運動リソースとリハビリ(その4)192週目

目安時間:約 6分

運動リソースとリハビリ(その4)192週目


 さて、医療的リハビリのセラピストはこの「身体リソースの改善」を治療の主な手段としているのだが、ともすれば「身体リソースの改善」だけが我々の手段だと考えているセラピストもいる。そしてこの「身体リソースを改善するのが、我々医療的リハビリテーションのセラピストの仕事である」という思い込みは我々セラピストの可能性をとても狭めてしまう。


 たとえば若手のセラピストからの以下のような話を聞いた。


「もう3週間も続けて筋トレしているのに、なかなか筋力が上がらない。歩行能力を改善することが目標なのにどうしたら良いんだろう?」などという悩みである。


 詳しく聞いてみると「以前はしっかり歩いていたおばあちゃんだが、転倒して圧迫骨折を起こした。痛みはなくなっているがそれ以来、歩行不安定で筋トレしても筋力が改善しない。病棟の看護師からも『家族が待ってるんだから早く筋力上げて、歩行をしっかり安定させてよ』と言われて悩んでる」と言う。


「でも筋力は改善しないし、どうしようもないです」という。「筋力が改善できないリハビリや自分は無力である」と悩んでしまうようだ。


 これはあまりにも身体リソースだけに焦点を当て過ぎている。リハビリの仕事は「身体リソースの改善である」と思い込み過ぎている。彼のいる若いスタッフばかりの職場では、皆が同じように悩んでいるという。「どうして筋力が改善しないと思うか?」と聞くと「転倒時に末梢神経麻痺が起きたのかも・・・」と答える。


 どうも詳しく聞いてみると、両手杖や伝い歩きなどでも何とか移動できそうなレベルである。


「そうだね、じゃあ環境リソース、たとえば屋外ではシルバーカーとか、屋内では両手杖と家具や壁の伝い歩きを検討したら?」


「でも病棟もスタッフも、家族は独歩を希望しているんだからその希望に応えるように努力しようよって感じで・・・・」と答える。


「ああ、なるほど」と思う。


 僕が思うに、医療的リハビリのセラピストは自らの仕事の限界について語るのが苦手な人が多い。たとえば「麻痺があると筋力の改善は難しいというかほぼできません。だから独歩で安定して歩くのは難しいです」とはっきり言うことを恐れる人達がいる。


・明るく、いつも前向きなセラピスト


・クライエントの希望を大事にするセラピスト


・熱く理想を語るセラピスト


・「諦めたらそこで終わりだ」が口癖のセラピスト


 上記のようなイメージが医療的リハビリのセラピストの目指すべき姿だと思っているのではないか。その若いスタッフも現実とその理想の狭間で苦しんでいるのだろう。


 だが考えてみるとどんな職業にも限界がある。それが当然だ。そして成熟したプロフェショナルは、自らの仕事の限界についてもよく知っているし、それを隠す必要もないと考えるものだ。事実なので。だからこそ、その限界の中でできる限りの代替案を考え出したり少しでもクライエントの意向に添えるように工夫したりするものだ。(もっともテレビで「ザ・プロフェショナル」のような一職業人を理想化して扱う番組もあって、「限界はないんだ!」みたいに高らかに讃えたりするのでやりにくい。まあ見るとやる気になるのも確かだしね(^^;)それに、簡単に諦めてすぐ楽をしてしまうセラピストが実際にいるのも問題だしね(^^;))


 でも自らの仕事の限界を認識して「自分のできること、できないこと」が明確でないと、ズルズルとゴールも決めないまま仕事をしてしまうことになる。独歩の見通しは立たないのに、それを患者さん本人や家族に黙ったままズルズルとその努力を繰り返すのはプロとしてどうなのか?


「独歩はできません。その代わり、シルバーカーで屋外歩行はできますし、室内は杖と壁、家具の伝い歩きで十分に独りで移動できるように努力することならできます。それでも良いですか?」と自信を持って提案できるようになるべきでは?それで了承してもらえるなら、それに向かって最大限努力すれば良いのである・・・・ ごめんなさい、ちょっと今回はテーマから逸脱してしまいました(^^;) 次回は環境リソースについてです。(その5に続く)


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運動リソースとリハビリ(その3)第191週目

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運動リソースとリハビリ(その3)第191週目


 今回も「身体リソース」の続きで「柔軟性」から。柔軟性のリソースは、患者自らが運動課題を通じてアクティブに動けば、それに伴って改善することもできる。しかし、可動域低下があれば自分で動ける運動範囲は自然に小さくなるし、筋力が弱くても十分に運動範囲を広げることはできない。


