不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 その13 小説から学ぶCAMR

目安時間:約 8分

不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件


 小説から学ぶCAMR その13


 次の週の藤田さんのリハビリの時間、最初こう言った。


「久しぶりにまた実験してみませんか?」


「おう、なんだ?」


と興味を持たれたようだ。例の鉄筋で作った杖を持っている。


「現在のバランス能力の程度を見てみましょう。まずそこ、ベッドの前に立って見ましょう。それで僕が動きますのでそこにずっと立っていてください」


 そうして、藤田さんに低い訓練用ベッドの前にたっていただいた。少し藤田さんから離れると、藤田さんの前を何度かランダムに通り過ぎた。そして何度目かに突然方向を変えて、藤田さんに向かっていった。藤田さんはいとも簡単にバランスを崩して後ろのベッドに尻餅をついて座ってしまった。


「何をする!なんだ、びっくりしたぞ!」


やや怒りが感じられた。


「そうですね。申し訳ない。もう一つ行います。ではもう一度立ってみましょう」


藤田さんは渋々と立ち上がった。


「そこに衝立(ついたて)がありますよね。それをここに持ってきますので・・・」


と衝立を持ってきて藤田さんの正面に置いた。


 打ち合わせ通り涼君を呼んで、衝立の後ろに立ってもらう。この衝立は以前、姿勢調整の実験に使っていたもので倉庫から引っ張り出してきた。畳ほどの大きさの白い壁に10センチ四方の碁盤の目のように縦横に黒い線が引いてある。この碁盤の目の模様が描いてある板は衝立の上の枠にぶら下げられているが、下は固定されていない。前後や左右にわずかに動かせるようになっている。


「まっすぐに立っていてくださいね」と言った。


  涼君が後ろから板をわずかに遠ざけると藤田さんは前に体が出そうになる。慌てて抱きとめる。同様に板を近づけると後ろに、右にずらすと体は右に傾いた。いずれも抱きかかえて転倒を防いだ。


 それらが終わると涼君に衝立を片付けてもらった。涼君にはもちろん僕の意図は話していない。バランスの実験を行うとしか伝えていなかった。


 落ち着いてから藤田さんに話した。「この実験は視覚的な刺激で、いとも簡単に体のバランスが崩れてしまうという実験です。特に藤田さんはバランス能力が健康なときより低下している分、小さな刺激でも影響を受けて倒れやすいのです。実際に手を触れなくても見ているだけでバランスを崩されましたね。


 人混みなどで健康な人に対する場合、相手がこちらの体が不自由なことを知って振る舞ってくれれば大丈夫ですが、気づかないで、あるいは悪意を持って近づかれるともう逃げることもできませんよね」と言葉を切った。


 藤田さんの表情を見る。途中から何か考え込んだ様子だ。


 実はこの板の実験は健康な人でもバランスを崩してしまうこともある。しかし藤田さんには体のバランスが非常に悪いと理解してもらうためにそのことは黙っていた。


 しばらくして藤田さんは口を開いた。


「わかった。そういうことだな。自分にできることを中心に考える。そして回りの環境や状況を変化させるわけだ」


「いや、そんなことじゃなくて!・・・・危険なことはやめていただきたいのです!藤田さんは昭君のために何か危険なことをしようとしているんじゃないですか?」


 藤田さんはしばらくあっけにとられていたが、そのまま考え込んだ。長い沈黙が続く。そして口を開いた。


「海よ、お前は何か勘違いしとる。海は俺の恩人だ・・・・・俺の人生の恩人だ。おかげでこうしてまた一人暮らしができるようになった。やりたいことができるようになった。そんな恩人のお前を裏切る気はない。お前にもらった人生だからな、昭のためにも精一杯人生を生きるつもりだ。


 それに今海も言ったように、俺の体はバランスが崩れやすい。こんなことは言われるまでもなく、これまで何度も経験してきた。


 お前は俺が昭の復讐でもするんではないかと心配しとるようだが、とんだ杞憂だ。俺は確かに執着するが、これまでも自分にできると思ったことだけに執着してきたのだ。自分にできないと思ったことは諦めるようにしてきた。それが俺の成功の秘訣だ。いいか、あんな青木のようながっしりした大男に俺が復讐なんて考えるだけでもできそうにもない。そんなことで、お前にもらった人生を無駄にしたくはないんだ!」と最後は力を込めて締めくくった。


 僕はその迫力に推されて頭の中が真っ白になった。なにか言うべきだったが、なにも言えなくなってしまった。


「今日は訓練はいいぞ。いろいろと俺のことを心配してくれてありがとうな!」と中庭の方に向かって行った。


 後から「なんで相手の名前やがっしりした大男だと知ってるんだ?」とかすかに感じた。また「杖先を尖らせているのを知っている」と言うつもりだったのを思い出した。また次回、言い方を考えて説得し直してみようべきか・・・・それとも本当に僕の杞憂だったのか?


 その日の午後、藤田さんはデイケアの他の利用者さんやスタッフに向かって、積極的に話をして回ったようだ。「海先生は、俺の人生の恩人だ。ろくに歩けんかった俺をここまでにしてくれた。感謝してる。これからもこの体を大事にして、先生にも迷惑をかけないように生きていきたい」などと言って回ったようだ。


 これまでは孫の自殺についての話題を避けるように僕と涼君、相談員以外とは話をすることを避けてきたようなのだが、「少しびっくりした」とその日の夕方、職員達は話し合った・・・・この日以降、藤田さんはデイケアに来なかった。その2週後に復讐を果たした訳だ。(最終回に続く)


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