不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 その3 小説から学ぶCAMR

目安時間:約 8分

不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 


小説から学ぶCAMR その3


 藤田さんとは以前からよく話をしていたし、今回のマスコミ報道で改めて知ったこともある。刑事さんから少し聞いてはいたが、テレビを通して新たに事件の経過も少し詳しくわかってきた。最初は何を書くべきかわからず、何度も打ち直したが、「まずは藤田さんのことを書いてみよう」と思った。


 藤田さんは大学・大学院で化学を学び、大手薬品会社に就職した。約30年間勤務し、いくつかの試薬や薬品で特許を取った。ある程度の大金を手にして、55歳で退職。


 子どもたちもずっと昔に手を離れていたので、しばらく夫婦で世界中を旅して回ったという。そのうち農業に興味を持つようになり、59歳で今住んでいる里山を買い取り、そこで妻と二人で農業に関する勉強と実際に野菜作りを始めた。特に野菜の品種改良に興味を持ったようで、大きなガラス張りの実験室を建てて、そこで色々実験的なことをしていたようだ。藤田さんは、「妻は美人で、歳をとると更に美人になった。おまけに頭が良かった」と常々自慢していた。若い頃に一目惚れで、2年近く積極的にアプローチを続け、妻の両親の反対を押し切って駆け落ち同様に結婚したのだという。若い頃から行動力のかたまりだったのだろう。


 約10年間、その里山で妻と2人で暮らしていたが、3年前に妻は突然の病死。しかし、2年前、孫の昭君がすぐ近くの国立大学に合格したこともあって、一緒に暮らしてくれるようになった。


 昭君は一人息子で、東京の両親から離れてやってきた。両親も一人暮らしの父親のために、積極的に同居を勧めてくれたのだろう。昭君はとても好奇心旺盛で、優しい孫だと藤田さんも常々自慢していた。また藤田さんのやっていることにも興味津々で、色々と手伝ってくれるようになった。藤田さんはとても嬉しかったという。生活は充実して楽しかったし、まるで自分の跡取りができたような思いだった。


 目標だった野菜の品種改良ももう少しのところまできたそうだ。


 しかし1年前に藤田さんは脳梗塞で倒れた。寒い春の朝だった。いつものように畑仕事に出たのだが、意識を失って倒れたらしい。2年生になったばかりの昭君が「大学に行くよ」と声をかけに行って発見し、救急車を呼んでくれた。すぐに入院したが、はっきりとわかる麻痺が残ってしまった。


 状態が落ち着いてリハビリが始まり、2ヶ月目にはなんとか歩けるようになったがとても農業ができる状態ではなかった。歩行は実用的ではなく、すぐに転倒しそうになる。


 昭君は週に3~4回は病院に来ていたとのこと。野菜はちょうど春先に植え付けの準備をしていたところだったので結局その年は野菜や新作の野菜の植え付けは諦めた。昭君は時間ができたせいだろう、「今度バイトを始めたよ。楽だし、小遣いになるので少し続けるつもり」といっていたらしい。例の青木と関わることになったあのバイトである。


 初のバイト代で両親にはこの地方の名物の饅頭を送り、藤田さんには電子メモ帳を買ってくれたらしい。藤田さんはいつもそのメモ帳を手元に置いていた。そんな状態で3ヶ月が経ち、「そろそろ退院の時期です」と病院から言われた。


 息子夫婦が慌てて東京から飛んできて、「何とかするからまずは近くの老健に入ってくれ」と頼むので、藤田さんは渋々老健に入所することにしたのだ。実際のところ、まだまだ一人で暮らせそうにはない。最初、老健にきたときは、藤田さんの主担当は先輩で、僕は副担当だった。


 その初日、先輩と一緒に藤田さんの様子を見た。初めて見た藤田さんの歩行は、ただ全身に力を入れてがむしゃらに前に進もうとしているように見えた。とても努力をされて、ひたすら歩こうとされるため全身が硬くなりすぎて、全身が電信柱のように硬くまっすぐのまま歩かれる。


 健側の下肢を中心に立たれ、麻痺側下肢へ重心移動があまり起こらず、結果、患側下肢で支える時間が極端に短いので、健側下肢の歩幅が小さい。麻痺側下肢も小さな分回しがみられる。全体に硬くなっているせいで各関節の可動範囲が小さくなっているのだ。


 それなのに速く歩こうと一生懸命に次から次へと脚を振り出されて、結果、小刻みの歩行でちょこちょこと前進される。非常に効率の悪い歩き方で、しばしばバランスを崩すような様子が見られる。麻痺側上肢も硬く屈曲して体幹に引きつけている。額に玉の汗を浮かべ、息を弾ませながら歩かれる。


 二十メートルも歩くと、もう息が切れ切れの様子だ。しかし、立ち止まって一休みされるとすぐにまた歩かれる。歩こうという意欲だけはとても高いようだ。


 今思うととても殺人などできる運動状態ではなかった。カルテには病院からの報告書が挟まっていた。「リラクゼーション・テクニックやストレッチなどで過緊張を落とし、可動域を拡大しながらの歩行練習を続けてきたが、病的に全身の過緊張が強く、非効率的な歩行である。バランスも悪く、まだ実用的なレベルではない。