 そのため多くの場合、徒手的療法または自己あるいはセラピストによるストレッチが手っ取り早く、効率的に改善できることが多い。


 また柔軟性改善で常に気をつけるべきは、全身は筋膜で繋がっているということだ。たとえば足関節の可動域低下があると、膝痛・腰痛・肩凝りや股関節・体幹など遠く離れた部位の可動域が小さくなるなどの問題は同時に存在しやすい。足関節に可動域低下が見つかったから、足関節の可動域改善だけを行うよりは、できればもっと広範囲に全身性に改善する方がより良い効果が出る場合が多い。 上田法の体幹法のような徒手的療法は、体幹を含め四肢の関節を一度に柔らかくするのでお勧めである。


 この柔軟性と前回取り上げた筋力は運動における中心的な身体リソースと言ってよい。


 豊富な筋力と柔軟性は、広範囲で多彩で無限の軌道を生み出し、よりしなやかで力強い運動を生み出す。つまり筋力と柔軟性は豊富であれば豊富であるほど、生活課題達成力をより改善する可能性がある。


 しかし脊髄損傷のように広範囲にマヒがある場合、筋力改善は望めなくても、柔軟性を高めることでできることが増えることはよく知られている。たとえば床上座位からプッシュアップで車椅子への移乗や靴下履きなどである。


 同様に脳性運動障害でも筋力改善はあまり期待できないこともあるが、体幹の可動域が改善すると寝返りができるようになって床上移動が実用的になることもある。体幹の柔軟性が増すと、小さな力で体幹部の重心移動が行えるようになるからだ。


 つまり柔軟性の改善だけによっても運動スキルは多彩になるわけだ。


 柔軟性は大抵の場合、我々セラピストが改善できる運動リソースなので大いに試してみる価値はある。


 もう一つ。痛みもまた身体リソースであると言うと意外な顔をされる。普通「資源として役に立つもの」と思われがちだが、「運動を形作るもの」が運動リソースであり、痛みは 運動にかなりの影響を与える。


 ただし痛みは運動を形作るリソースではあるが、運動パフォーマンスの改善を妨げることから「負の身体リソース」と言える。痛みがあれば筋活動が低下、つまり筋力低下を引き起こすし、運動や重心の移動範囲を小さくしてしまう。つまり柔軟で適応的な運動が制限される。


 疾患・障がい・性別・年齢に限らず、痛みは多くの人達について回る問題だ。運動パフォーマンスを改善する意味でも、その時その場で痛みをできるだけ改善する技術である徒手的療法などはセラピストにとっては必須の技術だろう。(その4に続く)


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運動リソースとリハビリ(その2)第190週目

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運動リソースとリハビリ(その2)第190週目


 3種の運動リソースのうち、最初に取り上げるのは「身体リソース」である。「身体リソースとは?」


 身体リソースはまず身体そのものであり、身体が備える能力や性質である筋力、柔軟性、持久力、そして痛みなどである。


 我々、医療的リハビリテーションのセラピストはこの「身体リソースの改善」を治療のための主な手段としている。


 もともと医療的リハビリテーションは、整形疾患を中心に発達してきた。たとえば骨折は固定や手術で時間が経つと治ることも多い。また「右下腿骨折」のように傷害は部分的であることも多い。つまり部分的で、時間の経過とともに治る傷害である。


 そうすると傷害されていない大半の体は特に大きな問題もなく、多くの運動スキルは無事に残っている。さらに傷害された部分が治癒するにつれて、患者さんは自然にその治癒された部分を使って、必要な運動スキルが再建され、元通りの健康時の運動スキルを使って生活課題達成力は改善する。


 従って部分的で一時的な傷害の整形疾患などを相手にするセラピストは、現在でも運動スキルを問題にすることはあまりない。そして未だに「身体リソースを改善さえしておけばリハビリの目的は果たされる」と考える傾向は強い。まあ、対象疾患が部分的で一時的な整形疾患であればそれでも良いとは思う。


 だから一般的に学校教育でも身体リソースを主に改善することが教えられる。それが医療的リハビリテーション教育の伝統である。(実際に学校教育の中で教えられる運動スキルに関する知識は未だに古い体系の教えばかりである)


 さて、身体リソースの中でもっとも大事なのは筋力リソースだろう。動くために必要なのは力だ。この改善方法は徒手や機械・器具などを使った様々な方法がある。どれを選択するかは患者さんの状態と訓練環境に応じて工夫すれば良い。 


 しかし筋肉の活動は機械のエンジンのような単純なものではなく、状況によって働き方や収縮方法、結果が異なってくる。つまり筋力は常に使われる状況と目的によって運動スキルという文脈の中で働くものだ。


 以前から言っているが、歩行のために大腿四頭筋を鍛えると言って、座って足首に重りを巻いて膝を伸展するのは、「骨盤を固定された状態から下腿を持ち上げる」という至極単純な運動スキルの文脈で行われている。


