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セラピストは失敗から学んでいるか?(その4)失敗と認知されない失敗

目安時間:約 6分

セラピストは失敗から学んでいるか?失敗と認知されない失敗(その4)


 「訓練効果が見られないまま同じ訓練を続ける」場合は、次のような理由もあると思う。それは以下のような強い思い込みである。


 たとえば「○○というアプローチをすれば、脳性運動障害は改善するものだ」という信念というよりは幻想があるのだ。「学校や講習会で教えられたから」という理由だったりする。あるいは「EBMで客観的な効果判定が証明されている。だから間違いない。これさえやっとけば大丈夫!」という安易で、暢気な強い思い込みがあるのではないか。


 リハビリの世界ではこのような「思い込み」が意外に多いのである。


 ずっと以前は「脳性運動障害後には体が硬くなる痙性麻痺が見られるが、この痙性麻痺が随意運動の出現を邪魔している。だから硬さを改善すれば、随意運動が自然に出てくる」と科学的根拠もないままに言われ、信じられていたものだ。


 実際には硬さを落としても、重度麻痺では低緊張や筋力低下が露わになる。軽度~中等度では、硬さが取れると柔軟性という運動リソースが改善し、筋の硬さによる抵抗がなくなるので動きがスムースになったり運動や重心の移動範囲が大きくなったりする。これをまるで脳性運動障害そのものを改善していると勘違いする場合もある。実際には麻痺による低緊張状態を解決するために運動システムが採った外骨格系方略だし、その偽解決状態となった硬い状態によって低下している運動パフォーマンスを改善しているので、脳性運動障害を直接改善しているわけではない。


 また「運動の不正確さは深部感覚の低下が原因である。だから深部感覚の訓練をして、深感覚を改善する必要がある」という例もある。しかし、運動の不正確さも深部感覚の低下もたとえば脊髄細胞が壊れたことが原因である。因果の関係を間違えているのである。因果の関係なら、運動と深部感覚低下の両方の原因である壊れた脊髄細胞を構造的に再生するしかない。しかし今のところ、リハビリでは不可能である。さらに脳卒中後に「歩行が不安定なのは立ち直り能力の低下である」と言って、座位で立ち直りの訓練を行うのも間違った思い込みである。歩行が不安定なのも立ち直り能力が低下しているのも、脳の細胞が壊れたことが原因である。


 正しく因果の関係を採るなら、「壊れて失われた脳の機能を構造的・機能的に再生する」ということになる。これまた今のところリハビリでは不可能である。


 最近聞いたところでは、「脳卒中後に早くから歩行することはEBMで訓練効果が認められている。アクティブに運動をすると、脳の血流が増えて、壊れた脳細胞が再生しやすいのだろう」と発言しているセラピストに出会った。本当にそうなのか?目の前で起きている現象もそれを表しているのか?


 しかし頭からそれを信じている様子で全身麻痺で動きのない患者さんを二人がかりで立たせて歩かせる訓練を日々繰り返していた。結果、日々体が硬くなっただけだ。家族は以前、右の手脚はもっと動いていたのに、最近では全身が硬くなってほとんど動かなくなったと思う、と不安を持たれていたのだが。


 まあ、昔から医学界にはこのような幻想がつきもののようだ。中には運良く結果がよかったりすることもあるのでこの風習の様なものは止まないのではないか。早い話、「これさえやっとけば大丈夫。学校でも習ったし、本にも載っていたし、EBMの後ろ盾もある。だから、このアプローチで正しいのだ!」などという幻想を持ってやっているので訓練実施に当たって、フィードバックや効果判定を必要としていないのではないかと思われる。あるいは自分の見たいものだけを見て、「この変化もこの訓練のおかげ」などと信じているのではないだろうか?


 目の前の現象がいくらでもあるのに、まったく自分で見て、判断しようとしないのだ。(その5に続く)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


【あるある!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」


【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①


【CAMR入門シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①

西尾 幸敏 著「治療方略について考える」CAMR入門シリーズ②

西尾 幸敏 著「正しさ幻想をぶっ飛ばせ!:運動と状況性」CAMR入門シリーズ③

西尾 幸敏 著「正しい歩き方?:俺のウォーキング」CAMR入門シリーズ④

西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤


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セラピストは失敗から学んでいるか?(その3)失敗と認知されない失敗

目安時間:約 5分

セラピストは失敗から学んでいるか?失敗と認知されない失敗(その3)


 さて、このシリーズでは「セラピストが変化のない訓練を続けるが、これが失敗と認知されない問題」を検討している。


 「失敗の科学」では心理療法士の例も挙げられている。


 心理療法士の仕事は、患者の精神機能を改善することだが、治療が上手くいっているかどうかの判断基準が曖昧ではないか。治療結果のフィードバックはどこにあるか?彼らのほとんどの判断基準はクリニック内という特殊な状況下での患者の観察あるいは反応である。また患者はセラピストを喜ばせようと「良くなった」と誇張して言うことはよくあるそうだ。(これは僕達の臨床でもよく経験します(^^;))