 本人の希望は在宅での一人暮らしだが、息子夫妻の希望は、長期に療養できる施設への入所である。


 またリハビリは熱心だが、頑固で協調性がなく、セラピストの言うことには従われない傾向がある」とある。


 先輩は「頑固で言うことを聞かないのか。まあ、そんな感じだな。骨が折れそうだな」などと言っていた。僕は逆に自分の担当でなくて残念だった。この手の運動状態の人は、やり方次第で劇的に改善するだろうと思ったからだ。(その4に続く)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


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西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」


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西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①


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西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①

西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②

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西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤


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不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 その2 小説から学ぶCAMR

目安時間:約 8分

不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件


 小説から学ぶCAMR その2


 刑事が帰った直後からマスコミの取材攻勢が始まった。デイケアから帰るまでは、職員がマスコミの取材を断ったが、マスコミ陣は家に帰った利用者さんを追って取材したようだ。利用者さんの何人かは取材に答えたらしい。翌日のテレビには、その利用者さん達が「藤田さんは正義のヒーロー、みんなのために悪い奴をやっつけてくれた」といった内容の話を誇らしげにしていた。僕はひたすら口をつぐんだ。特に担当理学療法士だった僕へのマスコミ陣の群がり方がひどかった。事務長もマスコミ陣の非常識さと厚かましさに目が丸くなった。「これでは仕事にならんし、何か事故が起きたら大変だな」と言ったので、「しばらく休みをいただけませんか?1週間もすれば収まると思います」と言った。


 事務長はいささか驚いたようだ。「まあ、何も休むことはないよ」という。それでも僕はこの状況から逃げ出したかった。「僕が担当した利用者さんがリハビリでよくなって、殺人を犯したのは少しショックだった」と伝えた。事務長は、「判らんでもないが、海、お前が悪いことをしたわけじゃないからな」と言った。


 僕は事務長と話した後、アパートには帰らず、施設から100キロ近く離れた街のこのビジネスホテルに泊まった。結局、事務長は休みに承知しなかったので、勝手に休むことにしたのだ。後輩にしばらく仕事を休むと伝えた。その後、携帯電話も切った。その夜から、この狭い一室で一日中テレビを見て過ごした。何もする気力が起きず、トイレ以外はずっとベッドの上で横になって過ごした。


 マスコミの熱意は、一向に下がる気配はなく、翌朝には「どうしてその犯罪が起きたのか?警察は孫の自殺後にどんな対処をしたのか?そして不自由な身体でその殺人はどうして可能になったのか?」という方へ興味が移っていった。また藤田さんや青木の人物像を細かく報道し続けた。連日、マスコミは施設職員や利用者さんの間を跳びまわっては何か新しい情報がないかとつきまとっているらしい。


 テレビには脳卒中を主にみている理学療法士が何人か登場して意見を言っていた。まとめると「脳卒中とは言っても麻痺の程度で運動能力は様々だ。麻痺が軽ければ可能だが、ある程度重いと杖なしで安定して歩くことは難しい。鉄の杭を持って力強く刺すくらいだからある程度麻痺は軽かったし、麻痺していない方の手脚の力も強く、体力もあったのだろう。普段から杖歩行をしていた?まあ、実際に麻痺の程度を見ないと何とも言えないが、時々麻痺は重くても、努力してびっくりするくらい良くなってくる患者さんはいますよ」といった話をしていた。なるほどと思った。


 実のところ、僕は刑事の前で、藤田さんが殺人をやってのけるだけの運動能力が改善していることに気がつかない振りをしようとしていたのだ。僕がその殺人の共犯者になるのではないかと恐れていたからだ。実際に僕は藤田さんと具体的に殺人の話などはしていないが、彼が復讐を企てていることに気がついていたし、それでも積極的にリハビリを続けていたからである。というのも、まさか本当にやるとは思わなかったし、実際にやっても成功するはずがないと思っていたからだ。でも自分の振る舞いのいくつかは、殺人に協力したと思うところもあった。


 だから最初は、刑事の前ではそのことに気づかない、間抜けな理学療法士としてとぼけようとしたのだ。


 しかし刑事の前では落ち着かず、我ながら挙動不審なところがあったように思う。実際に疑われたかもしれない。とてもあんな状態では冷静にマスコミの取材を受ける自信がなかった。自分でも昔から嫌になるくらい、気が小さいところがある。今さら言っても仕方ないのだが・・・おまけに昨日の夕方以降、僕は姿をくらましてしまったわけだから、却って怪しまれたと思う。電話が通じないので事務長達も不審に思っているだろう。刑事達には、「殺人の練習を指導したに違いない」、と思われているに違いない・・・・ああ、なんてことだ!色々なことで混乱して頭の中で何かがグルグルと回っている。「なんでこんなことに!迂闊にもなんと色々とやってしまったことか」と後悔した。


 さらにその日の午後のニュース・ショーで「新たな情報が明らかになった」という。「容疑者の通っていた施設の容疑者の担当の理学療法士が、不思議な練習を繰り返していたそうです。犯行のしばらく前から、坂道をダッシュして登る訓練を何度も繰り返していたことが目撃されていたそうです。しかも昨日の夕方から担当の理学療法士は、施設に居場所も伝えずに行方をくらませたそうです」


 ああ、なんてことだ!ニュースを聞いた出演者達が、好き勝手に想像していろんな意見を言い始めそうだ。僕はすぐにテレビを切ってしまった。


 事件直後からずっと言い訳を考えている。僕の仕事は利用者さんの日常生活課題の達成力を改善することだ。たとえば歩行するにしてもギリギリトイレまで歩ける程度では実用にならない。日常生活で余裕を持って動くためには、必要以上の十分な余力を持って歩けるようになって、たとえば何百メートルも続けて歩けて初めてトイレに安全に、安心していけるのだ。だからできるだけ運動能力を上げるだけ上げて行くのが僕の勤めだ。義務だ。


