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人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その2)

目安時間:約 7分

人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その2)


 「その運動は間違っている」というセリフにずっと悩まされてきたものだ。最初は実習地だった。臨床実習の指導者は、「その歩行は分回しという代償運動で良くないから、修正してあげなさい」みたいなことを言う。 その頃は僕もまだうぶだったので、素直に言うことを聞いたものだ。「代償運動は本来の正しい運動ではないから、間違った運動で悪いものだ。だからリハビリの専門家として、本来の正しい歩行のやり方を教えなくてはいけない」と素直に思った。


 どうするかというと、「まっすぐに脚を出してください」とおよそ達成不可能な課題を出すわけだ。患者さんも最初は素直に「おお、その方が良かろう」と思われるのだろう、一生懸命にまっすぐに振り出そうとされる。しかし、元々できないから分回しだ。そうするとうぶな僕は一生懸命に修正しないといけないと思い、頻回に「まっすぐに、まっすぐに、まっすぐに!」と指示を繰り返すことになる。


 そうするとそのうちに患者さんが爆発する。大きな声で、「やかましい!わかった!お前の言う通りまっすぐに出しちゃろう!だがその前にこのわしの不自由な脚を治せ!脚が悪くて思うように動かせんのじゃ!まっすぐに出そうと思うのにまっすぐに出せん!どうせえ言うんじゃ、わりゃあ!」と怒鳴られて立ちすくんだものだ。(「わりゃあ」は「お前」という意味の方言。この夢はそれ以来時々見るようになって、今でも見ることがある(^^;))


 なるほど、言われることはもっともなことである。元々脚が動かないからそうしているのであって、口で指示したくらいでできるなら問題にもなっていないはずである。


 そこでまた臨床実習指導者に質問することになる。すると実習指導者も「当たり前だ!口で注意するくらいでなんとかなるものか!お前は思った以上にバカだな!こうするのだ!」と以下のような理屈を説明してくれる。


 患者さんの下肢が思うように動かないのは、姿勢が悪かったり、筋緊張の不均衡があったり、立ち直りなどの姿勢反応が弱まったりしているせいである。だから正しい姿勢を指導したり、臥位で立ち直り反応の促通をしたりするのだ。良い姿勢で立ち直り反応が改善すると筋緊張の不均衡も改善して、きれいに患側下肢が振り出せるようになるのである!


 「どうだ!参ったか!!」実習指導者は口ではなく、態度でそう示してきた。僕は思わず「おお!おおっ!なるほど、なるほど!」と思い、「参りました!」と心のなかで呟いた。


 そして見よう見まねで実習指導者のやっていることを必死に真似したものである。それで何か変わったかと言えば、何も変わらなかった・・・(^^;)


 実習指導者曰く、「お前はまだまだ技術が未熟である。これからもっともっと修行をしなくてはならん!」と老師風に諭す。


 僕は思わず、「はっ!はっ!ははっ!」と心の中で答えた。「俺は・・・俺はとんでもない未熟者である!だから必死こいて修行しなければならんのだ!・・・ならんのだ!」


 今思えば僕もうぶであった。何とか頑張ろうとしたが、結局自分でも何をどうやれば良いのか全然わからなかった。


 それに後から考えると、姿勢が悪かったり、筋緊張の不均衡があったり、姿勢反応が弱まったりしているのも結局は、脳細胞が壊れて弛緩性マヒが出ているからである。つまり力が出ないからだ。だから姿勢が悪くなり、筋緊張が不均衡になり、姿勢反応が弱まるのだ。だからマヒ側の脚も振り出せない。


 やややっ、あの実習指導者、結局、因果の関係を間違っているではないか!原因は脳細胞が壊れてマヒになったことである。その結果、姿勢が悪くなったりしているし、脚も振り出せなくなっている。仕方なく患者さんは、健側の上下肢や体幹を使って何とか患側肢を振り出しているのでそれが「分回し歩行」となっている。


