毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その13)
今回は「健康時の問題解決」について説明します。
脳卒中直後の患者さんは、身体が急激に大規模に変化したのですが、どのように変化しているかを認知していません。認知するためには、病気によって変化した身体を実際に使ってみるしかないからです。
脳性運動障害後にリハビリが最初に果たす重要な役割は、実際に簡単な運動課題を多様に提供して、患者さんに実際に体を使っていただき、変化した体の状態を理解してもらうことです。まずこれをしないことには課題を通しての運動リソースの豊富化も運動スキル学習も進みません。
そして様々な課題を実施する中で、平行棒内の車椅子に座っている脳卒中直後の患者さんに、「立ってみましょう」と声をかけます。患者さんは健側上肢で平行棒をつかみますが、患側上肢はまったく動かないことに気がつきます。それでわざわざ健側上肢で患側上肢をつかみ、平行棒の上に持っていくことはよく見られます。
健康なときは両手で平行棒をつかんで立ち上がろうとするはずで、それを再現しようとしているのです。これが健康時の問題解決です。
でも患側上肢は棒をつかむこともできずにだらんと下に落ちてしまいます。患者さんはそれでも2-3回それを繰り返してみますが、やがて諦めます・・・・このように健康時の問題解決は機能しないことが多いため、自然に消えてしまうのが普通です。
また「座ってみましょう」という課題を提案します。最初は介助して端座位になっていただきます。麻痺がある程度重くて初めて座られるときは、腕は水の重りのように体を患側へ引っ張るし、体幹の支持性も低いため患側へ倒れます。
元気な時は倒れそうになると両手で支えますので、そうします。そうすると麻痺側上肢はまったく動かず健側上肢だけで床を押すためにまるで自分から倒れ込んでいるように見えます。いわゆるプッシャー・シンドロームと言われる現象です。
従来はそれを見て、視知覚や固有感覚の異常などと症状として理解されています。
ただ患者さん自身の立場から見るとまだ障害後の身体・運動の状況を理解しておられません。一生懸命に元気だった頃の問題解決を行っておられるだけです。つまりこれも「健康時の問題解決」ということになります。
通常これも機能しないため、普通は自然に消えてしまいます。しかしある条件が重なると消えません。
一つはセラピストが「『まっすぐ』に座りましょう」といった課題を出すときです。患側は水の重りになっているのでまっすぐに座ることは困難なのですが、セラピストが「姿勢運動の正しさにこだわる」(「正しさ幻想」と呼んでいます)とこのような無理な課題を出し続けます。
もう一つ、患者さんの方もたまたま生真面目な方だと、「まっすぐに座れ」と言われるままに座ろうとします。しかしそのためのやり方が分かりません。それでひたすら両手で支えようとする健康時の問題解決を繰り返します。患者さんの方も素直で、また健康なときのようにまっすぐに座ろうとする傾向が強いといつまでもこれを続けます。
本来健康時の問題解決は機能しないので、変化した身体に適応した新しい方法を見つけることが重要です。セラピストはまず様々な運動課題をやっていただいて身体の状態を理解していただくこと、それから変化した体で課題達成するための新しい方法、運動スキルを患者さんと一緒に探していくことが重要になります。
そのために課題の出し方は、「まっすぐに座りましょう」ではなく「座れるようなやり方を探してみましょう」に変更します。普通は健側に体幹を傾けて健側上肢で支えるようなやり方を介助してまず座っていただくことです。これを何度も繰り返すと患者さんは自然に体の使い方を発見して次第にまっすぐに座れるようになられます。
つまりプッシャー・シンドロームは「正しさ幻想」を持っているセラピストと素直な患者さんが協力して創り出した虚構の障害像なのだと思います。
次回は「安心確保の問題解決」について説明します(その14に続く)
※現在、No+eで、異なったエッセイを毎週木曜日に投稿しています。呼んでいただけるとありがたいです(^^)「カムル」という名前で投稿しています。
毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その12)
今回は「骨靱帯性問題解決」の説明です。
これも外骨格系問題解決と同じように、弛緩状態あるいは筋の張力が低下しているときに支持性を得るためのスキルです。主に骨同志あるいは骨と靱帯による制限を利用して支持性を得ようとします。
具体的な例としては、「反張膝」や脳性麻痺の両あるいは四肢麻痺タイプで両大腿骨を内転し、一つの塊として安定させるなどが見られます。
反張膝は脳卒中後に立ち始めたとき、筋力低下により膝関節での支持性が低下しているので、骨と靱帯の制限を利用して膝の過伸展位で支持性を得るようなやり方です。
最初は不安定で、膝折れが見られたりします。特に下り坂や踵だけが敷居の上などに乗って荷重したときには、膝折れで転倒が見られたりします。
つまり膝関節の軸の前に重心線が維持されているときには反張膝が固定され、支持できるのですが、重心線が関節軸の後方に移動すると簡単に膝折れが起きるわけです。
しかしそのうちに凹凸のある路面でも、体全体を使って重心線が膝の前に維持され続けるような運動スキルを身につけるようになるので、常に反張膝で立位保持や歩行をするようになります。