 そしてなにより、十分に改善した運動能力をどう使うかは僕の問題ではなく、その方自身の問題だ。僕が口を出すことではない・・・・・などという考えが頭の中をグルグル回る。


 テレビを消して、静かになった部屋の中でベッドに横になり、しばらく天井を見ているうちに少し落ち着いてきた。ふと何かを思いついた訳でもないが、なんとなく起き上がり、鞄からノートパソコンを取りだした。そうだ!なんで早くこれをしなかったのだろう、と思った。


 昔から混乱した気持ちや考えは、できるだけ文章にするようにしてきた。そうすると気持ちが落ち着いたり、考えがまとまったりすることを知っていて、ずっとそうしてきたのだ。急に気力が湧いてきたような気がした。僕はパソコンに向かった。(その3に続く)


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不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 その1 小説から学ぶCAMR

目安時間:約 8分

「不自由な体で孫の仇討ち」-新興犯罪組織首領殺人事件


小説から学ぶCAMR その1


 午後一番の利用者さんの訓練を開始した直後だった。受付にいた相談員の女性が何か伝えたいらしく、両手を振りながら小走りに近づいてきた。彼女が指さす方向を見ると、事務長とスーツ姿の男性が2人、玄関に立っていた。僕と目が合った事務長が手を挙げ、若いセラピストを指さした。


 その若いセラピストは急いで僕のそばに来ると、「事務長が急用だそうです。例の件で刑事さんが2人来ているそうです」と小声で僕に話しかけ、次いで利用者さんに向かって、「鈴木先生は急用で訓練ができなくなりました。申し訳ないですが、僕が先生の代わりに訓練しますのでよろしくお願いします」と話しかける。


 利用者さんも「あら、大変ね。藤田さんでしょ、藤田さんは良い人よ。よろしくお願いしますね」と僕に向かって頭を下げる。


 僕はデイケアの入り口に向かいながら、「やはりきたか!」と思った。


 実は、二日前に僕の担当していた利用者さんが殺人事件を起こしたのだ。名前は藤田三郎さんという。71歳で約1年前に脳梗塞を発症され、左片麻痺だ。普段は杖で歩かれている。明るくて前向きな人だ。


 僕は鈴木海(かい)。理学療法士として働いてもう10年になる。未だに独身だ。ここは老健とデイケアが一緒になった施設で、老健には100人が入所している。デイケアには1日平均70人あまりが通ってくる。朝の1時間と夕方の2時間の計3時間は併設の老健で働き、日中はデイケアで働いている。


 殺されたのは青木雄二という32歳の男性だ。身長が190㎝はある堂々たる体躯の大男らしい。青木は東京を中心に電話詐欺をするグループの一員だった。そのグループが摘発されたが、青木は逮捕されなかったらしい。その後、青木はその犯罪のノウハウを持って、生まれ故郷に近いこの地方の大きな都市で新たな電話詐欺グループを作った。


 藤田さんのお孫さんは昭といい、大学二年生の男性で二十歳。最初割の良いアルバイトを見つけて募集したらしい。しばらく荷物の配達などを手伝い、小さな運送業だと思っていたらしい。


 しかしある日いきなり青木が現れて、「良くやっているな。これでお前も一人前の組織員だ」と言ってきたという。そしてこれまでやってきたことが犯罪の一部で、「お前は立派な共犯者だ」と脅されたという。知らない間に罠にかけられて言う通りにせざるを得なかったのだろう。なにより青木はすぐに暴力的に振る舞うという。しかし言うことを聞いていれば、優しく接してくれるという。昭君はイヤイヤながら様々な犯罪に関わる仕事をせざるを得なくなったらしい。


 結局青木はたくさんの若者を彼の作った犯罪組織に誘い込み、色々な役割を振って大きな組織を作りあげた。若者の中には青木に惹かれて、積極的に悪事に参加してその能力を発揮するものもいたそうだ。少しはカリスマ性のある人間なのだろう。


 そして短期間に多くのお年寄りを詐欺にかけ、たくさんのお金をだまし盗っていたのだ。自殺した老人やショックで倒れて入院した方もいるらしい。


 そしてある日、昭君の関わった犯罪でおじいさんが騙されたことを苦に自殺してしまった。昭君はそれをきっかけに家に閉じこもるようになり一週間後に自殺。そしてその半年後に藤田さんは、青木を後ろから鉄の杭のような凶器で胸を突き刺して殺してしまったのだ。


 逮捕後、最初の警察発表では、「後ろから襲うのは卑怯だと思ったが、不自由な身体で目的を達するにはこれしかなかった」という藤田さんの弁が紹介された。それはそうだろう、藤田さんは身長165㎝そこそこで半身麻痺のご老人、相手は身長190センチで暴力的、そして新興犯罪組織のボスでもある。とてもかないそうにないのだが、それをやってのけてしまったのだ。


 また家族が「普段からあんな悪い奴は懲らしめねばならん」と再々口にしていたことを紹介した。


 結果、様々な新聞やワイドショーで、この事件はセンセーショナルに取り上げられた。大方の見出しが「不自由な体で孫の仇討ち」といったものが多い。また「正義のヒーロー」とか「勇気ある行動」と表だっては言わないものの、暗にそういうニュアンスの取り上げ方をされるようになっていた。もちろん番組の出演者は誰もが口を揃えて、「殺人はいけない」とは言っていたが・・・


