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感動の運動スキル!(最終回)(第188週目)

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感動の運動スキル!(最終回)(第188週目)


 「協同探索」は、患者さんの運動問題を「患者さんは患者さんの立場から、セラピストはセラピストの立場から協力して探索的活動を行い、利用可能な運動リソースを増やし、柔軟な運動スキルをできるだけ多彩に生み出して、患者さんの生活課題達成力を改善する」ための活動である。


 人は何か必要な運動課題が達成できない、つまり何らかの運動問題が発生すると自律的に利用可能な運動リソースを見つけ、課題達成のための利用方法である運動スキルを生み出そうとする。これが探索的活動である。


 またセラピストが指示するまでもなく、誰もが日々自然に行っている活動である。


 凍った路面を歩く時には転倒しないように、自然に歩隔を広げ、歩幅を小さく、すり足気味にして歩くスキルを見つけ出す。


 水田を歩く時には、自然に膝を高く挙げ、爪先が抜けやすいように尖足にして持ち上げる歩行が自然に生まれる。(いわゆる鶏歩の形である)


 首を寝違えて痛みが出ると、痛みが起きないように体幹と頭部を固定したまま硬くして問題解決を図る。


 靴擦れが踵骨後部にできると、爪先に重心を移動してその傷が靴に触れないように歩くスキルが生まれる。


 人は生まれながらの自律的な運動課題達成者であり、問題解決者であるということだ。


 セラピストはまずこの根本的な性質を大事にするべきだろう。人の体を機械として、脳をコンピュータとして理解していたのではとても協同探索はできない。「脳のプログラムを書き換えれば良いのだ」などと暢気に考えて、一方的、支配的に患者さんの運動をコントロールしようという態度では、協同探索は無理なのだ。


 しかしこの自律的な探索的活動にも問題が生まれることがある。運動システムは問題解決のつもりでも、時にはその問題解決のスキルを繰り返すことで新たな問題が生まれてくることがある。これは偽(にせ)解決と呼ばれる。


 たとえば足部は柔軟に大地の起伏に合わせて傾きを吸収する働きをしているのだが、これが硬いままデコボコ道を歩くと、デコボコを膝や股関節で吸収しながら歩かねばならない。つまり股関節を外転し、膝を捻りながら上下動を吸収する運動スキルを繰り返してしまう。そうすると膝に負担がかかって膝痛を起こしてしまう。


 「足関節が硬いままでもスムースに重心移動する」という問題解決の運動スキルが、今度は膝痛を起こすという偽解決に変わってしまうのだ。


 この場合膝関節周囲筋の筋力や関節内運動を改善しても、膝痛の問題はあまり改善しないこともある。足関節の可動域低下をまず改善した方が手っ取り早い。 だからセラピストは、人の運動システムの作動や問題解決の過程を良く理解しておく必要がある。


 「自律的に問題解決して課題達成を行う」という常に行われる作動は素晴らしいものだ。しかし一方でその問題解決は、その場その場の場当たり的なものが多く、時にはそれが長々と繰り返されることで新たな問題を生み出してしまうのだ。


 協同探索においては、セラピストは運動リソースの知識とその改善のノウハウを持っているので、患者さんの様々な運動リソースの改善に役立つことができる訳だ。そして運動リソースを豊かにすれば、それを利用する患者さんの運動スキルは自然に多彩に柔軟になる可能性が高まる。


 セラピストは、更に多くの経験を積むに従って、運動スキルに関する適切なアドバイスもできるようになるものだ。しかしここのさじ加減は難しい。このシリーズでも見たように運動スキルは患者さん本人が生み出すものだ。


 しかしセラピストが患者さんに対してアドバイスをするときは支配的になりやすいところがある。つい「こうするべき」とか「健常者のような運動を行うべき」とか「これが正しい運動だ!」になりやすい。それは患者さん自身の探索的活動を妨げてしまう。