こうなると非常に頑固で、反張膝歩行から抜け出すのは困難です。
反張膝歩行は、健常な幼児期の女児にもよく見られたりしますが、多くの場合、成長や日々の生活の中で筋力が多様に改善してくると反張膝は見られなくなり、いわゆる膝関節をわずかに屈曲した半伸展位の膝の支持の仕方に変わってきます。
筋力が十分な強さで多様な状況でもコントロールできるようになると、骨靱帯で支持性を得るよりも圧倒的に有利となります。それで、運動システムは自然により安全・より効率的な課題達成のための運動スキルに自然に切り替わります。 しかし脳性運動障害では、筋力が十分に改善しないため、なかなか骨・靱帯性問題解決の依存から抜け出すのは難しいのです。
実際、骨・靱帯性問題解決は、支持性を得ることにもある程度の環境変化にも反張膝を維持する全身性の運動スキルによって対応できるため、家屋内の日常生活課題達成では問題がないと言えばないのです。
しかし患側下肢で支持するときに股関節を後方に大きく動かす独特の歩容やぎこちなさ、不意の大きな路面変化に対応しにくいなどの問題はついて回ります。 これを防ぐには支持性のない運動障害直後から、外骨格系問題解決を促してある程度強めることは有効です。膝半伸展位で支持ができるようになるし、ある程度の不意の路面変化にも対応できるようになります。骨・靱帯性の問題解決よりは環境変化に対する対応性が高いと思われます。
さて、次回は「健康時の問題解決」について説明します。(その13に続く)
毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その11)
前回不使用の問題解決で述べたように、片麻痺患者さんの患側下肢は早くから適切な課題と介助、装具などを用いて外骨格系問題解決を促すようにします。そうすると弛緩した下肢に硬さが生まれて体重を支持し、歩行ができるようになると説明しました。
しかし以前に述べたように外骨格系問題解決は、ブレーキが効かないで繰り返される危険があって、やがて過緊張などの偽解決状態になってしまうかもしれません。それなのに外骨格系問題解決を促して良いのか、と疑問に持たれる方もいると思います。
結論から言えば、外骨格系問題解決が過剰に繰り返され、偽解決状態に陥るのを防ぐには、できるだけ多彩な運動と豊富な活動量を維持することでそれが達成できます。
まず外骨格系という問題解決がどうして起きるのかを考えてみましょう。脳性運動障害直後には、麻痺の領域は弛緩状態になります。筋は弛緩して緩むだけではなく、弛緩の領域は可動性のある骨格が水の袋に入っているような状態になります。
つまり水の袋として体からぶら下がった重りのようなもので、姿勢を保持したり動いたりすることを大きく邪魔するのです。
これでは動けないのでともかく硬くする必要があります。硬くなって健側の体と一体になれば姿勢の保持も楽にできます。また健側で引きつけてコントロールが容易になります。
外骨格系の問題解決に頼るのは、弛緩状態があるから何とか硬くしようとするわけです。逆に麻痺の回復に伴って筋活動が増えたり、日々多彩に、活動的に動いたりしていると筋が活性化され、外骨格系の問題解決に依存する程度が減ってくるのです。
つまり動くこと自体に、過緊張を歯止めする働きがあるようです。これは以前の理学療法士・作業療法士などはよく知っていたことです。
というのも現在と違って、以前はひとりの脳卒中患者さんを入院から外来へと継続的に何年も観ていくことは普通のことでした。そうすると以下のようなことが分かってきます。
・退院後硬くなる人は、動かない人。下肢の尖足や上肢の屈曲も悪化した
・病院でよく歩いていた患者さんが、寝て過ごしていると尖足が強くなる
・毎日廊下を歩くことを習慣にしていたが、徐々に徐々に硬くなり、歩行のパフォーマンスも低下した
・「そんな歩き方をしていると変形が強くなる」(尖足での分回し歩行)などと言われた患者さんが1年くらい山歩きなどをしていた。イノシシ狩りが大好きで、狩に参加したいと普段から山歩きをされていた。結局、尖足変形も観られなくなり、麻痺側の下肢もより動くようになり、歩行のパフォーマンスも改善した。
・入院中から分回し歩行をしていた患者さん。周りから「危ないから」と止められても聞かずに、草刈りなどの農作業を続けたが、やがてより対称的な歩行でパフォーマンスも改善した。
結局動こうが動くまいが、運動システムの背景では外骨格系の問題解決は繰り返されていると考えられます。寝ていたりワンパターンの運動のみしたりして、つまり筋活動の種類や筋活動量が不十分だと次第に外骨格系問題解決の作動が優位になり、柔軟性は低下し、更に過緊張が生まれてくるようです。
逆に多様な活動、多様な環境での歩行をしている人は、複雑な地面の起伏やうねりに対応して、多様な運動スキル学習を進め、結果的に筋力や柔軟性などの運動リソースを豊富化していると考えられます。そして筋の活動量がアップし、外骨格系問題解決への依存が減ったのだと考えられるのです。
結論としては弛緩状態の時には、外骨格系問題解決は必要です。だからそれを促します。でも支持性が出てきたら、できるだけ多様な環境や運動課題で、運動リソースを豊富化し、更に多様で柔軟、創造的な運動スキル学習を行うことで、日常生活課題の達成のパフォーマンスは改善しますし、結果的に外骨格系問題解決の偽解決状態を防ぐことにもなるのです。
次回は「骨靱帯性問題解決」の説明を行う予定です。(その12に続く)
毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その10)
問題解決スキルの三つ目は、「不使用の問題解決」です。これは文字通り、「使わないこと」で問題解決を図ろうとするスキルになります。
そしてこれは「外骨格系問題解決」のようにたくさんの誤解を生んできました。
たとえば脳卒中直後には患側下肢が弛緩状態で支持性がありません。こんな時に立ち上がると麻痺側下肢は体重を支えるどころか、体幹から重い水の入った細長い袋のようにぶら下がって、立ち上がり、立ち続けることを困難にします。
そこで運動システムは問題解決を図ります。残った神経-筋システムや他の筋肉を硬くするメカニズムの活動を高めて、重い麻痺側下肢に引っ張り負けないように患側下肢全体を収縮します。患側下肢の屈筋群を外骨格系問題解決の手段で硬くするのです。
この問題解決が強くなると次第に下肢に「屈曲共同運動」とこれまで呼ばれてきた現象が見られます。そして屈曲共同運動は一般に脳障害の症状の一つの状態として理解されます。すると「屈曲共同運動は抑制されねばならない」などという方向に進みます。
しかしCAMRでは、これは問題解決であろうと考えています。患側下肢の弛緩状態では水の入った細長い袋として体幹にぶら下がってしまいます。そして体幹を患側の下方へ引っ張ります。これでは健側の片脚で立とうとしても無理なので、患側下肢全体を硬くして体幹に引きつける、つまり重心を体幹の健側に寄せることで健側片脚での片脚立ちが可能になるわけです。
更に弛緩した下肢で体重を支えようとすると倒れてしまいますので、敢えて支持には使わないことで何とか健側下肢での片脚立位状態を達成するのです。
むしろ下肢に硬さが生まれる前から、セラピストの適切な介助や課題設定、装具などを用いて患側下肢で荷重練習を繰り返すと、患側下肢には硬さと支持性が生まれてきます。つまり患側下肢の伸筋群の外骨格系問題解決を促して患側下肢の支持性を高めながら、それが機能的な意味や価値があると運動システムに教えてあげるわけです。
そうすると硬くなった患側下肢を使って立ったり、歩いたりされるようになります。
それでもさらに適切に対処しないと、患者さんは患側下肢をできるだけ使わないようにします。やはり健康なときとは違う下肢の状態に不安を感じるのです。
それでたとえば健側下肢で主に立ち、患側下肢は補助的に体重を支えたり基底面を広げたりするためという補助的な使い方をします。歩く時も患側下肢はできるだけ最低の荷重で歩いたりされます。健側下肢に比べて患側下肢で支える時間が極端に短くなって、左右の非対称性が明確になったりします。つまり不使用の傾向は軽くなっても続くわけです。
でも外骨格系問題解決の支持は意外にしっかりしています。もっと十分に使うことを促すと、立位や歩行の左右差は小さくなります。
上肢にも同じような不使用の問題解決は見られます。
たとえば患側上肢は不自由ながら動くものの菓子パンの袋を開けようとすると、どうしても両手でうまく開けることができません。できたとしても時間がかかります。そうすると健側上肢で袋の片方を持ち、もう片方は口でくわえて開ける方が効率的です。つまり探索利用スキルを用いるわけです。そうすると自然に患側上肢の不使用による問題解決が通常のやり方になってしまいます。
不使用の問題解決は、探索利用スキルを伴って上肢の重度の麻痺では当然第一の選択肢になります。健側手だけあるいは口や脇、補助具などを使った方が生活課題を実用的にストレスなく達成できるからです。
しかし中には練習によって十分実用的なレベルになる患側手が使われないままになることがあります。これはやはり本来十分にあるいは補助手として使えば生活課題達成のパフォーマンスが上がるのにその可能性を潰してしまうという意味ではやはり患者さん本人に不利益をもたらす偽解決状態になります。
もし実用的に使える可能性があれば、健側拘束法などのアプローチを使ってみるのも一つの手でしょう。この場合、セラピストの経験と観察眼が重要になります。
一方患側下肢については、上述のように適切な課題と介助、装具などを使って、患側下肢の伸筋群の外骨格系問題解決を促し、下肢の支持性を高めて実用レベルに持っていくことが可能です。これはほとんどの患者さんで実用レベルの達成が可能です。
ところがもしこの患側下肢の屈曲パターンを「症状」として見做してしまうと、「屈曲共同運動を抑制しなくてはならない」などと変な方向に進んで、いつまで経っても立ったり歩いたりできなくなってしまう例をたくさん見てきました。
こうなると大変です。理解の仕方次第、つまり「症状」か「問題解決」かという理解の仕方次第でアプローチが大きく変わり、結果も大きく変わってしまうのです。
さて次回は、また外骨格系問題解決に戻って、もう少し考察を深めてみます。(その11に続く)
毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その9)
前回は外骨格系動物のように体を硬くする問題解決が、脳性運動障害後の弛緩した体で動き出すためには必要だと述べました。しかし外骨格系問題解決は、筋緊張の亢進を直接抑制するメカニズムがあるわけでもないので必要以上に繰り返され、硬くなりすぎて動きにくくなり痛みなど新たな問題が生まれやすいのです。
そして伝統的に、伸張反射の亢進や筋肉が硬くなることは、ジャクソンが陽性徴候として分類した「症状」として考えられてきました。