 僕は刑事2人から別室で犯行の様子を簡単に説明され、質問された。主な点は、藤田さんの運動能力に関するもので、「大股で速く歩く被害者の後ろから、気づかれずに追いついて、半身不随で、先を尖らせた鉄の棒で人を深く、力強く突き刺せるものか?」と言うものだった。


 僕は、麻痺は一目ではっきりとわかるほどの状態であること。短距離なら杖なしで速く歩くことができるし、麻痺していない手脚の力は強いこと。しかし速く歩くと言っても健常者にはとてもかなわないこと。歩行のバランスは通常のあの年齢のあの程度の麻痺の片麻痺患者に比べて遙かに安定していると説明した。しかしそれでも健常者に比べると遙かに不安定であること。


 しかも鉄の棒を構えて杖なしでバランスを崩さずに早歩きして背中を刺すことはほとんど不可能に近いことだろうと答えた。普段と少し違う動作をしたり、普段と状況が変化すると簡単にバランスを崩す傾向があり、殺人のような非日常の行動ができるとはとても思えない、と答えた。


 眼鏡をかけた方の刑事は無表情に「そんなことをしたんですよ。まあ、可能なんでしょうね」と言った。


 また「藤田さんが今回の殺人を計画していたと知っていたか?」と問われたので、もちろん「全然知らなかった。事件を聞いてとても驚いた。そんな犯罪を犯すような人にはとても思えない」と答えた。じっとりと脇汗をかいている。喉がカラカラだ。


 実はこのことは前もって予想していたので、答えを予め用意して練習をしていたのだが、「どうもうまくいっていないな」と内心思った。(その2に続く)


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スポーツから学ぶ運動システム(その12 最終回)

目安時間:約 4分

スポーツから学ぶ運動システム(その12 最終回)


 人の運動システムの「課題特定的」な性質とは、新奇な課題に対しても新たな運動機能を生み出して課題を達成するということだ。そしてこの性質を支えているのは「豊富なリソース、多彩なスキル」であると前回述べてきた。


 この視点から見ると、伝統的な医療的リハビリテーション(以後「伝統的リハビリ」と略す)は「リソースを豊富にする」という特徴を持っていることがわかる。柔軟性や筋力、体力などの身体リソースの改善、そして杖や装具、義肢などの環境リソースを豊富にすることが主であった。


 特に伝統的リハビリは整形外科を中心に発達してきた。


 たとえば四頭筋力が弱れば、足首に重りやゴムバンドを巻き、椅子に座って下腿を持ち上げると四頭筋は太り、四頭筋の筋力リソースを増やしてきた。


 しかし運動スキルの視点から見ると、これは「骨盤と大腿を固定された座位で、下腿を持ち上げる」というひどく単純な身体の使い方をしている課題に過ぎない。実際に立位姿勢をとると、四頭筋は「膝関節を伸ばしながら、他の多くの筋群と協力しながら重心を狭い基底面内に留まるように働く」という複雑な使い方をしているのである。身体というリソースの使い方から見るとまったく別の運動スキルであり、椅子に座って四頭筋を太らせたのではまったく立位に役立たない身体の使い方をしていることになる。


 とは言え整形疾患の多くは、部分的な障害であり、それまで身につけた運動スキルは有効な事が多く、リソースを増やす訓練をすると、患者はその増えたりソースを自分で試しながら、自律的に運動スキルを試していることが多い。だから実際には問題にならないのだ。


 しかし脳卒中のように半身が麻痺すると、身体の変化は大規模で健常時の運動スキルは役立たなくなることが多い。立った時に健常の時のように患側下肢を使おうとすると、支持性がなくて倒れてしまう。そこで健側下肢を中心にして立位保持をするという新しい運動スキルを探して、試行錯誤し、身につけなくてはならないわけだ。


 だから脳卒中のように全身の変化が大きく、健康時に使っていた運動スキルが役に立たなくなるので、「運動リソースを豊富にする」ことはもちろん重要だが、その増えた「運動リソース」を課題達成のためにどのように利用するかという運動スキル学習もまた重要になってくるのである・・・


 さて、様々なスポーツを通して人の運動システムを見ると、他にももっとたくさんの特徴が見えてくる。今回のオリンピックはそれを改めて教えてくれたように思うのだ。(終わり)


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CAMRの基礎知識 Part1「探索」その3

目安時間:約 5分

≧(´▽`)≦
みなさん、ハローです!



「CAMR Facebookページ回顧録」のコーナーです。
今回は「CAMRの基礎知識 Part1「探索」その3」です。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆



CAMRの基礎知識 Part1「探索」その3 2014/4/4
「探索に始まり、探索に終わる!」



 実習生のレポートを見ると、「股関節外転・外旋・屈曲」とか「足関節内反・尖足」とかよく書かれています。運動の評価に各部位や姿勢全体の形の記述が多いのです。



 確かに従来的アプローチは運動の形に焦点を当てています。佐々木正人さんがどこかに書いておられましたが、運動科学は映画の技術とともに発展したとのこと。運動はフィルムに記録され、一コマ一コマの姿勢の変化として捉えられたのです。運動科学は運動の形に焦点を当てて発達したのですね。



 また姿勢全体や各部位の形とかに焦点を当てると、自然に「健常者の運動の形」との比較になります。そうすると問題は「健常者の運動の形とのズレ」として捉えられ、また「健常者の運動の形に近づくことが良くなっていること」という流れを生み出しているように思います。