 更に治療後患者がどうなったかという長期的なフィードバックもない。だから心理療法士は多くの時間をかけて臨床経験を積んでも臨床的な判断能力が発達しないという。


 この説明についてこの本ではゴルフスィングの練習が例としてあげられている。


 ゴルフ練習場で的に向かって撃つ練習では、一球一球打つ毎にフィードバックが得られる。それで的に近づけるように一球一球集中して的の中心に近づくような修正が図られる。スポーツの練習はこのように試行錯誤の連続だ。この一つ一つの失敗が修正を生み、的確に的に近づけるスキルを獲得していく。失敗から学ぶとはまさしくこういうことだ。


 しかしもし暗闇でゴルフをしたらどうなるだろう?一球一球のフィードバックがないので、修正も起きない。結局いくら打っても必要なことは学べないと言う。


 なるほど、これらのことは僕達の臨床でもよく見られそうである。


 たとえば患者さんに「訓練してみてどうですか?」と聞くことはよくある。この意見は大事だ。しかし中には「最近動くのは楽になりましたか?」とか「どうでしょう、楽になったでしょう?」などとあからさまに聞くセラピストもいる。これでは患者さんもセラピストの求めているものを慮(おもんばか)って「おかげで大分良いですよ」などと答えざるを得なくなるだろう。


 もちろん患者さんの主観的な意見を聞くことは大事なことだが、患者さんの感想や自分の見たい現象だけを見ているようではその訓練を失敗としてみないだろう。これでは客観的な効果の判定はできそうにないし、自分の訓練が失敗だと判断することもないだろう。


 これを防ぐために客観的評価があるのだが、この訓練効果の評価の問題はなかなか複雑である。この客観的な評価についてはこのエッセイの後半で少し検討できればと思っている。


 次回は、変化のない訓練が失敗と考えられない他の理由を探ってみたい。(その4に続く)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


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西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」


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セラピストは失敗から学んでいるか?(その2)失敗と認知されない失敗

目安時間:約 5分

セラピストは失敗から学んでいるか?失敗と認知されない失敗(その2)


 ここでは「変化の起きない訓練を繰り返す」ということの問題について考察するのに、最近読んだ本の内容を紹介したい。今回の議論に大きなヒントになるかもしれない。


「失敗の科学 失敗から学習する組織、学習できない組織」マシュー・サイド(Kindle版電子書籍か単行本)


 本ではまず次のような内容が紹介される。手術や診断に失敗した医者が失敗を認めようとせず、「最善を尽くしましたが、期せずしてこういうことが起こるものなんです」などとその結果を正当化することはよく見られるらしい。


 この言い訳をする医師が決して不誠実というわけではない。医師はまじめで真剣に患者さんのことを治そうと思っている。しかしそれを失敗だとは認めない。


 一方、対照的なのが航空業界である。航空業界では事故やヒヤリ事例が起きると、徹底的に検討して事故やヒヤリ、すなわち失敗の原因を徹底的に探り、解決策が検討され、その結果はわかりやすい言葉で世界に公開される。皆が失敗から学び、次の失敗を回避することで安全な運行ができる分けだ。


 しかし医学界には完全さの神話(「私は失敗しない」)のような理想主義があり、自分が失敗したとは容易に認められないらしい。これがあると、失敗を認める自分は「間抜けで医者として失格」のように思われる。


 まあ人は誰でも「自分は頭が良く、できる人間だ」と信じることが多いので、目の前の失敗を認めると自らの存在に矛盾を感じてしまう。


 そこで「失敗ではない。あれは非常に難しい状況だったので誰もが成功するはずのない例だったのだ、だから失敗ではない」と自分に説明するわけだ。


 現実に医療の仕事は複雑な多くの状況が同時に繰り広げられていることが多いので、そのような言い訳をしたくなるのもよくわかる。1日何十人も診てそれぞれに個別性も高い。複雑さのレベルが非常に高いと言える。だから元々失敗して当たり前の職業なのだが、医師自体は上記の「失敗してはいけない」という強力な理想主義の枠組みに縛られているわけだ。


 しかし、医師は失敗の存在を認めないので、結果的に失敗から何も学べないという。そして熟練した医師でさえも同様にいとも簡単に失敗してしまうし、むしろ熟練したあるいは社会的評価が高い医師ほど失敗を認めない傾向があるようだ。


 実際、アメリカやイギリスの研究では、医療過誤は莫大な数だが、現場の医師はそれを認めていないそうだ。これでは航空業界に比べてなかなか改善は望めない。


 しかし医療界でも医師が失敗と認めて改善に取り組んだ結果、大いに成果を出した例がこの本では紹介されている。それまでは「それは起きても仕方ない」と言われていたものが実際には大いに改善されるわけだ。