それでこの硬くなりすぎて動けないとか、不快感や痛みとなって苦しいとかいう現象が、脳性運動障害における「主な症状」として誤解されることが続いてきました。
というのも脳卒中後の片麻痺や脳性麻痺の患者さんの中で、比較的軽~中等度の方に対して上田法のような徒手的療法を実施すると、運動範囲や重心の移動範囲が広がり、動きが大きく速くなり、また「楽に動ける」という患者さんの主観的意見として聞かれることも多いからです。
それで「やはり硬くなりすぎることが正常な運動の出現を邪魔していたに違いない」という大きな誤解を生んだのではないかと考えられます。
しかし一方で、重度麻痺の方の過緊張が低下すると、より弛緩状態が明確になります。中等度麻痺の方でも、ボツリヌス療法で緊張が低くなりすぎると支持性がなくなり、歩けなくなったりもします。
そもそも脳卒中の発症直後は麻痺の領域は弛緩状態です。脳性麻痺でも新生児から数ヶ月は弛緩状態で過ごします。その後末梢の方から硬さが生まれてくることが多いようです。
だから脳性運動障害の症状の実相はジャクソンの言う陰性徴候、つまり弛緩麻痺だろうと思います。前回外骨格系問題解決で説明したように、弛緩状態では動けないので身体にある筋肉を硬くするメカニズムを総動員して筋肉を硬くし、支持性や運動に利用していたわけです。だから硬くなることは、障害後に運動システムが選んだ弛緩状態に対する問題解決と考えられます。
そして、硬くなることは障害後の運動システムの作動なので、過緊張は上田法のような徒手療法やお湯につけることで改善されるわけです。症状であれば、お湯につけたくらいで改善・消失する症状というのは変なことです。障害後の運動システムの作動だからこそ変化するのでしょう。(特にここでよく取り上げるキャッチ収縮はタンパク質による現象で、体温以上に温度が上がると解けることが分かっています)
ちなみに上田法で過緊張を落とすとクローヌスなどの伸張反射の亢進が見られるようになります。過緊張状態はキャッチ収縮など筋の粘弾性プロパティの変化が前面に出ている状態で、背景では筋の収縮を高めるために伸張反射の活動亢進は続いているのでしょう。
もし「必要以上の硬さは、外骨格系問題解決の偽解決状態である」ということを理解していれば、軽~中等度の麻痺で、過緊張を落とすと動きが良くなる現象は、過緊張の改善によって偽解決状態を改善していると理解できるわけです。単純に過緊張を改善して「脳性運動障害の治療をしている」と考えていると、治療はそこで止まってしまいます。
実際にはどんな障害にしろ、運動リソースを増やして運動スキルを多彩に柔軟に創造的にする運動学習は必ず必要です。それこそが運動システムの状況性という優れた特徴を生み出す基であるというのは、このシリーズの「その3」で述べた通りです。
それで筋肉が硬過ぎる、つまり過緊張を改善した後、運動リソースを豊富にし、運動スキル学習まで進んで初めてリハビリの治療と言えます。硬さを改善しておしまいということではありません。
また他の問題解決でもこの「偽解決状態」という問題がついて回ります。このことを良く知って偽解決状態についてよく学んでおくことが脳性運動障害を理解する鍵になります。
次回は「不使用の問題解決」について説明します。(その10に続く)
毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その8)
CAMRでは「自律的問題解決」は6種類に分類していますが、今回はその2番目の「外骨格系問題解決」です。(6分類はこのシリーズの「その6」に挙げてありますので参照してください)
「外骨格系問題解決」は「筋群を硬くして、支持性や固定性を得る」という問題解決スキル全般を指します。
たとえば腰椎ヘルニアで疼痛が起こると、圧迫部分と反対に脊柱を反らせて逃避性に側彎を起こします。またその側彎状態を維持するため体幹全体を硬くして、動きが出ないようにします。
また脳卒中後には、麻痺の領域は弛緩状態になります。弛緩状態というのは、筋肉が緩んで可動性のある骨格が水の袋に入ったようになります。水の入った袋を机の上に置くと重力に押されて安定するまで広がってペタッと机に貼り付いたようになります。体もちょうどそんなイメージです。
これでは動けなくなりますが、やはり動物なので動くための問題解決を図ります。つまり身体の内外に利用可能なリソースを探ります。そして筋を収縮して硬くする伸張反射やいわゆる錘体外路系の筋収縮のメカニズムを過剰に働かせたり、筋肉内にあるキャッチ収縮のようなメカニズムを優位に働かせたりするのです。
大きく見れば、「探索利用スキル」のうち「筋群を硬くするメカニズムという身体リソースを利用」して体を硬くしている訳で、探索利用スキルの一種とも言えますが、ここではこれを独立して分類しています。それだけこれは重要で頻繁に利用されますし、大きな誤解も生みやすい問題解決だからです。
そして甲殻類の昆虫やカニのような外骨格系動物のように体を硬くして、支持性や固定性を得るので「外骨格系問題解決」と名付けられました。そしてこの外骨格系問題解決は、脳性運動障害では一番多く見られる問題解決です。
ジャクソンは脳性運動障害の症状を「陰性徴候」と「陽性徴候」に分類しましたが、このアイデアでは、脳性運動障害の元の症状は弛緩麻痺、つまり「陰性徴候」だけだと考えられます。陽性徴候とした原始反射の亢進や過緊張は、運動システムが弛緩状態から動き出すために筋肉を硬くするための試み、つまり問題解決の現象だと考えられます。