 時には麻痺があるのに健常者と同じ運動の形を目標にされたりします。でもそれは無理でしょう。健常者と同じ形を要求するなら「その前に麻痺を治して!」と患者さんが言いたくなるのも無理がないです。



 さらに姿勢や運動というのは、元々揺らぎを持っています。ある瞬間の場面の股関節の形を取りだしてどうこう言うのもどうなのでしょう?学生のレポートなどを見ると、その患者様はいつもその格好で歩いているかのような印象を受けます。たくさん見られる運動の形の中で、健常者の運動から一番かけ離れているものに注目して書いてあるような気がします。



 もちろん形に焦点を当てることは有効な場面も多々あります。形を見ることが悪いと言っているわけではありません。ただ一瞬の形だけを取りだして、それだけを基に色々言うのもどうかと思うわけです。(まあ、学生は形から入っていくことの方が簡単で取っつきやすい、というのはあるのでしょう)



 CAMRでは、基本的に形ではなく機能に焦点を当てます。たとえば「支持」し、「重心移動」し、「振り出す」機能があります。歩行は片脚で支持しながらその脚に重心を移動し、反対の脚を「振り出す」運動の繰り返しです。



 片脚支持という機能を実現するために身体だけで可能、あるいは杖や片手すりや平行棒が必要かどうかという状況を見ることによって、使われる運動リソースを理解できます。またその形を見ることで、どの運動リソースを利用したどのような運動スキルを生み出しているかがわかります。使われている運動リソースや運動スキルと機能の関係を見いだしていくわけです。
(文にするとややこしく感じられますが、実例で見ていくと簡単で、すぐにコツが掴めます)



 CAMRではセラピストが「機能と運動リソース・運動スキルの関係を探る」ことが探索の一部になります。その「探索」の過程を通して、「どの運動スキルを多彩にしていくか」と「どのような運動課題を選択するか」が見えてくるのです。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆


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スポーツから学ぶ運動システム(その11)

目安時間:約 5分

スポーツから学ぶ運動システム(その11)


 「課題特定的」というのは、たとえば新奇の課題に対しても、達成のための新しい機能を自ら生み出していくということを意味している。


 何がそれを可能にしているのだろうか? 一つは柔軟で豊富な運動リソースである。運動リソースは身体リソース(身体そのものや身体の持っている筋力、柔軟性、持久力などの性質)と環境リソース(環境内の物理的存在、その性質、動物や他の人など)からなっている。


 人類は生まれて以来、ずっとこの環境の中で生きてきた。環境と人の体は一体になって様々な課題をこなし、生き抜いてきたのである。


 学校では人の運動システムは皮膚に囲まれた体だけに限定されるが、システム論では人の体は真空中で運動しているのではなく、この環境内で運動していて、環境と一体であると考える。つまり人の運動システムはその時、その場の環境と体が課題を達成するために一体化したものと捉える訳だ。


 そして人の身体は元々柔軟で様々な動きを行うことが可能である。更にこの地上を移動するための十分な筋力や体力を持っている。この豊富な身体リソースに加えて、環境内の様々なリソースを運動システムの一部として課題達成のための機能を生み出すためにつかうことができるのである。


 さらに人は自ら道具というそれまで存在しなかった環境リソースを創り出すことができる。石を割って刃物を作ったし、現在では皮膚の微弱電流で移動する装置もできてきている。つまり環境リソースを無限に増やし続けることができる。新奇な課題に対しても、必要な環境リソースを準備して達成するための新しい機能を備えることができる訳だ。


 もう一つは課題を達成するための運動リソースの利用方法である運動スキルを生み出す能力である。たとえば僕達はロープに様々な意味や価値を見いだすことができる。縛ったり、ぶら下げたり、固定したり、燃やしたり、染みさせたり、叩いたり、擦ったり、結んだりと様々な使い方を思いつける。


 生態心理学者のギブソンはこれをアフォーダンスと呼んだ。この環境内のものや自分の身体、身体の性質の意味や価値を見いだす能力が、それを利用し、自分に必要な課題を達成に導く能力にもなるわけだ。


 CAMRでは、運動リソースは「運動システムが課題達成のために利用できる資源」であり、運動スキルとは「必要な課題のために利用可能なリソースを見つけ、工夫し、達成する能力」と定義している。


 つまり人は豊富な運動リソースを持ち、この豊富な運動リソースを利用して、多彩な課題達成方法を生み出す運動スキルの能力を持っているために、新奇な課題でも新たな道具を作ったり、新しい機能を生み出して課題を達成することができるのである。


 だからCAMRでの基本となる訓練方針は「運動リソースを少しでも豊富にし、運動スキルを今より多彩にする」なのである。(その12に続く)


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CAMRの基礎知識 Part1「探索」その2

目安時間:約 4分

≧(´▽`)≦
みなさん、ハローです!



「CAMR Facebookページ回顧録」のコーナーです。
今回は「CAMRの基礎知識 Part1「探索」その2」です。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆



CAMRの基礎知識 Part1「探索」その2 2014/3/30
「探索に始まり、探索に終わる!」



 従来的アプローチでは、評価というのは人の運動を細かな部分に分けて見ていきます。たとえば歩行を見る時、座位での膝伸展筋や股関節屈筋の強さや臥位での股関節や膝関節可動域などを調べます。そして個々の評価を再び統合して全体像を理解しようというわけです。部分の振る舞いの総合として全体を理解しようします。これは要素還元主義と言って従来の主要な科学の基本的な枠組みでもあります。



 だけどこれは難しいことです。たとえば自動車のタイヤを個別に評価することができるでしょうか?タイヤだけを取り出して調べたところで、実際に車につけたときの操作性や乗り心地を評価できるものでしょうか?