 「姿勢や姿勢反応が悪いから脚がまっすぐでない」という理屈は、結果同士の間に間違った因果関係を想定しているわけだ。


 こんな簡単な理屈は学校で習いたかった。そうすれば実習地であの指導者に馬鹿にされることもなく、逆に「因果関係の想定が間違っていますよ」と言い返せたのに。


 しかし意外にもこんな簡単な間違いや誤解が臨床ではゴロゴロしているのである。 大変なことである!(その3に続く)



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人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その1)

目安時間:約 5分

人の運動を「正しい」とか「間違っている」と言えるか?(その1)


 最近は減ってきたが、テレビなどでは「今日は正しい歩き方を教えていただくために理学療法士の先生に来ていただいています」などという企画がよくあった。


 僕は色々な意味で興味津々で見てしまうのだが、大抵「胸を張って前を見て、腕を大きく振り脚も大きく振り出すのだ」みたいに指導している。


 やはりそんなことかと思う。もし僕が司会者なら次のように言うところだろう。


 「あ、なるほど。若者のような颯爽とした歩き方ですね。では上り坂になるとどうなるのでしょう?もっと急な上り坂なら?今度は下り坂なら?凍った路面での正しい歩き方はどうなりますか?水田の中では?真夏の炎天下では?・・・・・なるほど、なるほど!正しい歩き方というのは、形ではなくて状況変化に応じて適切な歩き方を選ぶことなんですね」


 しかしどうして世の中はこんなにも正しい歩き方や正しい姿勢を求めるのだろうか?そして一体何が正しいのか正しくないのか、一体誰が決められるのだろう?


 そう言えば正しい運動や作動がはっきり明確なものがある。それは機械である。機械では設計者の意図通りに動くことが間違いなく「正しい運動」である。 たとえばオモチャの歩行ロボットは正確に左右の脚を一定のリズムで振り出していく。平らな床面におくと、正確に同じ運動を繰り返して歩いて行く。


 もし何らかの部品が壊れて左右対称に脚が出ないとバランスを崩して転倒し、歩けなくなってしまう。機械は予め決められた運動が正しい運動であり、それ以外の運動は故障などが原因の悪い運動、間違った運動である、と言えそうだ。


 それでふと気がついたのだが、西欧文明の根底には、人は神(又は自然)が作った機械であるという「人間機械論」という思想があるらしい。デカルト以来の伝統などと言う人もいる。そう言えば昔読んだデカルトの「方法序説」の中に、人の頭の中にある松果体は神との連絡装置であるみたいな記述があって(あやふやで申し訳ない(^^;))「やややっ、ロボットみたいで格好いい!」なんて思ったりしたことがあった(^^;)


 なるほど!人が機械であると無意識にでも考えているのなら、機械には設計者の意図した正しい運動、作動があるわけで、それを目指そうとするのは自然な考え方なのだろう。


 西洋医学は、「悪いところを探して治す、元に戻す」という方向性を基本的に持っている。最近では治せない臓器は移植によって元に戻そうとする。


 そして「悪いところを見つけて治す、交換する」というのは機械の修理方法そのものではないか。治して元に戻すとすると、当然元の(健常者の頃の)正しい歩き方に戻そうとするのだろう。だからマヒも治せないのに、目標だけは「正しい、健常者の様に」と思ってしまうのかもしれない。意識はされなくとも学校教育の影響もあるのではないか?


 まあ、色々考えると大変なことである!(その2に続く)



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状況を変えてみることの大切さ

目安時間:約 7分

状況を変えてみることの大切さ


 ここでも再々紹介しているが、「新生児歩行の消失」は一般に脳の未成熟と説明される。


 つまり生まれてまもなくは脳が未成熟で、脊髄レベルの原始反射である新生児歩行が見られるのである。しかし数ヶ月すると脳が成熟して、原始反射である新生児歩行を抑制するので消失するのだ、と。なるほど、確かに上手く説明しているように見える。