 さて今回の例は、「セラピストが変化のない訓練を続けるが、これが失敗と認知されない問題」とは少し状況が違うか?ただセラピストの中にも失敗を認めないものは多い。かくいう僕もそうだった。自分のミスを認めるのは大変しんどいものである。


 まだ結論は出さないで、もう少し別の視点を検討してみよう。(その3に続く)


【CAMRの基本テキスト】

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セラピストは失敗から学んでいるか?(その1)失敗と認知されない失敗

目安時間:約 4分

セラピストは失敗から学んでいるか?失敗と認知されない失敗(その1)


 以前から気になっているのだが、「その患者さんには改善らしい変化が見られない訓練なのに、日々同じ訓練が繰り返されている」例を見ることがよくあった。


 リハビリの訓練を行う意味は、色々に言われるかもしれないが、基本的には「可能で必要な生活課題達成力の改善」ではないだろうか。生活課題達成力とは、患者さんの一人一人が工夫と練習で獲得可能であり、それによって何らかの生活の充実あるいは利益が得られるような生活課題を達成する能力である。


 たとえば健常なスポーツ選手なら全速で走って、跳び、安全に止まるなどに加えて非常に高度で複雑で個々の競技に応じた運動課題の達成力が求められる。一方四肢麻痺で動けない人では、身体をできるだけ安心・快適な状態にしたり、維持したりするという生活課題の達成力が求められるかもしれない。まあ、個々の患者さんによって求められる生活課題は随分異なるし、そのために求められるリソースやスキルも患者さん毎に千差万別だろう。


 僕達セラピストは、達成可能で必要な患者さんの生活課題を患者さんと共に探索し、決定し、その改善に向けて計画・修正・工夫・試行錯誤をしてその達成力の改善に努めなくてはならない。


 しかしどうもそのような目標を持っているのかいないのか、ひたすらどの患者さんにも似たような訓練を実施、繰り返してはいるもののあまり変化の起きない例を見る。達成可能で必要な生活課題の達成力が改善していないようだが、どうもこれは失敗と認知されていないのではないか?セラピスト本人も回りの同僚もそれを失敗とは思っていないのかもしれない。そしてそれは失敗と認知されないから反省もなく、改善も進歩もない。


 もちろん現場では好ましい変化のある例もたくさん見るが、問題は両者にどのような違いがあるかと言うことかもしれない。


 僕達は失敗から反省し、修正し、多くを学ぶ職業についている。だから何が失敗であるかを知っておくことは非常に有意義である。もちろん全ての例で容易に変化を起こせる訳ではないだろう。しかし明らかに最初から「それさえやっておけば良いんだ」という態度の訓練もあって、それが失敗と捉えられないのがとても気になるわけだ。


 本シリーズでは、僕自身の自戒も込めて「変化の起きない訓練を続ける」ことについて、いろいろの視点から考えてみたいと思っている。(その1)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


【あるある!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」


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不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件 最終回 小説から学ぶCAMR

目安時間:約 9分

不自由な体で孫の仇討ち-新興犯罪組織首領殺人事件


小説から学ぶCAMR 最終回


 ここまでノートパソコンに一気に文章を打ち込んだ。既に4時間が経っていた。


 頭がすっきりして、何をするべきか、どう振る舞うべきかがはっきりとした。


 藤田さんは僕が復讐に気がついたと判った瞬間から、僕に迷惑をかけるつもりはないとみんなに言って回ったわけだ。もし僕が復讐に気づいていたとしても、藤田さんが僕を騙し続けていたとみんなに判らせるためだろう。


 いずれにしても僕の今の気持ちは固まってきた。僕一人、うろたえてここに逃げ込んでいるわけにはいかない。知っていたのに止めることができなかったということに道義的責任を感じているとみんなに言おう。どうなるか判らないが、できれば仕事に戻りたい。僕はこのリハビリの仕事が大好きなのだ。


 荷物を片付け、フロントでチェックアウトを済ませるとホテルを出て、車で職場に向かった。その日の午後遅くには事務長と向き会っていた。


 その後の経過や判ったことを書いておきたい。


 藤田さんが正月明けにデイケアに来た目的は、入浴して清潔な格好をし、体は不自由だが、目立たない一市民として町に溶け込むためだったようだ。タンスから清潔な服を出したり、新しいものを買ったりしては、毎週デイサービスの入浴時にそれに着替えた。1週間毎に泥だらけになって現れる藤田さんには、入浴スタッフも閉口していた。


 藤田さんの自宅や自宅倉庫の壁、家具、建具、布団、そして裏の空き地の立木には、先を尖らせた手製の槍で突いた跡が無数にあったという。空いた時間があればそこで駆け寄っては突く練習をしていたという。