 同様に座位で調べた四頭筋や腸腰筋の強さから歩行の様子を理解できますか?実習生や新人さんを見ていると、皆とても困惑しています。いったん目で見た姿勢や運動をバラバラの評価項目で部分部分に分解してみていきます。それで全体の動きが説明できるかというとどうも難しい。いやこれは正直僕にも難しい。



 実際何よりも問題なのは、あれだけ学生時代にたくさんの時間とエネルギーを費やして身につけたはずの可動域検査や徒手筋力検査法を臨床では使わないセラピストももたくさんいます。僕自身は必要をあまり感じない。なくても効果的な訓練は可能だし、これらは本当に僕たちに必要な技術・知識なのだろうか?



   CAMRの「探索」では、関節可動域検査や徒手筋力検査は使いません。人は全体として何ができるかできないか、と言うことを「探索」していきます。その人が望むこと、必要なことに沿って課題を設定し、それがどの程度できるか、どのように条件を変えるとできるかできないか、とかをクライエントとセラピストが協力して「探索」していくのです。(続く・・・)



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


【あるある!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」


【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①


【CAMR入門シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①

西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②

西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③

西尾 幸敏 著「正しい歩き方?:俺のウォーキング」CAMR入門シリーズ④

西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤


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スポーツから学ぶ運動システム(その10)

目安時間:約 5分

スポーツから学ぶ運動システム(その10)


3.新しく生まれる競技や運動課題


 今回のオリンピックではスケートボードやサーフィン、スポーツクライミングなどの新しい競技が目を惹いた。以前からの体操や新体操などでもそうなのだが、それまで想像もできない動きが現れたり、ボールがまるで身体の一部のように振る舞ったりする。これまで見たことのない体の使い方だったり、環境との関わり方である。つまり人類は常に無限に新しい体の使い方や運動課題の達成方法を生み出し続けていることになる。


 CAMRでは、これが可能なのは「課題特定的」という人の運動システムの持っている性質によっていると考えている。


 これは機械の運動システム、特にロボットと比べてみるとよくわかる。少し前にアシモというロボットが現れて世界を驚かせた。それまでのロボットは平らな床面でしか歩けなかった。少しのデコボコで簡単に転倒してしまうのである。しかしアシモは小さなデコボコに合わせて歩行を調整し、転倒しないで歩くし、障害物を避け、階段の上り下りもこなす。しかも階段昇降中に失敗して転落したりするところもやや人間っぽい(^^;) 僕も少なからず感動したものだ。「まるで人が入っているようだ」と思った。いよいよSFの世界が現実のものになるのかと期待したものだ。


 しかしそのうちに飽きてしまった。新しいお披露目があるとできることは増えているのだが、いかにも「これならできそうだ」的なものが新たに加わっている。たとえば「ダンスをする」などである。確かに重力と床面との間でバランスを調整する機能をいくぶんか持っているので、そのリソースを利用してダンスでの重心移動などもできるのだろう。そしていかにも「そのためのプログラムだけが新たに加わったな」という感じである。つまりアシモに何かさせようとしたら、アシモにできそうなことを考えてその達成のための機能を新たに加えるのである。


 つまり「決められた大きさのデコボコを歩いて、平面を走って、ボールを蹴る」ことを実現するなら、そのための最低限の機能で組み立てるのである。つまり最低限実現したいことの機能のかたまりがアシモである。そのバランス調整機能を使ってダンスもできるが、「野菜を切って」とか「スキーをして」などと言ってもできないのである。実現できる機能は、元々持っているリソースで可能なものに限られているので、プログラミングもしようがないのである。


 そういった意味で、アシモを始めとするロボットは、「機能特定的」である。その存在が、作り手の計画する「できること」の最低限必要な機能だけで組み立てられているため、アシモ自ら新たな運動スキルを生み出したり、想定外の課題を達成するすることはできないのである。できる運動というのは、最初から持っている機能によって特定されているのである。


 ところが人の運動システムは、機能特定的ではなく、「課題特定的」なのである。新しい課題が提示されると、その達成のために新しい運動機能を自ら生み出していくのである。(その11に続く)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


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西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」


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CAMRの基礎知識 Part1「探索」その1

目安時間:約 4分

≧(´▽`)≦
みなさん、ハローです!
「CAMR Facebookページ回顧録」のコーナーです。



今回は「CAMRの基礎知識 Part1「探索」その1」です。



★☆★☆★☆★☆★☆★☆以下引用★☆★☆★☆★☆★☆★☆



CAMRの基礎知識 Part1「探索」その1 2014/2/2
「探索に始まり、探索に終わる!」



 理学療法では「評価に始まり評価に終わる」と言われます。CAMRでは従来の「評価」も利用しますが、メインは「探索」になります。



 「評価」と「探索」は何が違うのでしょうか?評価はセラピストが評価項目を決め、クライエントに指示し、実施し、記録し、分析します。つまりセラピスト主導で行われます。



 この過程では、クライエントはしばしば自分自身の運動の情報から疎外されてしまいます。もちろん評価は基本的に専門知識を基に専門用語で表されるものですから、これをクライエントに分かりやすく伝えることは難しいのでしょう。