 しかし新生児歩行の消失した乳児をお湯に浸けると再び新生児歩行が生じるので、脳の未成熟の説明はおかしいということに気がつく。


 それで色々調べて見ると実はその時期、下肢の脂肪が急激に増えて,下肢重量の急激な増加で相対的な筋力低下が起きる。それで下肢が持ち上がらなくなることが消失の原因だとわかるわけだ。


 つまり一つの現象は,このように異なった状況で観察してみるとその実相が見えてくることが多い。


 たとえば立っていると患側下肢を屈曲して持ちあげ、健側下肢だけで立っている片麻痺患者さんに出会う。従来なら「屈曲共同運動が出現している」などと評価し、「それを抑制するのだ」などとセラピストの手足を使って抑えつけようとしたりする。だがなかなかうまく行くものではない。まあ、ともかく従来の見方で言えば、陽性徴候である「屈曲共同運動が強い、下肢の屈曲筋の緊張が強い」などと言われてしまう。


 しかし少し状況を変えてみよう。


 患側下肢に訓練室に転がっているプラスチック製の短下肢装具を装着してもらう。合わないところは布やスポンジを当てて足関節をともかく安定させる。


 そうしてそれで立っていただき、装具を装着した患側下肢で荷重練習を一瞬していただく。そうすると先ほどまでしつこく出ていた「屈曲共同運動」なるものがまったく見られなくなる。


 そうなると解釈はまったく変わってくるものだ。患者の患側足関節には、内反があるためきちんと荷重・支持ができない。つまり患側下肢に荷重しようとするとうまく支持できないので転倒の危険性がある。それで患者さんの運動システムは、患側下肢を使わずに引っ込めていたのではないか? CAMRではこれを「不使用の問題解決」と呼んでいる。使うと転倒の危険性があるので不使用の問題解決を図ったのではないかというわけだ。


 この例でも状況を変えてみることで現象の異なった面が見えてくるわけだ。


 片麻痺の方が杖でゆったりとした大股での2動作歩行をしておられる。一見非常に安定していてうまく歩かれているように見えるが、実は家や施設で再々転倒を繰り返されていることが問題になっている。


 担当セラピストは、「歩行にはあまり問題がないので、むしろ注意力の低下があって周りのちょっとしたものや段差に気がつかないのではないか」などと仮説を立ててみる。とは言え「では,どうするの?」と聞いてもあまりパッとした解決策が見当たらない。


 こんな時は状況を変化させる、つまり異なった環境や状況内で歩いていただくとまた異なった面が見えてくるものだ。


 たとえば屋外、階段、坂道、狭い通路などである。そうすると歩行における問題が明確になってくる。たとえば狭い通路に入った途端、杖と両脚で広くとっていた基底面がとれなくなり、それまでのゆったりした2動作歩行が3動作歩行になる。


 つまりこの方は基底面を広くとって重心が基底面内からでないようにして歩かれていたことに改めて気がつくわけだ。基底面が広くとれないと、今度は3動作歩行で,常に2点で支えることで基底面を少しでも広くしようとされていることがわかった。


 それでこの方は安定して歩くためにはかなり広い基底面が必要であることに気がつく。


 CAMRでは基礎定位障害と呼ぶ片麻痺の障害群がある。重力と床の間で姿勢や重心を安定させることが苦手だ。そのために体をうまくコントロールできない。基礎定位障害が軽度であれば、平らな床上であれば、杖と両脚で基底面を広くとり、重心がその中から出ないようにしてうまく歩くことができる。しかし段差や階段、坂道では途端にコントロールが難しくなり、転倒しやすくなる。


 それで漸く、この方が安定して歩くためには、かなり広い基底面が必要であることに改めて気がつく。しかも色々通路を工夫して変化させて見ると、横方向への広さが必要であることもわかってくる。そうすると横方向に基底面が広くとれない場所では、手すりや壁、家具などを利用してしっかりと安定性を確保することが重要であることがわかる。


 以上のように状況を変えてみることでわかってくることもあるので、歩行をはじめとした運動評価には状況変化の項目が必要なのである。(終わり)



