スポーツから学ぶ運動システム(その6)

目安時間:約 7分

スポーツから学ぶ運動システム(その6)


 昔リハビリの養成校の教官をしていた時、三つ玉のジャグリングを運動学習の課題として使うために自分でも練習していた。最初は課題達成のために視覚情報が重要な役割を果たしているのは間違いない。見ないととてもできないからだ。しかし慣れてくると短い間なら見なくてもできるようになるのである。つまり視覚に頼らなくてもいつのまにか身体感覚だけでジャグリングができるようになる。


 どんな運動でも全身を使うものだ。従ってどんな運動学習においても常に全身のボーンスペースを通して運動課題を達成するための知覚情報の利用方法を学習していることになる。つまりスキルが熟練するとは、多種類の知覚情報を基に課題達成のための運動スキルの実施が可能になるということだろう。つまり視覚情報でもできるが、視覚情報がなくても一時的には固有各情報などでもコントロールできるようになるということだ。


 さて、これまでをまとめると、運動学習とは次のように理解することができる。


 新しい運動、新しい課題達成方法を学習するためには、まずその課題達成方法がある程度安定してできるような協応構造を探索し、試行錯誤し、安定させる必要がある。これが第一段階。(協応構造探索の段階。ある程度安定した運動を生み出せる段階)


 そしてその安定した協応構造を基に、課題達成時の知覚情報を利用して、課題達成を状況に応じて柔軟に変化させて課題達成の方法をその時、その場で生み出すための知覚情報の予期的利用に関するスキルを磨き上げて行くのである。これが第二段階。状況は常に変化するため、運動スキルの維持にも継続した練習が必要。


 たとえばバスケットボールのフリースローを例にとって考えてみよう。あなたは初めてバスケットボールを持ち、ゴールに向かって投げることになる。経験者のフォームを真似て、右手でボールを下から持ち、左手で側面を支えて、頭の前でボールを構えてみる。そして投げてみる・・・ボールはまっすぐには飛ばないし、全然ゴールにも届かない。手脚の動きもぎこちなく、バラバラに動いている感じである。


 経験者が「手だけでなく、膝を使って全身で伸び上がるように」と手本を見せてくれる。そこで真似をしてみると飛距離は伸びて、ゴール近くまで届くようになる・・・・しばらくすると手首を使うように言われてこれまた真似をして始めてみる・・・・最初は腕をメインに使って、体の動きや手首の動きもバラバラだったが、次第に下半身のバネと手首が連動して、一つの動きとして安定してくる。つまり協応構造が芽生えてくる。


 こうしてこのフォームでボールを投げ続けると、次第に体が自然に動くようになりゴールにボールが当たることも増えてきた。一人一人の運動システムの物理的性質は異なっているので、人とは違ったあなたらしいフォームができてくる。これが協応構造のできあがってくる過程だ。


 しかしボールはなかなかゴールに入らない。ボールがただゴールに届くだけではダメなのだ。あなたは全神経を集中してゴールに向かうようになる。それまでは自分の体の動かし方が気になっていたのだが、やがて体にはそれほど注意が向かなくなる。これまでの運動学習理論では「自動化の過程」と言われたものだ。 体の動きが気にならなくなると、自然と注意はゴールとゴールに向かうボールに向くようになる。上手くゴールできたときの体の感覚にも気がつくようになる。ひたすらこれを繰り返す。


 フリースロー練習だけでは物足りなくなってくるので、コート上の様々な角度、距離からもシュート練習を行う。最初は上手く行かないが、やがて距離や角度が異なってもそれなりにゴールに近いところにボールをコントロールできるようになる。これをひたすら繰り返す。


 こうして1球目には失敗しても、2球目、3球目にはゴールする確率が高くなってくる。結果を見て修正することができるようになったのである。これが「課題時の知覚情報の予期的利用」のスキルである・・・・ さて、これらの中で経験者のアドバイスと呼ばれるものが、CAMRではセラピストが現場で使う「運動課題」となる。CAMRではセラピストは課題の提案が、一つの重要な役割である。課題は言語、身体模倣、徒手を含む介助、環境設定を通して伝えられる。


 そして一人一人の運動システムの物理的性質は異なっているため、セラピストは対象者の物理的性質を探索し、試行錯誤しその個人に合った運動課題を修正する必要がある。


 以前は運動学習では「一つの正しい運動を繰り返す」ということも言われていたが、実際には「繰り返し」と「試行錯誤」がその本質である。(その7に続く)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


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