スポーツから学ぶ運動システム(その7)
さて、今度はこれまでのことを僕達の臨床に当てはめて考えてみよう。
脳卒中片麻痺後の体は、麻痺が広範囲に起きて大きな変化が起きてしまう。まるで自分の体ではないように感じてしまう。麻痺した手を動かそうとしても動かない。患側下肢に支持性が出てきて立てるようになった後、歩く課題を出すと麻痺した脚を振り出すことはできない。
患者さんの希望は歩けるようになって家に帰りたい、だ。
そこであなたは平行棒を持って立っている患者さんに「何とか悪い方の脚を振り出して」という課題を出してみる。患者さんは、いろいろ体を動かしてみる。身体の中にある使えそうな運動リソースを探索し、試行錯誤して何とか麻痺脚を振り出すための体の使い方を見つけようとされる。
だが上手く行かない。あなたは徒手で患者さんの体幹や股関節の柔軟性を改善する。それから立位時で脚を振り出す練習の時に、麻痺側の靴先に靴下の先っぽを切った袋をかぶせてあげよう。これによって爪先の摩擦を軽くしてあげるのだ。セラピストが身体リソースを改善し、新たな環境リソースの使用を提案する訳だ。
また「健側へ重心移動して体幹を反らせる」という課題を出してみる。リソースや課題を工夫して何とか脚が振り出せるようにするのだ。これらによって患者さんは下肢が滑り出すことに気がつかれる。
こうやって「麻痺脚を振り出す」という課題がなんとかできるのでこのスキルは繰り返され、やがて洗練されていく。最初は体幹の伸展側屈による振出がメインだったが、繰り返すうちに、麻痺側下肢を振り出す時に、麻痺筋の弱い収縮でもタイミング良く使えることがわかってくる。次第に使える身体リソースが増えてきて、全体の運動スキルはより効率的になってくる。そして「分回し歩行」の協応構造ができてくるのである。訓練室の平行棒を使った「分回し歩行」はやがて安定してくる。
すると今度は「パイプ椅子の背もたれや杖を持って分回し歩行」という課題に移行する。杖のような不安定なものでも上手く分回し歩行ができるようになると、今度は杖で屋外歩行などを行う。アスファルト面では、これまでのように患側下肢を滑らすような振出ではつまずいて危険であることに気がつくので、より患脚を持ち上げて振り出されるようになる。最初は意識していても、そのうちになにも考えずに滑りにくい床面では自然に脚を高く振り上げられるようになる。急ぐときにはより遠くへ脚を振り出されるようになるし、濡れて滑りやすい床面では、振出を小さくしてよちよちと歩かれるようになる。
ボーンスペースを用いて回りの物理的構造、特に床面の状態、回りの人達、杖と床の固定力、また靴や服の感じ、麻痺肢の支持性や動く程度、置かれた状況など心身の状態などを把握しながら、環境や状況に相応しい「分回し歩行」の調整ができてくるのである。これが「課題達成時の知覚情報の予期的利用」のスキルとなる。
臨床で新しい運動課題を達成するためには、この二つの段階があることになる。「協応構造の探索、試行錯誤、洗練」と「知覚情報の予期的利用によって協応構造を調整する方法を学ぶこと」である。
協応構造は「繰り返し課題」で、知覚情報の予期的利用により協応構造の調整は、「課題を様々な状況で行う試行錯誤課題」によって達成される。臨床ではこの二つが必要なだけ行われるよう配慮する必要がある。(その8に続く)
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①
【CAMR入門シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①
西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②
西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③
西尾 幸敏 著「正しい歩き方?:俺のウォーキング」CAMR入門シリーズ④
西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤
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今回は「CAMRの実践紹介-症例を通して その2」です。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
CAMRの実践紹介-症例を通して その2
※個人の感想です(^^;)
歩行時に麻痺側をまっすぐ振り出せと言われ続けた右片麻痺の患者さん。運動システムの立場に立ってもう一度患者さんの歩行を観察してみます。そうすると・・・
患側下肢を振り出そうとしても麻痺のために振り出すことができません。「どうしよう?何とかしないと・・・」そこで健側へ大きく重心移動し、体幹を側後方へ反らせて患側下肢を持ちあげ振り出してみると何とか振り出せます。運動システムは、健側を使った分回しというやり方で問題解決をして何とか課題達成をしていることがわかります。
これを修正するためには「患側下肢の麻痺が治る、改善する」という条件が考えられますが、「麻痺を治すのは無理。運動システムがとった問題解決は現時点では最良なのだろう」と考え、ここにはアプローチしません。
一方健側下肢の振り出しは、ほんの少しです。患側下肢の支持の時間がとても短いので、少ししか出せないのです。発症直後のリハビリでは、患側支持の練習もしたそうですが、「難しかった」そうです。
長い在宅生活の中で、難しいからやらなくなったり、転倒の不安から麻痺側での体重支持を避けるようになってきたのかもしれません。つまり患側下肢をできるだけ使わないようにする「不使用」という問題解決を運動システムが選択したと考えられます。
しかしセラピストの目から見ると、患側下肢の支持性はかなりしっかりしているように思います。実は10年間も歩き続けているので、患側下肢の支持性は急性期に比べてかなり良くなっているのです。
運動システムの不使用の問題解決は無意識に起きているので、ご本人はまったく気づいていません。だから「良い足の方が出ない!!なんで?」と不思議がられているのです。運動システムはできるだけ患肢を使わないようにしているのでまったく気がついていない。もったいない話です。だから「患者さんと運動システムに患側下肢の支持性に気づいてもらって、それを積極的に使用する」方向へ持って行く必要があります。
具体的なプログラムは、柔軟性を高めて運動範囲を広げるために上田法体幹法、患側下肢の荷重経験を積むために装具なしの立位左右重心移動・ハーフスクワット・装具つけて下肢横上げ・踏み出し練習、本人希望の屋外歩行(雨の日は廊下の往復)を行いました。患側支持は「病気になってすぐの頃のリハビリ以来だから、ちょっと怖い」と言われましたが、自分なりに動きの幅の目標を立てるなど、意欲的に取り組まれました。