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「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その7:最終回)

目安時間:約 6分

「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その7:最終回)


 「運動スキル」とは「身体の内外に利用可能な運動リソースを探し、試して必要な運動課題を達成するための運動リソースの利用方法」のことである。


 この運動スキルを生み出す能力によって人は様々な状況変化に適応的に対応して、できるだけ相応しい運動を生み出そうとする。もちろんこれまで述べたように、毎回同じ運動を生み出せない構造であるから、異なった条件下で同じ結果を生み出すための非常に難しい運動コントロールが要求されるわけで、その結果身につけられた能力とも言える。


 私たちが氷の上でも、砂の斜面でも、水田の中でも、平均台の上でも何とか二足歩行を維持できるのは、この「運動スキル」を生み出す能力が、その時、その場で利用可能な運動リソースを探し出し、それらを利用して課題達成の方法、運動スキルを生み出し、修正していけるからである。


 たとえば氷の上では何度もこけるかもしれないが、その度に滑らないように重心移動するやり方を生み出し、修正して、たとえばヨチヨチと小刻みに歩けるようになるわけだ。あるいは脚を持ち上げないで、片脚ずつ前に滑り出すようにして移動するようになったりして適応する。


 この「状況変化に適応した運動を生み出す能力」がまさしく「運動スキルの創出力」である。


 もし運動リソースが豊富である、たとえば筋力や柔軟性、体力が豊富で、身の回りの状況がよく把握され、自分の身体と環境の相互作用の結果について確かな情報リソースが十分であれば、生み出される運動スキルも多様になり、より適応力を高めていくことになる。


 こうすると「悪いところを探して治す」以外の方向性が明確になる。つまり人の運動システムの一般的な性質として、運動リソースが豊富で、運動スキル創出力が十分に働けば、適応的に運動を変化させる能力は向上し、生活課題達成力も改善するわけだ。


 だからまず運動リソースをできるだけ豊富にすることが重要だ。改善できる身体能力はできるだけ改善すること。「悪いところを探して治す」視点のように因果関係を想定して、「この運動リソースが重要だから、他の運動リソースは改善しなくて良い」などと優先順位をつける必要もない。改善できる身体リソースはできるだけ改善する。


 これまでの例で見たように、運動システムがどの身体リソースに価値を見いだし、どのような運動スキルを創出するかはセラピストには簡単に予想できるものではないからだ。改善できる身体リソースはできるだけ改善してみることは重要である。


 また利用可能で有用そうな環境リソースはできるだけ工夫してみることだ。運動システムは身体の内外の運動リソースを区別しない。利用可能な環境リソースが増えれば、より適応的な運動スキルが生まれる可能性が高まる。


 更に多様な運動課題を、多様な条件下で行ってみることだ。これによって身体リソースと環境リソースの関係の意味や価値である情報リソースがアップデートされるから。そしてより柔軟で適応的、創造的な運動スキル創出力を改善することになるからである。


 そして運動スキル創出は、ある条件下でよく働くことがわかっている。それは「行為者に取って意味や価値の感じられる課題であり、それにアクティブに関わっていく」ということだ。


 セラピストと患者さんは協力して適切な運動課題あるいは生活課題を見つけ、修正し,それに患者さんが積極的に取り組むときに運動スキルは生まれやすくなるのである。セラピストの課題設定と修正の能力が大きくものをいうところである。


 今回のとりあえずの結論は、「悪いところを探して治す」以外のアプローチは、「運動システムの作動を理解し、運動システムの作動自体を強めるようなアプローチを展開する」ことである。(とりあえず、今はおしまい(^^;))


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「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その6)

目安時間:約 7分

「悪いところを見つけて治す」以外の発想(その6)


 新生児歩行は、生まれたばかりの赤ちゃんの両脇を支えて持ち上げ、つま先を床につけて体幹を前に傾けると現れる歩行のような動きである。これは生後2ヶ月くらいから消失することが知られている。


 この消失という現象について、従来学校などではどのような説明がなされてきただろうか?