 逆に立位では「他の全身の筋群と協調しながら重心線が基底面内に保持されるように膝を伸展させる」というとても複雑な運動スキルの文脈で働いている。同じ四頭筋の収縮とは言え、丸きり状況と目的が異なり、収縮の状態も結果も異なっているのである。 先に述べたように片側の下腿骨折のように傷害が部分的・一時的であれば、座って四頭筋を太らせてまず筋力改善すれば、その後自分で動いて適正な運動スキルを見つけ出すことができるので問題ない。


 しかし脳性運動障害ではマヒが広範囲で継続する。体は障害によって未知のものとなり、自分だけでは改善された身体リソースを十分に使えなくなることも多い。


 このような場合、座って筋トレして筋繊維を太らせても、いきなり歩行に役立つわけではない。セラピストの課題設定や介助を借りて、実際に歩きながら改善した筋力が必要な役割を果たすような運動スキル・トレーニングは別に必要になる。


 またセラピストが最初から「立位・歩行を通じて四頭筋の働きを強めていく」というような運動課題設定を中心にして身体リソースと運動スキルを同時に改善していく方法もある。CAMRの「実りある繰り返し仮題」などがそれに当たる。


 たとえば背中に荷物を背負った立位で、左右への重心移動から片足立ちをするなどの運動課題である。これによって重心移動や支持、下肢の振り出しなどのスキルの中で、筋力を改善していくわけだ。


 筋力という身体リソースは、単に筋繊維を太らせることも可能だが、それを尊ぶのはボディビルディングに人生の価値を見いだす人々くらいだろう。


 リハビリの世界で求められる生活課題達成力改善の文脈の中では、筋力は基本的に課題達成の状況の中で、運動スキルに組み込まれて初めて適切にその役目を果たす器官であることは知っておいた方が良い。つまり筋を太らせるだけではリハビリの目的には適さないということだ。


 次回は「柔軟性と痛み」という身体リソースを説明する。(その3に続く)


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運動リソースとリハビリ(その1)第189週目

目安時間:約 5分

運動リソースとリハビリ(その1)第189週目


 運動リソースとは、動物が運動をするための資源である。システム論では、運動リソースとこれを基にした運動スキルを中心に、動物の運動・活動を理解することが多い。(「運動リソースは運動の資源で、運動スキルは課題達成のための運動リソースの利用の仕方」とCAMRでは定義している)


 たとえば人が歩くためにはまず体という資源が必要だし、体に備わった筋力や柔軟性、持久力といった資源が必要だ。


 また大地と重力という資源も必要だ。歩行という運動は真空中では起きない。歩行は大地と重力の間で起きているからだ。


 もし目の前に溝があって渡る場合、渡れるかどうかわからないまま、一々実際に試していたのでは落ちて怪我をするかもしれない。効率も悪いし、危険だ。 だから渡る前に予期的にどう渡れるか、運動結果がわかった方が良いし、そして実際に私達はそれがわかるのである。つまり私達にとっては、溝の幅を見て「軽く跨げる」、「軸足で強く踏み切って跨げる」、「少し助走をつけて跳べば渡れる」、「渡るのは無理だからやめる」などという運動結果と課題達成の方法は自然に予期的にわかってしまう。


 このように実際に試すまでもなく、あるいは少し跨ぐ姿勢に入ってみることで運動結果はわかってしまう。これによって効率的、安全、適応的な運動ができているとも言える。これは過去の運動経験と現在得られる身体や環境の状態を知ることを基にした「情報という資源」によってできるわけだ。


 こうしてCAMRでは運動リソースは以下の3つに分類できる。


 ①身体リソース:身体と身体が持つ性質(筋力、柔軟性、痛みなど)。動物の動くための中心となる運動リソースである


 ②環境リソース:環境内に存在する大地や水、構造物、もの、動物。また環境内に存在する性質(重力、温度など) 


③情報リソース:動物が活動によって得られる自らの身体、環境、身体と環境との関係に関する情報。環境・身体のどちらかに存在するのではなく、両者の関わり合いの上に存在するリソース。


 今回は私達、医療的リハビリテーションのセラピストが知っておきたい運動リソースの話である。そして次回取り上げるのは「身体リソース」である。(その2に続く)


追記:これまでCAMRでは運動リソースは「身体リソース」と「環境リソース」の2種類であると説明してきました。今回は試験的に「情報リソース」を加えて3種類の分類にしています。


 以前は「情報リソース」は身体の持つ性質、つまり「情報を生み出す性質」としていたのですが、いろいろと検討してみると「身体と環境の間に存在する」と考えた方が良いと考えるようになっていますが、まだ検討中です(^^;)いずれ次回に発刊予定の「リハビリのシステム論」(仮題)で、「臨床でうまく使える」ように説明できればと思っています。


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感動の運動スキル!(最終回)(第188週目)

目安時間:約 7分

感動の運動スキル!(最終回)(第188週目)


 「協同探索」は、患者さんの運動問題を「患者さんは患者さんの立場から、セラピストはセラピストの立場から協力して探索的活動を行い、利用可能な運動リソースを増やし、柔軟な運動スキルをできるだけ多彩に生み出して、患者さんの生活課題達成力を改善する」ための活動である。