実際上田法などの徒手的療法やボトックスなどによって、過緊張状態が低下すると露わになるのは弛緩状態です。症状のうち硬さなどの陽性徴候だけが消えてしまうのは妙な話です。これも陽性徴候は、弛緩状態から抜け出すために運動システムが障害後に選んだ問題解決の作動と考えると、陽性徴候だけが改善するのも納得できます。
また過去にはこの外骨格系問題解決は大きな誤解を生んできました。いわゆる「過緊張が正常な運動の出現を邪魔している」というアイデアが広まっていました。日本脳性麻痺学会などでも常識のように発表されたりしていました。(もちろんその頃から反対意見もありました)
確かに過緊張状態のある軽度~中等度の脳性運動障害のある方の過緊張状態が低下すると、運動範囲が広がり、動きがスムースになることはよく経験されます。やはり「過緊張がよりスムースな運動の出現を邪魔しているではないか!」と言われそうですが、これはCAMRでは問題解決に伴う「偽解決状態」として説明ができます。
つまり弛緩状態から動き出すために筋肉を硬くするわけですが、これらのメカニズムは健常の神経-筋システムのようにうまく調整されている訳ではなく、障害後に動員され、繰り返し使われている訳です。調整がうまく行かず、繰り返され次第に硬くなりすぎてしまいます。
そうすると元々弛緩状態を改善するために硬くなったのに働き過ぎて硬くなりすぎ、運動範囲を狭め、運動速度を低下させます。更に硬くなると動くために大きな力が必要になってかなりの努力が必要で発汗や発熱を伴うこともあります。更に更に硬くなりすぎると動けなくなり、不快や痛みなどの感覚が常に伴ったりもします。
このように元々解決策だったものが、新たな問題を生み出すことを「偽解決状態」と呼びます。
弛緩状態の体にとって硬くなることは、支持性を生み出し、必要なことではあるのですが、強くなりすぎると逆に本来持っている運動の出現を妨げる原因にもなります。
こうして「過緊張が正常運動を妨げる原因であり、脳性運動障害では過緊張を改善することが主なアプローチである」などという誤解を生んでしまうのです。 この辺り詳しく説明すると長くなるので次回に述べます。(その9に続く)
毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その7)
CAMRでは「自律的問題解決」は6種類に分類していますが、今回からそれらの一つ一つについての説明をします。(6分類は前回の投稿を参照してください)
まず「自律的問題解決」の6分類の最初は「探索利用スキル」です。
探索利用スキルというのは、人の運動システムのもっとも基本的な課題達成方法であり、同時に問題解決方法です。これは以下のようにシンブルに表現できます。
「人の運動システムは必要な課題を達成しようとするとき、身体の内外に利用可能な運動リソースを探索し、その運動リソースの利用方法である運動スキルを生み出し、修正しながら課題を達成する」
このような基本的な方法を「探索利用スキル」と呼びます。
つまり人の運動システムの作動の主な目的は人にとって必要な課題を達成することであり、その目的を達成するためのもっとも基本的な作動で、常に繰り返されている作動です。
従ってなにか問題が起きたときも、この作動が行われることになります。問題解決をして必要な課題を達成するために、身体の内外に利用可能な運動リソースを探索し、その利用方法である運動スキルを生み出して課題達成しようとします。
たとえば片麻痺後に患側下肢が振り出せなくなると、利用可能な健側下肢や体幹を使って色々と試行錯誤します。すると健側へ重心移動して体幹の伸展によって患側下肢を振り出すという「分回し歩行」という運動スキルが生まれます。
セラピストがT-caneという環境リソースを提供すると、それを健側上肢で利用して基底面を広げ、更に健側への重心移動が安定して大きく、素早く行われるようになるので、分回し歩行の運動スキルは更に効率的になります。
同じく片麻痺後に半身に麻痺が起きると麻痺のある手でものを操作できなくなります。菓子パンの入った袋を両手で開けようとすると麻痺の手は動きません。そこで利用可能な健側の手で袋を持ち、袋の反対を歯で噛んで袋を開けるという運動スキルを生み出すわけです。
私たちも踏み固められた雪面では重心移動を小さくするために歩幅を小さく小刻みに運びます。また靴底の滑りやすさを感じて、靴底を雪面に対して垂直に下ろすという運動スキルを生み出して安全に歩くという問題解決を図ります。
水溜まりを渡るときは、靴が水浸しにならないように浅いところを見つけてはつま先立ちになって着地し、蹴り出して大きく跨ぐような運動スキルが生まれて問題解決を図ります。
片側の上肢麻痺のある方が、健側の手でコップを持ち閉まったドアの前に立ちます。このままコップを持っていたのではドアノブが開けられません。ドアの反対に窓の桟があって何とかおけそうなので置いてみます。安定して置けるのを確かめて、空いた健側の手でドアノブを開けてその後再びカップを持って部屋に入るという課題を達成できます。
背中が痒いのですが、その部分に手が届きません。周りを見ると新聞広告があるのでそれを硬く丸めて棒を作り背中を掻いて課題達成します。
うちの親父は片麻痺になりました。退院後うちに帰ったときに古い農家の造りで廊下の両側は障子戸です。親父は軽い基礎定位障害があったので「手すりをつけようか」と聞いたところ、親父はしばらく考えて「いや、いい」と言い、やおら障子戸の格子の太い部分の上の紙をバリッと破って手を突っ込んだのです。そして障子戸の桟を握って押して移動する手すりとして歩き始めました。