 さらに患者さんの運動システムが自律的に採った問題解決の運動スキルがやむを得ないものか、あるいは偽解決かを判断していく必要がある。


 セラピストは様々な身体リソースの変化を試し、その結果をモニターするような探索的活動を行って、生活課題達成力がより良い状態に働くように持っていくことが重要な役割になるだろう。


 さて、「協同探索」については書くことが多く、詰め込み過ぎてしまった(^^;)これだけの説明ではとても物足りない、中途半端なものになってしまった。またシリーズを改めて書いてみたい。(終わり)


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感動の運動スキル!(その9)(第187週目)

目安時間:約 6分

感動の運動スキル!(その9)(第187週目)


 感動の運動スキルは、患者さん自身が必要な課題達成のために自ら生み出すものだ、というのが今回のエッセイのメインのテーマだ。


 たとえば筋ジスの子どもたちの歩行や片麻痺患者さんの分回し歩行や伸び上がり歩行もセラピストが教えたのではなく、患者さん自らが自分の身体を探り、利用可能な運動リソースを見つけ出し、それを利用して生み出した素晴らしい運動スキルだ。


 それなのに分回し歩行は、やれ、「代償運動だ」のやれ、「異常歩行だ」などとセラピストから非難されてしまうこともある。セラピストの仕事は、「健常者との運動の違いを指摘することだ」と言わんばかりである。わざわざ指摘しなくても、違うことは誰でも見てわかることだ。


 でも実際のところ、指摘はしても麻痺を基にした分回し歩行を健常者の歩行にすることはできない。麻痺は治せないからだ。つまり健常者の歩行とは違って当たり前だし、意味のない指摘はやめるべきだ。


 伝統的にセラピストは「運動の専門家として正しい運動を教えるべき」という思い込みがある。そしてその背景には、健常者への同化思想がある。「健常者と同じように美しく歩くべき」といったところだ。「違う」ことを認めようとしない偏狭な心だ。


 さらに人を自然が生んだ機械として、脳はコンピュータとして理解しているのではないか。脳の中のプログラムを書き換えれば運動も変わると思っているようだ。だから脳の中のプログラムの書き換えがセラピストの仕事だと思っている人もいる。


 しかし元々脳はコンピュータの様にプログラムとして憶えて再現しているわけではない。運動スキルは状況変化に応じて柔軟に、創造的に生み出されているものだろう。


 人は生まれながらに運動問題解決者であり、運動課題達成者なのだ。一人一人が異なった物理的性質を持った身体であり、みんながそれぞれに自分独自の運動スキルを発達させている。その人自身が困難な生活課題に出会えば自律的に運動問題を解決して、運動課題を達成してきたのである。


 そして患者さんは障害に絶望し、立ちすくむ迷える小羊ではない。ただセラピストの助けを待っているだけのか弱い存在ではないということである。


 歩く課題があれば、自ら麻痺のある体で利用できそうな運動リソースを探して試し、その利用方法である分回し歩行のような独創的で素晴らしい運動スキルを生み出すのだ。ご自身で創造的に運動問題を解決し、必要な運動課題を達成しようとされているのだ。 たとえ自覚はなくても一人一人が自らの運動システムの専門家なのである。


 だからセラピストも人を機械のような受身の存在として誤解し、「私が間違った運動を指摘し、正しい運動を教えてあげよう」などと思うのはとんでもない勘違いだ。


 ではセラピストは何をする人なのか? 患者さんは自律的な運動問題解決者で、運動課題達成者である。患者さんは運動問題に直面するとまず利用可能な運動リソースを身体の内外に探す。そして見つけると何とか運動問題解決や課題達成に利用できないかと試行錯誤を行い、その人だけの独創的な運動スキルを生み出してくる。


 そして生態心理学のリードはこの過程を「探索的活動」と呼んでいる。 そう、人が基本的に問題解決や課題達成でいつもしているのはこの「探索的活動」なのである だからセラピストもこの患者さんの探索的活動にセラピストの立場から協力してみたらどうか?


