の限界について語るのが苦手な人が多い。たとえば「麻痺があると筋力の改善は難しいというかほぼできません。だから独歩で安定して歩くのは難しいです」とはっきり言うことを恐れる人達がいる。


・明るく、いつも前向きなセラピスト


・クライエントの希望を大事にするセラピスト


・熱く理想を語るセラピスト


・「諦めたらそこで終わりだ」が口癖のセラピスト


 上記のようなイメージが医療的リハビリのセラピストの目指すべき姿だと思っているのではないか。その若いスタッフも現実とその理想の狭間で苦しんでいるのだろう。


 だが考えてみるとどんな職業にも限界がある。それが当然だ。そして成熟したプロフェショナルは、自らの仕事の限界についてもよく知っているし、それを隠す必要もないと考えるものだ。事実なので。だからこそ、その限界の中でできる限りの代替案を考え出したり少しでもクライエントの意向に添えるように工夫したりするものだ。(もっともテレビで「ザ・プロフェショナル」のような一職業人を理想化して扱う番組もあって、「限界はないんだ!」みたいに高らかに讃えたりするのでやりにくい。まあ見るとやる気になるのも確かだしね(^^;)それに、簡単に諦めてすぐ楽をしてしまうセラピストが実際にいるのも問題だしね(^^;))


 でも自らの仕事の限界を認識して「自分のできること、できないこと」が明確でないと、ズルズルとゴールも決めないまま仕事をしてしまうことになる。独歩の見通しは立たないのに、それを患者さん本人や家族に黙ったままズルズルとその努力を繰り返すのはプロとしてどうなのか?


「独歩はできません。その代わり、シルバーカーで屋外歩行はできますし、室内は杖と壁、家具の伝い歩きで十分に独りで移動できるように努力することならできます。それでも良いですか?」と自信を持って提案できるようになるべきでは?それで了承してもらえるなら、それに向かって最大限努力すれば良いのである・・・・ ごめんなさい、ちょっと今回はテーマから逸脱してしまいました(^^;) 次回は環境リソースについてです。(その5に続く)


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運動リソースとリハビリ(その3)第191週目

目安時間:約 5分

運動リソースとリハビリ(その3)第191週目


 今回も「身体リソース」の続きで「柔軟性」から。柔軟性のリソースは、患者自らが運動課題を通じてアクティブに動けば、それに伴って改善することもできる。しかし、可動域低下があれば自分で動ける運動範囲は自然に小さくなるし、筋力が弱くても十分に運動範囲を広げることはできない。


 そのため多くの場合、徒手的療法または自己あるいはセラピストによるストレッチが手っ取り早く、効率的に改善できることが多い。


 また柔軟性改善で常に気をつけるべきは、全身は筋膜で繋がっているということだ。たとえば足関節の可動域低下があると、膝痛・腰痛・肩凝りや股関節・体幹など遠く離れた部位の可動域が小さくなるなどの問題は同時に存在しやすい。足関節に可動域低下が見つかったから、足関節の可動域改善だけを行うよりは、できればもっと広範囲に全身性に改善する方がより良い効果が出る場合が多い。 上田法の体幹法のような徒手的療法は、体幹を含め四肢の関節を一度に柔らかくするのでお勧めである。


 この柔軟性と前回取り上げた筋力は運動における中心的な身体リソースと言ってよい。


 豊富な筋力と柔軟性は、広範囲で多彩で無限の軌道を生み出し、よりしなやかで力強い運動を生み出す。つまり筋力と柔軟性は豊富であれば豊富であるほど、生活課題達成力をより改善する可能性がある。


 しかし脊髄損傷のように広範囲にマヒがある場合、筋力改善は望めなくても、柔軟性を高めることでできることが増えることはよく知られている。たとえば床上座位からプッシュアップで車椅子への移乗や靴下履きなどである。


 同様に脳性運動障害でも筋力改善はあまり期待できないこともあるが、体幹の可動域が改善すると寝返りができるようになって床上移動が実用的になることもある。体幹の柔軟性が増すと、小さな力で体幹部の重心移動が行えるようになるからだ。


 つまり柔軟性の改善だけによっても運動スキルは多彩になるわけだ。


 柔軟性は大抵の場合、我々セラピストが改善できる運動リソースなので大いに試してみる価値はある。


 もう一つ。痛みもまた身体リソースであると言うと意外な顔をされる。普通「資源として役に立つもの」と思われがちだが、「運動を形作るもの」が運動リソースであり、痛みは 運動にかなりの影響を与える。


 ただし痛みは運動を形作るリソースではあるが、運動パフォーマンスの改善を妨げることから「負の身体リソース」と言える。痛みがあれば筋活動が低下、つまり筋力低下を引き起こすし、運動や重心の移動範囲を小さくしてしまう。つまり柔軟で適応的な運動が制限される。