僕は親父と相談して、不要の戸を外し、滑りが良くなるようにロウソクを塗ったりカンナで戸の上部を削ったりして使い易くしました。
今思うと、親父は軽い基礎定位障害でバランスが少し悪いだけで、支持性が悪いわけではないのです。だから体重をかけれるようなしっかりした手すりが必要なのではなく、体のバランスを安定させる程度の軽い支持があれば良かったわけです。
親父はそんなことを知ってか知らずか、いや、理由さえ知る必要もないのでしょう、その後もその「移動手すり」を使ってよくトイレに行っていました。 こんなふうに人は日常に現れる達成するべき課題、解決するべき問題に対して常に身体の内外に利用可能な運動リソース(身体リソースや環境リソース、情報リソース)を探索し、その利用方法である運動スキルを生み出しては問題解決して、課題達成をしているのです。
そのやり方全般をCAMRでは「探索利用スキル」と呼んでいるわけです。(その8に続く)
【CAMRの最新刊】
西尾 幸敏 著「リハビリのシステム論(前編): 生活課題達成力の改善について」
西尾 幸敏 著「リハビリのシステム論(後編): 生活課題達成力の改善について」
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
【あるある!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」
【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①
【CAMR入門シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①
西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②
西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③
西尾 幸敏 著「正しい歩き方?:俺のウォーキング」CAMR入門シリーズ④
西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤
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毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その6)
システム論を基にしたCAMRは、人の運動システムの作動の特徴を基に運動システムと障害の理解とそのアプローチを導きます。
ここまでで「状況性」という作動上の特徴を基に「リハビリの内容」が決まり、と「同一課題での運動リソース交換可能性」という特徴を基に留意するべき点が分かりました。また「課題特定性」という特徴で、「リハビリの手段」が明確になりました。
今回テーマにする人の運動システムの作動上の特徴は、「自律的問題解決」です。
人の運動システムの基本的な作動の目的は、人にとって必要な課題を達成することです。つまり安全を確保したり、食事をしたりの必要なものを手に入れたりすることです。そのために人は探し、移動し、ものを操作します。
このやり方は、身体の内外に利用可能な運動リソースを探し、課題達成のためのそれらの運動リソースの利用方法である運動スキルをその場で生み出しては、何とか課題を達成していくわけです。
しかし課題達成になにか問題が起こると、その問題を解決して必要な課題を達成しようとします。
たとえば腰椎ヘルニアで疼痛が生じて動けなくなると、圧迫部分を逃すように逃避的な側彎が生じ体幹部を硬くして動きによる痛みを減らそうとする問題解決が行われます。
「おーい」と呼ばれると、人形のように体幹はそのままの姿勢で脚で踏み換えてふり向いたりしますよね。
また腓骨神経麻痺になると下垂足が起こります。このままでは歩行時につま先が床に引っかかって転倒の危険という問題があるので、膝を高く挙げる鶏歩という問題解決が行われます。片麻痺になると患側下肢の振り出しが困難という問題が生じます。そうすると体幹部の伸展や健側下肢への重心移動による「分回し歩行」という運動スキルによって問題解決を図って歩けるようになります。
これらの問題解決は、特に人が意識していなくても運動システムによって自動的・自律的に行われて、人はそのことを意識することはありません。問題が起こると本人が知らない間に運動システムが自律的に問題解決を図るわけです。
すると私たちは、元々の運動障害の現象に加えて、運動システムの自律的問題解決によって引き起こされる現象の混合状態を目にすることになります。
もし運動システムが自律的問題解決を図っていることを知らなければ、目にする現象は全て障害による現象、つまり全部を症状として見てしまうことになります。
特に脳性運動障害のように麻痺が広範囲・長期に渡って存在することになると、元の症状に加えてたくさんの問題解決による現象が同時に起きているわけで、これがしばしば脳性運動障害を誤解する原因になっているのです。次回からこの点を詳しく説明します。
また自律的問題解決のやり方はCAMRでは6種類に分類されます。以下の通り。
①探索利用スキル
②外骨格系問題解決
③不使用の問題解決
④骨靱帯性問題解決
⑤健康時の問題解決
⑥安心確保の問題解決
