スポーツから学ぶ運動システム(その3)

目安時間:約 5分

スポーツから学ぶ運動システム(その3)


 前回は人の運動システムが同じ運動を繰り返せない理由の1つとして人の運動システムの粘弾性の性質を挙げた。


 ベルンシュタインは他に自由度と多義性の問題を挙げている。


 自由度はコントロールするべき対象の数と考えることができる。たとえば自由度1は線上を行ったり来たり、あるいは軸周りを回転する運動で、どの位置に止めるかは線上あるいは軸周りの一点を指定すれば良い。つまり一つの変数を決定すれば良い。人の関節でたとえるなら蝶番関節である。


 自由度2は平面上の一点の運動で、位置を決定するにはxとyの二つの変数を決定すれば良い。人の関節で言うなら平面関節。


 自由度3はそれに高さが加わり空間内の一点の運動となるので三つの変数を決定する。人の関節で言うなら球関節である。


 機械は基本どの可動部分も軸周りか線上を行ったり来たりする運動である。つまり自由度1の運動に制限されている。それらの組み合わせであるから、硬い基礎の上に設置された一つの可動部分が他の可動部分とお互いに動きを制限する。全体としてどんなに複雑そうな動きをする機械でも、どの部品もその組み合わせである一ユニットの動き方はいつも一つである。


 一方人では自由度2や3の関節の組み合わせである。右手人差し指で壁のスイッチを繰り返し押すとき、人差し指の位置は毎回決まっていても、肩の位置や肘、前腕の位置の組み合わせは無限に存在し、一つに決定されるわけではない。運動の軌跡や速度は無限に存在しうるし、結果はその時の状況による。つまり様々な運動方法で同じ結果を生み出しうる。


 多義性は、人の運動は状況によって、同じ筋収縮が別の運動を生みうるし、異なった筋収縮が同じ運動を生みうると言うことだ。たとえば上腕三頭筋が姿勢や状況によって異なった働きをすることを考えてみれば良い。


 またベルンシュタインは言っていないが、神経構造も1つの細胞がたくさんの細胞に繋がり、1つの細胞はたくさんの神経細胞を受けている。つまり1つの電気命令が多様な反応を生みうるし、たくさんの命令が1つの同じ運動を起こしうる構造なのだ。つまり神経構造で見ても1つの命令が1つの運動に対応していない。 これらをまとめると、状況によっても神経の構造によっても、1つの命令が異なった運動を生み出しうるし、一瞬一瞬に変化する状況の中では、1つの同じ命令が次から次へと異なった運動を生み出すということになる。


 まあ、回りくどくなってしまったが(^^;)、結論としては、人の運動システムは機械と違ったやり方で作動しているし、同じ運動を繰り返せないのだ。


 実際、職人のハンマーを打つ動作は、一回毎に肩や肘の動きや速度の関係が異なっているにも関わらず同じ結果を生み出しているのだが、これをどうやって実現しているのか?これが次回からの話なのだ!(その4に続く)

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スポーツから学ぶ運動システム(その2)

目安時間:約 4分

スポーツから学ぶ運動システム(その2)


 前回はゴルフとテニスなどを例に、人の運動システムは「同じ運動を正確に繰り返すことができない」という特徴があると説明した。今回はどうして同じ運動を繰り返せないのかを考えてみよう。


 ベルンシュタインはまずその理由の一つを、「人の体が粘性や弾性の性質を持っているからだ」としている。たとえるならゴムのような性質を持っているわけだ。僕なりにこれを機械と比較しながら説明してみよう。


 機械はがっしりと安定した金属などでできた躯体が基礎となる。自動車なら非常に頑丈なシャーシが土台となる。車のシャーシは通常走行なら、つまり事故でも起こさない限りほとんど歪んだりはしない。つまりこの頑丈な躯体を全体の基礎として可動部分だけが安定して正確に動くという構造である。


 一方人の体にはそのような頑丈で全体の安定的な構造を形作るような基礎は存在しない。まず人の体はたくさんの骨が柔軟性のない靱帯によって結びつけられた骨格がある。骨同士はある部分はタイトに、ある部分は大きな可動性を持って結びつけられている。 これを筋肉という柔軟性のある器官で包み込んでいくわけだ。筋肉は張力、つまり引く力しか生み出さないので、引く力だけで骨格の形を保ち、支持と安定性、そして運動を生み出す仕組みである。


 そして状況や運動課題によって、作動する筋群はどんどん変化し、支持する部分と可動する部位もまたどんどん役割を交代し、変化していく。同じ部位が状況によって支持したり、可動したりするわけだ。機械と違って作動ははるかに複雑なのだ。


