西洋医学では、人の身体を構造とそれぞれの各組織・器官の働きから理解します。そして「構造の悪いところや働きの悪い器官などを探して、そこを治す」というのが基本的な考え方ですね。
もちろんこのアプローチは非常に有効です。このアプローチによって医学は世界に認められたのでしょう。
学校で習うリハビリももちろん同じように、「悪いところを探して治す」というのが基本になっています。それで脳性運動障害では、「壊れた脳細胞が悪いのだから壊れた脳を治す。あるいは壊れた脳の機能を他の壊れていない脳細胞に肩代わりしてもらう」というアプローチが、日本でも60年以上前から目標になっています。
しかし結果的に、麻痺も治らないし、それらのアプローチで元の健康な運動が回復するわけでもありません。リハビリでは、壊れた脳細胞を治したり、他の細胞に肩代わりさせて機能を回復させることは残念ながら無理のようですね。
でも未だにセラピスト二人がかりで患者さんを立たせて全介助で歩かせるアプローチなども行われているようです。「様々な運動感覚が脳に栄養として届き、新たな運動学習が行われる」という理屈を言って脳細胞や脳の機能を回復させようとするアプローチが行われたりしています。
その理屈は言い換えると、「運動学習とは正しい運動の形を憶えて再現すること」と考えているようです。また「運動感覚の入力」は、コンピュータにキーボードからブログラムを入力するように、「身体を動かせばその動きの感覚がプログラムとして脳に作られる」と考えているようです。
脳をコンピュータ、手脚をキーボードのように理解しているようですね。
でも実際にそれで入力されているという運動感覚は、「他人が無理矢理動かしている身体」の感覚です。この他人が無理矢理に動かす感覚で、自分から動いてその歩きの形を再現するようになるとはとても思えません。元々入力している感覚が全く違うのです。自分で動かしている運動の感覚ではないのですから。
むしろ想像してみてください。自分では上手くコントロールできない身体を二人がかりで立たされるのです。むしろ「怖い」と思うのではないでしょうか。よく知らない人間2人に立たされて無理矢理片脚ずつ前に動かされるのです。怖くて知らず知らずのうちに体に力を込めて体をより硬くして身を守ろうとします。これでは体が硬くなりすぎて、ますます自分では動けなくなってしまいます。
セラピストは体の動きを教えているつもりでも、体をこわばらせて恐怖に耐えることばかり学習するのではないでしょうか。
人を機械のように理解すること自体は、いろいろな利点もあるのですが、「脳をコンピュータとして理解する」のはとんでもないことです。普通「コンピュータの立場になる」とは考えないように、患者さんの立場になって考えることもできなくなってしまうのでは?(終わり)















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