不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 その4 小説から学ぶCAMR

目安時間:約 9分

不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件


 小説から学ぶCAMR その4


 藤田さんの最初の主担当の先輩は、初日に藤田さんのことを嫌ってしまった。 


 先輩は藤田さんに「体幹の立ち直り能力が低下していて、それが歩行バランスの悪くなる原因となっている。だからまず横になったり、座った状態で体幹の立ち直り能力を改善しましょう」と説明したらしい。説明を受けた藤田さんは、すぐに質問した。


「この病気、脳梗塞は立ち直り能力が低下する病気なのか?前の病院の理学療法士は、病気になった脳とは反対の体に筋が硬くなる麻痺、痙性麻痺が起きて、力が出ないし、硬くなって動きにくくなる病気だと言っていたが?立ち直りなんて言葉は出なかった」


「ああ、そうです。脳の細胞が壊れて体が硬くなり、力が出にくくなりますし、体幹の立ち直り能力が低下します。他にもいろんな症状が出ます。その結果、歩行のバランスも悪くなるんです」


と答えたらしい。


 すると藤田さんは


「脳の細胞が壊れていろんな症状が出るのか?では力が出ないのも、その立ち直りなんとかというのも歩行のバランスが悪いのも全部症状ではないか?原因は脳の細胞が壊れたことだな・・・・つまり脳の細胞が治らんと症状は改善せんのではないか?」


これを聞いて先輩は混乱したらしい。


「脳の細胞は再生しないんです」


と答えた。


 すると藤田さんは


「ではどうにもならんではないか?」


と答えたという。


 先輩は「どうもこの患者は理解が難しいらしい」と考えて、しばらくいろいろと説明を繰り返したが、言うことに一々質問をされ、納得されないので仕方なく訓練をしないで帰ってきたという。先輩は記録室で居合わせたスタッフを相手に大声で文句を言い続けた後で部屋を出て行った。主任が僕のところに来て


「奴はどうも我慢がたりない。相手によっては良いから、使い方次第だよな・・・で、海、わるいな。今回はどうもお前が担当したほうが良さそうだ。いいか?」


と遠慮気味に頼んできたので


「良いですよ」


と答えた。


 僕も担当したかったのでちょうど良かった。


 ところで、この先輩はいつもこうだ。利用者さんや後輩が自分の思い通りにならないと我慢ができないらしい。相手を自分の思い通りに支配したがる傾向がある。しかも頑固で物わかりが悪い。もちろんそれでも先輩と相性の良い人もいるので、主任の言う通り「使い方次第」なのだろう。


 おそらく藤田さんが言いたかったのは「体が硬くなるのも、力が出ないのも、立ち直りが悪くなるのも、歩行のバランスが悪いのも脳の細胞が壊れた結果だ。その結果同士に因果の関係を想定するのは間違っている」ということだろう。


 実はこれについて、僕は前に先輩に言ったことがある。大森莊藏という哲学者が因果関係について雷を用いて説明していたのでこれがわかりやすいと思って引用してみた。


「稲妻がピカッと光って、ゴロゴロと雷鳴がなります。大昔の人達は、きっとピカッと光るのが原因で、その結果ゴロゴロ鳴ると考えたと思います」


「うん、そうだな」


と先輩が素直に答えた。先輩もそう思ったようだ。


「でも実際には違いますよね。本当の原因は雲の中で摩擦電気が起こることで、その結果、光って、音がなりますよね。どちらも結果ですよね」


「うむ」とゆっくり大きく答える。


 どうやらそう言われて間違いに気づいたらしい。


「つまり大昔の人は、光と音という結果同士に因果の関係を想定していたことになります」


「うん、そうだね。昔は科学が発達していなかったからな。無理もない。みんな迷信深いんだ・・・それでそれがどうした?」


 次は言いにくかったが思いきって言ってみた。


「立ち直り反応の低下もバランス能力の低下も、脳の細胞が壊れた結果です。つまり結果同士の間に因果の関係を想定しているのかも?」


 先輩の顔があっという間にどす黒くなり、目つきが険しくなった。自分に対する批判だと気がついたのだ。こう言うことにはむしろ人一倍敏感なのだ。突然声を荒げた。


「馬鹿野郎!何を言ってやがる!立ち直り反応が悪くなるから、歩行バランスが悪くなるんだよ。誰が見たってわかることだ!みんなもそう言っている。本にも書いてある。講習会でも言っている!立ち直り反応が良くなれば、歩行も良くなるんだ!」


