生活課題を達成するのは、筋力ではない!-運動スキルの重要性(その3)

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生活課題を達成するのは、筋力ではない!-運動スキルの重要性(その3)

 前回は、運動スキルは運動プログラムの様に「やり方を憶えて再現するものではない」ということを説明しました。運動スキルは身体リソースや環境リソースの意味や価値を知り、それらが生み出す自分にとっての更に新しい価値や意味を予測して、新しい情報や方法を生み出す過程です。

 今回説明することは、「運動スキルは運動する本人にしか生み出せない」ということです。

 どうしてかというと、ある人がどんな運動システムの個性や運動リソースの構成比などを持っているかということは、その人本人にしかわからないからです。つまり自分にとって価値のある運動リソースはその人本人にしかわかりません。だからその人にあった運動スキルを生み出せるのはその人自身しかいません。他人が教えるわけにはいかないのです。

 そうすると「いや、一流のコーチはアスリートに競技の運動のやり方を教えているではないか」という反論を受けることもあります。

 これも勘違いで、コーチが担当する選手に運動方法を教えることはできません。会話を聞いてみればすぐにわかりますが、コーチは「こうなるともっとパフォーマンスがアップするよ」と言っています。つまり「こうなると」という課題を提示しているのです。

 「地面を蹴るときに、まずハムストリングの収縮から始めて収縮開始後すぐにピークに持っていって三頭筋を柔らかく収縮するんだ」などと運動のやり方を教えられるわけがないからです。個人個人個性がありますし、第一ある筋肉の収縮の強さや収縮の複雑なタイミングを教えられるわけがありません。

 実際には単に「つま先を伸ばして」とか「空中で自分の膝を持つつもりになって」とかの課題を提示します。指示された選手がその達成方法を試行錯誤しながら自ら生み出し、発達させ、熟練させていくのです。もちろんコーチが運動課題と運動スキルの関係に精通すると、課題達成のためのある程度のアドバイスはできるようになります。

 リハビリでも同じで、課題達成のやり方は教えられません。セラピストが適切な課題を提示して、患者さんにその課題達成のための運動スキルを生み出していただくことが重要です。

 またもう一点、これには非常に重要なポイントがあります。それはある課題達成の運動スキルを生み出し、発達させるためには「その課題が何とか達成可能である」ということです。

 どういうことかというと、廃用が強くて全身の筋力低下があり、立つことさえ難しい患者さんにいきなり「一人で歩いて」という運動課題を出しても当然その過程を実行し経験できるわけがないので、運動スキルが生まれる訳がないのです。

 こんな場合は「両手で平行棒を持ち介助されて立ち上がる」といった風にまず運動課題を達成可能なものから始めていく必要があります。できるようになるにつれて「介助無しに」→「平行棒の支持は片手で」→「両手で杖を使って」などと徐々に運動課題を「難しいけれどなんとか達成可能なレベルの運動課題」に修正していく必要があります。

 最初は簡単な運動スキルを生み出し、熟練させて、課題が難しくなるにつれて、運動スキルは徐々に複雑に発達していきます。

 このシリーズの「その1」で説明しましたが、鉄鉱石というリソースはそのままでは利用できません。まず精錬して鉄のかたまりにし、さらに単純な柱や板に加工します。そうすると複雑な構造物をより簡単に作ることができます。

 全身の筋力や柔軟性、知覚情報なども同じで、最初に簡単な課題で精錬し、柱や板のような基本的な部品のように単純な運動スキルを生み出し熟練させていきます。

 それらを組み合わせてより複雑な運動課題ができるようになるわけです。運動スキルは入れ子状になっていて、できあがったシンプルな運動スキルは更に大きな運動スキルに含まれながら複雑に発達するわけです。

 ここまでのポイントは三つ。運動スキルは運動プログラムの様に「やり方を憶えて再現するものではない」ということと「運動スキルは運動する本人にしか生み出せない」ということ。そして運動スキルは達成可能な運動課題を達成する過程で作られます。単純な運動スキルはより大きく複雑な運動スキルの中に入れ子状に含まれながら、更に大きな運動スキルに含まれながら発達することになります。(その3に続く)

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