 人は何か必要な運動課題が達成できない、つまり何らかの運動問題が発生すると自律的に利用可能な運動リソースを見つけ、課題達成のための利用方法である運動スキルを生み出そうとする。これが探索的活動である。


 またセラピストが指示するまでもなく、誰もが日々自然に行っている活動である。


 凍った路面を歩く時には転倒しないように、自然に歩隔を広げ、歩幅を小さく、すり足気味にして歩くスキルを見つけ出す。


 水田を歩く時には、自然に膝を高く挙げ、爪先が抜けやすいように尖足にして持ち上げる歩行が自然に生まれる。(いわゆる鶏歩の形である)


 首を寝違えて痛みが出ると、痛みが起きないように体幹と頭部を固定したまま硬くして問題解決を図る。


 靴擦れが踵骨後部にできると、爪先に重心を移動してその傷が靴に触れないように歩くスキルが生まれる。


 人は生まれながらの自律的な運動課題達成者であり、問題解決者であるということだ。


 セラピストはまずこの根本的な性質を大事にするべきだろう。人の体を機械として、脳をコンピュータとして理解していたのではとても協同探索はできない。「脳のプログラムを書き換えれば良いのだ」などと暢気に考えて、一方的、支配的に患者さんの運動をコントロールしようという態度では、協同探索は無理なのだ。


 しかしこの自律的な探索的活動にも問題が生まれることがある。運動システムは問題解決のつもりでも、時にはその問題解決のスキルを繰り返すことで新たな問題が生まれてくることがある。これは偽(にせ)解決と呼ばれる。


 たとえば足部は柔軟に大地の起伏に合わせて傾きを吸収する働きをしているのだが、これが硬いままデコボコ道を歩くと、デコボコを膝や股関節で吸収しながら歩かねばならない。つまり股関節を外転し、膝を捻りながら上下動を吸収する運動スキルを繰り返してしまう。そうすると膝に負担がかかって膝痛を起こしてしまう。


 「足関節が硬いままでもスムースに重心移動する」という問題解決の運動スキルが、今度は膝痛を起こすという偽解決に変わってしまうのだ。


 この場合膝関節周囲筋の筋力や関節内運動を改善しても、膝痛の問題はあまり改善しないこともある。足関節の可動域低下をまず改善した方が手っ取り早い。 だからセラピストは、人の運動システムの作動や問題解決の過程を良く理解しておく必要がある。


 「自律的に問題解決して課題達成を行う」という常に行われる作動は素晴らしいものだ。しかし一方でその問題解決は、その場その場の場当たり的なものが多く、時にはそれが長々と繰り返されることで新たな問題を生み出してしまうのだ。


 協同探索においては、セラピストは運動リソースの知識とその改善のノウハウを持っているので、患者さんの様々な運動リソースの改善に役立つことができる訳だ。そして運動リソースを豊かにすれば、それを利用する患者さんの運動スキルは自然に多彩に柔軟になる可能性が高まる。


 セラピストは、更に多くの経験を積むに従って、運動スキルに関する適切なアドバイスもできるようになるものだ。しかしここのさじ加減は難しい。このシリーズでも見たように運動スキルは患者さん本人が生み出すものだ。


 しかしセラピストが患者さんに対してアドバイスをするときは支配的になりやすいところがある。つい「こうするべき」とか「健常者のような運動を行うべき」とか「これが正しい運動だ!」になりやすい。それは患者さん自身の探索的活動を妨げてしまう。


 さらに患者さんの運動システムが自律的に採った問題解決の運動スキルがやむを得ないものか、あるいは偽解決かを判断していく必要がある。


 セラピストは様々な身体リソースの変化を試し、その結果をモニターするような探索的活動を行って、生活課題達成力がより良い状態に働くように持っていくことが重要な役割になるだろう。


 さて、「協同探索」については書くことが多く、詰め込み過ぎてしまった(^^;)これだけの説明ではとても物足りない、中途半端なものになってしまった。またシリーズを改めて書いてみたい。(終わり)


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感動の運動スキル!(その9)(第187週目)

目安時間:約 6分

感動の運動スキル!(その9)(第187週目)


 感動の運動スキルは、患者さん自身が必要な課題達成のために自ら生み出すものだ、というのが今回のエッセイのメインのテーマだ。


 たとえば筋ジスの子どもたちの歩行や片麻痺患者さんの分回し歩行や伸び上がり歩行もセラピストが教えたのではなく、患者さん自らが自分の身体を探り、利用可能な運動リソースを見つけ出し、それを利用して生み出した素晴らしい運動スキルだ。


 それなのに分回し歩行は、やれ、「代償運動だ」のやれ、「異常歩行だ」などとセラピストから非難されてしまうこともある。セラピストの仕事は、「健常者との運動の違いを指摘することだ」と言わんばかりである。わざわざ指摘しなくても、違うことは誰でも見てわかることだ。