 疾患・障がい・性別・年齢に限らず、痛みは多くの人達について回る問題だ。運動パフォーマンスを改善する意味でも、その時その場で痛みをできるだけ改善する技術である徒手的療法などはセラピストにとっては必須の技術だろう。(その4に続く)


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運動リソースとリハビリ(その2)第190週目

目安時間:約 6分

運動リソースとリハビリ(その2)第190週目


 3種の運動リソースのうち、最初に取り上げるのは「身体リソース」である。「身体リソースとは?」


 身体リソースはまず身体そのものであり、身体が備える能力や性質である筋力、柔軟性、持久力、そして痛みなどである。


 我々、医療的リハビリテーションのセラピストはこの「身体リソースの改善」を治療のための主な手段としている。


 もともと医療的リハビリテーションは、整形疾患を中心に発達してきた。たとえば骨折は固定や手術で時間が経つと治ることも多い。また「右下腿骨折」のように傷害は部分的であることも多い。つまり部分的で、時間の経過とともに治る傷害である。


 そうすると傷害されていない大半の体は特に大きな問題もなく、多くの運動スキルは無事に残っている。さらに傷害された部分が治癒するにつれて、患者さんは自然にその治癒された部分を使って、必要な運動スキルが再建され、元通りの健康時の運動スキルを使って生活課題達成力は改善する。


 従って部分的で一時的な傷害の整形疾患などを相手にするセラピストは、現在でも運動スキルを問題にすることはあまりない。そして未だに「身体リソースを改善さえしておけばリハビリの目的は果たされる」と考える傾向は強い。まあ、対象疾患が部分的で一時的な整形疾患であればそれでも良いとは思う。


 だから一般的に学校教育でも身体リソースを主に改善することが教えられる。それが医療的リハビリテーション教育の伝統である。(実際に学校教育の中で教えられる運動スキルに関する知識は未だに古い体系の教えばかりである)


 さて、身体リソースの中でもっとも大事なのは筋力リソースだろう。動くために必要なのは力だ。この改善方法は徒手や機械・器具などを使った様々な方法がある。どれを選択するかは患者さんの状態と訓練環境に応じて工夫すれば良い。 


 しかし筋肉の活動は機械のエンジンのような単純なものではなく、状況によって働き方や収縮方法、結果が異なってくる。つまり筋力は常に使われる状況と目的によって運動スキルという文脈の中で働くものだ。


 以前から言っているが、歩行のために大腿四頭筋を鍛えると言って、座って足首に重りを巻いて膝を伸展するのは、「骨盤を固定された状態から下腿を持ち上げる」という至極単純な運動スキルの文脈で行われている。


 逆に立位では「他の全身の筋群と協調しながら重心線が基底面内に保持されるように膝を伸展させる」というとても複雑な運動スキルの文脈で働いている。同じ四頭筋の収縮とは言え、丸きり状況と目的が異なり、収縮の状態も結果も異なっているのである。 先に述べたように片側の下腿骨折のように傷害が部分的・一時的であれば、座って四頭筋を太らせてまず筋力改善すれば、その後自分で動いて適正な運動スキルを見つけ出すことができるので問題ない。


 しかし脳性運動障害ではマヒが広範囲で継続する。体は障害によって未知のものとなり、自分だけでは改善された身体リソースを十分に使えなくなることも多い。


 このような場合、座って筋トレして筋繊維を太らせても、いきなり歩行に役立つわけではない。セラピストの課題設定や介助を借りて、実際に歩きながら改善した筋力が必要な役割を果たすような運動スキル・トレーニングは別に必要になる。


 またセラピストが最初から「立位・歩行を通じて四頭筋の働きを強めていく」というような運動課題設定を中心にして身体リソースと運動スキルを同時に改善していく方法もある。CAMRの「実りある繰り返し仮題」などがそれに当たる。


 たとえば背中に荷物を背負った立位で、左右への重心移動から片足立ちをするなどの運動課題である。これによって重心移動や支持、下肢の振り出しなどのスキルの中で、筋力を改善していくわけだ。


 筋力という身体リソースは、単に筋繊維を太らせることも可能だが、それを尊ぶのはボディビルディングに人生の価値を見いだす人々くらいだろう。


 リハビリの世界で求められる生活課題達成力改善の文脈の中では、筋力は基本的に課題達成の状況の中で、運動スキルに組み込まれて初めて適切にその役目を果たす器官であることは知っておいた方が良い。つまり筋を太らせるだけではリハビリの目的には適さないということだ。


 次回は「柔軟性と痛み」という身体リソースを説明する。(その3に続く)


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