さてさて、その結果は・・・。(続く)
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①
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今回は「CAMRの実践紹介-症例を通して その1」です。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆
CAMRの実践紹介-症例を通して その1
※個人の感想です(^^;)
OTの秋山です。CAMRがどんなものか話を聞いていただいた後、「おもしろい」「新しい視点を得られた」といった感想をいただくことが(よく!)あります。嬉しいことです。ただ、「では、どう使うか」となると、もうひと山あるようです。CAMRが読み物として面白いに留まらず、臨床で役立つように、身近な例を挙げてみました。
その前に、CAMR初心者が戸惑いやすい、誤解しやすい点を挙げてみました。
まず、「原因を追究しない。システムの状況をみる」という点です。言葉ではわかっても、では実際の目の前の患者さんの何を見ればいいのか?目に見えないシステムを想像するのか?でも、それって正しいのか?構成要素をどんどん細かく見ていき、正常との違いを探していく方法に慣れた身にとっては、難しいところです。
もちろんCAMRでも、動きをみます。歩行なら振出しはどうやっているか、重心移動はどうか、などなど。その見方が、「正常の形からどれだけずれているか?それは構造からどう説明できるか?」というのは、従来のセラピストの見方。CAMRでは「運動システムはどうしようとしているか」という運動システム目線で内部からの見方となります。「うーん、わかるような、わからないような」、かもしれません。まぁ、「運動システムの視点で見る」ということを頭の片隅に置いて、症例を見ていきましょう。
訪問リハでの症例です。10年来の右片麻痺、自宅室内は短下肢装具+一本杖歩行で自立、屋外は見守りの方。普段は最小限の室内移動しかしないので、屋外歩行機会を持ってほしいということで訪問することになりました。
実用的に歩かれていますが、これまでのリハビリで「右足をまっすぐ出すように」とずっと言われていたそうです。でもずっとできなくて、「それが悩みの種。ちゃんと足をまっすぐ出して歩きたいけど、難しい」と言われていました。
この方に対し、実用的に歩けているのだからリハビリに固執するのは良くない。だから「十分に歩けていますよ。細かいところを気にするより、やりたいことの目標をもって、どんどん外出しましょう」というアプローチも1つの方法だと思います。ですが、これでは本人が望む動作の変化は無視して、価値観の変化だけを求めることになります。それで患者さんが納得されることもありますが、いつまでも不満足なままということもよくあります。
また、正常な形で患側下肢が振り出せるように反復練習するという方法もあります。この方は今までそういう訓練をされてきたので、さらに私がやっても改善する気はしない。つまり「麻痺」が治るとは思えません。
これらの両方の見方は「セラピスト視線」です。「できるから形はあまり気にしない」も、「正常歩行に近づける」も、セラピストが考えていることです。
CAMRは、これらのアプローチとは違う視点を提案するものです。つまり「患者さんの運動を、運動システム内部の視点から見たらどうだろう?」(その2に続く)
★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①
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因果関係と相関関係の違い
片麻痺の臨床でよく出会う誤解は、「相関関係」と「因果関係」を混同することだ。たとえば「歩行がふらつくのは、立ち直り反応が悪いからだ」と言って、「立ち直り反応の促通」なるものをやっている。ここでは「立ち直り反応」が原因で、「歩行がふらつく」ことを結果とする因果関係を想定している。
でもよく考えてほしい。どう考えても、原因は脳の細胞が壊れたことである。その結果として、マヒが出て、立ち直り反応が低下し、歩行がふらつくのである。マヒも立ち直り反応の低下も歩行のふらつきもどれも結果に過ぎない。つまり結果同士の間に因果の関係を想定しているのである。
すると次の様な反論を受ける。「でも立ち直りが悪いから歩行がふらつくし、立ち直りが良いと歩行のふらつきもない。だから、立ち直りを良くするのだ」、と。
でもこれは「マヒが軽いと立ち直りも良いし歩きも良い。マヒが重いと立ち直りも悪いし歩きも悪い」という相関関係を言っているに過ぎない。
第一、「立ち直りを良くする」と言うが「立ち直りが悪くなったのは、脳の細胞が壊れて、マヒが起きているから」である。これが間違いなく因果の関係だ。だから立ち直りを良くするためには、脳の細胞を構造的あるいは機能的に再生して、マヒを治すしかないとなる。
見ていると他動的に、つまり介助して立ち直り反応の形を真似させることを繰り返している。これで脳細胞の働きを機能的に再生し、歩行も良くなるという。でもこの理屈で言うなら、そのやり方で原因である脳細胞も機能的に再生して、マヒも治っている理屈になる。
「でも、マヒは見た目変わらないようでも歩行は良くなる。つまり基のマヒも良くなっている」と反論されるが、別に介助して立ち直り反応を繰り返さなくても、歩行練習や他の動作練習を繰り返すと、人の知覚システムは使えるリソースを見つけ出し、それを有効に使う運動スキルを発達させるので、マヒのある体でも自然に安定した歩行を生み出すことは珍しいことではない。歩行が良くなったからと言って、マヒが良くなっているわけではない。
ともかく自分の頭で考えて、理屈に合うか合わないかをよく考えてほしいのです。相関関係を因果関係のように考えてアブローチするのは間違いだと言うことを。
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
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西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①
西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②
西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③
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