不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 小説から学ぶCAMR その1

目安時間:約 8分

「不自由な体で孫の仇討ち」-新興犯罪組織首領殺人事件


小説から学ぶCAMR その1


 午後一番の利用者さんの訓練を開始した直後だった。受付にいた相談員の女性が何か伝えたいらしく、両手を振りながら小走りに近づいてきた。彼女が指さす方向を見ると、事務長とスーツ姿の男性が2人、玄関に立っていた。僕と目が合った事務長が手を挙げ、若いセラピストを指さした。


 その若いセラピストは急いで僕のそばに来ると、「事務長が急用だそうです。例の件で刑事さんが2人来ているそうです」と小声で僕に話しかけ、次いで利用者さんに向かって、「鈴木先生は急用で訓練ができなくなりました。申し訳ないですが、僕が先生の代わりに訓練しますのでよろしくお願いします」と話しかける。


 利用者さんも「あら、大変ね。藤田さんでしょ、藤田さんは良い人よ。よろしくお願いしますね」と僕に向かって頭を下げる。


 僕はデイケアの入り口に向かいながら、「やはりきたか!」と思った。


 実は、二日前に僕の担当していた利用者さんが殺人事件を起こしたのだ。名前は藤田三郎さんという。71歳で約1年前に脳梗塞を発症され、左片麻痺だ。普段は杖で歩かれている。明るくて前向きな人だ。


 僕は鈴木海(かい)。理学療法士として働いてもう10年になる。未だに独身だ。ここは老健とデイケアが一緒になった施設で、老健には100人が入所している。デイケアには1日平均70人あまりが通ってくる。朝の1時間と夕方の2時間の計3時間は併設の老健で働き、日中はデイケアで働いている。


 殺されたのは青木雄二という32歳の男性だ。身長が190㎝はある堂々たる体躯の大男らしい。青木は東京を中心に電話詐欺をするグループの一員だった。そのグループが摘発されたが、青木は逮捕されなかったらしい。その後、青木はその犯罪のノウハウを持って、生まれ故郷に近いこの地方の大きな都市で新たな電話詐欺グループを作った。


 藤田さんのお孫さんは昭といい、大学二年生の男性で二十歳。最初割の良いアルバイトを見つけて募集したらしい。しばらく荷物の配達などを手伝い、小さな運送業だと思っていたらしい。


 しかしある日いきなり青木が現れて、「良くやっているな。これでお前も一人前の組織員だ」と言ってきたという。そしてこれまでやってきたことが犯罪の一部で、「お前は立派な共犯者だ」と脅されたという。知らない間に罠にかけられて言う通りにせざるを得なかったのだろう。なにより青木はすぐに暴力的に振る舞うという。しかし言うことを聞いていれば、優しく接してくれるという。昭君はイヤイヤながら様々な犯罪に関わる仕事をせざるを得なくなったらしい。


 結局青木はたくさんの若者を彼の作った犯罪組織に誘い込み、色々な役割を振って大きな組織を作りあげた。若者の中には青木に惹かれて、積極的に悪事に参加してその能力を発揮するものもいたそうだ。少しはカリスマ性のある人間なのだろう。


 そして短期間に多くのお年寄りを詐欺にかけ、たくさんのお金をだまし盗っていたのだ。自殺した老人やショックで倒れて入院した方もいるらしい。


 そしてある日、昭君の関わった犯罪でおじいさんが騙されたことを苦に自殺してしまった。昭君はそれをきっかけに家に閉じこもるようになり一週間後に自殺。そしてその半年後に藤田さんは、青木を後ろから鉄の杭のような凶器で胸を突き刺して殺してしまったのだ。


 逮捕後、最初の警察発表では、「後ろから襲うのは卑怯だと思ったが、不自由な身体で目的を達するにはこれしかなかった」という藤田さんの弁が紹介された。それはそうだろう、藤田さんは身長165㎝そこそこで半身麻痺のご老人、相手は身長190センチで暴力的、そして新興犯罪組織のボスでもある。とてもかないそうにないのだが、それをやってのけてしまったのだ。


 また家族が「普段からあんな悪い奴は懲らしめねばならん」と再々口にしていたことを紹介した。


 結果、様々な新聞やワイドショーで、この事件はセンセーショナルに取り上げられた。大方の見出しが「不自由な体で孫の仇討ち」といったものが多い。また「正義のヒーロー」とか「勇気ある行動」と表だっては言わないものの、暗にそういうニュアンスの取り上げ方をされるようになっていた。もちろん番組の出演者は誰もが口を揃えて、「殺人はいけない」とは言っていたが・・・


 僕は刑事2人から別室で犯行の様子を簡単に説明され、質問された。主な点は、藤田さんの運動能力に関するもので、「大股で速く歩く被害者の後ろから、気づかれずに追いついて、半身不随で、先を尖らせた鉄の棒で人を深く、力強く突き刺せるものか?」と言うものだった。


 僕は、麻痺は一目ではっきりとわかるほどの状態であること。短距離なら杖なしで速く歩くことができるし、麻痺していない手脚の力は強いこと。しかし速く歩くと言っても健常者にはとてもかなわないこと。歩行のバランスは通常のあの年齢のあの程度の麻痺の片麻痺患者に比べて遙かに安定していると説明した。しかしそれでも健常者に比べると遙かに不安定であること。


 しかも鉄の棒を構えて杖なしでバランスを崩さずに早歩きして背中を刺すことはほとんど不可能に近いことだろうと答えた。普段と少し違う動作をしたり、普段と状況が変化すると簡単にバランスを崩す傾向があり、殺人のような非日常の行動ができるとはとても思えない、と答えた。


 眼鏡をかけた方の刑事は無表情に「そんなことをしたんですよ。まあ、可能なんでしょうね」と言った。


 また「藤田さんが今回の殺人を計画していたと知っていたか?」と問われたので、もちろん「全然知らなかった。事件を聞いてとても驚いた。そんな犯罪を犯すような人にはとても思えない」と答えた。じっとりと脇汗をかいている。喉がカラカラだ。


 実はこのことは前もって予想していたので、答えを予め用意して練習をしていたのだが、「どうもうまくいっていないな」と内心思った。(その2に続く)


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