 しかしもっと問題なのは評価によって「指示し」-「従う」関係が作られることです。おまけにその情報からも疎外されてしまうので、自然にセラピストとクライエントの間には、「指示し」-「従う」関係、時には「管理し」-「管理される」関係といった一方的な関係が作られるように思います。



 CAMRでは、クライエントを「自律的な運動問題解決者」と捉えます。つまり運動状態を示す情報は、何よりもクライエント自身が知る必要があります。クライエント自身が主体で、セラピストはそのサポートに回るからです。



 また情報はクライエントとセラピストで共有する必要があります。共有することによって初めてクライエントはクライエントの立場から、セラピストはセラピストの立場から「協力して」問題解決に取り組めるわけです。



 このようにクライエントとセラピストが、クライエントの運動状態に関する情報を協力して探り、情報を共有する過程をCAMRでは「探索」と呼びます。

文責:西尾幸敏



★☆★☆★☆★☆★☆★☆引用終わり★☆★☆★☆★☆★☆★☆


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


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脳卒中あるある!: CAMRの流儀

目安時間:約 12分

≧(´▽`)≦
みなさん、ハローです!



あるある!シリーズの第一弾が出版されました!
西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」
現在、出版記念の無料キャンペーンを実施しています。ぜひこの機会にCAMRのアイデアに触れてみください。



☆★☆★☆★★☆出版記念 無料キャンペーン★☆★☆★☆★☆
著者  : 西尾 幸敏、
書名  : 脳卒中あるある!: CAMRの流儀
無料キャンペーン期間: 11月26日(金)17:00~12月1日(水)16:59
☆★☆★☆★☆★☆★★☆★☆★☆★☆★☆★★☆★☆★☆★☆



【はじめに】
 この本は、脳卒中の患者さんが質問してくる内容やセラピストが脳卒中患者さんを見たときに「あるある!」と感じる素朴な疑問を中心に展開されます。たとえば「なぜ麻痺側の手脚は硬くなるの?」、「どうしてまっすぐに座れないの?」、「どうして良い方の脚が出ないの?」、「分回し歩行は治さないといけないの?」といったことです。
 これらの疑問に対して、この本ではできるだけ二つの立場から答えます。一つは伝統的に学校で習う「要素還元論の立場」です。もう一つは現在の日本の学校では教えられていない「システム論」の立場です。 
 このように説明すると多くの人が戸惑います。「二つの異なった立場があるの?」ということに。
 当然ですよね。学校で一つの立場の考え方、見方だけを教えられていると、それが真実であると信じてしまうものです。「それが真実!それが正解だから、それ以外の考え方は間違い」と簡単に信じてしまいます。まあ、他に選択肢がありませんし、権威あるはずの学校でそう教えられれば、そう信じてしまうのが自然です。
 それに実際に今の状況では、学校の考え方を正解として学ばないと国家試験には受からないというのが現実です。それがこの世の中の仕組みですから。教育は権威ある立場の人々の考え方を正解として人々に伝えるものだからです。その仕組みの中では、権威ある人々の考え方が正しいものとされ、尊重されるべきものです。
 そしてそのもう一つの未知の考え方を嫌悪します。だってこれまで自分が真実だと信じ、言葉にし、同僚や後輩に誇りを持って話してきた考え方が「間違っているかもしれない」と、その未知の考え方が脅(おびや)かしてくるからです。これまた無理のない恐れであり、嫌悪です。
 しかし、世の中には様々な考え方があり、対立する考え方も存在するものです。
 中世ヨーロッパでは、キリスト教会を中心として「天動説」が真実とされました。それは神の真理であり、それに異を唱えるものは異教徒とされ、捕らえられ、考え方を矯正され、あるいは焼き殺されました。キリスト教会の考え方を真実として、それに異を唱えるものは「協会の権威を失墜させる恐れ」があるために弾圧されたのです。教会の権威を守るために恐怖が使われたわけです。
 それでも次から次に天動説に異を唱える人達が現れました。実際に自分たちで観察する天体の動きは、天動説の説明では矛盾が出るからです。人の知性は「説明の矛盾」を放っとけないようです。ガリレオ・ガリレイも「それでも地球は回っている!」と言ったとか、言わないとか・・・・
 そして最後には天動説が誤りで、地動説が正しいということになったわけです。
 少し大げさな展開になってしまいましたが(^^;)、実際に臨床に出て、いろいろな脳卒中の患者さんを見ていると、「本当に学校で習ったことは正しいのだろうか?」と思うことに出会います。「もっと他に矛盾のない説明があるのではないか?」と思ってしまいます。
 つまりその一つがシステム論の考え方です。
 むしろ考え方が一つだけというのは恐ろしいものです。「それが真実であり、それさえ理解しておけば良い」となればそこで進歩は止まってしまいます。リハビリも科学を基礎として絶え間なく議論がなされ、進歩を続けるもののはずです。ところが日本ではこの分野は一日千秋の如く変化がないのです。
 つまりこの従来の知識体系には強力なライバルが必要です。「どちらが臨床では有効か?あるいはこの場合はどちらが有用か?」という議論は、お互いを高めあうものです。そういった意味でもここでは二つのアイデアを少しだけ競わせるような流れができれば良いと思っています。読者がこれから考えていくきっかけになれば幸いです。
 とは言っても、僕は「システム論の考え方が真実である」とも考えていません。そんなことは一臨床家にとっては扱いがたいものです。僕達、臨床家にとっては、一つの理論が真実かどうかよりは、目の前の患者さんが少しでも良い状態になるのに役立つかどうかが大事です。
 そこで僕は次のように考えることにしています。
 「理論は、問題を説明し、問題を解決するための道具である」
 道具であれば、真実かどうかは関係なくなります。「スプーンは真実である」などと主張するのはナンセンスです。むしろ道具なら状況によって使い分ける方が自然です。「スプーンはすくって食べるのには便利である」ですよね。大きなお肉を食べるにはフォークとナイフは便利です。カットしてあるお肉ならフォークでも箸でもいけます。うどんはお箸かフォークが便利です。道具というのは課題と状況によって使い分けられるものです。
 つまり理論も「問題を説明し、それによって問題解決の方法を生み出す道具」として考えるのです。「この問題をより良く説明し、解決するにはどちらの理論を使えば良いか?」と考えれば良いのです。「理論が真実かどうか?」にこだわらなければ気楽なものです。そんな面倒な議論は学者さんにでも任せておけば良いのです。
 ヴィトゲンシュタインという哲学者は、天動説か地動説かはどの立場に立って物事を観察するかの違いであると言ったそうです。つまり「地球上に立って空を見上げれば天動説は正しい、太陽の上に立って空を見あげたと仮定すれば地動説は正しい」という訳です。実際、天動説の知識は大航海時代以前から自分の位置を知るためには非常に重要な道具だったわけです。
 さて、CAMR(Contextual Approach for Medical Rehabilitationの短縮形。和名は医療的リハビリテーションのための状況的アプローチ。CAMRは「カムル」と読みます)は、日本生まれのシステム論を基にしたアプローチです。
 CAMRでは、理論は道具として扱うので、学校で習う「要素還元論」の見方も「システム論」の見方も共に、「説明と問題解決の道具」として扱います。それによって、CAMRでは問題解決のための二つの道具、つまり二つの選択肢を持つことになります。このことは僕達の問題解決者としての可能性をより大きくしてくれます。解決の選択肢を二つ持つことになるのです。一つのやり方がダメでも、もう一つの方法を試すことができるからです。
 詳しくは本文で説明しましょう!
 この本を通じて皆様の臨床での問題解決能力が格段にアップすることを祈っております。
 またこの本の出版には、CAMR研究会のメンバーの協力が大きく貢献しています。特に編集の田上幸生氏の目を見張るセンスと努力によることが多いです。ここに感謝申し上げます。
                             西尾 幸敏



