脳性運動障害の理解を見直す(その6)

目安時間:約 5分

脳性運動障害の理解を見直す(その6)

 今回は不使用の問題解決です。

 不使用の問題解決は、片麻痺などで「麻痺の上下肢を使おうとするとかえって手間になる、あるいは不利な状況が生まれてしまう場合に、それらの上下肢を使わなくなる、あるいは最低限の使用で済ませてしまう」という問題解決です。

 たとえば菓子パンの袋を開ける場合を考えてみます。健常者なら両手で袋の上部を前後からつまんで上部をバリッと破いて広げます。もし片方の麻痺が重いと非麻痺側の手でパンの袋を持ち、口まで持っていき、手の反対側の袋の部分を口で咥えて、手と口でバリッと開きますよね。

 これが片手の麻痺が軽度~中等度であると、両手でなんとか袋の前後を持つのですが、両手でバリッと引き破ろうとすると麻痺側の手が把持しきれないので袋がするっと指の間から抜けてしまいます。もっと袋をしっかりつかもうと袋を大きな範囲でつかみますが、健側の手で破ろうとするとやはりスルッと袋が抜けてしまいます・・・・

 こうなると患側の手で袋を持つよりは、口で咥えたほうが遙かに楽で効率的に見えます。ただ見た目の麻痺の程度や潜在能力によってはこの辺りの判断は難しくなります。

 25年以上前になるでしょうか。夢のみずうみ村で有名な藤原氏と二人である若い患者さんに健側上肢の拘束アプローチを試したことがあります。結果は全国の作業療法学会で発表しました。2週間の拘束が済んだその朝患者さんとお母さん二人と僕たちで評価のために会うことになりました。

 するとお母さんもご本人さんもやや興奮気味で話されます。お母さんが朝食に菓子パンの袋を出すと「いつもは良い方の手と口で袋を開けるんですけど、思わず両手で袋を開けたんです!」と喋られます。「まだあるんです。コーヒーカップを持ってドアの前に行き、いつもはコーヒーカップをそばのテーブルにおいて、良い方の手でドアノブを回すんですけど、今日は悪い方の手が自然に出てドアを開けたんです!」と二人が興奮して喋られます。

 健側拘束法では健側上肢を拘束している間は日中のほとんどの行為を患側の手を中心にやっていただきます。その他に簡単な筋トレなどもやっていただきました。

 それで自然に潜在的な能力が引き出されたことが一つ。もう一つは身体と環境の関係の意味や価値を知る「運動認知」がアップデートされたこともあるのでしょう。拘束訓練法の前には、運動認知は「患側上肢を使うよりは使わない方が効率的で価値がある」という内容だったのですが、拘束法のあとでは「この患側上肢は色々な課題で使う意味や価値がある」とアップデートされたのだと思います。

 またほとんどの脳卒中患者さんでは、患側下肢は通常健側下肢よりも歩行時の荷重時間がかなり短くなる傾向があります。つまり患側下肢は必要最低限の使い方しかしないわけです。足音を聞いていると「タ・ターン、タ・ターン・・・」と患側下肢での支持時間が健側下肢に比べて短くなります。まあ傷害直後には患側下肢はフニャフニャの弛緩状態だったわけで、なんとなく支持性に不安があるためでしょう。最小限の使用になってしまうのです。

 こんな時は「板跨ぎ」などの課題で、患側下肢を支持脚にして、健側下肢を様々な方向へ出しては戻す練習を繰り返します。支持しながら様々な方向への重心移動練習をするわけですね。

 そうすると「あれ、意外にも俺の悪い脚は随分としっかりしているなあ」と運動認知が変化してくるわけです。もちろん意識的に理解しているのではなく、運動システムは意識からは少し独立した存在なので、そんな無意識な運動認知のアップデートが行われるわけです。

 この不使用の問題解決は外骨格系問題解決に次いでよく見られる問題なのです。

 この不使用の問題解決に起こりうる偽解決状態は、ある程度の時間経過後に、麻痺がある程度改善して麻痺側上下肢が十分以上に使える状態になっていることがあります。しかし運動認知は「使えない、使う価値がない」という認識のままで、折角の隠れた改善に気がつかないことです。

 セラピストが注意深く観察して、あるいは試して見て使えそうなら折角の運動リソースなのでまずは運動認知をアップデートするような運動課題を提案してみることが大事です。(その7に続く)

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