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「不自由な体で孫の仇討ち」-新興犯罪組織首領殺人事件
小説から学ぶCAMR その1
午後一番の利用者さんの訓練を開始した直後だった。受付にいた相談員の女性が何か伝えたいらしく、両手を振りながら小走りに近づいてきた。彼女が指さす方向を見ると、事務長とスーツ姿の男性が2人、玄関に立っていた。僕と目が合った事務長が手を挙げ、若いセラピストを指さした。
その若いセラピストは急いで僕のそばに来ると、「事務長が急用だそうです。例の件で刑事さんが2人来ているそうです」と小声で僕に話しかけ、次いで利用者さんに向かって、「鈴木先生は急用で訓練ができなくなりました。申し訳ないですが、僕が先生の代わりに訓練しますのでよろしくお願いします」と話しかける。
利用者さんも「あら、大変ね。藤田さんでしょ、藤田さんは良い人よ。よろしくお願いしますね」と僕に向かって頭を下げる。
僕はデイケアの入り口に向かいながら、「やはりきたか!」と思った。
実は、二日前に僕の担当していた利用者さんが殺人事件を起こしたのだ。名前は藤田三郎さんという。71歳で約1年前に脳梗塞を発症され、左片麻痺だ。普段は杖で歩かれている。明るくて前向きな人だ。
僕は鈴木海(かい)。理学療法士として働いてもう10年になる。未だに独身だ。ここは老健とデイケアが一緒になった施設で、老健には100人が入所している。デイケアには1日平均70人あまりが通ってくる。朝の1時間と夕方の2時間の計3時間は併設の老健で働き、日中はデイケアで働いている。
殺されたのは青木雄二という32歳の男性だ。身長が190㎝はある堂々たる体躯の大男らしい。青木は東京を中心に電話詐欺をするグループの一員だった。そのグループが摘発されたが、青木は逮捕されなかったらしい。その後、青木はその犯罪のノウハウを持って、生まれ故郷に近いこの地方の大きな都市で新たな電話詐欺グループを作った。
藤田さんのお孫さんは昭といい、大学二年生の男性で二十歳。最初割の良いアルバイトを見つけて募集したらしい。しばらく荷物の配達などを手伝い、小さな運送業だと思っていたらしい。
しかしある日いきなり青木が現れて、「良くやっているな。これでお前も一人前の組織員だ」と言ってきたという。そしてこれまでやってきたことが犯罪の一部で、「お前は立派な共犯者だ」と脅されたという。知らない間に罠にかけられて言う通りにせざるを得なかったのだろう。なにより青木はすぐに暴力的に振る舞うという。しかし言うことを聞いていれば、優しく接してくれるという。昭君はイヤイヤながら様々な犯罪に関わる仕事をせざるを得なくなったらしい。
結局青木はたくさんの若者を彼の作った犯罪組織に誘い込み、色々な役割を振って大きな組織を作りあげた。若者の中には青木に惹かれて、積極的に悪事に参加してその能力を発揮するものもいたそうだ。少しはカリスマ性のある人間なのだろう。
そして短期間に多くのお年寄りを詐欺にかけ、たくさんのお金をだまし盗っていたのだ。自殺した老人やショックで倒れて入院した方もいるらしい。
そしてある日、昭君の関わった犯罪でおじいさんが騙されたことを苦に自殺してしまった。昭君はそれをきっかけに家に閉じこもるようになり一週間後に自殺。そしてその半年後に藤田さんは、青木を後ろから鉄の杭のような凶器で胸を突き刺して殺してしまったのだ。
逮捕後、最初の警察発表では、「後ろから襲うのは卑怯だと思ったが、不自由な身体で目的を達するにはこれしかなかった」という藤田さんの弁が紹介された。それはそうだろう、藤田さんは身長165㎝そこそこで半身麻痺のご老人、相手は身長190センチで暴力的、そして新興犯罪組織のボスでもある。とてもかないそうにないのだが、それをやってのけてしまったのだ。
また家族が「普段からあんな悪い奴は懲らしめねばならん」と再々口にしていたことを紹介した。
結果、様々な新聞やワイドショーで、この事件はセンセーショナルに取り上げられた。大方の見出しが「不自由な体で孫の仇討ち」といったものが多い。また「正義のヒーロー」とか「勇気ある行動」と表だっては言わないものの、暗にそういうニュアンスの取り上げ方をされるようになっていた。もちろん番組の出演者は誰もが口を揃えて、「殺人はいけない」とは言っていたが・・・
僕は刑事2人から別室で犯行の様子を簡単に説明され、質問された。主な点は、藤田さんの運動能力に関するもので、「大股で速く歩く被害者の後ろから、気づかれずに追いついて、半身不随で、先を尖らせた鉄の棒で人を深く、力強く突き刺せるものか?」と言うものだった。