これらも次回から詳しく説明して行きます(その7に続く)
【CAMRの最新刊】
西尾 幸敏 著「リハビリのシステム論(前編): 生活課題達成力の改善について」
西尾 幸敏 著「リハビリのシステム論(後編): 生活課題達成力の改善について」
【CAMRの基本テキスト】
西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版
【あるある!シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」
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西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①
【CAMR入門シリーズの電子書籍】
西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①
西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②
西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③
西尾 幸敏 著「正しい歩き方?:俺のウォーキング」CAMR入門シリーズ④
西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤
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毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その5)
今回検討するのは「課題特定性」という人の運動システムの作動の特徴です。
これを知ると、リハビリをどのように進めたら良いのかがわかるようになります。
課題特定性というのは、課題達成のための運動スキルは課題そのものの遂行によって生まれ、修正される」という特徴です。わかりやすく言えば、「歩くための運動スキルは歩くという課題を遂行することによって生まれ、修正される」ということです。なんだか文章にすると「当たり前じゃん!」と行った感じですね。
でも臨床では、歩く練習をするために「椅子に座って四頭筋訓練をする」といったことはよく見られます。
これはやはり人の運動システムを機械のように見ているからでしょう。座位での四頭筋強化がそのまま歩行で活かされると考えてしまうのです。確かにロボットでは、膝を伸ばすモーターが壊れたら、それを交換するだけで元々設定された歩行が行えるようになります。つまり壊れたリソースを交換するだけで良いのです。
つまりロボットには運動スキルが無いのです。ロボットの「やり方」は予め決められていて、人の運動スキルのように状況によって自律的に新たに創造されたり、変化に対応して自然に発達したりするものではないのです。ロボットで考慮するべきはリソースだけで良いのです。
しかし人の運動システムでは、課題達成は運動リソースと運動スキルの二本立てです。座位で四頭筋の筋トレをすると筋繊維は太りますが、そのままでは歩行に役立ちません。増えた筋力という運動リソースをどのように歩行に使うかという運動スキルも筋力変化に応じて対応させ、発達させるための運動スキル学習が必要なのです。
少し前の話ですが、高校野球で「長打力をつけよう」と新たに筋トレを加えることがブームになりました。しかし実際に筋力だけ改善しても長打力が伸びるどころか、バッティングそのものが下手になるということが見られました。
筋力という身体リソースだけが変化すると、それまで使われていた運動スキルでは適切に対応できなくなるのです。だから変化した運動リソースに対応してうまく課題達成できるような新たな運動スキル学習が必要な訳です。
この場合も「打撃という運動スキルを進歩させるためには、変化した筋力を上手く使うための打撃という課題そのものをやっていく必要がある」のです。
というのも、ある課題を達成するための運動スキルを生み出すための情報リソースは、その課題の中にしかないからです。だから歩行をより安定させたいなら、歩行練習の中でより安定することを目標に運動スキル学習をしなくてはいけないのです。
実際に運動スキル学習を効果的に行うための課題の条件もわかっています。以下の3つです。
① 行為者本人が、必要な課題(行為者自身にやる意味や価値が感じられる課題)
② 行為者に取って達成可能な課題(少なくとも介助や環境リソースの工夫で達成できる課題)
③ 行為者自身がアクティブに実践・経験できる課題となります。 そうなると、セラピストにとって一番重要な仕事の1つは「課題設定」ということになります。
セラピストは患者さんにとって意味や価値の感じられる課題を提案する必要があります。それにその課題が修正や介助や環境リソースなどによって何とか達成できるように工夫する必要があります。また課題の実践や経験を通して、患者さんが意味や価値が感じられ、取り組む姿勢がより良くなるように援助する工夫も大事になります。
CAMRでは、セラピストが課題設定するための工夫や技術がいくつか用意されていますので、機会があれば講習会などを受けられると良いと思います。
さて、「状況性」と「同一課題のリソース交換性」という作動の性質で、医療的リハビリでやるべき内容が示されました。そして今回の「課題特定性」という作動の性質で、リハビリの手段が示されました。