 また柔軟な筋肉で形を成す構造であるから、力の発生によっても外力によっても、その形は全体に常に歪んでしまう。歪んでしまうと言うと聞こえが悪いが、しなやかに柔軟に形を変えながら動いているのである。機械では歪むのは可動部分だけで、基礎となる躯体はまったく変化しないわけだが、人では全身が常に柔軟に変形しているわけだ。


 まあ、人の運動システムは機械と違って柔軟であるというのがまず第1のポイントである。たとえば長さ1メートルの柔らかいゴムの棒で、壁の電灯のスイッチから離れてを押すところを想像してみると容易に理解できるだろう。ゴムの棒では持っているだけで先端が常にユラユラ揺れて押そうとしても毎回開始位置は違うし、異なった運動軌道を描いてしまう。


 実際には人の柔らかい体は呼吸などによって常に揺れて振動しており、その目に見えない小さな振動はゴムの棒に伝わると、1メートル先では大きな揺れになってしまうのである。


 まあ、柔らかい構造は同一の運動を正確に繰り返すことはできないのである。(その3に続く)

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スポーツから学ぶ運動システム(その1)

目安時間:約 5分

スポーツから学ぶ運動システム(その1)


 毎日オリンピック競技のテレビ放送を見ている。アスリート達はその時その場でできる最大限のパフォーマンスを生み出そうと必死だ。もちろん上手くいく場合もあるし、失敗する場合もある。上手く最高のプレーを生み出したときに、そして失敗したとしても必死に挑戦するその姿に感動するし、力をもらえるのだろう。


 さて、オリンピック競技を一度にいろいろと見ていると人の運動システムの特徴に気がついてくる。今回のシリーズでは、それを足がかりに人の運動システムの特徴について考え、私達リハビリの臨床に役立つように検討してみたいと思う。


1.人は同じ運動を繰り返せない


 以前から書いていることだが、不思議に思うのはゴルフとテニスである。自分の好きなところにボールを置いて、自分の好きなタイミングで慣れたクラブで打つゴルフが、一球一球速度もコースも高低も球種も異なる球を動きながら打つテニスと同様に難しいのはなぜか?


 あるいはバスケットボールで、全速力で走りながら敵の厳しいディフェンスをかわして打つシュートと自分の好きなタイミングで自由に打てるフリースローが同様に難しいのはなぜか?


 これは人の運動システムの基本的な特徴ゆえに起こる不思議である。


 その基本的特徴が何かというと「人の運動システムは同じ運動を正確に繰り返すことができない」ということだ。つまり人の運動システムはテニスのように変化する状況の中で適応的に身体を変化させ適切な課題を達成できるにもかかわらず、ゴルフのような単一の課題(置いたボールを叩く)のような同じ課題を正確に繰り返すことが難しいのである。思ったところに少しでも近づけるようにプロのゴルファーは気の遠くなるほどのたくさんの練習を、アメリカのNBAのプロバスケットボールの選手はコートに立つまでに通常100万回以上のフリースローの練習を繰り返しているのである。


 この特徴に一番最初に気づいたのはロシアの運動生理学者のベルンシュタインだろう。彼は労働者の技能について研究をしていた。職人さんがハンマーで釘の頭を正確に叩く様子を運動分析装置で見てみると、毎回異なった軌跡で開始位置や叩く速度も微妙に異なっていることに気がついたのである。この微妙な運動のズレはプロゴルファーのスイングやバスケットボール選手のフォームにも見られる。


 通常私達は職人さんの動きを見ると、「正確に同じ運動を繰り返している」と考えてしまう。「技を何度も繰り返すことによって、頭の中にプログラムができて、それによって正確に運動を繰り返して、同じ結果を出している」と考えるわけだ。


 しかしこれはロボットのように人の運動システムの作動を考えてしまう結果だ。機械は同じ運動を繰り返すことが得意である。機械では、硬い安定した躯体と可動部分を厳密に制限して必要以外の動き(ブレ)をなくすことで同じ運動を繰り返し、同じ結果を生み出している。


 だからもし人の腕を模した機械の腕で、中枢の関節の動きが1ミリ以下でもずれれば、先端の動きの誤差は遙かに大きくなってしまう。しかし職人さんの腕全体の動きは常に様々な要素でズレているのだから、釘の頭をハンマーで捉えることは常に失敗してしまうかというとそうでもない。


 つまり「人は同じ運動を繰り返すのができない」ので、職人さんやアスリートは「毎回異なった運動で正確に同じ結果を生み出している」ということになる。これは不思議なことである。これがどのように行われているかを知ることは私達にとっては非常に有益だろう。次回からこれを考えてみたい。(その2に続く)

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