運動リソースを増やして、運動スキルを多彩に生み出す(その2)
-生活課題達成力の改善について
学校で習う運動システムの構成要素は筋肉が出す筋力、骨・関節・軟部組織などから生まれる柔軟性、エネルギーを供給されながら動き続ける持久力、感覚器と神経系で感じられる感覚など、目に見える構成物から生まれるものとして考えられます。そして運動システムの構成要素である筋力、柔軟性、持久力、感覚などのうち、悪くなった構成要素を改善することで運動能力が改善すると考えます。
それで歩行不安定において下肢の筋力低下が見つかると、下肢の筋力強化をするわけですが、それを「座位姿勢」で行うことは普通に見られます。
というのも学校で習う要素還元論の視点は、機械を修理するときの考え方でもあるからです。機械は壊れた部品を治すか交換して元の状態に戻せば、その本来の力を発揮します。どんな風に直すかは問題ではありません。
機械と同様に、人でも筋力低下が起きていれば座位でも臥位でも、ともかく筋肉を太らせれば筋力は元通り改善し、歩行も改善すると考えます。それで座位でも臥位でも構わずに筋力強化すれば、元通り安定して歩けるようになると考えるわけです。
でも人の運動システムには「運動スキル」という機械にはない能力が備わっています。
筋力、柔軟性、持久力、感覚などの構成要素は、CAMRでは「運動リソース(運動の資源)」と呼びます。運動スキルとは、課題達成のための運動リソースの使い方です。
筋力などの運動リソースが改善するだけで運動能力や必要な課題達成力が改善する訳ではありません。むしろ運動リソースが改善しなくても、運動スキルが変化することで運動能力はアップするのです。
たとえば筋ジスの子どもたちでは大関節の筋力という運動リソースが低下しても、運動スキルが工夫されることで歩行能力を維持していることがわかると思います。
機械ではその構成要素の役割や作動、そして全体としてどう作動するかはきっちり決められています。決められた作動しかできないのです。状況が変化してもやり方を変えることはありません。機械では運動スキルがなく、人の運動システムで言う運動リソースだけがきっちりと一つのやり方が決められて組み立てられているわけです。印刷機のような巨大で複雑な機械でも、各部品にしても全体にしてもその作動は一つなのです。
つまり人の運動システムにおいては、その作動は運動リソースと運動スキルの二本柱で作られているのです。人の運動システムを機械と同じように理解していてはダメなのです。
前回、「筋の特異性」と呼ばれた性質について触れました。背臥位で上腕二頭筋の筋力強化を行うと背臥位での筋力は増加するのですが、座位になると改善が見られないことが知られています。単純に筋を太らせることが重要なのではありません。力の出し方やその大きさ、つまり運動スキルがどう作られるかが重要なのです。
背臥位での筋力改善は背臥位での運動スキルとして学習されているので座位ではその効果はすぐには反映されないのです。運動リソースを改善すればそれでオッケーと言うわけにはいかないのです。
座位で大腿四頭筋の筋繊維を太らせても、立位や歩行では前進の筋肉との協調や基底面・重力の関係は変わってきますので、すぐに歩行などの体の使い方には反映されないため、改めて歩行の運動スキルを学習し直す必要があります。
時間を節約することを考えると、立って歩くためには立って歩く中で筋力強化をしながら運動スキル学習を行ったほうが効率的なのです。
CAMRでは必要な課題達成のための運動スキルを学習しながら、その中で運動強度を上げて筋力強化を行うように工夫します。また運動スキル学習は、課題の達成の過程で「状況や条件の変化を多様に起こして課題達成を促す」ように工夫します。これがとても重要です。
と言うのも「運動スキル学習」というと、「同じ運動を同じ条件下で繰り返すことが必要」とよく誤解されています。以前の運動学習のアイデアでは、「働いていない神経は土の詰まった溝のようなもの。これに水を何度も通して溝の通りをよくする」という喩えで考えられていましたが、これがそもそもの大きな誤解の元です。
次回はCAMRで言う「運動スキル」と従来の「運動学習」のアイデアの違いについて詳しく説明できればと思います。(その3に続く)
※毎週木曜日にはNo+eに別のエッセイを投稿しています。最新作は「自律的問題解決とは?(その1)」です。以下のURLから。https://note.com/camr_reha
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