 デイケアの翌日からしばらくは、清潔な姿をしてタクシーで青木の住む町を訪れた。そしていろいろな場所や角度から青木を探しては観察したらしい。


 そのうちに青木は週に何回かは夕方、事務所から歩いて十数分の自分のマンションに向かって歩いて帰ることが判った。青木は普段ビジネスマンらしく見せるためにスーツを着用していた。そしてマンションに帰って派手な遊び人らしい服に着替えて、夜の町に繰り出していたとのこと。


 マンションに向かうときはいつも一人だ。その道は鉄道に沿っていて、車道脇に幅1メートルの狭い歩道がついている。所々に外灯がある。まだ暗い時期だった。所々がスポットライトを浴びたように明かりの柱ができる。藤田さんは青木が通るだろう夕方の時間帯にはよくそこを青木のマンションに向かって歩くようにしていた。週に2~3回は青木が追い越していく。


 青木がそばを追い越すとき、「おっと、ごめんよ!」と必ず大きな声をかけることがわかった。親切心と言うよりは、自分が追い越すときに触って倒れて、自分に面倒がかかることを恐れてのことだろう。


 そのようにして藤田さんは青木にとってのいつもの町の風景に溶け込んだらしい。杖は突かず、いつも手に持って歩くようにしていたが、夕方には暗い時期だったし青木は元来、そんなことは気にもかけなかったろう。


 最初は追い越されたその時に後ろから背中を突こうと考えたらしい。当然、前から目的が果たせる訳はないだろうことは判っていた。いくら体が不自由で相手が油断していたとしても、瞬間的に避けられる可能性がある。しかし青木が藤田さんを追い越すときには、少し横向きになって急ぎ足に追い越すので、一気に前に出てしまい、少し距離が空いてしまう。実際に二度襲う予行演習をしたが、青木の脚は速く、自分の力が安定して出せる距離に詰めることは難しかった。急ぎ足で近づくのは、自分が確実にできること以上のことになってしまう。つまり転倒の恐れも高まる。


 結局、刑事に語ったところによると、青木が急ぎ足で追い越して前に出て普通に歩き出そうとした瞬間、「おい、青木!」とできるだけの大声で呼びかけた。青木は一瞬立ち止まった。そして今にもゆっくりと振り向いて「なんだ、このじじい!なんで俺の名前を知っている?」とでも言いそうだったという。


 しかしそれより早く藤田さんは青木が立ち止まった瞬間に杖を胸に構えて青木の背中に突き進んだ。そして練習通りに突き刺してそのまま青木とともに前方に倒れ込んだ。付近で悲鳴が聞こえた。やり遂げた達成感と満足感でもう動けなくなった。そして息があるかどうかわからない青木に向かって「昭の仇じゃ」と言い、そのまま気を失ったという。


 どうも話を聞いていると、バランスを崩す実験をやったとき、このやり方を思いついたのではないか。後ろからとは言え、自分より早く進む相手を確実に刺し通すことは困難だと悟っていた。そして自分で確実にできることを中心に状況を変化させる、つまり青木を立ち止まらせることを思いついたのだろう。だからそれ以降、デイケアには来られなくなったのだろう。


 イヤ、単に僕が復讐に気がついたから来られなくなったのか。もちろん僕の思い過ごしかもしれない。藤田さんならそれくらいは自分で思いついただろう。


 これから裁判なども行われるが、結果はどうなるかは判らない。


 僕はみんなから「考えすぎだよ」と言われ、何事もなかったように職場に復帰した。警察にも連絡し、事情を話した。しかし施設に持ってきた鉄筋の杖の先が尖っていたことは黙っていた。ずるいとも思ったが、藤田さんも僕が関わるような状況は望んでいないだろうと思ったからだ。


 結局、復讐をするという確かな証拠もなく、藤田さんがとびきり頑固な性格だったことからも、やむを得ないこととして片付けられた。マスコミも利用者さんなどを取材した後「担当理学療法士にはなんとなく藤田さんの復讐を疑っていたようだが、明確な証拠もなく、藤田さんも頑固に企みを隠し続けたようだ。担当理学療法士はそれでも道義的責任を感じて、一時落ち込んでいた」といったニュアンスで報道した。全てが落ち着いた。


 僕としては、もっと藤田さんといろいろと話したかったし、犯行を止められなかったことは悔やまれる。とは言っても藤田さんが選んだ人生はそれだったのだ。藤田さんはまたしても自分の人生で、一つの大きな目標を達成したわけだ。


 もし話せる機会があれば、「良く頑張られましたね」と一言、労(ねぎら)いたい。きっと「おう、当たり前だ!」という威勢の良い言葉が返ってくるに違いない。(終わり)


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