 怒りで声が震える。 


 僕は何も言えなくなった。後悔した。判ってもらえそうにない。思わず「すいません」と言ってしまった。先輩はその後も何か言おうとしたらしいが言葉が出なかったようだ。クルッと背を向けて立ち去ってしまった。


 その背中に向けて


「たしかに麻痺が重いと、立ち直り反応も悪く、バランスも悪いですよ。でもそれは相関関係で、因果関係ではありませんよ。あなたは因果関係と相関関係を混同してるんだ!」


と心の中でさけんだ。


 結局、先輩にはその話はまったく響かなかったようで、その後も判で押したように患者さんに「立ち直り反応が悪くなったから、歩行バランスが悪くなったので、立ち直り反応を良くする訓練をします」と同じ説明をして、同じように訓練をしていた。


 しかし、確かに、どんな理屈であれ、アクティブに動くことはリハビリの基本で、それを繰り返すだけでもある程度の改善は見られるものだ。だから先輩のやってることを全面否定するのも良くないと思い直すことにした。


 まあ、そんなことがあってしばらく僕達の関係はギクシャクした。まあ、僕がかなり気を使って関係を徐々に修復しようとしたわけで、他のスタッフからは表面的にはなにも問題はないように見えただろう。


 今回「坂道で何度もダッシュするという不思議な訓練」とマスコミに洩らしたのもおそらく先輩だろう。以前からそれに対して「緊張を強め、異常な運動を強めるだけの意味の無い訓練」と批判的だった。


 しかしその練習は昭君の自殺のずっと前に行っていた訓練だ。事件の前なんかじゃない!先輩かマスコミかのどちらかが間違えたのだろうと思った。それとも事件前の方がおもしろいと思ったのか・・・・・(その5に続く)


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因果関係と相関関係の違い

目安時間:約 4分

因果関係と相関関係の違い


 片麻痺の臨床でよく出会う誤解は、「相関関係」と「因果関係」を混同することだ。たとえば「歩行がふらつくのは、立ち直り反応が悪いからだ」と言って、「立ち直り反応の促通」なるものをやっている。ここでは「立ち直り反応」が原因で、「歩行がふらつく」ことを結果とする因果関係を想定している。


 でもよく考えてほしい。どう考えても、原因は脳の細胞が壊れたことである。その結果として、マヒが出て、立ち直り反応が低下し、歩行がふらつくのである。マヒも立ち直り反応の低下も歩行のふらつきもどれも結果に過ぎない。つまり結果同士の間に因果の関係を想定しているのである。


 すると次の様な反論を受ける。「でも立ち直りが悪いから歩行がふらつくし、立ち直りが良いと歩行のふらつきもない。だから、立ち直りを良くするのだ」、と。


 でもこれは「マヒが軽いと立ち直りも良いし歩きも良い。マヒが重いと立ち直りも悪いし歩きも悪い」という相関関係を言っているに過ぎない。


 第一、「立ち直りを良くする」と言うが「立ち直りが悪くなったのは、脳の細胞が壊れて、マヒが起きているから」である。これが間違いなく因果の関係だ。だから立ち直りを良くするためには、脳の細胞を構造的あるいは機能的に再生して、マヒを治すしかないとなる。


 見ていると他動的に、つまり介助して立ち直り反応の形を真似させることを繰り返している。これで脳細胞の働きを機能的に再生し、歩行も良くなるという。でもこの理屈で言うなら、そのやり方で原因である脳細胞も機能的に再生して、マヒも治っている理屈になる。


 「でも、マヒは見た目変わらないようでも歩行は良くなる。つまり基のマヒも良くなっている」と反論されるが、別に介助して立ち直り反応を繰り返さなくても、歩行練習や他の動作練習を繰り返すと、人の知覚システムは使えるリソースを見つけ出し、それを有効に使う運動スキルを発達させるので、マヒのある体でも自然に安定した歩行を生み出すことは珍しいことではない。歩行が良くなったからと言って、マヒが良くなっているわけではない。


 ともかく自分の頭で考えて、理屈に合うか合わないかをよく考えてほしいのです。相関関係を因果関係のように考えてアブローチするのは間違いだと言うことを。



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