毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その2)

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毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その2)


 前回は学校で習う「要素還元論」とそれとは異なった視点の「システム論」を簡単に説明しました。お互いに異なった視点で物事を見ますので、理解もアプローチも異なっています。そしてそれぞれの見方には長所と短所があり、お互いに補い合うことができます。


 今回からそれらを実際に詳しく検討してみましょう。


 まずは「運動障害」をどう理解するかを2つの視点で比べてみましょう。


 要素還元論では、人の運動システムはロボットの機械の体のように構造と各部の機能で理解します。この視点では、運動障害とはある部位の器官などが壊れて、その部位が持っている機能が失われることです。


 それでアプローチは、機械と同じように「悪いところを探して治し、元に戻す」という方針を持つことになります。


 このアプローチは、整形疾患の骨折や軟部組織の損傷のような傷害に対してはとても有効です。低下した筋力や可動域の部位を探し出し、筋力強化や可動域改善の訓練で改善し、元に戻ることも比較的多いからです。


 医療的リハビリはこの分野で存在意義を認められた訳です。


 更に要素還元論では、因果関係を用いて現象を説明します。たとえば「歩行不安定(という現象)が見られる原因は、両下肢の筋力低下である」と物事を単純化して理解することができます。これによって「両下肢の筋力強化をすれば良い」とアプローチが明確になります。これまた機械の修理方法と同じですね。 この説明はわかりやすく、複雑な身体の理解や障害に対するアプローチを単純化することができます。そのため運動問題の原因とそのアプローチを単純・明確に公式化することができます。


 たとえばマニュアル・セラピーなどでは、膝痛という運動問題に対して原因を「関節内運動の低下」、「周囲軟部組織の短縮・癒着」、「周囲筋力の低下」などと分類し、原因を特定する評価法を定め、それぞれの原因に対するアプローチも公式のように定めることができます。


 このように特定の要素を原因として因果関係を想定するやり方は、単純化・公式化されて、評価から治療までのアプローチを単純化・公式化してわかりやすくしてくれます。機械修理のマニュアル化と同じですね。これによってこれを習った誰もが、一定の治療効果を安定して生み出すことができる訳です。これはこの視点の非常に優れた点です。


 一方で特定の要素を原因として決めてしまうため、その他の要素による影響を無視してしまう傾向を生んでしまいます。


 たとえば腰痛を訴える患者さんに徒手的療法を施術し、痛みを改善します。患者さんは「痛みが軽くなった」と喜ばれます。そしてセラピストは「また悪くなったら来てね」と送り出すのですが、結局毎週この治療を繰り返すことになります。


 この場合、痛みを生み出す身体的なメカニズムは徒手的療法によって改善されますが、その患者さんが日常生活では毎日同じ座位姿勢で長時間過ごし、運動をすることがないなどの生活習慣が元々の痛みの原因になっているといった多要素の影響によってこの痛みが生まれているという点が無視されがちです。


 特定の要素を犯人としてしまって安心してしまうので、そこで思考停止が起こるわけです。最も経験を積み重ねてベテランになれば、広い視野で様々な要素の相互作用を考えるようになります。つまり独自に素朴なシステム論を発達させて対応しているセラピストはたくさんいます。


 前回も述べましたが、要素還元論のアプローチとシステム論のアプローチは、お互いの弱点をお互いの長所で補い合うことができるのです。臨床のセラピストは自然にそれを一部自然に行っているわけです。


 ただし脳性運動障害の分野では、このやり方はあまりうまくいっていません。悪いところは脳細胞なので、「脳細胞を再生させたり、他の脳細胞が失われた機能を代償させる」という方針で随分長い間アプローチしていますが、未だにそれで失われた機能が再生したり、麻痺が治ったりという科学的な報告はありません。


 この場合、基になる原因が解決不可能だからです。あるいは原因が明確にならないときにはこの要素還元論を基にしたアプローチは壁に当たってしまうことが弱点なのです。


 そんな場合には、システム論の視点が有効になります。次回はシステム論が障害をどのように理解して、アプローチしているかを説明します。(その3に続く)


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