 CAMRでは、「患者さんは患者さんの立場から、セラピストはセラピストの立場から協力して探索的活動を通して運動問題の解決を図ったり課題達成力を改善する」ことを「協同探索」と呼んでいる。協同とは異なる立場から同じ目的のために働くことである。


 これがCAMRを行うセラピスト、カムラー(Camrer)の基本的な視点なのである。


 次回はこの「協同探索」について説明してこのエッセイを終わりにしたい。(最終回へ続く)


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感動の運動スキル!(その8)(第186週目)

目安時間:約 6分

感動の運動スキル!(その8)(第186週目)


 ベルンシュタインや生態心理学、動的システム論のテーレンら、その他の研究を通じてわかってきた運動スキル学習のことを簡単にまとめておこう。


 もちろんこれらのアイデアを真実と鵜呑みする必要はない。うまく道具として役立てたいし、有用な道具であるかどうかも臨床で見極めていただければと思う。


①運動スキル学習は、実際に達成するべき運動課題を通してしか学べない。


 たとえば歩行スキルを身につけるためには歩いてみるしかない。現実に出会う様々に変化する環境内を安全に歩くための運動スキルは、様々な環境内を歩くことによってしか得られないのである。


②人の運動システムは物理的に非常に個性的である。


 つまり個別性が高い。同じ運動課題を同じ条件で行っても個人ごとにやり方が全然違っていたり、学習過程が異なっていたりする。だからこそ一様な教え方は意味をなさないこともあり、基本的にその人自身が利用可能な運動リソースを見つけて、可能な運動スキルを試していかないといけないのである。


③運動スキル学習は知覚情報活動を通して行われる。


 知覚情報活動は、動くことが基本である。視覚はカメラのように受身に光を得ているのではない。形をなぞるような眼球の動きがないと形や距離がわからない。聴覚も音がした方を動いて見る、つまりアクティブに聴くことによって方向や距離、音の性質などが情報として得られることが視覚障害者の研究で示唆されている。触覚もアクティブに触っていかないと形や表面の肌理、重さなどいろいろの性質もわからない。知覚情報を受け取るということは、まずアクティブに動いて探っていくということなのである。


 従って他者が動かしたり感覚入力したりするということと実際の運動スキル学習ということはまったく別のことをやっているのであって、運動学習の目的に適っていないのである。


④学校では視覚、聴覚、触覚などと感覚毎のモデュールが独立しているように学ぶが、運動スキルの学習中は、常に動員できる知覚はできるだけ参加で探索の活動をしているのである。


 たとえば初心者がピアノを弾くときは、視覚が主導的な役割を担っているようだが、同時に触覚によっても学習している。だからいつのまにか見なくても弾けるようになるわけだ。


⑤自ら動き、探索することによって次々に明らかになる知覚情報がある。


 触ったり振ったりしてわかる性質、動いて見る角度を変えると見える形、叩いて聴いてみて初めてわかる性質など。課題達成の運動スキルを探ることもまたそうである。脚を踏み締めるときの大地の性質と自分の体の反応、握りしめた棒の安定性と自分の体の動揺などもまた動くことによってわかってくる自らの身体、関係している環境、そして身体と環境の関係である。


 簡単に言えば知覚情報は与えられているのではない。自らピックアップしているのだ。


 そしてこれによって次の運動が導かれ修正されるのである。生態心理学のギブソンはこの知覚情報をアフォーダンスと呼んでいる(ように思う)。


⑥運動スキルは転移する。


 それは運動の形が似ているからではなく、作動が似ている場合に転移する。たとえば冬のオリンピアンである橋本聖子さんは夏には自転車競技で日本代表になっている。接地面の小さい道具に乗ってバランスをとりながら左右交互に脚を踏み締めて前進する」という作動が似ているからだ。


⑦生態心理学では動物の活動は遂行的活動と探索的活動の2種類に分けている。


 リードによると探索的活動は知覚情報の探索と利用の活動である。つまりCAMR流に言えば、利用可能な運動リソースを探し、様々に試し、課題達成可能な運動スキルを創造する活動である。つまり動いて知覚情報を得て、課題達成の方法を導き出す活動である。