僕は、麻痺は一目ではっきりとわかるほどの状態であること。短距離なら杖なしで速く歩くことができるし、麻痺していない手脚の力は強いこと。しかし速く歩くと言っても健常者にはとてもかなわないこと。歩行のバランスは通常のあの年齢のあの程度の麻痺の片麻痺患者に比べて遙かに安定していると説明した。しかしそれでも健常者に比べると遙かに不安定であること。
しかも鉄の棒を構えて杖なしでバランスを崩さずに早歩きして背中を刺すことはほとんど不可能に近いことだろうと答えた。普段と少し違う動作をしたり、普段と状況が変化すると簡単にバランスを崩す傾向があり、殺人のような非日常の行動ができるとはとても思えない、と答えた。
眼鏡をかけた方の刑事は無表情に「そんなことをしたんですよ。まあ、可能なんでしょうね」と言った。
また「藤田さんが今回の殺人を計画していたと知っていたか?」と問われたので、もちろん「全然知らなかった。事件を聞いてとても驚いた。そんな犯罪を犯すような人にはとても思えない」と答えた。じっとりと脇汗をかいている。喉がカラカラだ。
実はこのことは前もって予想していたので、答えを予め用意して練習をしていたのだが、「どうもうまくいっていないな」と内心思った。(その2に続く)
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
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西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」
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西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①
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スポーツから学ぶ運動システム(その12 最終回)
人の運動システムの「課題特定的」な性質とは、新奇な課題に対しても新たな運動機能を生み出して課題を達成するということだ。そしてこの性質を支えているのは「豊富なリソース、多彩なスキル」であると前回述べてきた。
この視点から見ると、伝統的な医療的リハビリテーション(以後「伝統的リハビリ」と略す)は「リソースを豊富にする」という特徴を持っていることがわかる。柔軟性や筋力、体力などの身体リソースの改善、そして杖や装具、義肢などの環境リソースを豊富にすることが主であった。
特に伝統的リハビリは整形外科を中心に発達してきた。
たとえば四頭筋力が弱れば、足首に重りやゴムバンドを巻き、椅子に座って下腿を持ち上げると四頭筋は太り、四頭筋の筋力リソースを増やしてきた。
しかし運動スキルの視点から見ると、これは「骨盤と大腿を固定された座位で、下腿を持ち上げる」というひどく単純な身体の使い方をしている課題に過ぎない。実際に立位姿勢をとると、四頭筋は「膝関節を伸ばしながら、他の多くの筋群と協力しながら重心を狭い基底面内に留まるように働く」という複雑な使い方をしているのである。身体というリソースの使い方から見るとまったく別の運動スキルであり、椅子に座って四頭筋を太らせたのではまったく立位に役立たない身体の使い方をしていることになる。
とは言え整形疾患の多くは、部分的な障害であり、それまで身につけた運動スキルは有効な事が多く、リソースを増やす訓練をすると、患者はその増えたりソースを自分で試しながら、自律的に運動スキルを試していることが多い。だから実際には問題にならないのだ。
しかし脳卒中のように半身が麻痺すると、身体の変化は大規模で健常時の運動スキルは役立たなくなることが多い。立った時に健常の時のように患側下肢を使おうとすると、支持性がなくて倒れてしまう。そこで健側下肢を中心にして立位保持をするという新しい運動スキルを探して、試行錯誤し、身につけなくてはならないわけだ。
だから脳卒中のように全身の変化が大きく、健康時に使っていた運動スキルが役に立たなくなるので、「運動リソースを豊富にする」ことはもちろん重要だが、その増えた「運動リソース」を課題達成のためにどのように利用するかという運動スキル学習もまた重要になってくるのである・・・
さて、様々なスポーツを通して人の運動システムを見ると、他にももっとたくさんの特徴が見えてくる。今回のオリンピックはそれを改めて教えてくれたように思うのだ。(終わり)
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みなさん、ハローです!