 でも実際のところ、指摘はしても麻痺を基にした分回し歩行を健常者の歩行にすることはできない。麻痺は治せないからだ。つまり健常者の歩行とは違って当たり前だし、意味のない指摘はやめるべきだ。


 伝統的にセラピストは「運動の専門家として正しい運動を教えるべき」という思い込みがある。そしてその背景には、健常者への同化思想がある。「健常者と同じように美しく歩くべき」といったところだ。「違う」ことを認めようとしない偏狭な心だ。


 さらに人を自然が生んだ機械として、脳はコンピュータとして理解しているのではないか。脳の中のプログラムを書き換えれば運動も変わると思っているようだ。だから脳の中のプログラムの書き換えがセラピストの仕事だと思っている人もいる。


 しかし元々脳はコンピュータの様にプログラムとして憶えて再現しているわけではない。運動スキルは状況変化に応じて柔軟に、創造的に生み出されているものだろう。


 人は生まれながらに運動問題解決者であり、運動課題達成者なのだ。一人一人が異なった物理的性質を持った身体であり、みんながそれぞれに自分独自の運動スキルを発達させている。その人自身が困難な生活課題に出会えば自律的に運動問題を解決して、運動課題を達成してきたのである。


 そして患者さんは障害に絶望し、立ちすくむ迷える小羊ではない。ただセラピストの助けを待っているだけのか弱い存在ではないということである。


 歩く課題があれば、自ら麻痺のある体で利用できそうな運動リソースを探して試し、その利用方法である分回し歩行のような独創的で素晴らしい運動スキルを生み出すのだ。ご自身で創造的に運動問題を解決し、必要な運動課題を達成しようとされているのだ。 たとえ自覚はなくても一人一人が自らの運動システムの専門家なのである。


 だからセラピストも人を機械のような受身の存在として誤解し、「私が間違った運動を指摘し、正しい運動を教えてあげよう」などと思うのはとんでもない勘違いだ。


 ではセラピストは何をする人なのか? 患者さんは自律的な運動問題解決者で、運動課題達成者である。患者さんは運動問題に直面するとまず利用可能な運動リソースを身体の内外に探す。そして見つけると何とか運動問題解決や課題達成に利用できないかと試行錯誤を行い、その人だけの独創的な運動スキルを生み出してくる。


 そして生態心理学のリードはこの過程を「探索的活動」と呼んでいる。 そう、人が基本的に問題解決や課題達成でいつもしているのはこの「探索的活動」なのである だからセラピストもこの患者さんの探索的活動にセラピストの立場から協力してみたらどうか?


 CAMRでは、「患者さんは患者さんの立場から、セラピストはセラピストの立場から協力して探索的活動を通して運動問題の解決を図ったり課題達成力を改善する」ことを「協同探索」と呼んでいる。協同とは異なる立場から同じ目的のために働くことである。


 これがCAMRを行うセラピスト、カムラー(Camrer)の基本的な視点なのである。


 次回はこの「協同探索」について説明してこのエッセイを終わりにしたい。(最終回へ続く)


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感動の運動スキル!(その8)(第186週目)

目安時間:約 6分

感動の運動スキル!(その8)(第186週目)


 ベルンシュタインや生態心理学、動的システム論のテーレンら、その他の研究を通じてわかってきた運動スキル学習のことを簡単にまとめておこう。


 もちろんこれらのアイデアを真実と鵜呑みする必要はない。うまく道具として役立てたいし、有用な道具であるかどうかも臨床で見極めていただければと思う。


①運動スキル学習は、実際に達成するべき運動課題を通してしか学べない。


 たとえば歩行スキルを身につけるためには歩いてみるしかない。現実に出会う様々に変化する環境内を安全に歩くための運動スキルは、様々な環境内を歩くことによってしか得られないのである。


②人の運動システムは物理的に非常に個性的である。


 つまり個別性が高い。同じ運動課題を同じ条件で行っても個人ごとにやり方が全然違っていたり、学習過程が異なっていたりする。だからこそ一様な教え方は意味をなさないこともあり、基本的にその人自身が利用可能な運動リソースを見つけて、可能な運動スキルを試していかないといけないのである。


③運動スキル学習は知覚情報活動を通して行われる。


 知覚情報活動は、動くことが基本である。視覚はカメラのように受身に光を得ているのではない。形をなぞるような眼球の動きがないと形や距離がわからない。聴覚も音がした方を動いて見る、つまりアクティブに聴くことによって方向や距離、音の性質などが情報として得られることが視覚障害者の研究で示唆されている。触覚もアクティブに触っていかないと形や表面の肌理、重さなどいろいろの性質もわからない。知覚情報を受け取るということは、まずアクティブに動いて探っていくということなのである。


