脳性運動障害の理解を見直す(その8)
今回は「安心確保の問題解決」を紹介します。
「基礎定位」の能力は、人の運動システムのもっとも基本となる能力です。これは重力と大地の間で身体や頭部を常に安定させて、安心して動くための能力です。立ち上がって歩く時に、体が片側に倒れるようにこけてしまうようでは安心できません。ウサギを追いながら丘の斜面を走りおり、倒木を飛び越えて着地し、ウサギを視線で捉えたまま追い続ける」といったことができるのもこの基礎定位の能力が常に重力と大地の間で体を安定させ、ウサギを目で追い続けているからです。
健常者にとっては日常生活を苦もなく送れるための基礎的な能力ですが、失調症のように筋が弛緩し、筋収縮に遅れが出たりするようになると、身体を重力と床の間で安定させることが難しくなります。眼球運動もスムースにコントロールできなくて視覚による姿勢調整も悪くなります。
感覚障害があると深部感覚による姿勢調整が困難になって視覚だけに頼り、やはり安心の状態に姿勢を保つことが難しくなります。前庭神経の障害ではふらつきやめまいが出てやはり姿勢調整が上手く行かなくなります。
私たちはこの大地の上、重力の中で通常二足歩行しますので、以上のような基礎定位の能力が上手く働かない状態になると、不安定で不安や恐怖を感じるようになるわけです。
そうすると運動システムは自律的に問題解決を図ります。それが「安心確保の問題解決」です。不安定な姿勢である立位を避けたり、安心・安全な状態に体を保持したりする問題解決です。
基礎定位障害があっても歩かれる人は一般的に、歩隔を広げる、杖や歩行車を使う、家具や壁に手をつくなど基底面を大きく広げて重心が基底面の外に飛び出さないような問題解決を図ります。非常に軽度の人では、手すりや壁は持たないものの広い通路でも常に壁にすぐにすがれるように壁際を歩くようにします。
立ったり歩いたりするときには歩隔を広げます。T字杖を遠くについて基底面を広くします。2動作歩行より常に2点で支える3動作歩行を好まれます。T字杖よりは4点杖を好まれます。
また体が硬くなって可動域が小さくなるようなパーキンソンなどの人では、基底面が小さく歩幅が小さい中でゆっくり歩くとバランスを崩しやすくなるため、歩行の周波数を上げてできるだけ速く歩いて前方への推進力を上げて直進安定性を高めようとします。ちょうど自転車をゆっくり漕ぐと不安定ですが、速く漕いで速度が上がると安定するような感じです。これはCAMRでは「ジャイロ効果の利用」と言っています。
基礎定位障害が重くなってくると、たとえば起立介助をしようと前方への重心移動をすると立つことに強く抵抗されます。強く介助して立ち上がると急に介助者に抱きついたり、すぐに座ったりされます。立つことは恐ろしくて本能的に避けようとされるのです。そして何度立位練習を繰り返しても、いつまでも慣れなくてずっと嫌がられたり、怖がられたりします。
また特定の環境に固執されたりします。立ち上がるときは横手すりより縦手すりを好まれます。体全体を預けることができて安心できるからでしょう。また慣れた介助者では移乗しても、知らない介助者では抵抗されたりします。
その他にもたくさんの基礎定位障害の兆候が観察されますが、ともかく何度繰り返しても慣れない、いつまでも1人では歩けないなどの訓練効果が見えないときには基礎定位障害を疑う可能性があります。
もし基礎定位があるようなら、環境利用のための運動スキルの熟練が必要になります。壁や家具を上手に使って家庭内移動したりするための運動スキルです。人によって安心確保の問題解決は様々なので、それぞれの人に合わせて運動課題や環境調整を設定していきます。
また介助者にも理解が必要です。「意欲がないから動かない」とか「必要以上に怖がって!」といった感じです。この場合は重力と大地の間で生まれる本能的な怖さ、不安なので本人の意思ではどうにもならないものです。よく説明して納得を得ることが大事です。
中には長い時間をかけて、不安を克服し自立される方もいます。杖や両脚で基底面を広くして歩かれますが、定期的になんでもないときに転倒されたりします。デイケアやデイサービスなどで普段自立されているのに定期的に転倒されますとリスク管理の会議が開かれて様々な改善案が出されます。しかし決め手の解決策はなくて、転倒される度に会議自体が恒例事業になったりします(^^;)効果的な解決策は人ごとに違うので、転倒時の状況を良く調べることが必要です。
CAMRではこれまで述べたように運動システムの作動の特徴から障害を理解します。学校で習う障害論とは違い、障害の原因を探ったりはしません。それで学校で習った障害論とCAMRの作動から見る視点を組み合わせていくと、脳性運動障害に対する理解も深まります。(終わり)
※毎週木曜日にはNo+e仁別のエッセイを投稿しています。最新作は「CAMRの流儀 その8 最終回)」https://note.com/camr_reha/




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