テレビでボクシングするAIロボットの動画を見た。自分でパンチを繰り出してはバランスを崩して転倒。そこから何とか起き上がってまたシャドーボクシングをして転倒して・・・・を繰り返す訳だ。
テレビでは「何、訳の分かんないことやってんだ!」と嘲笑の対象にしているのだが、リハビリのセラピストとしては「凄いなあ!」と感動するしかない。
AIロボットの凄いところは、転倒後の起き上がり方もロボットが「一から学習している」ことである。たとえば倒れた状態から自分で起き上がるやり方を自分で発見しているのである。簡単に言うと「動けるように動いて、その中から試行錯誤で立つためのやり方を自分で発見、学習している」のである。
つまり人が運動スキルを創造するやり方をロボットで再現している訳だ。考えてみると赤ちゃんは生まれて1年頃に独りで立ち上がるようになるのだが、誰かにそのやり方を教えられている訳ではない。動けるように動きながらその中から試行錯誤して「課題達成方法である運動スキル」を自ら創造している訳だ。1人1人の立ち方が微妙に違うのも、1人1人の身体の個性が反映されるためである。
ところがリハビリで従来言ってきた運動学習は、随分旧型のコンピュータ制御のロボットをモデルにしている。機械には設計者の意図した正しい運動があり、それをプログラムとしてコンピュータに入力してあげるわけだ。
リハビリはこのアイデアを基にしているので、人には正しい運動の形・やり方があり、患者さんの脳に正しい運動の感覚を繰り返して入力すれば、やがて「正しい運動をするようになる」と考える訳だ。
でも人の運動にたった一つの正しいやり方などというものはない。家の中の廊下は普通に歩いていても、氷の上ではすり足気味にヨチヨチと歩き、水田では泥から足を引き抜くために膝を高く挙げる。暗闇では前に出した足で路面の様子を探りながらちょっとずつ進み、酔っ払うと思うにならない千鳥足でバランスをとりながら歩く。片麻痺になると「分回し」と呼ばれる新たな歩行スキルを生み出して歩く・・・・
環境や心身の状況の変化によってやり方は千変万化するものである。世界は無限に変化するのでたった一つの正しいやり方で乗りきれるものではない。
それなのに「人には正しい歩き方がある」などという「正しさ幻想」を抱き、「患者さんに正しい運動を指導、教えてあげるのだ」というのはとんでもない勘違いである。
人に運動のやり方を教えることはできない。自ら動けるように動きながら課題達成の方法である運動スキルを発見、獲得していくものだ。CAMRではこの人の運動システムの作動の特徴を「自律性」と呼んでいる。
それでセラピストがやり方を教えてあげるのではなく、必要な課題を適切に設定して、課題設定のやり方を患者さん自ら発見していただくようにすることがリハビリに本来求められるものである。人の運動システムの「自律性」などの作動の特徴をより深く理解することが適切な課題設定に役立つ訳だ。
こうして見ると人相手のリハビリ・セラピストは旧型コンピュータ制御型ロボットをモデルに人の運動システムを理解しているのに、工学系の人達はより人の運動システムの作動を理解して、AIロボットを作っているわけで、「なんだかなー、リハビリ」と思わざるを得ないのである。
だってもしかしたら工学系の人達の方が人の運動の発生をよく理解しているので、より優れたリハビリ・アプローチを考え出すかもしれないからである。















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