 従って他者が動かしたり感覚入力したりするということと実際の運動スキル学習ということはまったく別のことをやっているのであって、運動学習の目的に適っていないのである。


④学校では視覚、聴覚、触覚などと感覚毎のモデュールが独立しているように学ぶが、運動スキルの学習中は、常に動員できる知覚はできるだけ参加で探索の活動をしているのである。


 たとえば初心者がピアノを弾くときは、視覚が主導的な役割を担っているようだが、同時に触覚によっても学習している。だからいつのまにか見なくても弾けるようになるわけだ。


⑤自ら動き、探索することによって次々に明らかになる知覚情報がある。


 触ったり振ったりしてわかる性質、動いて見る角度を変えると見える形、叩いて聴いてみて初めてわかる性質など。課題達成の運動スキルを探ることもまたそうである。脚を踏み締めるときの大地の性質と自分の体の反応、握りしめた棒の安定性と自分の体の動揺などもまた動くことによってわかってくる自らの身体、関係している環境、そして身体と環境の関係である。


 簡単に言えば知覚情報は与えられているのではない。自らピックアップしているのだ。


 そしてこれによって次の運動が導かれ修正されるのである。生態心理学のギブソンはこの知覚情報をアフォーダンスと呼んでいる(ように思う)。


⑥運動スキルは転移する。


 それは運動の形が似ているからではなく、作動が似ている場合に転移する。たとえば冬のオリンピアンである橋本聖子さんは夏には自転車競技で日本代表になっている。接地面の小さい道具に乗ってバランスをとりながら左右交互に脚を踏み締めて前進する」という作動が似ているからだ。


⑦生態心理学では動物の活動は遂行的活動と探索的活動の2種類に分けている。


 リードによると探索的活動は知覚情報の探索と利用の活動である。つまりCAMR流に言えば、利用可能な運動リソースを探し、様々に試し、課題達成可能な運動スキルを創造する活動である。つまり動いて知覚情報を得て、課題達成の方法を導き出す活動である。


 さて、どうだろうか?要は、運動スキル学習とは学習者本人が必要な課題を通して、動いて色々試すことでしか得られないと言うことである。決してセラピストが「エッヘン!私、運動の専門家ですから!」と威張って他人に教えられるものではない。


 次回は臨床で運動リソースの豊富化と運動スキル学習を進める具体的な方法について検討してみたい。(その9に続く)


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西尾 幸敏 著「正しい歩き方?:俺のウォーキング」CAMR入門シリーズ④

西尾 幸敏 著「リハビリの限界?:セラピストは何をする人?」CAMR入門シリーズ⑤


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感動の運動スキル!(その7)(第185週目)

目安時間:約 6分

感動の運動スキル!(その7)(第185週目)


 今回は運動スキルの訓練、あるいは運動スキル学習について考えてみたい。 


 医療的リハビリテーションはもともと整形疾患などの分野で始まったものだ。 だから伝統的に筋力や柔軟性、痛みを改善したりすることが主に行われてきた。つまり身体リソースの改善がメインである。


 と言うのも整形疾患では傷害は局所的であり、一時的であることが多い。早い話、たとえば右下腿骨を骨折しても、左下肢、体幹、上肢には何の問題もない。失われる運動スキルが少ないのである。もちろん免荷期に歩く場合、新たに松葉杖を使った歩行スキルを学ばないといけないが、他の身体部位が健康であれば、最初にコツだけを伝えて、しばらく一緒に歩いていれば使いこなせるようになることが多い。


 トイレでのズボンの更衣動作も片脚立位で行ったりしなければならないが、独りで手すりや壁などを使って何度かやるうちにすぐにできて、熟練してくる。


 つまり運動スキル学習については、実際にやってみるだけで特に問題なく行われるのである。だから運動スキルについてはあまり考える必要はないのである。しかも骨折であればやがて治癒してくるので、いつのまにか健康なときの運動スキルが復活するわけだ。


 だから伝統的な医療的リハビリテーションには運動スキルの考え方はあまり見られなかった。


 もちろん後に不安定ボードなどを利用した体の使い方、つまり運動スキルトレーニングは行われるようになる。特に筋力低下があったり、可動域低下が部分的に残っていたりすると、歩いたりするうちに痛みが生じたりするのでそのような運動スキルトレーニングの必要性があるのだが、多くの場合筋力や可動域の改善に伴い、さらに日常生活の中で多様に使われるうちに元の運動スキルが復活してめでたし、めでたし・・・ということも多いのである。


 しかしリハビリが脳性運動障害などを対象にすると状況が変わってくる。たとえば脳卒中後の片麻痺では、半身が麻痺するなど障害は広範囲になる。つまり健康時にできた様々な生活課題達成のための運動スキルはほとんど失われてしまう。しかもこの麻痺はずっと継続するのである。