【目次】
脳卒中あるある! -CAMRの流儀-
目次
はじめに
第一部 要素還元論とシステム論
第1章 人は機械なのである!-学校で習う要素還元論と機械修理型治療方略
第2章 システム論と状況変化型治療方略
第二部 脳卒中、あるある!
セラピストあるある!(その1)
セラピストあるある!(その2)
第3章 あるある!その1「なぜ麻痺側の手脚は硬くなるの?」
1.学校での説明「硬くなるのは症状である」
2.CAMRの説明 「硬くなるのは運動システムの問題解決である」
3.過緊張と偽解決「問題解決が新たな問題を引き起こす」
コラム 偽解決とは?
4.硬さに対するCAMRのアプローチとは? 「硬さ(支持性)と運動性の調整」
5.「一番安定する状態に落ち着く」という運動システムの性質「自己組織化」
6.多要素多部位同時治療方略-CAMRの治療方略
第4章 あるある!その2「運動時の緊張や努力は硬さを強めるから、緊張する動作や努力するような動作は避けた方が良い?」
1.学校で教える考え方「過緊張の状態は良くないことなので避けよう!」
2.CAMRの説明「過緊張でも多様・多量に使うことで運動リソースと運動スキルの変化が起きる」
3.「運動リソースを豊富にして、運動スキルを多彩にする」-課題達成治療方略
4.「多要素・多部位同時治療方略」と「課題達成スキル治療方略」-CAMRの二つの中心的治療方略
第5章 あるある!その3「手がどこにあるかわからない。人から借りたもの、他人の手のようだ」 -因果関係にまつわる誤解について考える
1.Carr & Shephardらの報告
2.因果関係にまつわる誤解の例
3.リハビリ領域でよくある因果関係の誤解
第6章 あるある!その4「プッシャー・シンドロームって訳わかんないよね」
1.学校で教える説明「高次脳機能障害?」
2.CAMRの説明「健康時方略」
3.セラピストと患者さんが協力して作り出す「プッシャー・シンドローム」
4.正しさ幻想を捨てましょう!
第7章 あるある!その5「分回し歩行は治すべき?できるの?」
1.学校で教える説明「異常歩行である!」
2.CAMRの説明「”異常”ってどういうこと?」
3.ただし、機能的に改善できる場合が多い
4.形の変化を目標にしない-状況性という性質
コラム 「人の運動システムは機械とは全く異なる性質を持っている」
世の中、あるある!
第8章 あるある!その6「おかしい!良い方の脚が出ない・・・」
1.学校あるいはCAMRの説明
《おまけ》CAMRでよく使う評価法Auto-estimatics
1.Auto- estimatics(オートエスティマティクス)という評価法
終わりに
《参考文献》
編集後記
CAMR研究会について
著者紹介
著書


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


【あるある!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」


【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①


【CAMR入門シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①

西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②

西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③

西尾 幸敏 著「正しい歩き方?:俺のウォーキング」CAMR入門シリーズ④

西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤


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