人の運動の特徴を聞かれたら・・・(その2)

目安時間:約 6分

人の運動の特徴を聞かれたら・・・(その2)


 前回は学校で習う「構造と機能の視点」から人の運動の特徴を見ると、「人の運動は機械として理解できる」とは言えそうだ。この理解は、訓練、特に整形疾患などの訓練にはとても有用である。しかし他の多くの障害や疾患では、あまり役立たないことも多い。


 特に脳卒中などでは人の運動システム、特に脳をコンピュータとして理解すると妙な誤解を生み出すからだ(詳しくは拙書「リハビリのシステム論-生活課題達成力の改善(前・後編)」を参考にされたい)


 だから「機械として理解する」視点はこのまま受け入れ、同時に生物としての人の運動の特徴を知っていることは多くの場合に重要である。


 さて、この生物としての人の運動の特徴を知るためには別の視点からの考察が必要である。たとえばシステム論の視点である。システム論では、運動システムの構造や機能ではなく、システムの作動に焦点を当てる。システムの作動上の特徴を明らかにしようとする訳だ。


 そうすると作動の特徴がたくさん見つかる。システム論を基にしたCAMRではそれらから次の三つを人の運動システムの重要な特徴と考えている。


  ①状況性


  ②課題特定的


  ③自律的問題解決


 以下に詳しく説明してみよう。


 まずは状況性。


 オモチャの歩くロボットを机の上に置いてみよう。スイッチを入れるとロボットは歩き始める。確かに「歩いている」としか表現のしようがない。しかしその前方に十円玉を置くとロボットはその十円玉の小さな段差を踏んで簡単にこけてしまう。そして先ほどまで歩行に見えていた両脚の交互運動を倒れているのに続けていく・・・・・


 つまりオモチャのロボットの運動には、「状況変化に応じて運動が適切に変化する」ような「状況性」が見られない。小さな段差に対応してバランスを保つこともできないし、転倒した後に運動を止めることもしない。状況が変化してもただ同じ両脚の交互運動を繰り返すだけである。


 一方人の運動では、歩行を見ても状況変化に応じて適切な運動変化が起きていることがわかる。たとえば休日、家の中を移動するときは、その人らしい自然な歩き方である。雨上がりの道では、水溜まりの浅いところを探しては濡れないようにつま先立ちで歩く。凍った路面では小さな歩幅でヨチヨチと歩く。強風に向かっては前かがみになって少しずつ進む。急な斜面を登るときは両手を支持と安定に使う。一本橋では横向きになってバランスをとりながら歩く・・・ この世界の環境は無限に変化するので、歩き方も無限に変化するわけだ。


 これが可能になるのは、人の運動は「状況に応じて無限に変化する可能性を備えている」からだ。たとえば人の運動システムは、非常に多様で余裕のある筋力、柔軟性などの身体リソースを備えている。また大地や自然物、人工物などの利用可能な環境リソース、そして自分の身体と環境、その関係に関する情報リソースが豊富に利用できる。


 私たちはこれらの豊富な運動リソースを基に、必要な課題達成に向けて多彩な運動スキルを備え、あるいは創り出すことができる。運動スキルとは必要な運動課題を達成するための運動リソースの用い方である。


 また運動スキルは過去に身につけたものだけでなく、これまで経験したことのない新奇の課題や状況でも、その場で可能な限り適切な運動スキルを新たに創造することもできる。


 この豊富な運動リソースと多彩に生み出される運動スキルのおかげで、無限に変化する環境と状況の中で適切な運動を生み出して適応することが「状況性」という性質である。


 従ってこの特徴を知っていれば、訓練の第一目標は「身体リソース、環境リソース、情報リソースなどの増やせる運動リソースをできるだけ豊富にし、それらを使って課題達成の方法を試行・工夫・修正する練習によって、課題達成のための運動スキルをできるだけ多彩にする」ということであることがわかる。


 刻々と変化する状況・環境の中で、より適応的に運動を変化させて対応できるという「状況性」は、人の運動のもっとも重要な特徴の一つと言って良いだろう(その3に続く)



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