 こうなると患者さんの生活課題達成力を改善するためには、新たに利用可能な運動リソースを探し、半身麻痺のある体で生活課題を達成するための新たな運動スキルを探し、試行錯誤し、熟練して身につける必要が出てくる。ちょうどこの第一話で筋ジスの子どもたちが、筋力低下に連れて骨靱帯の制限を利用した独特の歩行方法を編み出したように、である。


 歴史的に見ると脳性運動障害に対しては、日本では半世紀以上前から「正常化の運動学習」を売りにするアプローチが大きな影響力を持っていた。実際、僕も若い頃には「これが実現すればどんなに素晴らしいことか!」と思ったものだ。しかし、半世紀以上経っても麻痺は治ることはなかった。そこでスローガンは「正常に近づける」のように変化しているようだが、飽くまでも健常者の運動スキルに近づけることにこだわっているようだ。


 健常者は豊富な筋力、柔軟性、身体と環境とその相互作用に関する知覚情報量などの莫大な運動リソースを背景に、柔軟で多彩な運動スキルを発展させているのだ。それを半身麻痺によって貧弱になった運動リソースで、健常者の運動に近づける、という発想がそもそもいかがなものか。手段がないのに目標だけを掲げているように見える。


 また筋ジスの子どもたちのところでも述べたが、運動スキルを生み出すのは行為者本人である。運動スキル学習とは、行為者本人が利用可能な運動リソースを発見し、様々に試行錯誤して、達成可能な運動スキルを発見し、熟練する過程である。


 それを人の体を機械、脳はコンピュータと誤解して、他者が他動的な運動感覚によって運動学習させるなどは方法がまったく目的に適っていない。


 だからセラピストは運動スキル学習の過程をよく理解して、どのようなアプローチをするかを計画し、準備しておく必要がある。次回はそれについて考えてみよう。(その8に続く)


【CAMRの基本テキスト】

西尾 幸敏 著「PT・OTが現場ですぐに使える リハビリのコミュ力」金原出版


【あるある!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 著「脳卒中あるある!: CAMRの流儀」


【運動システムにダイブ!シリーズの電子書籍】

西尾 幸敏 他著「脳卒中片麻痺の運動システムにダイブせよ!: CAMR誕生の秘密」運動システムにダイブ!シリーズ①


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西尾 幸敏 著「システム論の話をしましょう!」CAMR入門シリーズ①

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感動の運動スキル!(その6)(第184週目)

目安時間:約 6分

感動の運動スキル!(その6)(第184週目)


 前回ベルンシュタインの協応構造と予期的知覚情報の利用スキルのアイデアを紹介した。


 今回はこれらについてもう少し検討してみたい。


 まず協応構造である。協応構造は脳の中に刻み込まれたプログラムの様に決まった形ではないだろう。


 協応構造を形作る筋力や柔軟性は周りの温度や痛み、ストレスなどにもよって変化する。つまり協応構造自体も様々な影響を受けてその状態は動揺するものである。


 たとえば私達の歩行時の協応構造も刻々と変化する。朝起きた時は一晩中あまり動かなかったせいで体が硬くなっていて、足裏が床を擦ったりする。私達はただちにこの状態変化に合わせて歩くわけだ。若い人にはわかりづらい例かもしれない。僕のような前期高齢者になると非常に大きな影響を感じるものである(^^;))まあ平地の歩行程度であれば、他に問題がなければそれでもなんとか課題達成する。


 でもスポーツのように課題達成がそもそも困難である場合はその場その場で行き当たりばったりに調整していたのでは間に合わなくなる。


 たとえばイチローはメジャーを代表する名選手になってからも、毎日素振りやキャッチボールのような基本練習を欠かさなかったばかりか、非常に重要視してかなりの量を行ったそうだ。その必要性を強く感じていたからだろう。


 おそらく心身の状態はその時、その場で変化するものだからその時、その場でもっとも課題達成に近づくように協応構造を常に修正する必要を感じていたに違いない。プロのバスケットボールでも、試合前のフリースロー練習の調整が必須だという。


 スポーツなどの達成の難しい課題では常に協応構造を探索し、調整し、その場その場で適正なものを創造していくことが重要なのである。一見その人らしいフォームだが必ずしも決まり切った同じ状態が再現しているわけではないのである。選手によって同一のルーティーンのような儀式めいた動きを繰り返すのもその場で適切な協応構造を創出するための手続きかもしれない。


 つまり協応構造は自動車のハンドルのような安定した構造ではなく、可変的で不安定なものなのだろう。


 「予期的な知覚情報の利用」にも気をつけたいことがある。


 まず第1に知覚はカメラやマイクロフォンの様に受身の存在では得られないということだ。ベルンシュタインは次のような例を挙げて説明する。眼球の動きを薬品で動かないようにするとものの形や大きさが知覚できなくなるそうである。形を知るには対象の形をなぞるような眼球の能動的な動きが必要なのだろう。