「CAMR Facebookページ回顧録」のコーナーです。
今回は「CAMRの基礎知識 Part1「探索」その3」です。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
CAMRの基礎知識 Part1「探索」その3 2014/4/4
「探索に始まり、探索に終わる!」
実習生のレポートを見ると、「股関節外転・外旋・屈曲」とか「足関節内反・尖足」とかよく書かれています。運動の評価に各部位や姿勢全体の形の記述が多いのです。
確かに従来的アプローチは運動の形に焦点を当てています。佐々木正人さんがどこかに書いておられましたが、運動科学は映画の技術とともに発展したとのこと。運動はフィルムに記録され、一コマ一コマの姿勢の変化として捉えられたのです。運動科学は運動の形に焦点を当てて発達したのですね。
また姿勢全体や各部位の形とかに焦点を当てると、自然に「健常者の運動の形」との比較になります。そうすると問題は「健常者の運動の形とのズレ」として捉えられ、また「健常者の運動の形に近づくことが良くなっていること」という流れを生み出しているように思います。
時には麻痺があるのに健常者と同じ運動の形を目標にされたりします。でもそれは無理でしょう。健常者と同じ形を要求するなら「その前に麻痺を治して!」と患者さんが言いたくなるのも無理がないです。
さらに姿勢や運動というのは、元々揺らぎを持っています。ある瞬間の場面の股関節の形を取りだしてどうこう言うのもどうなのでしょう?学生のレポートなどを見ると、その患者様はいつもその格好で歩いているかのような印象を受けます。たくさん見られる運動の形の中で、健常者の運動から一番かけ離れているものに注目して書いてあるような気がします。
もちろん形に焦点を当てることは有効な場面も多々あります。形を見ることが悪いと言っているわけではありません。ただ一瞬の形だけを取りだして、それだけを基に色々言うのもどうかと思うわけです。(まあ、学生は形から入っていくことの方が簡単で取っつきやすい、というのはあるのでしょう)
CAMRでは、基本的に形ではなく機能に焦点を当てます。たとえば「支持」し、「重心移動」し、「振り出す」機能があります。歩行は片脚で支持しながらその脚に重心を移動し、反対の脚を「振り出す」運動の繰り返しです。
片脚支持という機能を実現するために身体だけで可能、あるいは杖や片手すりや平行棒が必要かどうかという状況を見ることによって、使われる運動リソースを理解できます。またその形を見ることで、どの運動リソースを利用したどのような運動スキルを生み出しているかがわかります。使われている運動リソースや運動スキルと機能の関係を見いだしていくわけです。
(文にするとややこしく感じられますが、実例で見ていくと簡単で、すぐにコツが掴めます)
CAMRではセラピストが「機能と運動リソース・運動スキルの関係を探る」ことが探索の一部になります。その「探索」の過程を通して、「どの運動スキルを多彩にしていくか」と「どのような運動課題を選択するか」が見えてくるのです。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
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スポーツから学ぶ運動システム(その11)
「課題特定的」というのは、たとえば新奇の課題に対しても、達成のための新しい機能を自ら生み出していくということを意味している。
何がそれを可能にしているのだろうか? 一つは柔軟で豊富な運動リソースである。運動リソースは身体リソース(身体そのものや身体の持っている筋力、柔軟性、持久力などの性質)と環境リソース(環境内の物理的存在、その性質、動物や他の人など)からなっている。
人類は生まれて以来、ずっとこの環境の中で生きてきた。環境と人の体は一体になって様々な課題をこなし、生き抜いてきたのである。
学校では人の運動システムは皮膚に囲まれた体だけに限定されるが、システム論では人の体は真空中で運動しているのではなく、この環境内で運動していて、環境と一体であると考える。つまり人の運動システムはその時、その場の環境と体が課題を達成するために一体化したものと捉える訳だ。