そしてもう一つ考慮するべき「自律的問題解決」という作動の性質があります。これこそが脳性運動障害のリハビリでは一つのキモになります。次回からこれを少し詳しく説明したいと思います。(その6に続く)
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毎回5分で理解する「要素還元論」と「システム論」(その4)
CAMRでの障害の理解は非常にシンプルです。
障害を持つとは、まず筋力や柔軟性、体力などや身体の一部を失うなどの身体リソースが低下・消失することです。また痛みは運動パフォーマンスを低下させますのでこれが強まることも筋力などの身体リソースを低下させます。
すると身体リソースの低下に伴い、利用可能な環境リソースが減少します。また身体と環境の関係性を示す情報リソースも減少あるいは不適切なものになってきます。結果として多様で柔軟、創造的な運動スキルを生み出せなくなり、様々な生活課題の達成力が低下することになります。これがCAMRで考えられる障害の状態です。
そうするとアプローチは、まず増やせる身体リソースをできるだけ増やすことになります。もし痛みがあれば、痛みはできるだけ改善することです。
また利用可能な環境リソースをできるだけ工夫して増やすことです。たとえば手動の車椅子は無理でも操作装置を工夫した電動車椅子なら利用可能かも知れません。
さらに増えた身体リソースや環境リソースを使うことによって、情報リソースをアップデートしたり、適応的な運動スキルを生み出したりする練習をすることになります。
このように「状況性」という作動の特徴からは、障害をどう理解するかとリハビリで何をするか、何を目標にするかがわかってくるのです。
また上に「増やせる身体リソースはできるだけ増やすことです」と述べています。要素還元論のアプローチでは、「悪くなったところを改善する」というアプローチをとるのが普通です。それが効率的であると考えられるからです。
でもCAMRでは、「悪いところを改善するのではなく、改善できる身体リソースはできるだけたくさん改善する」という方針を持ちます。どうしてでしょうか?
理由はやはり人の運動システムの作動の特徴にあります。人の運動システムには、「同一課題での運動リソース交換可能性」とCAMRで呼ぶ特徴があるからです。
これでよく挙げる例は、「立って靴下を履く」という課題です。通常健常者に「立って靴下を履いてください」というと、片脚立ちになりもう片脚を屈曲して両手で靴下を履くことが多いと思います。講習会でセラピストにこの課題を出すとほとんどの方がこうします。
そこで「もしその履き方ができないときはどうしますか?」と聞くと、多くの方が「片脚立ちができるように下肢と体幹の筋力強化とバランス練習が必要」などと答えられます。
おそらく多くのセラピストの頭の中には、「立って靴下を履くための標準的な(正しい)やり方」としてこの方法があるのでしょう。ちょうどロボットでは、設計者が考える正解の動きがあって、それができるように修理をします。要素還元論では自然にロボットを見るような目で人を見るようになるので、これもその傾向なのかも知れません。目標とするべき正しい運動があると無意識に思ってしまうのでしょう。
でもセラピストの中には、「壁にすがって靴下を履きます」と答える人もいます。つまり筋力やバランス能力といった身体リソースの代わりに壁という環境リソースを利用しても同じ「立って靴下を履く」という同じ課題を達成できるわけです。
僕の知っている95歳のおじいちゃんは、両脚で立ったまま、両手で靴下を広げて片脚の前に持っていきます。そしてまずつま先を挙げて靴下をかぶせると、次に踵を挙げて履いて見せます。筋力やバランス能力の代わりに体幹の柔軟性を交換しても課題達成できるわけです。
このように「立って靴下を履く」という同一課題を様々の異なった運動リソースに置き換えても達成できるのが人の運動システムの特徴の1つです。つまり人では、異なったやり方で同一課題を達成することは普通のことです。そのためにその時その場で多彩で柔軟、創造的な運動スキルを創出する能力を持っているのです。これがロボットと違う人の独自の作動なのです。
どのような運動スキルを生み出すかは、その人の運動システムがその時その場で出会う状況の中で創造的に生み出します。そして運動システムがどの運動リソースをどのように利用するかはセラピストにはすぐにはわからないことも多いのです。だって95歳のおじいちゃんが立ったまま靴下を履くなんて、なかなか想像できないでしょう? だから「改善できる可能性のある身体リソースはできるだけ改善しておく」ことです。運動システムの可能性を広げるためには改善できる身体リソースはできるだけ改善しておけば運動システムが思いもよらない利用方法を思いつくこともあるわけです。
もちろんセラピストも経験を積むうちに、たとえば「寝返りを筋力ではなく体幹の柔軟性と下肢の重さや重力を利用して寝返る」などを知ることになります。そのような理解が進むと、より効率的な身体リソースの改善を援助できるようになりますが、ともかくそれでも「できるだけ改善できる身体リソースは改善しよう」というのが基本方針であることに間違いはありません。人の運動システムは時に驚くほど創造的な方法を生み出すからです。(その5に続く)
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