 知覚とは受身ではなく、非常に能動的な過程なのである。アフォーダンスを提唱したギブソンの生態心理学でも知覚情報は与えられるものではなく、能動的に動いていく運動システムであり、知覚システムでもある身体によって探られるものであるとしている。つまり自ら動くことによって始めて自分の体と環境のことがわかってくるのである。


 決して他動的な感覚入力などによって得られるものではないのである。


 さらに課題達成の予期的な知覚情報利用のスキルは、その達成するべき課題を通してしか得られないことがわかっている。つまり歩くための運動スキルは、重力の影響を受けながら様々な形状や性状の床や地面などを歩くことによって体がどのような影響を受けてどのような結果となるかを通してしか学習できないのである。だから歩行が不安定だから「横になって立ち直りの練習をする」とか「椅子に座って四頭筋を鍛える」は無意味とは言わないまでも歩行の運動スキル学習の目的にはそもそも適っていないのである。(その7に続く)


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感動の運動スキル!(その5)(第183週目)

目安時間:約 6分

感動の運動スキル!(その5)(第183週目)


 機械は同じ運動しか繰り返せない構造なので同じ結果を生み出す。しかし人はグニャグニャでルーズな体なので毎回同じ運動は繰り返せない。でもその毎回異なった運動で同じ結果を生み出している。これが何を意味しているか、ベルンシュタインのアイデアを見てみよう。


 まず人の体はグニャグニャでルーズである。これを正確に思い通りにコントロールするのは大変である。体は様々な方向に無限に動きうるし、コントロールしなければならないものが多すぎる。だからある程度筋や神経のレベルで一つの塊として組織的に動く単位を作ってやれば良い。ベルンシュタインはこれを「協応構造」と呼んでいる。


 佐々木正人は「自動車の前輪を左右それぞれ独立に操作するのは大変だが、ハンドルで両輪が同時に同じ方向に動く仕組みでコントロールが容易になる」という例を挙げて協応構造を説明している。わかりやすい。そのように一つの課題達成に対して、ある程度まとまった動きをする構造を作ることによってコントロールを簡単にすることができるわけだ。


 つまり良い協応構造を作ることが一つ目。


 そして一回毎に異なる運動で毎回同じ結果を生み出すには毎回ハンマーで釘の頭を打つ前の微妙な調整が必要になる。これは予期的な知覚情報学習によって行われる。つまり運動コントロールとは、過去に憶えた運動の形を再現しているのではなく、毎回異なる運動で同じ結果を生み出すために、毎回の状況に応じて予期的に起こりうる結果を修正するための「予期的な知覚情報の利用」というスキル獲得が必要である。


 これが二つ目。


 これは運動学習が単に「記憶して再現する」などと言う単純なことではなく、結果が出る前に、その一回毎に異なる運動を予期的に修正して成功に導くためのやり方を学習しているわけだ。これはゴムの様な体を予期的にコントロールして同じ結果を出すのだからとても困難な仕事だとわかるだろう。


 だからこのスキル獲得のために運動学習はとても時間がかかるのだ。


 こうしてみると運動課題達成の運動スキルが発見され、獲得され、熟練する過程は次のような段階で考えることができる。


 まずは課題達成運動の協応構造を作ることである。課題達成のための利用可能な運動リソースを見つけ、試行錯誤し課題達成に近づくような安定した協応構造を作るのである。


 たとえばバスケットボールのフリースローで、最初はボールがゴールに届かなくても、色々やり方を試しているうちに両膝のバネを使って安定的にボールがゴールに届くようになってくると、ある程度の協応構造ができたわけだ。


 そして次の段階に突入する。


 バスケットボールでは毎回体の知覚とその結果を様々に何万回も繰り返し、身体がある関係や状態を作ると課題達成の調整が上手くできるようになって、シュートの成功率が格段に上がってくる。つまり予期的な知覚情報の利用のスキルが上手く働き始める。


 このように二つの段階がある。


 確かに私たちの臨床でも二つの段階があることがわかる。まずは片麻痺患者さんが、はじめて歩き始めるとき。最初うまく麻痺側下肢が振り出せない。しかし体を探って様々な使い方を試行錯誤する。やがて健側の体幹などを使って患側下肢を振り出せることを発見し、繰り返すと、いわゆる分回しという安定した協応構造ができるわけだ。そして平らな床面を何とか歩けるようになる。


 しかしまだ不安定だ。やがてある程度平らな床上での歩行が安定してくると、坂道や階段や屋外歩行を何度も繰り返す。最初は簡単にデコボコに足底を引っかけてバランスを崩していたのが、やがて不意の引っかかりにもバランスを崩さなくなってくる。これまた環境や状況毎の歩行のための予期的な知覚情報が上手く利用できるようになって熟練してくるのである。こうして美しく安定した分回し歩行が獲得されるのである。


 運動学習を進めるためにはこのような二つの段階を経るわけだ。さて、このアイデアはどうだろう?次回、もう少し検討してみたい。(その6に続く)


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