 さて、どうだろうか?要は、運動スキル学習とは学習者本人が必要な課題を通して、動いて色々試すことでしか得られないと言うことである。決してセラピストが「エッヘン!私、運動の専門家ですから!」と威張って他人に教えられるものではない。


 次回は臨床で運動リソースの豊富化と運動スキル学習を進める具体的な方法について検討してみたい。(その9に続く)


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感動の運動スキル!(その7)(第185週目)

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 今回は運動スキルの訓練、あるいは運動スキル学習について考えてみたい。 


 医療的リハビリテーションはもともと整形疾患などの分野で始まったものだ。 だから伝統的に筋力や柔軟性、痛みを改善したりすることが主に行われてきた。つまり身体リソースの改善がメインである。


 と言うのも整形疾患では傷害は局所的であり、一時的であることが多い。早い話、たとえば右下腿骨を骨折しても、左下肢、体幹、上肢には何の問題もない。失われる運動スキルが少ないのである。もちろん免荷期に歩く場合、新たに松葉杖を使った歩行スキルを学ばないといけないが、他の身体部位が健康であれば、最初にコツだけを伝えて、しばらく一緒に歩いていれば使いこなせるようになることが多い。


 トイレでのズボンの更衣動作も片脚立位で行ったりしなければならないが、独りで手すりや壁などを使って何度かやるうちにすぐにできて、熟練してくる。


 つまり運動スキル学習については、実際にやってみるだけで特に問題なく行われるのである。だから運動スキルについてはあまり考える必要はないのである。しかも骨折であればやがて治癒してくるので、いつのまにか健康なときの運動スキルが復活するわけだ。


 だから伝統的な医療的リハビリテーションには運動スキルの考え方はあまり見られなかった。


 もちろん後に不安定ボードなどを利用した体の使い方、つまり運動スキルトレーニングは行われるようになる。特に筋力低下があったり、可動域低下が部分的に残っていたりすると、歩いたりするうちに痛みが生じたりするのでそのような運動スキルトレーニングの必要性があるのだが、多くの場合筋力や可動域の改善に伴い、さらに日常生活の中で多様に使われるうちに元の運動スキルが復活してめでたし、めでたし・・・ということも多いのである。


 しかしリハビリが脳性運動障害などを対象にすると状況が変わってくる。たとえば脳卒中後の片麻痺では、半身が麻痺するなど障害は広範囲になる。つまり健康時にできた様々な生活課題達成のための運動スキルはほとんど失われてしまう。しかもこの麻痺はずっと継続するのである。


 こうなると患者さんの生活課題達成力を改善するためには、新たに利用可能な運動リソースを探し、半身麻痺のある体で生活課題を達成するための新たな運動スキルを探し、試行錯誤し、熟練して身につける必要が出てくる。ちょうどこの第一話で筋ジスの子どもたちが、筋力低下に連れて骨靱帯の制限を利用した独特の歩行方法を編み出したように、である。


 歴史的に見ると脳性運動障害に対しては、日本では半世紀以上前から「正常化の運動学習」を売りにするアプローチが大きな影響力を持っていた。実際、僕も若い頃には「これが実現すればどんなに素晴らしいことか!」と思ったものだ。しかし、半世紀以上経っても麻痺は治ることはなかった。そこでスローガンは「正常に近づける」のように変化しているようだが、飽くまでも健常者の運動スキルに近づけることにこだわっているようだ。


 健常者は豊富な筋力、柔軟性、身体と環境とその相互作用に関する知覚情報量などの莫大な運動リソースを背景に、柔軟で多彩な運動スキルを発展させているのだ。それを半身麻痺によって貧弱になった運動リソースで、健常者の運動に近づける、という発想がそもそもいかがなものか。手段がないのに目標だけを掲げているように見える。