そして人の身体は元々柔軟で様々な動きを行うことが可能である。更にこの地上を移動するための十分な筋力や体力を持っている。この豊富な身体リソースに加えて、環境内の様々なリソースを運動システムの一部として課題達成のための機能を生み出すためにつかうことができるのである。
さらに人は自ら道具というそれまで存在しなかった環境リソースを創り出すことができる。石を割って刃物を作ったし、現在では皮膚の微弱電流で移動する装置もできてきている。つまり環境リソースを無限に増やし続けることができる。新奇な課題に対しても、必要な環境リソースを準備して達成するための新しい機能を備えることができる訳だ。
もう一つは課題を達成するための運動リソースの利用方法である運動スキルを生み出す能力である。たとえば僕達はロープに様々な意味や価値を見いだすことができる。縛ったり、ぶら下げたり、固定したり、燃やしたり、染みさせたり、叩いたり、擦ったり、結んだりと様々な使い方を思いつける。
生態心理学者のギブソンはこれをアフォーダンスと呼んだ。この環境内のものや自分の身体、身体の性質の意味や価値を見いだす能力が、それを利用し、自分に必要な課題を達成に導く能力にもなるわけだ。
CAMRでは、運動リソースは「運動システムが課題達成のために利用できる資源」であり、運動スキルとは「必要な課題のために利用可能なリソースを見つけ、工夫し、達成する能力」と定義している。
つまり人は豊富な運動リソースを持ち、この豊富な運動リソースを利用して、多彩な課題達成方法を生み出す運動スキルの能力を持っているために、新奇な課題でも新たな道具を作ったり、新しい機能を生み出して課題を達成することができるのである。
だからCAMRでの基本となる訓練方針は「運動リソースを少しでも豊富にし、運動スキルを今より多彩にする」なのである。(その12に続く)
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今回は「CAMRの基礎知識 Part1「探索」その2」です。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
CAMRの基礎知識 Part1「探索」その2 2014/3/30
「探索に始まり、探索に終わる!」
従来的アプローチでは、評価というのは人の運動を細かな部分に分けて見ていきます。たとえば歩行を見る時、座位での膝伸展筋や股関節屈筋の強さや臥位での股関節や膝関節可動域などを調べます。そして個々の評価を再び統合して全体像を理解しようというわけです。部分の振る舞いの総合として全体を理解しようします。これは要素還元主義と言って従来の主要な科学の基本的な枠組みでもあります。
だけどこれは難しいことです。たとえば自動車のタイヤを個別に評価することができるでしょうか?タイヤだけを取り出して調べたところで、実際に車につけたときの操作性や乗り心地を評価できるものでしょうか?
同様に座位で調べた四頭筋や腸腰筋の強さから歩行の様子を理解できますか?実習生や新人さんを見ていると、皆とても困惑しています。いったん目で見た姿勢や運動をバラバラの評価項目で部分部分に分解してみていきます。それで全体の動きが説明できるかというとどうも難しい。いやこれは正直僕にも難しい。
実際何よりも問題なのは、あれだけ学生時代にたくさんの時間とエネルギーを費やして身につけたはずの可動域検査や徒手筋力検査法を臨床では使わないセラピストももたくさんいます。僕自身は必要をあまり感じない。なくても効果的な訓練は可能だし、これらは本当に僕たちに必要な技術・知識なのだろうか?
CAMRの「探索」では、関節可動域検査や徒手筋力検査は使いません。人は全体として何ができるかできないか、と言うことを「探索」していきます。その人が望むこと、必要なことに沿って課題を設定し、それがどの程度できるか、どのように条件を変えるとできるかできないか、とかをクライエントとセラピストが協力して「探索」していくのです。(続く・・・)
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
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