 学校では運動システム、つまり人体の構造と機能を基に説明する。そうすると「運動を変化させるのは脳である」との前提がまずある。解剖学や生理学を通じて作られた人体の設計図では、運動変化を起こしているのは脳であると決められているわけだ。


 だから新生児歩行消失の原因は、以下のように脳の変化で説明される。


 「生まれたときは脳が未熟で、脊髄レベルで支配される原始反射としての新生児歩行が現れるのである。しかし生後徐々に脳は成熟して、原始反射としての新生児歩行は抑制されるのである」


 なるほど、新生児歩行消失の原因は、「脳の成熟」に還元されるわけだ。(還元は戻すという意味。この場合、全体の変化の原因は部分または要素というより小さなレベルに戻されているわけ)


 しかし奇妙なことに、新生児歩行が消失した赤ちゃんをお湯に浸けると再び新生児歩行が現れることがある。そうなると、妙なことになる。お湯に浸けると脳の成熟が後退したことになるからだ。


 一方動的システム論の視点から、この新生児歩行の消失を研究したのは、発達心理学者のテーレンらだ。一般にシステム論では、運動変化は「状況変化が起きたから運動が適応的に変化した」と考える。


 たとえばお湯に浸けると浮力が働くので脚が軽くなって再び現れたのではないか、と仮定したのである。逆に言うと、下肢の重量が増えたので相対的な筋力低下が起こって、新生児歩行が消失したのではないかと仮説を立てた。


 そして下肢重量が2ヶ月頃に急激に増えていることを突き止めた。それは下肢の脂肪組織が急激に増加したからだ。だから重くなって下肢が持ち上がらなくなり、新生児歩行が消失したように見えたわけだ。


 するとテーレンらは次の仮説を立てる。相対的な下肢筋力低下が消失の原因であるなら、もし筋トレをしたらどうなるか?そこで新生児にトレッドミル上での歩行練習を定期的に行って見ると、新生児歩行の消失はなく、ずっと観察されたのである。


 そうなると「新生児歩行は原始反射である」という前提も怪しい。そこで彼女たちは次の実験に移る。たとえば新生児を左右速度の違うトレッドミルのベルトの上にそれぞれの脚を置いてみると、ちゃんとそれぞれのベルトの速度に合わせて脚を運ぶことが観察される。どうも反射的な運動ではないようだ。


 その他にも新生児の背臥位のキッキングの位相図は成人の歩行のものと変わらなかった。つまり新生児歩行と成人の歩行は別のものではなく連続したものではないか?


 システム論の視点から新生児歩行を見ると以上のようなことがわかった。


 ここで言いたいのは、人体を見た目の構造と機能で、機械のように設計図にしてみると、自然に脳はまるで機械のコンピュータのようにたとえられている。そして「運動変化のほとんどの責任は脳が負っている」と仮定しているわけだ。


 このような見方をしていると、脳が大事であって、他の要素、つまり「脚の脂肪組織の増加」は完全に無視されてしまった。


 人を機械のように見る視点で作られた設計図では、人の身体の各組織は予め「このような役割がある」と仮定されているので、上記のようなヘンテコな説明も起きてしまう。


 もちろん人を機械のように見る視点にも、非常に優れた点があるのは間違いない。だからシステム論の見方が優れていて、機械のように見る視点はダメだと言っているのではない。それぞれに特徴があるということだ。


 ただ人の運動システムを構造ではなく、作動で見ていくシステム論の視点でしか理解できないこともあるわけだ。


 だから障がい者のできないところを見て、「原因は○○という要素だから、○○を改善すれば良い。その他のことは些細なことであるから無視してよろしい」ということにはならないのである。人は機械とは違うのだから!


 では、どうするか?ということを次回は考えていくのである!(いやはや、大丈夫か?このシリーズは無事に着地するのだろうか?(^^;))(その7に続く)



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