 また筋ジスの子どもたちのところでも述べたが、運動スキルを生み出すのは行為者本人である。運動スキル学習とは、行為者本人が利用可能な運動リソースを発見し、様々に試行錯誤して、達成可能な運動スキルを発見し、熟練する過程である。


 それを人の体を機械、脳はコンピュータと誤解して、他者が他動的な運動感覚によって運動学習させるなどは方法がまったく目的に適っていない。


 だからセラピストは運動スキル学習の過程をよく理解して、どのようなアプローチをするかを計画し、準備しておく必要がある。次回はそれについて考えてみよう。(その8に続く)


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感動の運動スキル!(その6)(第184週目)

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感動の運動スキル!(その6)(第184週目)


 前回ベルンシュタインの協応構造と予期的知覚情報の利用スキルのアイデアを紹介した。


 今回はこれらについてもう少し検討してみたい。


 まず協応構造である。協応構造は脳の中に刻み込まれたプログラムの様に決まった形ではないだろう。


 協応構造を形作る筋力や柔軟性は周りの温度や痛み、ストレスなどにもよって変化する。つまり協応構造自体も様々な影響を受けてその状態は動揺するものである。


 たとえば私達の歩行時の協応構造も刻々と変化する。朝起きた時は一晩中あまり動かなかったせいで体が硬くなっていて、足裏が床を擦ったりする。私達はただちにこの状態変化に合わせて歩くわけだ。若い人にはわかりづらい例かもしれない。僕のような前期高齢者になると非常に大きな影響を感じるものである(^^;))まあ平地の歩行程度であれば、他に問題がなければそれでもなんとか課題達成する。


 でもスポーツのように課題達成がそもそも困難である場合はその場その場で行き当たりばったりに調整していたのでは間に合わなくなる。


 たとえばイチローはメジャーを代表する名選手になってからも、毎日素振りやキャッチボールのような基本練習を欠かさなかったばかりか、非常に重要視してかなりの量を行ったそうだ。その必要性を強く感じていたからだろう。


 おそらく心身の状態はその時、その場で変化するものだからその時、その場でもっとも課題達成に近づくように協応構造を常に修正する必要を感じていたに違いない。プロのバスケットボールでも、試合前のフリースロー練習の調整が必須だという。


 スポーツなどの達成の難しい課題では常に協応構造を探索し、調整し、その場その場で適正なものを創造していくことが重要なのである。一見その人らしいフォームだが必ずしも決まり切った同じ状態が再現しているわけではないのである。選手によって同一のルーティーンのような儀式めいた動きを繰り返すのもその場で適切な協応構造を創出するための手続きかもしれない。


 つまり協応構造は自動車のハンドルのような安定した構造ではなく、可変的で不安定なものなのだろう。


 「予期的な知覚情報の利用」にも気をつけたいことがある。


 まず第1に知覚はカメラやマイクロフォンの様に受身の存在では得られないということだ。ベルンシュタインは次のような例を挙げて説明する。眼球の動きを薬品で動かないようにするとものの形や大きさが知覚できなくなるそうである。形を知るには対象の形をなぞるような眼球の能動的な動きが必要なのだろう。


 知覚とは受身ではなく、非常に能動的な過程なのである。アフォーダンスを提唱したギブソンの生態心理学でも知覚情報は与えられるものではなく、能動的に動いていく運動システムであり、知覚システムでもある身体によって探られるものであるとしている。つまり自ら動くことによって始めて自分の体と環境のことがわかってくるのである。


 決して他動的な感覚入力などによって得られるものではないのである。


 さらに課題達成の予期的な知覚情報利用のスキルは、その達成するべき課題を通してしか得られないことがわかっている。つまり歩くための運動スキルは、重力の影響を受けながら様々な形状や性状の床や地面などを歩くことによって体がどのような影響を受けてどのような結果となるかを通してしか学習できないのである。だから歩行が不安定だから「横になって立ち直りの練習をする」とか「椅子に座って四頭筋を鍛える」は無意味とは言わないまでも歩行の運動スキル学習の目的にはそもそも適っていないのである。(その7に続く)


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